第三話


　もしかしたら、あの一晩で捨てられるかもしれない。
　それだけ、彼女にとって屈辱的な質問をしたかもしれない。
　性交の最中に、官能の間際に、昔の男の、しかもあまり楽しくない、思い出を洗いざらい聞き出そうとしたのだから。
　まぁ、ほとんど聞けなかったのだけれども、正直うっとうしい男だっただろう。
　もしくは１回ではこの出会い系から省かれてしまうので、あと１回は会うこともあるかもしれない。

　そんなことを考えていたものだから、僕は驚いた。
　帰り際、ホテルのエレベーターを無言で降りながら、彼女が腕を組んできたから。
「怒ってないの？」
「へ？何がですか？」
「いや、昨日、いろいろ嫌なことを聞いてしまっただろう？」
「・・・はい。でも、私のことを抱きしめてくれたので、帳消しです。」

　抱きしめる？したっけ？あぁ、彼女がイッタ時か・・・。
「また、会えるかな・・。」
「会ってくれますか？」
「あぁ、もちろん。えっと、いつがいい？」
「いつでも・・・。」
「じゃぁ、今日。この後、熱海か箱根か・・温泉旅館なんてどう？」
「あ、はい。」

　しまった。これじゃベタ惚れしているみたいじゃないか。
　だけれど、あぁ、そっか、昨夜からずっと抜いていない。
　腹の底にこの女を蹂躙したい欲情が溜まったままだ。
　吐き出しさえすれば治まると言うのに。
　まぁ、いいか。せっかくの土曜。
　たまには金・土・日と女を抱き続けるのも悪くはないだろ。

　思案顔の僕を彼女が見上げていた。
「あのぉ、変なこと考えてますか？」
「ぷっ。」
　ついつい笑ってしまった。変なことかもしれないけれど。
「いや。どうして？」
「昨夜もそんな表情になった途端にＨになったから・・・。」
「そんなことないさ。ただ、実際、口には出してみたものの、宿をどうしようかと思ってね。」

　まぁ、後でネットラウンジにでも行くかな。
「一度帰って、服を取ってこないと・・・。」
「いや、必要なものは買ってあげるから、このまま行こう。」
「あ、はい。でも、良いの？」
「あぁ、言いだしっぺだしね。」

　瞬間での思いつきは案外大切だ。
　冷静な時にはできない決断をしてくれるから。

　ホテルを出て六本木通りを登りがてら、いつも目について気になっていたＳＭショップへと入る。
　土曜の昼前に開いてるか不安はあったが、辛うじて入る事ができた。
　と言うのも店主がたまたま居て入れてくれた。

　何がなんだかわからない。霞の顔を覗いてわざといやらしく囁く。
「ねぇ、君はＭ女なんでしょ。どれが一番気持ち良いの？教えてよ。」

　純白の皮膚にうっすらと桜が咲いて、オズオズと指を伸ばした。
　やや太めで滑らかな感じのバイブを指さしたので、手にとってみる。
「ねぇ、ぜんぜんイボイボとかないけど、これがいいの？」
　恥ずかしそうに俯きながら、小声で返事をする。
「はい。そういうのってイッタ後にドクドクするんです。」
「へぇ、ねぇ、今の言葉、僕の目を見て言ってごらん。」

　黙り込んでしまった。
　たぶん、真っ赤に頬を染めているのだろう。その反応が楽しいじゃないか。
　色々な男に弄ばれてきて、こんだけ可愛気があるのに、なぜ、別れてきたのか。
　捨てられたのか？捨てたのか。そうか、この問題が解決していなかった。

　彼女とちょっと離れて店主に相談する。
「Ｍ女を調教ではなくて、官能に浸らせるアイテムが欲しいのだけど、お勧めはありますか。」
「えっと。あの方がＭ女だとしたら、これと、これですね。」
　目隠しと耳栓を渡される。
「えっと、目隠しと耳栓ですか。」
「えぇ、Ｍ女って言うのは、まぁ、女性一般にもその気があるのですけどね、幻想を抱く方が以外と多くて・・・。現実から離れるには目や耳からの情報を消すのが一番ですから。」

　へぇっと納得してしまう。まぁ、そうなのかもしれない。いや、その通りだな。
　にっと笑うと店主もにやっと顔を崩す。

　振り返ると不安そうにスベスベのバイブを棚に戻すべきかどうしようか迷って、霞がこちらを見ていた。
　僕は霞の手をとって、そのバイブと目隠しと耳栓、それに、店主がこれは最低でもとピンクローターを出してくれた。
　無料でアルカリ電池の束を渡されて驚くと、
「電池の消耗が早いんですよ、そのバイブは。」と、親切だった。
　良客になるとでも期待させたかな・・・。

