第２話「捕らわれた心」


　夫が出かけてからすぐ食器の片付けや掃除に手をつけます。いつも通りの日常。ただ、彼の部屋の、あのパソコンの中身が気になって気になって仕方ありません。
　真夏の暑い陽射しを感じて、言い訳のように口に出します。

「そうだ、シーツやカバーも全部洗っちゃおう。」なんとか心を落ち着かせようとして体を動かす命令を自分に下します。自分の部屋のリネンを洗濯機に放りこみ、家中の窓を全開にして風を通します。

　熱い風。でも、カラッとした乾燥した空気が廊下を抜けて家中を走り回ります。嫌な空気が清浄になるような錯覚。一度目の洗濯が終わった頃には、彼の部屋のリネンも準備して、洗濯機にかけていきます。

　パソコンを横目に見ながら、気にしないようにして、掃除機をかけていきます。窓を開けて風が抜けていくとはいえ、真夏の午前は気温もぐんぐんと高くなって、私の首筋に滲んだ汗は舐めるように胸元へと雫を垂らしていきます。

　吹き出る汗でシャツは濡れてピタリと素肌に吸い付き、こぼれるようにして背骨の溝をつつとなぞるように流れていきます。「あぁ、暑い。ちょっと頑張りすぎちゃったかも。」洗濯機が止まって暑い陽射しの下に洗濯物を広げ終わった頃には、もう昼前になっていました。

「暑いなぁ・・・。」ダイニングのエアコンを入れてから、順番に家中の窓を閉めていきます。彼の部屋の窓も閉めて、ふっとパソコンの前に立つと、なんだか、そこから動けない。マウスの滑らかな曲線を指先でつつと撫でながら思います。

　彼、一人でしながら何を見ていたのかしら。彼の逞しい指。私の大好きな彼の指がなでる濡れたペニスの映像が瞼の裏に張り付いたみたいに離れてくれません。

「シャワー浴びなきゃなぁ・・・。」自分にそう言い聞かせながらも、彼のパソコンの前から動けません。昨夜の彼のあのいやらしい口元の笑みが心を捉えて離してくれません。私はパソコンの電源ボタンを押しました。

　背徳感。ただ、パソコンを覗き見するだけの行為が、彼の・・私の知らない彼の秘密を暴いていくみたいで、ゾクゾクとした快感が沸いてきます。いつもなら気持ち悪いと感じる汗に濡れた服も、夏の熱に火照った肌も、嫌な気分ではなくなって、なんだか、妙な高揚感に身も心も任せます。

　新婚当初に彼が選んだ幅広の椅子に腰をかけて、順番に彼のデータを開いていきます。でも、仕事の文書とかそんなに重要そうでなさそうなものばかり。ネットを開いてお気に入りなんかを見てもちょっとＨな画像のページなんかはあるけれど、ぜんぜん、普通の健全な印象を受けました。

　でも、この程度の画像にあんなに彼は・・・何度も？なんだか安心したような、がっかりしたような複雑な気分。

　指先でマウスをくるっと動かして・・・、ふと、検索履歴のことを思い出しました。そっか、昨夜のあの時間に覗いていた部屋を履歴で辿ればよかったのよね。過去の履歴を表示してみると、それらしい時間のものは一つだけ。ＨＯＭＥから迷わずに飛んでいる部屋がありました。一瞬躊躇して私は、そのＵＲＬをＷクリックしました。

　どろっとした血に濡れた黒い壁の中に下半身と片腕を捕らえられた女性が悶え苦しむ絵。白い上半身は大きな胸が汗に濡れて、唯一自由なもう片方の手は私の方に助けを求めているようなそんな印象で伸ばしている。絵の左下隅に入口の文字が。ポインタをそこへ持っていく。

「エクソダス〜灼熱地獄〜」それがそのサイトの名称。嫌だな。なんだか怖い。入ってはいけないような気がする。見てはいけないような気がする。汗が体中から染み出していく。スカートの中の下着も濡れて・・・、私、濡れていた。その事実にどくんと心臓が跳ねて呼吸が止まる。針のような緊張感で、その危なそうなサイトに入っていきました。

　複数の画像と文書が公開されています。入口の絵もなにかの文書の挿絵か何からしく、初期の作品に添付されているもののようです。小説が公開されている場所。ここはたぶんそう言う場所。そして一つの文章に一つ、または複数の絵が添付されている。あぁ、あいつはこういう小説を読みながら、この絵の中の女性に発情していたのね。

　絵の中の女性の瞳に、まるでもう諦めているような濁りすら感じる瞳。下半身を濁った血にまみれた壁に食われているようなその絵。乱れた黒髪が白い胸の膨らみに張り付いた艶かしさ。そして、絶望的な助けのなさ。それでも手を伸ばして助けを求めずにはいられない。外で覗いている男達はただその絶望に対して欲情をさらけ出すだけ。

　背筋に寒気が走りました。でも・・・、腹の底に熱がとぐろを巻くように溜まって、そして、たぷりと蜜が毀れる感触。意識が性器に集中してしまう。私の存在が矮小に感じるほどアソコの存在感が大きくなって、また、染み出してくる。

　あぁ、やだ。私ったら・・。誰が見ているわけでもないのに、頬に熱がひろがって恥ずかしくなってしまいます。そして・・・。私は慌ててインターネットを切断して、シャワー室へ駆け込み、冷たい水を浴びました。

　冷たい飛沫が肌にぶつかって、私の中のいやらしい熱と火照った体を冷ましていきます。あんなＳＭ的な画像になんて欲情していない。自分にそう言い聞かせながら「あいつの馬鹿。あんなの見て、するなんて。」言葉に出すとまた、あの絵の中の女性が網膜に蘇ります。そして、助けを求める女性を眺めるあいつは欲情を何度も吐き出す。

　あの滑って光る彼のペニスと、それをしごく逞しい指先。「あぁっ。」シャワーの水が乳首に当たると、止まらない妄想にぼうっとしていた私は驚いて声を上げてしまいました。そして溜息をこぼしてしまいます。

　あいつが一人Ｈなんかするからいけないのよ。文句を言いながら体を洗っていきます。タオルが乳首を擦ると甘い官能にしびれてしまいます。

　もともと敏感な方だけど、今日はちょっと変です。「どうしちゃったの、私は・・・。はやく出てご飯にしよう。」言葉にしながら、自分が明らかに昂ぶって、欲情していると気付いていました。でも、自分自身に知らないふりの演技をしながら逃げるように浴室から出て、食事にしました。