第１話 モデル

「あなた、平日の午前中だけなら、制作の邪魔にならないんじゃないかしら」
　私は、どちらかというと、午後から夜にかけて集中して仕事を進めるタイプです。
　だから、美大の非常勤講師として出かける時以外は、昼まで、アトリエにも行かず、ブラブラしています。
　怪しげな格好の私に、おそらく、近所の手前もあったのでしょう。
　父の遺産で、幸い、それほど食うに困りませんが、非常勤の収入と時たま売れる絵の収入だけで、お気楽に暮らしていくには少々厳しいのが現実です。
　たまたま、父から譲り受けた、駅のそばの狭い土地に、アトリエを構えていました。
　妻の薦めで、平日の昼間だけ奥様向けの絵画教室を始めたわけなのです。
　駅前と言っても東京郊外の私鉄の寂れた駅ですが、立地条件は十分です。
　防音工事をしっかりやったおかげで、深夜でも、踏切の音さえ微かにしか聞こえない、お気に入りのアトリエでした。
　二、三人集まってくれればいいやと思いきや、物珍しさからか、五人もの奥様が集まったのです。やましい心はないにしても、集まってくれたのがいずれもなかなか美しい奥様方だったのは、なによりです。
　最初のうちは、ありきたりな、果物や花などの静物を大人しく描いていたのです。しかし、五人の中では最年長、五十代半ばの遠藤さんから驚くべき申し出があったのです。
「先生、私たち、なにも小娘でも、女学生でもないのですからね、もうちょっと工夫していただけないと」
　普段ズバズバものを言う遠藤さんの夫は、超が付く一流企業の重役で、怖いものなどありません。
　遠藤さん自身も、お嬢様育ちだったとかで、まだ少女の頃、本当は美大に行きたかったのだそうです。
　それなのに「いいとこのお嬢さま」ゆえに、幼稚園からのエスカレーターで進む、名門女子大に行くしかなった。
　その昔年の「思い」をようやく形を変えて実現したつもりだったのでしょう。
　実は五人のうちの三人までは、この遠藤さんのご主人と旦那さんが、上司と部下の関係でした。
　まあ、よくある会社のしがらみというやつでしょう。
　ですから、始まって３ヶ月もたつと、遠藤さんの意向は無視できないことが、いくら世情に疎い私でもわかってきたところでした。
「工夫というと？」
「ね、センセ、美大に行って描くのって、こんなつまらないものなのかしら」
　静物はあらゆるものの基礎です。それを「つまらない」と言われては、立つ瀬がありません。
「まだまだ、みなさん、基礎的なことからスタートしないと、ちょっと創作までは」
　内心は、いささかむっとしつつ、しかし、表面は柔らかく返します。
「そうね、緑川さん以外は、みさなん、初心者ですものね。でも、基本を勉強するのに美大でも、果物を描くのかしら」
「そりゃ、描きますよ。果物に花、石膏にモデルに…」
　遠藤さんの目がきらりと光ります。
　ようやく言いたいことに思い至りました。どうやら、絵の勉強のまねごととはいえ、モデルを使いたいらしいのです。
　素人だけのことはあります。その発想には驚きました。まさか、こんな「ママさん教室」で、モデルを使いたいだなんて。
「あの、モデルさんて高いんですよ。大学でも、モデルさんを呼ぶときは、たいてい、実費を頭割りしているんです」
　下手に出て、ひかえめな態度で、概算の一人あたりの実費を口にします。
「あらあら、それでは皆さんに出しなさいなんて申し上げられませんわねぇ」
　重役夫人として、相当な収入のあるはずの遠藤さんですが、こういうときは、いたってケチです。
　本当は部下の奥さん達に、絵の興味など無いに決まっています。それでも、夫のために上司の妻には逆らえず、やむを得ず、ここに来ているに違いないのです。
　ですから、自分が人物を描きたいなら「私が払う」くらいのことを言うのかと思えば、そんなつもりなど毛頭無いようです。
　お金がかかりそうな話が出て、それとなく聞き耳を立てていた他の奥様方が、一瞬緊張しましたが「皆さんでがんばって払いましょう」という方向に行かなくて、明らかにホッとしていました。
