第四話


　翌朝目覚めると、彼女は上機嫌だった。
　僕の腹に頭を乗せて、鼻歌混じりに優しく一物を撫でている。
　朝の生理現象で大きくなったソレは彼女の細くてしなやかな指の感触に嬲られて、目を覚まそうという頃合には射精直前だった。
　夢現に股座から足先へと熱い快楽が流れ込み、腹の底から湧き出すような快感に声を漏らすと、霞の柔らかい胸が腹の上でつぶれ、射精の瞬間、ソレは彼女の喉に滑り込んだ。

　突然咥え込まれて甘い喜びに浸る間もなく、ぬめる舌先の感触はビリビリと官能で焼かれる肉棒を灼熱から解放しない。
　腹の奥深くに溜め込んだものを全て吸い出そうかと言うほどに絞りとられて、全て出し尽くし、そして何度かのビクリとした甘い衝撃に打たれた後、やっと口を離した霞は微笑み、肩に頭を乗せて、意地悪く口を尖らせる。
「昨夜のお返し。」

　陰気な雰囲気はどこへ行ったのだろうかと言うほどに、火照った頬は幸せそのものだった。
　薄暗い一重の目蓋は、甘い官能を誘う淫靡な瞳へと羽化して、細くて貧しい雰囲気の肉体も、嬲り甲斐のある幼さと淫らさを兼ね備えた最高の女体になっていた。
　そのまま、官能に反応をやめない肉棒に突き動かされて、自分の精液の薫りが取れない彼女の唇にむしゃぶりついて、きつく、身動きならないほどにきつく霞を抱きしめた。

　吸い尽くされて萎えた肉棒が、彼女の舌の淫靡な蠢きと、乳房の柔らかい感触を潰す温かい抱擁に反応して、ムクムクと血を集めて立ち上がる。
　丁度、そこには彼女のまっさらな割れ目から蜜が滴っていて、僕は尻たぶに両腕を伸ばして尻穴を開くかのよう割り、さも当然と蜜の壺に肉の杭を滑り込ませる。
　彼女の腰が一瞬逃れようと反応して、甘い声が耳元で弾けると、僕の血は一気に沸騰した。


　アスガルドかシャングリラか、或いはエデン・桃源郷、どこでも良いが、彼女の部屋はその日、まさにそれだった。


　昼前になるとさすがに疲れ果てて腹を空かせた僕は、とろけるようにしなだれて時折官能に震える霞を解放して、二人で風呂に入った。
　悪戯心でちょっとばかり風呂が長くなってしまったが、それでも身奇麗になって服を着ると、それなりに気分は変わる。

　昨日買ったばかりの服と、彼女が美容院で髪を整える間に購入しておいた下着に着替えさせて、彼女は僕が購入していた下着が想像していたよりも可愛気なことにほっとして、するすると肌を通していく姿は微笑ましかった。

「ねぇ、もっと凄いのを想像してたんだ。」
「はい。だって。」
「そういうの期待した？」
「え？いえ。こういうの可愛くてちょっと憧れてました。」
「そっか。僕も霞の下着姿は可愛いから好きだな。今度、また買ってあげるよ。」
「あ、私、自分で買います。悪いし。」

　身支度の終わった彼女を連れ出すと太陽の眩しさに一瞬目が眩んだ。
　霞も手をかざして目を覆い、もう一方で僕の腕に抱きついていた。


　彼女との食事を終えて、少し残念ではあったけれど別れて自分の部屋へと帰る。
　ふと思い出して携帯を握り、あの青年の連絡先を表示すると、意を決して通話ボタンをプッシュした。

　金曜の夜は彼女の過去を穿り返して、彼女を貪るように犯した。
　土曜の夜は彼女の可愛らしさに興奮して、彼女を殺しそうな勢いで嬲った。
　日曜は朝から彼女の肉を、始めての性交に興奮する少年のように執拗に求め続けた。
　そして、たったの３日間で彼女はまったく別人のように愛に溢れた美しい女に羽化していた。

　彼女は、最初の男と約束をして、捨てられ、その後この紹介所で４人の男に出会い、それぞれ別れている。なぜだろうか。
　捨てたのか、捨てられたのか？どうしても知りたくなった。
　先日までは彼女を不幸に縛りつけるために知りたかったが、今はそんな下らない理由ではなく、ただただ彼女のことが知りたい。

