レッスン２「媚薬」
 「ありがとう」
果汁百パーセントのオレンジジュースを喉を鳴らし飲む先生を見て、恭平はしまったと思った。
というのは、例の媚薬を混ぜるチャンスが早々に訪れたのに、それができなかったからだ。さっき先生の声がした時シーツの上にこぼれたザーメンを隠すことだけで精一杯で、すっかり媚薬のことを忘れていた。
ベッドに視線を移し媚薬を探すと、やはりそこにあった。
次のチャンスは一時間後の休憩タイム。その時に出すドリンクの中にあの媚薬をいれなければ全て妄想の世界で終わる。
なんとかして、あの小瓶を持ってこの部屋をでなければならない。
先生に気づかれること無く持ち出さなければならない。
「ふぅっ、生き返るわぁ。よぉし、早速、ミニテストをやるよぉ」
余程、喉が渇いていたのだろう、先生はジュースを全て飲み干してそう言った。
「あっ、うん」
「じゃあ、いつものとおりだからね」
「うん」
と、返事をし鉛筆を手にしたが頭の中は媚薬のことで一杯だ。
「よし、はじめ」
先生の合図にはっとし問題用紙を表にした。第一問に目を通すと正誤問題だ。これは簡単だ。カリカリと鉛筆が走る。
次の問題。
（だめだ……）
やはり、意識が問題に向かない。なにしろ、最大のチャンスなのだ。今回のテストなどどうでもいい。そう自分に言い聞かせ再び小瓶を持ち出すことに考えを巡らせた。
（うーん）
どうしたものか？ ちらりと右斜め後方のベッドに視線を移し、自然にベッドに近づくきっかけを探す。
（あっ、携帯！）
そうだ、携帯電話がヘッドボードにおいたままだ。それを取りにいくのならば、自然だろう。もし、「どうしたの？」と訊かれても「友達にメールするの忘れてた」などと言い訳はいくらでもある。その時ついでに先生から死角となる位置で小瓶を掴めばいい。
小瓶は握れば少しキャップが見える程度だ。急いで部屋から出れば、きっと気づかれないことだろう。
そうするか！ と思ったときいつものように先生の携帯からテスト終了を知らせるアラームが鳴った。
「ふぅっ」
結局、最初の問題だけしか解けなかった。後半の解答を見たら、先生は呆れることだろう。しかし、あの媚薬を飲ませてしまえば違う展開が起こるはずだ。
とは思うもののはじめて使うもの、その効果の程はわからない。ただ、ホームページに書かれていたセールス文句を信じるしかない。
「うー、なんか調子が悪いなぁ」
一応、駄目だったことを先に伝えた。
「うーん、そんな感じだね。途中から手が止まってみたいだから……まっ、いいわ。とりあえず、休憩しよっ」
「ふぁぁぁっ、休憩だぁっ」
と、両手を上に挙げ身体を伸ばして立ち上がった。
「あっ、ケーキ忘れないでね」
「うん」
恭平は曖昧な返事をし、さりげなくベッドまで行き予定通りの行動をとった。
右手に携帯を持ち左手の中には小瓶がある。小瓶をすかさず短パンのポケットのなかにいれた時、
「どうしたの？」
と、背中越しに先生の声がした。予想通りだ、普段と違う行動をしているのでそう訊かれるのも当然だろう。恭平はシュミレーションどおりに口を開いた。
「んっ、いや別に……ただ、友達にメッ、メールしっ、しようと思って」
（しまった！ どもってました）
どもっただけではない、恭平は妙に裏返った声をあげた。
「ぷっ、どうしたの？ 恭平君。変な声だして……それに、今なんかポケットにいれたでしょ」
笑いながら言う先生にビクッと肩を震わせた。
（げっ、見られてた……）
「なっ、何でもないよ」
「うーん、なんか妖しいぞぉ」
「何でもないって！」
と、恭平は何故か怒気のこもった声をあげ、そそくさと部屋を出た。