　そりゃ、このご時世に、つきあいで絵画教室に通う羽目になった上に、さらに、モデル代まで払わされたのではたまったものではありません。
　しかし、この三人には、もっと、悪い話になったのです。
「あら、そうなの、じゃあ、みんなが交代でモデルをすれば、タダよね。女性同士だし、イマドキの人たちなら、きっと平気でしょうし」
　そばで聞いていた他の三人はあきらかに顔色が変わりました。
　もちろん、遠藤さんが自分でモデルをやるはずもなく、自分たちに押しつけられるに決まっているからです。
　私は、他の人にならともかく、遠藤さんに表立って反対するわけにはいきません。
「まあ、皆さんが、それでよろしければ、人物画は、確かに基本ですから、私としてはかまいませんが」
　そこで、片隅の緑川さんに尋ねます。
「緑川さんはいかがですか」
　私の言葉に、奥様方の目が、奥で黙々と片付けをしている緑川さんに、一斉に注がれます。一人は挑戦的な、三人はすがるような視線だったと思います。
「私は、どちらでも」
　清楚なロングヘアを黒のゴムで後ろに縛ったまま、画板を片付けています。
　いつも、レッスンの後は、遠藤さんがあれこれ話しかけて他の三人が相づちという形で囲まれてしまいます。その輪に、緑川さんが入ってくることもありませんでした。
　もともと、物静かな性格らしい緑川さんとあまり雑談めいたこともしたことがないため、今ひとつ、この奥さんが、いったい何を考えているのかわかりません。
　ともあれ、芸術的には、この奥さんが、ピカイチなのは、一目瞭然でした。
　もちろん、それは遠藤さんにとって大変気に障ることでしょうが、かといって、それを態度に表すほど大人げない人ではありません。
　ともあれ、緑川さんが認めてしまったために、来週から、人物デッサンと言うことになってしまいました。
　まあ、私からすれば、三人には申し訳ないけれど、緑川さんが認め、遠藤さんがそれで満足してくれるなら、どちらでもいいことでした。

　会社勤めの経験がないため、私にはよくわかりませんが、こういう順番も、夫の地位の順番で決まるのですね。一番若い永田清美さんが最初、と、確かめるまでもなく決まっていました。
　去年結婚したばかりの初々しさが残る奥様で、みなさんが「清美さん」と呼んでいるため、自然と、私までもが、清美さんと呼ぶようになってしまいました。
　東北の出身とかで、まさに、純朴そうで色が白い女性です。それでいて豊かな胸と尻を持った清美さんは、見事に腰が締まっています。
　密かに、観察した私の目に、服の上からでもわかるほどのプロポーションです。
　いつも、朗らかな笑顔と、よく気がつく、気だてのいい働き者という感じの清美さんには、緑川さんまでも、いつのまにか「清美さん」と呼ぶ親しみやすさがあります。
　いくぶん緊張して、やってきた清美さんに、今日はよろしくと声をかけると、お願いしますと、ちょこんと頭を下げられます。
　いつものように遠藤さんに引き連れられるようにやってきた川島さんが、さっと、画板を取り、森さんが作業用のイスをさっと、ハンカチではたいてから、差し出します。
　二人が用意した真ん中の席に、さも当然といった感じで、貫禄も十分に座ります。
　といっても、遠藤さんは、決して太ってはいず、むしろ、すらりとしてます。その姿は、和服でも着れば、そのまま、銀座あたりのママでも務まりそうな風情です。
　私には分からない高級そうなブランド服に身を包み、いつもキレイに前髪を盛り上げるようにセットしたスタイルです。
　さすがに、お嬢様学校育ちの優雅な身なりと言って良いでしょう。
　いつもなら、さささと、清美さんが、道具を用意して手渡すのですが、今日は、緊張のためか、いつまでも、入り口からすぐのところに突っ立ったままです。
「じゃあ、清美さんは、こちらのイスに」
　モデル用の丸イスを指し示すとようやく、スイッチが入ったように動き始めます。
　着衣モデルでこれですから、本当の人物デッサンのように「ヌード」といったら、きっと、ひっくり返ってしまうに違いありません。
　今年二十六になったとはいえ、東北の女子大を出てほどなく結婚し、今年、夫の転勤で東京に出てきたばかりだといいます。
