Another View 川崎 賢 「ん…ん〜」 体がすごく重い。頭がぼうっとしてくらくらする。気持ちも悪い。 「こ、ここは…？」 目を開けると、そこは私の部屋。そして 「やっほ〜御目覚め？」 ぱじゃま姿の晴香がいた。 「は、晴香…？どうして…？」 「優一に呼ばれたのよ。賢が凄い熱があって、薬を買いに行く間、様子を見てて欲しいって」 「熱…？あ…」 晴香に言われて、私は昼間に熱があった事を思い出した。 （そうか…それで…） 最後の射精で、私の体力は限界を超えて、意識がなくなったんだ。 「ごめんね、晴香…。迷惑かけて…」 「本当よ。凄く大変なんだからね、寝てる子を御風呂に入れるのって」 「え…あ…」 よく見れば、私は裸でベッドの上に寝ている。それに、体がとてもぽかぽかして、鼻にシャンプーの匂いがした。 「たった今、お風呂から出で体を拭き終わったところよ。パジャマ着せるから、ちょっと待ってて」 そう言って晴香は私のクローゼットからショーツとパジャマを取り出した。 「は〜い、賢ちゃん、着せまちゅよ〜」 まるで赤ちゃんを着替えさせるみたいに晴香がからかってくる。 「まちゅよ、って…」 「へへへ！自分で着替えられないんだから、赤ちゃんと一緒でちゅ〜」 「もう、晴香のばか」 「ははは、賢、可愛い」 そうこうしている内に、晴香は私にショーツとパジャマのズボンを着せてくれた。そして、パジャマのシャツを着せてくれて、下のボタンから閉じていく。でも 「あれ、おかしいな」 「どうしたの…？」 「胸の辺りからボタンが閉じれないよ」 「え…」 顔を上げてみてみると、晴香の言ってるようにパジャマがパンパンでボタンを閉じれなくなっていた。 「ねぇ、これって昔の小さいパジャマなの？」 「違うよ」 この間までちゃんと着る事ができたパジャマだった。 「でも、ほら」 無理やりパジャマを引っ張って閉じると、ボタンが引きちぎれそうになる。その上 「けほ…けほ…く、苦しい…」 胸が強く締め付けられて呼吸ができなくなる。 「ちょっと待ってて」 晴香が違うパジャマを持ってきたけど、どれも胸の辺りが閉じれなかった。結局、下乳までボタンを留めただけで、それから上は開けっ放しにした。 「ちょっと…恥ずかしいな……」 胸の谷間が全開なうえ、乳首がぎりぎりパジャマで隠れる程度しかない。 「賢、胸、大きくなった？」 「よく、わからないよ。でも…そういえば…」 優一も、そんな事を言ってた気がする。 そっと、自分の胸に触れてみる。 （膨らんでるのかな…？） パジャマが着れなくなってるんだから、間違いないんだろうけど。 「ねえ、賢？」 急に、真剣な眼差しで晴香が見詰めてきた。 「な、何…？」 「その、訊きずらいんだけどさ、そのね…」 「う、うん」 なんだろう、喉の奥に変な感覚がする。 「ひょっとしてなんだけど…」 胃から、何かが込み上げてくる。 「う…うん…」 （なに…気持ち…悪い…） 「賢…優一の…」 その時だった。 「うぅ！！」 私は込み上げてくる物を必死に抑え込みながらトイレに駆け込んだ。そして 「うえぇぇぇぇ！！」 酸味のある液体を吐き出した。 「う、うぇぇ！！う、うぇぇ！！」 「賢！！賢！！大丈夫？」 晴香が走ってきて、私の背中を擦ってくれる。 「う…き、気持ち悪いよ…」 （なんなんだろう…いったい……） 「ねえ、賢。まさか、貴方」 「ん……？」 私は口元を拭って晴香を見る。 「優一の赤ちゃん、身籠ってるんじゃない？」 「え………」 私の中で、時間が止まったような感覚がした。 （赤ちゃん……？） 「発熱に、乳房の発達、それに、嘔吐。これって、妊娠した女の人に全部当てはまるんだよ」 私はそっと両手で自分の下腹部を触る。 （ここに…優一の赤ちゃんが…） 「あの〜賢さん？」 晴香が私の目の前で手を振る。 「あ、え、あ、なに？」 「その、赤ちゃんの事なんだけど？」 「えっと…よく、わかんないや…。でも、そういえば、生理も来てないし…ひょっとしたら、そうかも…」 「そうなんだ」 晴香は優しげに微笑んで、私の頭を撫でた。 「明日、検査の道具、買ってこようか？そうすれば、はっきりするから」 「うん」 私は、胸が高鳴るのを感じて、大きく頷いた。 