　冷気を帯びた風で痺れた皮膚を、太陽の光がふやかすような温かみが心地よい。
　店を出て、霞がバイブをもって恥ずかしがる姿に反応した肉がズボンを押し上げていた。
　皮膚がつっぱって直したいのだけれど、土曜とは言え六本木通り。人目もある。
　それを気にしながら、次々とするべきことに頭を向けた。
　服・下着・コンドーム・・・、銀行が先か。
　ネットの方が楽だが、しかたない、電車の中で携帯でチェックしよう。

　新宿から踊り子号が楽そうだし、伊勢丹でも丸井でもあるからとりあえずと、新宿までタクシーを走らせる。
　買い物の最中、霞は僕の手を握っていた。ずっとだ。
　まぁ、学生に戻ったようで恥ずかしくもありながら少しばかり嬉しい。

　そして、今風なハーフパンツにノースリーブを買い与えて、着せてみると少し寒そうだけれど色っぽかった。
　それに店員が勧めた薄着のコートを羽織らせたら突然色が舞い降りた。
　へぇ、と僕が関心する以上に霞の瞳は見開かれて、少女のように嬉しそうな微笑を見せる。
「毒を喰らわば皿まで」は少し意味がずれるけれど、いけるトコまで行くかなと、コートを見立てた店員に良い美容院と美容師を教えてもらい、電話で確認をとると、予約が可能だったので、温泉のことは後回しにして、霞を連れまわした。

　女は化けると言うけれど、化けたい気持ちが僕にもわかる。
　こうやって少しずつ生まれ変わっていく姿には神聖なものを感じる。
　宗教なんてものは一切興味がないが、あるとするなら女性信仰と言うところか。
　男が女のために生きて何が悪い。
　いや、それこそが生きる意味だ。などと説く輩が居ても僕は批難するまい。
　霞の体全体から溢れてくる喜びに触れるだけで、そんな気持ちになる。

　美容院を出るともう日も暮れんとする時間だった。
　隣には昨夜の不幸そうな霞とは違う、幸せそうな霞が寄り添う。
　この時間になってしまうと温泉宿はずいぶん遠いな。
　まぁ、諦めるか。
　ふと、横を向いて無口な霞にそう伝えると、恥ずかしげもなく腕にしがみ付いて頬にキスをしてきた。
　あぁ、恥ずかしいさ。この年齢にもなれば、街中で頬にキスなんて、恥ずかしくないはずもない。
　だが、そんなことよりこの女は美しいじゃないか。
　そのまま、人まばらな新宿の裏道で彼女を抱きしめた。


「虎之助さん。あの、温泉行けなくてごめんなさい。」
「いや、僕がつい夢中になってしまっただけだから・・・。」

　君にとは言えなかった。
　言えなかったけれど霞の頬に薔薇が咲いて瞳を真っ直ぐ向けられると、真っ白で薄っぺらい女性が僕の心の声まで聞いているような気がした。


　その日、彼女の部屋へ案内されて、シンプルな家具に囲まれて彼女を抱いた。
　しかし、男と言う生き物は不思議なものだ。
　どうやら彼女に惚れてしまったことは認める。
　しかし、一度彼女の純白な肉体を見るとついつい、愛する女を痛めつけたくなるのだ。
　彼女が死ぬほど感じる程に、僕の心は死ぬほどに甘い喜びに満たされた。
　これでは女を崇拝する宗教が云々などと昼間に思ったのが、ちゃんちゃら可笑しい。

　その晩、僕は彼女が失神しても許さなかった。
　彼女の告白通り、つるりとしたバイブの抽出の直後の彼女の体の震え方は、逃げ回るようにはじけて僕の欲情を焚きつけたし、
　店主の言うとおり、耳栓も目隠しも彼女の絶頂を激しくした。

　絶頂に弾かれて意識を失い、絶頂に呼び起こされて目を覚ます霞。
　鳴くこともままならずパクパクと空気を求めて胸を突き出す様は、さながら人魚を陸に打ち上げたような良い気分だ。

　何度も鳴いて震える彼女を抱いて、やっと挿入すると、細く白い太股は筋立って震え、ツンと伸びた足先が背中に廻る。
　僕の側面に触れる太股とふくらはぎは、撃たれたように痙攣していた。
　蠢く襞が僕の肉に絡まりながら、一振りごとに震えるほどに緊張していた。
　そんな霞に杭を打ち続けて僕は最高の幸福感を味わい、彼女は泥沼の底へと落ちて眠った。

　３度抜くこともせずに白濁を中に吐き出してしまった僕は、冷静になると少しだけ申し訳なかった。
　でも、組み敷いた細い肉体に痺れるような射精感を促されると、居ても立ってもいられなかったのだ。