　それだけに、まだ、新妻と言っていい初々しさが残っています。
　決して高級品ではないのでしょうが、半袖の薄いモスグリーンのブラウスは、品の良さを物語っていました。
　その襟元からのぞく、白く、ふっくらとした肌は、思わずよこしまな考えを持ちたくなるほど、どきりとさせてくれます。
　もちろん、そんな考えをおくびにも出さず、淡々と、始めるべく見回したときでした。
「清美さん、レッスンの時間までに用意するのもモデル役のつとめだと思うわ」
　時間にきっちりした遠藤さんが柱の時計をチラリと見ます。予定の時間まで、十分以上あります。
　もちろん、緑川さんは、いつものように、とっくに来て、一番奥の席で、黙々と、先週のスケッチを手直ししています。
　まあ、用意と言っても、そこに座るだけなのですから、充分でしょう。
「清美さん、早く用意なさって」
　イスに座ろうとした清美さんに向かって、いくぶん、いらいらした口調です。
「最初は、ノーマルで、イスに座った形でいいんじゃないですか」
　遠藤さんは、特別なポーズでも取らせたいのでしょうか？写真ならともかく、一つのポーズを最低二十分は続けなければいけないのですから、あまり無理なポーズは、素人には大変です。
　私はやんわりと、たしなめたわけです。
「だって、センセ、ポーズはいいですけど、早く脱いでいただかないと」
　清美さんのクリクリとした、子どもっぽい瞳が、一瞬のうちに驚愕の色に変わった後、黒目がちの瞳をめいっぱい見開きます。
　いつもなら朗らかな、清美さんの笑顔が、引きつっていました。
「センセ、人物デッサンで服なんか着ることあります？女性同士なんだから恥ずかしがる必要もないわけですしねえ」
　さすがに、驚きを隠せない私に、涼しい顔の遠藤さんが、平気で、さぁ、と清美さんにさらに促します。その後ろでは、自分の準備を進めていた森さんと川島さんまでが、手を止めて顔を引きつらせています。
「どうします？」
　近づいて、小声で清美さんに尋ねます。
　いつもの白い頬が、さらに蒼白になっていました。
　おそらく、「無理です」と言いたかったに違いないのです。
　すがるような目で、私を見上げながら、消え入りたげな風情で唇が開きかけたその瞬間、遠藤さんの叱責が飛んだのです。
「清美さん、皆さんをお待たせするというのは、いかがなものかしら」
「ハイ、ただいますぐ」
　反射的に答えてしまったのでしょう。
　思わず答えてしまってから、ありありと、後悔した表情が浮かびます。
　しかし、素直な清美さんは、自分で答えてしまった以上、何とか脱がなくてはと思っているようです。そのくせ、手が少しも動かないようなのです。
　ブラウスのボタンに、白い手が動きかけては、降ろされるという繰り返しです。
　遠藤さんの表情が見る間に剣呑になっていきます。
　お嬢様育ちの上に、夫の関係で、ちやほやされ続けてきたのでしょうから、自分の思い通りに進まないと、普通以上にいらだちが募るに違いないのです。
　助け船を出すしかありません。
「清美さん、あっちで脱いできましょうか」
　私のアトリエは、日光と騒音を嫌って半地下式になっています。
　高い天井は一階をぶち抜いての吹き抜けで、中二階は機材やら何やらの倉庫兼事務室と、二階に泊まり込んでの制作のための狭く汚い部屋があるだけです。
　まあ、狭い敷地ですから仕方ないことです。
　中二階は、アトリエに向かって窓が開いていますから、この場合少々まずいでしょう。
　ですから、使えるのは、せいぜい廊下を隔てて、もの入れになっている狭い納戸しかありません。
　人前で脱ぐよりは、まだマシだろうと、そちらに案内したのです。
　肩が震えていました。
「大丈夫。私も慣れてますから。医者の前に立ったようなものですよ」
　そう言いながら、戸を閉めたものの、さすがに、この意外な成り行きに、私のオトコの部分が反応していました。
　プロのモデルを使う分には、対象に興奮したりすることなど絶対ありませんが、ついさっきまで、ごく普通に接していた人妻が、目の前でヌードになるのです。
　これで興奮しない方がどうかしていました。
