7月12日水曜日 アラームの音で僕は目を覚ます。 「ふぁ〜」 いつも通り制服に袖を通して身支度を整えると登校すべくドアを開ける。 「………」 いつもなら先に起きていることを自慢げにしてそこに立っているはずの少女はそこにいない。 「なんだか…」 僕は拍子抜けしたように後ろ頭を掻いた。 賢がいないため静かな道を一人で登校した。いつもの時間に登校したから授業が始まるまで大分時間が余っている。 「居眠りでもするか」 いつもなら勉強に専念するところだが、今日はなんだかそんな気分にもなれないのだ。 「…………」 それからどれだけ時間が経っただろうか。 教室のドアが開く音がして、それからなぜか、教室内が騒然としたような慌ただしさを見せ始めた。 「お、おい…あれって…」 「ああ…素材がいいと思ってたが、まさか…ここまで可愛いとは！！」 「きゃぁ！！なに？めちゃくちゃ可愛いじゃない！！」 「本当！！抱きしめた〜い！」 クラス中から男子の感動の雄叫びが上がり、女子が黄色い声援を上げた。 （なんだろう…？） 僕はなんとなく気にはなったが興味よりも眠気が勝ってそのまま眠り続けた。 「…………」 「ゆ、優一、君…？」 ふいに僕の耳に、女の子の声が聞こえてきた。 「ゆ、優一君。も、もうすぐ授業だから、お、起きて」 恥ずかしそうに女の子が話しかけてくる。 続いて、女の子の小さな手が僕の肩をゆすった。 「む…もう五分…」 「だ、だめだよ。起きなさい」 「無理…」 僕がそうそっけなく応えると、相手は実力行使に出た。 「起きなさい！」 女の子はそう怒鳴って僕を引き倒したのだ。僕は床に仰向けになって倒れた。 「いて…」 それで少しばかり目が覚めて、そっと目を開けた。 （誰だ…？） 最初に目に飛び込んできたのは、普通の革靴だ。視線を上に向けると、黒いニーソックに包まれた肉付きのいい太ももがあった。 （すごく色っぽい太ももだな…） さらに視線を上げると、ミニスカと、青と白の縞模様のショーツが見えた。さらに、突き出た双乳も見えた。 （でかい胸、それにすごいミニスカだな。最近の女子って少しばかり色気つき過ぎてるよな。こんなにスカート短いと少しめくれただけで見えちゃうよ） そして僕は、朦朧とした意識の中で 「青と白の縞模様」 「きゃぁ！！」 女の子は慌てて股を閉じてスカートの両手で押さえると、僕に背を向けた。背中まで届くポニーテールが揺れる。 （あれ、こんな髪型の子いたっけ？） 僕は一応のところクラスメイトのことは把握している。昨日までの時点でポニーテールの女子はいない。そもそも、クラスに背中まで届く程長い髪を持っているのは一人しか知らなかった。 （他所のクラスの子かな？） 僕はそう思いつつ立ちあがってみると、女の子の背は僕の顎の高さまでしかなかった。 （あれ？以外と背が小さい） 色っぽい太ももや大きな胸の割に背は小さかった。 「あれ、みんな？」 さらに僕は辺りを見回すと、男子達は鼻の下をのばし、女子達はまるで可愛らしい子犬でも見るように顔を赤くしていた。 「はい、はい。そこまでね〜」 突如として聞こえてきた声。それは晴香のものだった。晴香はどこからか現れて僕の横に並んでいた。そして 「可愛いでしょ？」 と僕に訊いてきた。 正直、僕には何のことやらさっぱりだ。 「どういうこと？」 僕は正直な思いを述べたが、晴香は驚いたように目を丸くした。 「え？わからないの？」 「だから、なんのこと？」 すると、晴香は信じられないと言ったように額に手の平を当てた。 「以外と鈍感なんだ、優一は」 「だから、なんのこと？」 「もう！」 晴香は膨れると例の女の子の後ろに立って両肩に手を置いた。 「まったく、大事な、大事な女の子がせっかく可愛くなって帰ってきたのに、ねぇ？」 そう言って、晴香は例の女の子をくるりと体ごと振り向かせた。 「え…」 （可愛い…） 後姿からはポニーテールしか見えなかったが、前髪はランダムフルバンクになっており、可愛らしいピンク色の髪留めがされていた。小顔で、幼げな容貌で、恥ずかしそうに頬を赤くしていた。 （なんだか、賢に似てるな） 「君、名前は何て言うの？」 僕は思わず訊いてみた。 「え！！」 途端、クラスが静止する。 女の子は驚いたように目を丸くすると、次の瞬間にはむくれ顔になった。そして 「隣に住む女の子の名前を忘れたの？」 むくれた女の子の語調はとても尖っていた。 そしてこの時、僕の世界も間違いなく静止した。 