「ふぅ」
トレイにアイスコーヒーとケーキを二つずつおき恭平は大きな溜息をついた。
ついにこの媚薬を使う瞬間がきた。
緊張してプルプルと震える手でキャップをとり瓶の口をグラスの中に向けかざした。
「うわっ」
２、３滴入れると取り扱い説明書には書いてあったのにドボッとはいってしまった。
小さじ一杯分ははいっただろう、氷と共にグラスに満たされたアイスコーヒーの表面に透明な液体が浮かんでいる。
さすがにこのままでは気づかれるだろうと思い、スプーンで中をかき混ぜた。これで見た目はわからない。
匂いは大丈夫だろうか？ 無味無臭とは書いてあったが恭平は不安になりグラスに鼻を近づけ匂いを嗅いだ。
コーヒーの香りしかしない。
味は？ いろいろな事が気になりだすが、慎重になるに越したことはない。
グラスを手にすると間接キッスという言葉が脳裏に浮かんだ。先生とは何度も間接キスをしている。そう、先生が帰った後、部屋に残された先生の使ったグラスの縁に残った口紅に自分の唇を重ねた。
だが、今は違う。グラスの縁にはまだ口紅がついていない。
（逆間接キッスか）
と、恭平はにやつきながら、グラスの縁を唇ではさみコーヒーを少し口にいれ、不自然な味を探るようにその液体を口内でまわした。
（よしっ！大丈夫だ）
無味無臭という謳い文句に違いはなかった。恭平はようやく安心して唇の痕跡を布巾でぬぐった。
そんな卑猥な企みを恭平が考えているとは知らずに、季子は早速解答用紙を眺めていた。
（うーん、全然できてないじゃない）
季子は恭平の筆がテストの時間の中盤くらいから止まっていたことに気づいていた。案の上、中盤から後半にかけては文字すら書かれていない。
今の恭平の実力ではそんなに難しい問題ではなかったと思うのになぜ？
思えば今日の恭平はおかしい。部屋にはいった時の慌てた顔に、裏返った声。そして、何かをポケットにいれた。それを尋ねたときの怒り声。きっと知られたくないものなのだろう？
「くしゅん」
さっきから感じていたのだが、少し肌寒い。鼻がグスグスする。
（エアコンのリモコンは？）
冷房の設定温度をあげようと、テーブルの上に無造作におかれているリモコンをとり設定温度をあげた。
そして、バッグからポケットテッシュをとり鼻を噛み、テッシュを丸めてベッドの横のゴミ箱に向けてポイッと放り投げた。しかし、狙いははずれ床に落ちた。
（残念）
季子は、外れ落ちたテッシュを拾いごみ箱へ入れた。
（んっ！？）
その時、今捨てたものより大きな塊りのテッシュが目にはいった。ゴミ箱の中には二つの塊り以外何もはいっていない。
（もしかして、恭平くんのあれのあとだったりして……）
そっとゴミ箱の中に手をいれ、大きな塊りを三つの指で摘みあげると栗の花のような匂いが微かに鼻に入る。
（この匂い……）
久しく嗅いでいないこの香り。匂いの記憶が蘇る。ザーメンのにおいだ。
季子の心がざわついた。恭平がペニスをしごく姿が浮かぶ。実際に男の自慰行為を見たことはないので、ぼんやりとしたものだ。
その中を確認したいとの興味に引かれ、そっとテッシュをめくっていくと白い粘っこい液体が糸をひいた。
（まだ、新しい……したばかり……）
間違いない、その白いものは恭平のザーメンだ。しかも、まだねばっこい。
女の部分が疼く。季子はきゅっと両の内股を擦り合わせた。
（だめっ！ 変なこと思ったら。これは男としての自然の行為。別にいやらしいことじゃない。ただの生理現象なのよ。それに、彼は生徒なんだよ）
季子はそんな欲情への誘いを打ち消そうと心に言い聞かせ、テッシュを丸めなおしゴミ箱へ返した。