「遠藤さん、ああだから、少し急いだ方が」
　そう囁いて、戸を閉める一瞬、泣きそうな顔で私を見上げました。
「大丈夫、絵を習うと、誰でもすることですからね」
　もちろん、ウソですけど。
　それでも、ひょっとして、ある程度、覚悟は決めていたのかもしれません。戸を閉めた途端に、衣ずれの音がしたのですから。
　戸一枚向こうで、あの若い人妻が懸命に脱いでいると思うと、ワクワクします。
　こんなこと、遠い昔に美大生だった頃、初めてヌードモデルを使った授業をやったとき以来です。
　恐る恐るといった様子で扉がゆっくりと開き、脅えたように顔だけを覗かせます。
　そっと開いた戸の向こうで、白く丸い腰を引くようにしたまま、身体の前を、着ていたモスグリーンのブラウスで必死に隠しています。
「さ、向こうに行きましょう」
　声を掛けながら、肩を抱くようにしてさりげなく押してながら、片手を前に差し出します。頼りなげな肩は、フワッとした柔らかい感触です。
「これ、置いていきましょうね」
　一瞬、泣き出しそうな目で、私を見上げてから、まるで、この世でたった一つの宝物を差し出すような動きで、ブラウスを差し出したのです。
　肩を丸め、片手で隠しきれない豊かな胸を懸命に隠す姿は、いじらしさを誘います。
　そのいじらしさが、私のオトコをそそりました。だから、わざと、ブラウスを取り落としたのです。
　拾い上げるときに、そのやわらかな人妻のヌードを、ほんのすこしだけ独占したいと思ったからです。
「あっ」
　落ちそうになるものに手を差しのばすとき、人間は、反射的な動きをします。
　身をかがめた清美さんの豊かな胸は、すっぽりと私の手のひらに入ってしまったです。
　手のひらにこぼれるほどのボリュームと、思わず握りしめたくなる柔らかさでした。
　まさか触れるつもりもなかったのですから、一瞬でした。しかし、確かに、清美さんの柔らかさを知ってしまいました。
　そのうえ、グミのような、まだ桜色の乳首の感触が手のひらに残ります。
「失礼」
「いえ」
　色白の頬を真っ赤に染める清美さん。私も、ブラウスを受け取りながら、努めて平静を装うしかありませんでした。
「では、皆さんお待ちかねでしょうから」
「はい」
　静かに納戸の戸を閉めながら、ちょこちょこと恥ずかしそうに歩く清美さんの丸い尻を、さりげなく押していました。
　まるで痴漢のような手つきだなと、我ながらあきれます。
　やわらかすぎる感触でした。それにひるんだ私の手が、微妙に尻の表面でずれます。まるで、撫でているような動作になってしまったのです。
「はぅ」
　かすかに、ため息のような声が、確かに聞こえました。
　清美さんは決して非難がましい目をしません。かえって恥ずかしそうに下を向いてしまいます。
　ひょっとすると『励まそうとしている』と勘違いしているのかもしれません。
　私は、調子に乗って、耳打ちするように小さな声で尋ねます。
「そうだ、清美さん、今日、まさか脱ぐことになるって思ってました？」
　ポケットの中には、さっき急いで取ってきた、ちっぽけなものがありした。
　扉一枚向こうでは、遠藤さんの声が聞こえているのですから、ついつい、小さな声になってしまうのです。
「少し」
　ようやく、答えてくれましたが、目はふせたままで、両手でしっかりと前を隠しています。ふくよかな膨らみが、腕に押しつぶされて形をゆがめていました。
「失礼ですけど、皆さんの前に出る前に、点検した方が良くありませんか？」
「点検？」
　いぶかしげな表情で、チラリと私を見ました。
　私は精一杯、誠意あふれる表情を作って見せます。
「こういう時って、かえって同性の目が気になるんですよね。遠藤さん、チェック厳しいし」
　にこりと笑いかけると、ぎこちなく、それでも少しだけにこりと笑ってくれました。
「さ、ちょっと、ワキを」
「大丈夫だと思うんですけど」
　有無を言わせず、 身をかがめながら、腕を持ち上げると、観念したのか、目を閉じて「すみません」とだけ言って、言われるままです。
　腕を持ち上げた瞬間、清美さんの甘い体臭と入り交じった、スズランのような制汗剤の香りが広がります。