「え…」 「私、賢だけど」 そう言って女の子が僕の目の前に仁王立ちした。直ぐ下を向くだけで、女の子可愛らしい顔がある。その顔は見間違うことなく賢そのものだ。 （し、信じられない…） 僕には状況が飲み込めなかった。昨日まで男子の制服を着て、男のような口調で話していた賢が、今朝になって、女子用の制服に身を包み、しかもミニスカにしてニーソックスを履いてきて、さらには髪をポニーテールにしてきた？！さらに、僕の事を『優一君』と言っていた。 （優一君って…） しかも、自分のことも私と言っていた。 （いつも僕なのに…） しばらくの沈黙の後、僕は 「えっと…本当に？」 次の瞬間に僕はしまったと思った。 賢は今にも泣き出しそうに目を潤ませてしまったのだ。 「せっかく……可愛くなろうとしたのに…」 「あ、ち、違うよ！違うんだ、賢！僕は、その、た…ただ…」 「ただなによ！」 賢は涙目のまま僕に詰め寄ってきて胸倉を掴んだ。 「そうよ！どうせ僕は男女で、女子の制服なんて似合わないよ！」 「だ、だから違う！」 「じゃあなによ！」 「それは……」 僕はこの場で言うべきかどうか一瞬ためらったが思い切って 「賢が可愛くなりすぎたんだ！」 と叫んだ。 「え…」 賢は不意打ちでも受けたかのようにきょとんとして、胸倉から手を離した。 「よかったね。彼氏が可愛いって誉めてくれたよ。これでベッドインも確実だね！」 晴香はそう言って賢の頭に手を置いた。 （って、ちょっと！！ベッドインって……） 「ちょっと！な、な、なによ…べ、ベベべットイン、って…」 賢が顔を真赤にして動揺している。 そんな賢を楽しそうに眺めながら晴香は悪戯っぽく微笑んで 「あれ？まだだった？賢ちゃんは以外にうぶなのね〜？」 その一言で賢はむっと頬を膨らませ 「そ、そんなんじゃないよ！」 「え〜本当に〜？」 「い、一回ぐらい、僕にだって！あ―！！」 賢は慌てて口を両手でふさぐ。 「へ〜一回ぐらいか〜」 晴香の意地悪そうな笑みを見て、賢はうまく嵌められたことに気がついたのだ。 「はぁ」 僕は諦めたようにため息を漏らした。 途端 「えええ！！！」 クラス中が湧き返った。 「ち、ちち、ち…」 必死に違うと言いおうとする賢だが、うまく呂律が回らない。 「やりますね〜賢さん。いつのまにそんな手が早くなったんですか〜？」 晴香が調子に乗ってさらに賢をからかいだす。 「そ、そんなことで…！い、いちいち、晴香に言われることじゃ、な、ないでしょ…！」 まるですがりつくように晴香に詰め寄る賢。 （賢、それじゃあなにも弁解になってないよ） 僕は心の中でもう一度ため息をつく。 「はいは〜い！とりあえず、そこまで」 すると一輝がいつの間にか晴香の後ろに立っていた。 「あ、一輝」 「あ、じゃないぜ、晴香。お前、少し遊びすぎた」 そう言って晴香の頭に一輝は手を置いた。 「だって〜。二人とも予定通りの行動してくれるから面白くって」 満足げに歯を見せる晴香に一輝は呆れたようにため息をついた。 「お前のお楽しみのためにクラスをめちゃくちゃにする気か？」 そう言って騒然となっているクラスを指差した。 机や椅子が惨事でも起こったかのようにそこら中に転倒し、用具が床一面に広がっていた。 「あ…」 晴香はそれに今気付いたらしい。 「とりあえず、お前は教室に戻れ。直ぐに授業が始まるぞ」 「ええ〜」 晴香は不満そうにむくれるが 「帰れ」 晴香はまるで猫のように首根っこを掴まれてひょいっと吊り上げられると、そのまま教室へと連行されていった。 一方、僕らはというと 「あの…賢？」 僕は顔を真赤にして俯いている賢に話しかけていた。 「その…ね、なんか言ってくれたら嬉しいというか気が楽になるっていうか…その…」 しかし、賢は僕を無視して席に着いてしまった。そして、タイミングを見計らったかのように先生が教室へやってきてしまったのだ。 「な、なんだ、これは！！」 そして先生は惨状となった教室を見て驚きの声を上げたのだった。 「優一、お前も災難だな」 晴香の強制送還から帰ってきた一輝が僕の肩に手を置いた。 「最近、一輝に同情される回数が極端に増えてるよね？」 僕は努めて冷静に返す。 「ああ、晴香のせいだ」 僕も即答で相槌をうつ。 |
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| 2011.2.19掲載 |
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