Another View end 8月24日 木曜日 「賢、調子はどう？」 僕は賢の額に手を当ててみる。 （う〜ん、熱は大分下がってるかな？） 「優一が看病してくれたおかげで、随分楽になったよ」 顔色もいいから、多分そうだろう。でも、薬を買って戻ってきてからどうも様子がおかしい。 「ぽ〜〜」 なんだかぽか〜んとしてて、何もかも上の空といった感じだ。 「ねえ、どうしたの、賢？」 そう訊いても 「へへへ、内緒」 そう言って静かに微笑むだけだ。 結局、僕は賢の部屋で変な賢の看病をしながら過ごした。 そして、その日の夕方、賢の部屋の固定電話が鳴った。 「はい、川崎です」 「こちらは警察の者ですが、川崎賢さんはいらっしゃいますでしょうか」 「え…」 電話は、警察からだった。 「はい…はい……」 賢は受話器を受け取ってから、今までの陽気さがどこかに吹っ飛んだように暗い顔をした。 「わかりました……では、また…後ほど御連絡します……」 賢は重い手取りで受話器を置いた。 「賢……？」 「刑務所から…」 「え…」 「父さん…もうすぐ刑が執行されるんだって…。だから…もう会えなくなる前に一度会ったらどうかって…警察の人が……」 「形が執行って……」 つまり、死刑が執行されるということだ。 「優一…私…私……」 震える肩。悲しげなその背を見ればわかる。賢は、泣いてる。 「賢…」 僕は賢を背中からそっと抱きしめる。 「優一…。私……どうすればいいの……？わかんないよ……うぅうぅ……！！」 「賢…」 それからずっと、賢は泣き続けた。 （僕は…無力だ…） 賢の涙を止める事が出来ないのだから。 それから夜になって 「やっほうー賢！！」 晴香がやってきた。手には、薬局のビニール袋が握られていた。 「あれ……賢…優一…？」 僕らはあの電話以降、ずっと無言のまま過ごしていた。なんと賢に話しかけていいかわからずに、僕らは背中を預けあって無言のまま腰をおろしていただけだった。 賢は隠すことなく、夕方の事を晴香に話した。 「そっか…そうなんだ…」 「うん……」 賢は相変わらず静かに俯いてる。 「じゃあ、今日はやめてまた今度にしようか？」 何の事を話してるのか僕にはわからない。でも、賢は 「駄目！」 今まで無言だった賢が激しく首を振って拒否した。 「で、でもさ…」 晴香が遠慮しがちに僕を見てきた。 「大丈夫…。ねえ、優一…」 賢が僕を見つめてきた。真直ぐで、綺麗な瞳で。 「な、なに…？」 「少しだけでいいの……。部屋に戻ってて欲しい…」 僕は賢の視線に押され、理由を聞く事も出来ずに頷いた。 「あ、ああ。わかったよ」 僕は、真直ぐな瞳に逆らえなくて、足早に部屋を後にする。 「どうしたんだろう？賢…？」 僕は不安な気持ちを抱きたながらも自分の部屋へと戻った。 Another View 川崎 賢 「これが、妊娠検査薬？」 晴香から渡された箱に入ってのはスティックみたいな一本の棒だった。 「そう。それに、おしっこを一滴か二滴ぐらい垂らして、黄色が赤色が変われば陽性、つまり妊娠してる。もし、変化しなければ妊娠してないってこと」 「そう…なんだ……」 私は自分の心臓が早鐘を打ってるを感じる。 （やっぱり…緊張するよね…） 優一の赤ちゃんを身籠ってるかもしれないんだから、当然なのかもしれないけど。 「じゃあ、ちょっとやってくるよ…」 「うん、行ってらっしゃい」 晴香の笑顔に見送られ、私はトイレに入った。 それから妊娠検査薬に尿をいれ終わり、私と晴香は結果が出るのを待っていた。 「ねえ、晴香」 私は晴香に話しかけた。 「なに？」 「私…どうするべきかな…？」 「御父さんの事？」 「うん…」 私は小さく頷いた。 「そうね…私も、よくわかんないや」 「そう……」 （どうすればいいんだろう……） 私は父親が嫌い。本当に大っきらい。でも、行かないという選択肢を選ぼうとすると胸に何かが刺さる感じがして、辛い。 「私ね」 晴香が突然話を切り出してきた。とても、悲しげな目で。 「私、両親が死んじゃったじゃん。私が凄く小さい時に。その後は、親戚中をたらい回しにされてさ、挙句の果てに行きついたのは、薄汚い夫婦の家。そこで毎日暴力を振るわれる日々でさ…」 「晴香……」 「それでね、よく思ったんだ。