恭平はトレイを両手に慎重に階段を上った。ここでこぼしでもしたら元も子も無い。
「ふぅっ」
階段を上り部屋の前まで一旦立ち止まり、大きく息をはいた。
緊張する。手足が震えている。慎重にトレイを床におき、ドアを開いた。
そして再びトレイを持ち部屋にはいった。
「お待たせぇー」
「遅いよぉ。ほらっ、もう休憩時間の１０分過ぎちゃったよ」
季子は机の上の時計に視線を移してそう言った。
「えっ？ そんなぁ」
恭平は困った。
「くすっ、冗談よ、冗談。もぉ、恭平君ってわかりやすいね」
「えっ」
「だって、直に顔にでるんだもん。今日はお母さまがいないから時間がかかるのも当然。だから、今日は今から休憩だよ。それに……ケーキ食べたいし……」
と、困った顔をし立ち尽くす恭平に向かって季子は微笑んだ。
「ほらっ、早く、早くぅ。このケーキ本当に美味しいんだから」
恭平は季子に促されトレイをテーブルへおいた。
「いただきまぁーす」
季子は嬉しそうにいい最初にケーキにフォークをさし紅で彩られた唇を開きパクッと口にいれた。
「どうしての？ じっと、見て……」
「いやっ、なんでもないよ」
恭平は慌てて目をそらした。
「ねぇ、早く食べてみてよ。すごく美味しいから」
恭平はケーキを口に入れた。
「どぉ、おいしいでしょ？」
「あっ、うっ、うん」
とは言ったものの、今の恭平にとってはその味覚を楽しむ余裕はない。媚薬の混ざったコーヒーに意識は集中している。
「もぉ、何か感情こもってないなあ。甘いものは嫌い？」
「いや、そんなことないよ」
「よかったぁ。もしかして嫌いだったかなぁって思っちゃった」
先生はもう一切れケーキを口にいれた。そして、ついに先生の手がグラスにかかった。
（ああっ……）
恭平の動悸が激しく蠢めく。
先生が唇をグラスの縁に挟み喉を露にする。そして、ゴクっとアイスコーヒーを飲んでいく。ほんの僅かな時間だがスローモーションのように長く感じた。
（やったっ……）
恭平はテーブルの陰にある右手を力強く握り締めた。と同時に肉竿が力強く起ちあがった。
「ねぇ、どうしたの？ さっきから変よ？ そんなに見つめて」
「えっ、そう？」
と、惚けながらも全身の血流がフル活動し、たちまち耳たぶまで赤く染まった。
先生の顔がまともに見れない。
「なに、赤くなっているのよ。もしかして、わたしのこと好きだったりして」
「……」
確信をつかれ、どう応えていいのか言葉がでない。
「うふっ、図星だった？」
「せっ、せんせぇぃ、おれっ、おれぇ」
恭平の興奮はピークに達した。短パンの中の肉竿がビクンッと脈打った。
（くそぉっ、もぉ、どうなってもいいや）と恭平が腰を浮かした時、
「あっ、ちょっとお手洗い借りるね」
季子はすっと立ち上がって部屋をでた。
「ふぅっ」
（やばかったなぁ、恭平。焦るなよっ、焦るな。もう少しで先生の方からやりたくなってくるから、先生から誘ってくるから、その時まで我慢しろよ）
と、恭平は短パンの上から鋼のように硬くなった肉竿へ向かって言った。
一方、トイレにはいった季子も動揺していた。さっきの恭平の様子、明らかに興奮した雄のものだった。あそこで席を立たねば、きっと危うかった。
抱きつかれ身体を求められたら抵抗できたか？
ザーメンを見たとき、恭平のペニスを想像し下半身がむずがゆくなった。男のものから遠ざかった女の秘園、硬いもので擦られる膣壁、男を知る、女の悦びを知っている。言葉では拒めても肉体は抵抗できないだろう。
その証拠に女の狭間はビッショリと濡れていた。
つづく | |