　思わず、それを深く吸い込んでいました。
『やっぱり』
　腋の下は、昨夜にでも、自分で入念に処理したようにツルツルです。
　しかし、自分でやる限界で、もちもちした白い肌に、和毛のような、か細い数本が残っていました。
「ちょっと失礼」
　ポケットから取りだした毛抜きを見せると、その意味が分かったのでしょう。一瞬、腕を降ろそうとする手を、グッと押さえてしまいます。
　ほんのわずかの葛藤の後、あきらめたのか、清美さんは恥ずかしそうに下を向いてしまいました。
「すみません」
　淡々と、その毛を一本ずつ抜きます。
「恥ずかしい」
「大丈夫、誰でもやることです。自分だと、どうしても、完全にはいきませんから」
　抜く瞬間だけ、清美さんは目をぱちんと閉じます。
「さぁ、反対」
　スッと否応なく、胸を押さえいていた左手を持ち上げます。
　とっさに、右手が、胸を隠そうと動きかけましたが、いったいどういう心の動きか、そのまま、だらりと垂れ下がります。
　グッとかがんで、ワキに顔を近づけ、和毛を探しながら、目の前十センチの距離にある柔らかく豊かな膨らみが気になってしかたありません。
「こちら側は大丈夫みたいですね。でも、ほら胸」
「え？」
「女性は、あんまりご自分の胸をじっくりと見ませんものね」
　とっさに、その豊かな白い胸を隠しかけますが、私が指さしているのに気づくと、動きが止まります。
「ほら、ここ、見えます？」
　乳首の左側に、うぶ毛のやや濃くなったものが生えています。こんなもの、だれも気にするわけはないのですが、至近距離で指摘されれば、気になるに決まっていました。
「あ、いやぁ〜」
　とっさに隠しかけた手を、スッと、どかしてしまいます。
「大丈夫、簡単ですよ」
「すみません」
　消え入りたげな声は、まるで睦言の交換のようでした。
　本当は、抜くにしても、こんな所は自分で出来るはずです。しかし、催眠術にでもかかってしまったかのように、清美さんは私の動きを待っていました。
　目の前に、白く、もちっとした肌のやわらかな塊があります。頂点は、まだピンクで、小さめの乳輪の中で、プックリと飛び出しています。
　失礼、と断ってから、その乳首を軽くつまんで、毛抜きを近づけます。
「はぅ」
　決して太ってはいませんが、ぽっちゃりとした、白いおとがいが仰け反って、か細い声が漏れてしまいました。
「あ、ごめんなさい、痛いですか？」
　乳首を軽くつまみ上げたまま、わざと毛抜きを遠ざけます。できるだけ長く乳首を触っていようと思ったのです。
「いえ、痛くは…」
　はあ〜っとため息のように、深く息を吐き出します。顔を真っ赤にしながら、横を向いてしまいました。
「じゃあ、抜きますね」
「はい」
　サワサワと乳首をつまんだ指先を動かしながら、ゆっくりと一番太いうぶ毛を抜きます。
　抜く瞬間だけ、眉がヒクッと動きましたが、それよりも、私の指先のさわさわに合わせるように、口先がパクパクと動きながら荒い息をするのに忙しい様子でした。
「さ、反対」
「すみません」
　名残惜しくも、乳首を手放すと、明らかにホッとした様子です。
　スゴい状況でした。
　ごく当たり前に生活している、新婚と言ってもいいような若妻です。さっきまで、ごく普通の会話をしていた相手なのです。
　それが、廊下で丸裸になって、乳首を弄り回す相手に礼を言っているのです。
　ゆったりとしたスラックスの中で、私のモノはどうしようもなく硬くなっていました。
　恐るべきことに、左には目立つようなうぶ毛さえも見あたりません。
　雪国育ちのせいでしょうか。
「う〜ん、こっちは大丈夫かなあ」
　そう言いながら、私の左手は、やわらかな乳房を手のひらで包み込んでいました。軟式のテニスボールの感触をやわらくしたような手応えでした。
　やわやわと下から揉み上げるような動きをしながら、乳首の部分を絞り出すようにして、確かめる振りをします。
　これは、客観的に見れば、すでに愛撫の手つきでしょう。真面目に顔をしかめながら、たっぷりと、柔らかな感触を楽しんでいました。
　ためすがめつ眺めても、やはり、目立つようなものはありません。