なんで、私のパパとママは私をのこして逝っちゃったんだろうって……。正直…今でも…そう……ぐす……」 晴香の目から、涙がこぼれ始めた。 「晴香！」 私は晴香を抱きしめる。 「ありがとう…賢…。ごめんね…もう、泣かないって…きめてたんだけどな……」 「いいの…晴香…」 伝わってくる。晴香の悲しみと苦しみが。 「よかったら、続きを聞かせて……」 「私ね…今でも…許せないんだ…パパとママの事…。パパもママも、好きで死んだわけじゃないってわかってる……でも…でも…」 「うん…うん…」 私は晴香の頭をそっと撫でる。少しでも、晴香の心が安らぐように。 「だけどね……ある一つ事だけは、パパとママに感謝してるいんだ」 「それはなに？」 「それはね……産んでくれたこと」 「え？」 （産んでくれた…こと？） 私には、晴香の言ったことがよくわからない。 「どうして、産んでくれた事を感謝するの？」 「だって…パパとママが私を産んでくれたおかげで、私は一輝と出会えたんだもん…。一輝と出会って、一輝の事好きになって…。それに、優一や、賢とも友達になれたし」 晴香は私から離れて、にっこりとほほ笑んだ。 「私、今、とっても幸せ。もし、産れてこなかったらこんな幸せ、味わうことも出来なかった」 「晴香…」 ほんのりとリンゴのように赤くなった晴香の頬が、嬉しそうにほほえんでる。本当に幸せそうに。 「私が賢に言えるのは、これだけ。ごめんね、役に立てなくて」 「ううん、そんなことない」 私は、晴香に言われて初めて私も、そうか、と思えた。 （親がいなければ…私も……） 優一と出会うことや、愛し合う事も、晴香や、一輝ととも友達になって、楽しい日々を過ごすのも…みんな出来なかった。 「あ…」 晴香が驚いた声を上げる。 「どうしたの？」 「賢、検査薬を」 「え…？」 私は検査薬に目を落とす。 色が、赤色に変わってた。つまり、それは 「私…優一の赤ちゃん…身籠ってる……」 私はそっと、両手で下腹部を押さえる。 （ここに…優一の赤ちゃんがいる……） 大好きな優一の…ずっと…ずっと欲しかった優一の赤ちゃん。私は目を閉じて、そっと優一の赤ちゃんの存在を感じようとする。 （いるんだね…ここに…） まだ、よくわからないけど、でも、ここにいる。それは、間違いない。 「賢、その、おめで―賢？」 「ん？」 「泣いて…」 「え…？」 私は目を開ける。すると、晴香の顔が歪んで見えた。まるで、水を通して見たみたいに。 そっと頬に触れると、私の手に、涙が着いてた。 「私…泣いてるんだ…」 嬉しくて泣いてる。 「賢」 晴香が、私を抱き寄せ、抱きしめてくれた。 「よしよし、よかったね、賢」 「うん…うん…」 涙が止まらない。心が、幸せで溢れてくる。でも、この幸せを味わう事が出来るのも （親の…おかげ…か……） この時、私は心に決めた。自分がどうするべきかを。 「晴香…もう少し…もう少しでいいから…こうさせて……」 「はいはい。大きい赤ちゃんですね。もうすぐ、ママになるんでちゅよ？」 「晴香だって…さっきはこうされてたくせに」 「ははは、だね」 晴香の優しげな手が、私の頭を撫でてくれる。 （優一…私…もう大丈夫だから） 私は、最後の壁を超える覚悟を決めた。 Another View end 9月5日 日曜日 「ここか…」 日曜の昼過ぎ、僕と賢、一輝、晴香は刑務所の前にやってきた。今日が、賢と父が最後の面会をする日だ。 「賢、大丈夫？」 僕は傍らにたつ賢に訊いた。すると、賢は僕を見上げてにっこりとほほ笑む。 「大丈夫だよ、優一。私、大丈夫だから」 僕に納得させるように落ち着いて話す賢。なんだか、僕の方が心配されてるみたいだ。 「行っておいで、賢」 と晴香。 「行って来い、賢」 と一輝。 「行ってらっしゃい、賢」 と僕。 「うん、行ってきます」 賢は曇り一つない顔で、刑務所の中へと消えていった。 Another View 川崎 賢 皆に見守られて、私は刑務所の中へ入った。 「こちらへどうぞ」 看守さんに先導されて、私は刑務所の面会室へと向かう。 途中、連行された人相の悪い人と何回もすれ違う。 （父さんは、こんな人たちと一緒なんだ） 父の犯した罪を考えれば、当然なのかもしれない。 