　青年は３コール目で電話に出る。
　青年「あぁ、やっぱり彼女とは駄目でしたか？」
　駄目などころか最高だったのだが、僕は声を押し殺して会話を続ける。

「いいや。そんなことはないよ。ただ、僕以外の紹介した男とどうなったか知りたいんだが。」
青年「え？はぁ、まぁ、Ｍ女として紹介してますので、それなりにハードな関係の方ばかりでした。」
「まぁ、そうだろうね。でも、彼女の体に傷跡とかそういうものはなかった。」
青年「えぇ、そういう趣味の方が、女体に傷を残すことはあまりありませんから。下手な男だけです。傷を付けるのは。えっと、それで何か問題があったのでしょうか？」
「なんで別れたんだろうと思ってね。」
青年「まぁ、なんと言いますか、まだ新橋さんは外苑霞さんとお付き合いの最中なので言いずらいのですが、　彼女はちょっと口下手ですし、それに、見た目と違って精力的というか・・・。それでぱっと燃えてしまって、男に飽きられてしまうみたいで・・・。」

「みんな？」
青年「はい。」
「本当に？」
青年「えっと、一応。」
「その４人は今、他の女と付き合っているの？」
青年「ええ。ただ、我侭な方ばかりで長続きしていないみたいです。」
「そっか。霞とどういうセックスをしていたかとかは知っている？」
青年「え！いいえ。そんなことまでは詮索していませんので。」
「そうか、ありがとう。」


　大した収穫もなく青年との電話を切ろうとしたら、青年から声をかけてきた。
　回数の話のようだった。僕が求める性交の回数は月１〜２回。
　霞が求めていたのは確か週に３〜４回。ほとんど新婚夫婦か、学生の同棲生活並だ。
　それで、僕は週３〜４は無理だけど、少し付き合うよとだけ返事をすると、
「案外気に入ったんですね。良かった。」と朗らかな声が返って来る。
　少し気恥ずかしさがあったが、まぁ良しとしよう。

　月曜の仕事帰りにメールが来たので霞と会うことにした。
　先日買って与えた服とは違う、少し地味な服装だったけれど、それでも溢れるような幸福感からか、依然とはまったく違う。

　そのまま二人でオレンジ色の薄明かりが白土の滑らかな壁に降り注ぐ暖かい料理屋で、スープパスタを２皿と赤ワインを注文する。
　ホワイトクリームにアサリやらマッシュルームやらがどっさりと泳ぎ溶けたチーズが表面にかけてある濃厚なスープに、細麺のパスタがしっかりと湯通しされて柔らかく絡む。
　真っ赤なトマトスープにピリと香ばしい大蒜の香りを立ち上らせて、イカの輪切りとワカメがどっさりと盛られたスープに太麺がやや硬めに茹でられてツルツルと滑る舌触り。

　ほくほくと頬を緩ませて食事を進めて、甲斐甲斐しく小皿にパスタを盛り付けてくれる姿が可愛らしい。
　彼女を見つめる瞳に気付いて恥ずかしそうに俯くところも、なんだかいじらしい。
　濃厚なチーズとクリームを流し込むように、赤ワインを口に含むとこれも、渋みに硬さと薫り高さを併せ持つ良い味わいだった。
　僕は酔い心地だった。

　霞もワインをコクッと一口飲むと、太ったワイングラスの縁についた唇の後をナプキンで拭う仕草が艶っぽい。
　霞は体の線の細さに見合った食の細さで、すぐに満腹になって嬉しそうな表情になる。
　残りを僕がパクパクと食べると一口ごとに嬉しそうに目を細めて、頬を緩ませる。
　ワインが残り少なくなった頃、ボジョレー解禁の話題が近くのテーブルで上がり、実はこの年までボジョレーヌーボーを飲んだことのない僕がそのことを告白した。

　霞はそれじゃぁと喜んで、一本追加することになった。
　店を出る頃には少し酔った。でも、霞はとても酔っていた。
　そして、僕の酔いは霞の薫りのせいでもあったから、最高の気分だった。
　ワインのほの甘い香りの漂う唇を吸って見つめると、嬉しそうに体に腕を巻きつけてくる。

