終章


　疲れ果ててから眠りについた私たちは、汗に濡れたまま、粘着質に抱き合ったまま目を覚ましました。カーテンを裏から照らす優しい日の光と、私達の心を暖かく包む不思議な充足感。

　満ち足りた心地良さの中で目を覚まして、純粋な幸福感に満たされながら彼を見つめました。夏の熱気が寝室に染み込んで来ていて、私達の体からも汗が流れていました。彼と私の汗が混じって、なんだか私達、爬虫類みたい。

　ぺたぺたと彼の胸を掌で触って彼の昨夜の言葉を思い出す。嬉しい。「愛してる。」へぇ〜。ふぅ〜ん。うふ。嬉しい。堪らなく嬉しい。なんだか、一日が始まるのが惜しい気分。できるだけ、彼をおこさないようにキスをして、でも、彼に目を覚まして欲しくて。なんだか複雑な幸せ。どうしよ・・。うふ。微笑みが止まらない。


　彼はいつも通り、土曜の朝はフィットネスクラブ。食パンと目玉焼きと味噌汁を食べてから家を出て行きました。なんとなく、彼が家を出るのが惜しくって、唇が欲しくなった。あぁ、いってらっしゃいのチュウってこんな気持ちで勇気があったらできるのかな・・・なんて、思いながら彼を見送りました。

　なんだか、いつもどおりの週末にがっかりしながら、彼を送り出す。彼を見送って、今更気になって寝室に戻ります。そこは、彼と私の性交の臭いが充満していて、眩暈がするほど私をたきつけてきました。あぁ・・・・・。掃除しよう。ふっとシーツを見れば、たぶん私が流した蜜や彼の精液やらが混じったものや、ほとんど私のかな・・・？濡れて乱れていました。

「大掃除だ。たいへん。」現実に戻って窓を全開にして洗濯を始めます。こんなの始めてかも。洗濯機にいやらしい染みのついたシーツを詰め込みながら、なんだか恥ずかしくなってしまいました。

　彼の部屋のパソコンをまた覗きます。どうしても、あの絵「壁に食われた女」の物語が読みたくなってしまったからです。私は昨日よりも大胆に彼の席に座ってパソコンの電源をいれました。彼の一昨日の夜の検索履歴を一覧で出します。

　その中から、あのHＰへと入室していく。一瞬だけ躊躇しました。でも、今は彼をあんな瞳にしたあの物語がしりたくて、抗いがたい好奇心に突き動かされていました。


　物語はただ悲惨なだけでした。


　面白みも救いもない。なにか心に残すものもないつまらないものでした。魔女狩りの時代背景、普通の農家の娘が無罪の魔女として捕らえられて、教会の地下で神父や町の金持ち、貴族階級の性欲の捌け口として延々なぶられる。ただそれだけ。

　ただその描写がいやらしくてサディスティックで、物語のつまらなさと横暴な展開がなおさらいっそうに彼女を追い詰めているみたいで、わたしは息を詰まらせてしまいました。昨夜の彼との情事を思い出しながら、彼女のうける暴力的な快楽に感情が移入していってしまう。何度も何度も、休むことなく嬲られて、彼女の心に絶望が染み込んでいく。
　じっと彼女の痴態を読み進めながら私も心が嬲られているような昂揚感が溢れてくる。彼の広い椅子に腰を掛けながら、私はいつの間にか内股で身を縮めていました。ちょっとでも力を緩めて太ももに隙間を作ってしまったら、溢れてしまうかも・・・。もう、下着に染みが広がって、おなかの底からドクドクと血の流れる音が聞こえる位に主張してくる。あぁ、今、触ったらきっと・・・。


「なんだ、これ見られちゃってたんだ。」こういうのが本当は好きだったのか？とでも問いたげに彼が私の両肩に手を置いた瞬間、私は素っ頓狂な声をだしてしまいました。「ひゃぁっ！」いつのまに帰ってきていたの？フィットネス、いつもお昼前まで・・・。

　クーラーもかけていないぬるい温度の彼の部屋は、じめっと湿っていて、いつの間にか日がまっすぐに差し込んできていた。胸元を汗が伝う程に暑くなっていた。こんな気温の変化にもぜんぜん気付かなかった。もう12時。「あ・・、ち、違うの・・・。」言い訳もしようがなくてどうしていいかわからないけど、彼に振り返ろうとする。

　こぷ・・・と、私の蜜が毀れて下着に広がる。ワンピースを着ていて彼にはきっと見えないと思うけど、私は真っ赤になってしまった。

　彼の瞳が一瞬、獰猛な豹のようにすっと細くなって、瞳の輝きが増したような気がした。（あ、あの目だ・・・・。）どうすれば良いのかわからない、やるせない感じで私の思考は固まっていました。肩に置かれていた彼の手がするりと鎖骨を撫でて下着を着けていない私の胸に優しく触れていく。

　じめっと濡れた私の肌を彼の硬い指先がなぞっていく。ぞわぞわとこそばゆい快感が広がって背筋に緊張が走った。

　乳首に触れる彼の指先に、感電した。
　私の乳房に食い込む彼の指先に悶えてしまう。
　耳朶にかかる彼の吐息に感じて、逃げられなくなる。
　唇を吸われて、舐められて、それだけで、蜜が溢れてしまう。

　私の体はもう彼に塗り替えられてしまっていました。昨夜のあの快楽のせい？それともあの絵のせい？思い出した瞬間ドクンと子宮が動いた。あぁ、私もなにかわからないものに喰われてしまっているのかもしれない。でも、彼がそれを望むなら・・・。わたしもそれを望んでいる・・・。ただ、彼の本当の欲望に染められて、満たされて、そして、私は喰われていく。

　そう、これからの私はただ、それだけで幸せ。

完