「ここです」 看守さんが、いくつか並ぶドアの内の一つを開いてくれた。 「どうも」 私は軽い会釈をして、中に入る。 中は簡素で、パイプ椅子があるだけだ。囚人がやって来る部屋にも、パイプ椅子一つ。二つの部屋は分厚いガラスで分けられ、私達はガラスに空いた幾つかの穴を通して声を通じ合う事になる。 少しの間待つと、囚人側のドアが開いた。 「入れ」 看守さんが、父を面会部屋へと入れた。というよりも、押し込まれたといったほうがいいかもしれない。 （父さん…） 痩せこけた頬、薄紫色に染まる唇、死んだ魚のような目。醜く肥えていたあの頃とは大違いだ。 父さんが向かいに座り、私を見た。 「なんだ、お前か」 当然、私の来訪を喜ぶような男じゃない。でも 「ええ、私よ」 私は怯むことなく言い返す。 「お前が来たってことは、もうすぐ俺も処刑台か」 「ええ、そうよ」 「俺が死ぬのを見に来るのか？」 「誰が。あんたの醜い様なんて、頼まれても御免よ」 目の前の父は無反応だが、父の後に控える看守は驚いたような顔をした。 「へ、そうか。それで、お前は何をしに来た？」 「言いたい事があるからよ」 「なんだ？」 父の醜い目が私を睨む。 （あ…） その目を、私は忘れていない。昔、私と信哉を邪魔者扱いした時の目だ。心の中で、憎悪が芽生えてくる。 （でも…駄目……） 私は込み上げてくる憎しみを押さえこむ。 （もう、決めたんだ。憎まないって…） でも、せめて、言いたい。私の、本心を。 「あんたなんか……」 「あ？」 「あんたなんか！大っきらい！！」 私は大声で叫んだ。あまりの声量に、看守さんがビク！と驚いた。 「……」 父さんは何も言わない。それを合図と思ったのか、看守さんが父の腕を持つ。 「行くぞ」 「……」 父は、私に目を向ける事無く立ち上がり、扉の向こうに消えようとした。 （駄目！まだ…言わなきゃいけない事がある） 「待って！」 私は消えかけた背を呼び止めた。 「私…父さんも…母さんも大っきらい…。でも、私は感謝してる！父さんと母さんが、私を産んでくれたおかげで、私は今、幸せを噛みしめて生きていけるから！」 「………」 父さんは振り返る事無く扉の奥へ消えていった。その時、私の見間違いかもしれないけど少しだけ父さんの肩が震えていたように見えた。 私は看守さんに先導されて、刑務所の外に出た。 すると、そこには大切な親友と、大切な人がいた。 「おかえり」 御兄ちゃんみたいに心強い顔で、一輝が 「おかえりなさい、賢」 御母さんみたに優しい顔で、晴香が 「おかえり、賢」 そして、私の大切な人が、心配そうな顔をして迎えてくれた。 目の前がぼやける。きっと、また涙だ。 （泣き虫だな、私） でも、大丈夫。私は、幸せを掴めたから。 「一輝、晴香…優一…ただいま！」 私は優一の胸に飛び込んだ。 （今日、ちゃんと話そう、赤ちゃんの事） 私達は帰っていく。大切な、大切な陽だまりへ。 その後の主人公達 西嶋 優一と川崎 賢 妊娠した事により、一時、優一と賢は実家へと呼び戻され、散々な御叱りを受けるも、両親は出産を了承した。その後、賢は出産のため二年生修了時に高校を中退し、実家に身を寄せる。 優一は一人残り、受験勉強に精を出した。 三年生の夏休みの途中、賢が女の子を出産。名前を優菜と名づける。 その後、優一は大学受験に合格し、国内最先端の医療を学べる防衛医科大学へと進学。賢も出産後、故郷で大検を取得し、娘の育児をしながら看護学校合格を目指して現在勉強中。 宮之下 一輝と西条 晴香 三年生になると、一輝と晴香は剣道部のエースとして活躍。その後、一輝は防衛大学へ進学。晴香は故郷に帰り、地元の喫茶店に就職した。ときどき、賢の様子を見に行くという。 その後、一輝が防衛大学を卒業すると、晴香と一輝は同棲を始め、翌年には念願の長女を授かる。名前を未来と名づけ、二人は子育てに奔走中。 |
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| 2011.5.14掲載 |
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