　少女のように純粋な反応が嬉しくて、タクシーを呼び止めた僕は、彼女を自分の部屋へと招き入れた。
　霞はほろ酔い加減で僕の部屋を眺め回し、明日、仕事どうしよぉと笑っている。
　本棚を眺めながら雑多に詰め込まれた本の塊に指を這わせて、ビクリと指先が震える。
　これ、私も読んだわ。と一冊、薄っぺらいものを取り出す。
「若きウェルテルの悩み」をペラペラと捲ると、思い出したかのようにしんみりとして、そして僕に振り返った時には、半分涙が溢れかけていた。

　彼女の過去をなんとなく知っている僕は、そんな彼女にまで欲情している体に、立つ瀬なくて、それでも彼女をその夜も抱いた。

　霞はこれまで以上に優しく愛撫する僕を胸に抱きしめながら、時折甘い声を漏らす。
　彼女の指先を背中に感じたその一瞬、僕の心に神への恐れのような感情が湧き出て、こんな肉棒を彼女に突き立ててしまって良いのかと自問せずには居られなくなった。
　躊躇しながらも彼女の体を求める血の滾りは溢れかえるように昂ぶって、薄い胸にふわりと乗った純白の乳房を揺らして、それから唇を押し付ける。

　先端の淡い肉に舌を這わせると彼女の甲高いさえずりが一瞬だけ漏れて、細い肢体に指先を這わせるとピクリと反応する。
　延々と彼女の体に優しい愛撫を続けて、彼女の全身に指先が触れて、彼女の全てに唇を這わせたような気がした頃、我慢できないと言った雰囲気で、霞の指が僕のソレを招き入れようとした。

　僕はちょっと待ってと言ってベッド脇の引き戸からコンドームを取り出して、胡坐を掻いてせっせと勃ち上がる塊にかぶせていく。
　この間は中で出してしまったけれど、今思うと罪悪感がある。
　子供が出来ても結婚できるなら良いが、僕らの先はまだわからない。
　僕は正直、そんなのも面白いと感じ始めているけれど、いや、白状してしまうと、いっそ彼女となんて思っている。

　僕の指が肉を一扱きして彼女に向き直ると、彼女は嬉しそうに笑っていた。
「どうしたの？」
「へへ、男の人が着ける姿って可愛いなと思って。」
「な、なにがさ。」
「ほら、なんか自分のおちんちんを一生懸命見つめて、でも、私のための行為なんだなぁ〜って。」

　恥ずかしくなって彼女の唇を塞いでしまうと、その生意気な口から唾液を啜り、後は彼女の奥までゆっくりと貫いた。。
　それから僕と霞の二人は涎と蜜とにどろどろに溶けて消えてしまった。

　霞の震える唇と、僕の口の中で響く甘い泣き声に、絶頂の嬌声が響いた時、それに促されるかのように、彼女の中で射精した。
　焼け付くような官能に脊髄が痺れて、男性器に絡みつく霞の肉襞が蠢く。
　蠢くほどに絞られて、絞られるほどに跳ねる。
　跳ねれば彼女の天井をこずきあげて、二人の粘着は全てを呑み込んでしまう。
　そして、たぷたぷとゴムの内側でたゆたう精液が彼女との粘着を淫靡にしてくれた。

　唇を吸い合いながら目蓋を開けると、霞も恍惚とした輝きに濡れる瞳を薄く開けて、僕の唇の中でもごもごと囁いた。
　なんて言ったかなんてわからなかったけれど、僕も彼女の唇の中に心の底からの本心を呟く。
　彼女の舌に絡まって言葉にはならなかったけれど、それでも良かった。


最終話


　僕と霞との出会いはつまらないきっかけだったけれど、人生でもっとも甘美な出会いだったかもしれない。
　あの晩、彼女が僕の唇の中で言った言葉はなんだったのだろうか。
　聞きそびれてしまった。

　僕は今、娘の幼稚園の入園式で、幸せそうな妻の微笑みに頬を喜ばせている。
　心配事は数え切れない程あるけれど、僕は幸せだ。

　心配事は何かって？
　妻に似て痩せ過ぎな娘や、二人めの子供がお腹にできて重たそうに抱える妻の体や、そして愚かな上司や生意気な部下や、日本の将来やらなんやら色々だ。


　小さな娘が楽しそうに走り回る姿を眺めながら身重の妻が側に寄り、腕を絡めて僕を見上げる。そして瞳を細めて幸せそうに小さく囁く。

「ねぇ、貴方。あの時、なんて言ったの？」
「さぁ、なんのことだか・・・。」

〜寿下夢〜完