　私の手に絞り出された乳首は、尖りきった状態で突き出ています。
　つい、魔が差したのです。
　裾野から絞り出すようにした先端部分を、右の指先で、チョンと押してしまったのです。「確かめる」動作とは違い、完全な、愛撫の動作です。
「あう！」
　夫との新婚生活を過ごした若妻が、そんな刺激に耐えられるわけもなく、押し殺そうとしながら、ついついベッドの中のような声を出してしまいます。
「先生、それ、あの…」
　困惑したような清美さんの声。
　ひょっとして「何かを確かめる」動作の一つだと思っているのでしょうか。
「うん、これなら大丈夫ですね」
　それならと、すました顔でそっと、手を離します。
　明らかに、ホッとしたという様子で、やや内股気味のまま立ちつくします。
「おっと、こっちも」
　その足下に跪くと、清美さんの、顔に似合わない剛毛は、カールが強いままペシャッとつぶれています。
　腰を引くようにしますが、それでも「確かめる」と言われている以上、逃げるに逃げられず、困惑の風情です。
「ちょっと失礼」
「あっ」
　その剛毛を、やわらかく、毛羽立てるように、つまみ上げては、撫でつけます。自然な膨らみを取り戻させるマネです。
「ここ、下着でベッタリしてると、いやらしい印象になっちゃうんですよね。素人の方はこんなこと思いもしないでしょうけど。大丈夫、すぐ、元に戻りますから」
「はい。すみません」
　若妻が中年オトコに、陰毛を撫で上げられながら、礼を言っているのですから、滑稽なことかもしれません。しかし、清美さんは、顔を真っ赤にしながら、耐えています。
　根本から、撫で上げるですから、当然、その地肌に指先が触れます。
　ふっくらとした胸の周りと対照的に、腰の周りはまだ脂が乗り切っていない、娘のような腰回りでした。
「ハイ、仕上げ。ちょっと脚を広げて」
　強い調子で言えば、清美さんは催眠術にでも掛かったように、素直に肩幅ほどに脚を広げます。
「さ、こっちも、あれ？」
「はふうぅ！」
　私のあれっというつぶやきと同時に、清美さんの口から、明らかに快感を告げる声が漏れたのです。
　それもそのはずです。
　仕上げとは名ばかりに、清美さんの下側の毛を伸ばす振りをして、密やかな秘唇に当然のように指を伸ばしたのですが、はっきりと分かるほど濡れそぼっていたのです。
　とっさのことで、つい力が入ってしまい、その指先はわずかに秘唇の中へと入ってしまいました。
　その指先は、ニュルリとした感触でたっぷりとこぼれている秘蜜をすくってしまったのです。
　おそらく、さっきからの乳首へのイタズラや接触、なによりも、人前で裸になることへの緊張と羞恥が、清美さんを恥ずかしい状態にしたのでしょう。
「いやあ」
　清美さんはしゃがみ込んでしまいました。
　真っ赤な顔で、いまにも、消え入りたそうに身体を震わせています。
　とっさに、ヌルッとした清美さんの秘蜜の付いた指をどうしようかと思いました。なんだか、本人の目の前で、ズボンで拭うのも失礼な気がします。
　もてあました指先を、つい、不自然な高さで、ニチャニチャと動かしてしまい、糸を引きます。清美さんは、しゃがみ込んだまま、しっかりとそれを見てしまったようです。
「大丈夫、誰にも言いませんし、こんなこと良くあるんですよ。さ、あちらにトイレがありますから」
　とっさに、清美さんの肩に手を伸ばそうとして、まだ濡れたままの指を思い出します。
　その瞬間、つい、清美さんのけなげさと、なによりも、すぐ目の前にいる若妻のあまやかな体臭が、私を戸惑わせたのです。
　気がついたら、その指をぱくりとくわえ、粘つく清美さんの秘蜜をペロペロとしてから、その手をズボンで拭きました。
「だめ」
　清美さんが潤んだ目でその動きを見つめながら、小さな声を漏らした後で、全身を震わせて下を向いてしまいました。
　私は、柔らかな肩を両手で包み込み、震えを止めるように抱きしめます。そのくせ、そのやわらかな感触を思いっきり楽しんでいたのです。
　柔らかそうな耳たぶに口を寄せ、清美さんを励まします。
「大丈夫。誰でも、こうなりますから、ね」
　コクリと子どものように頷く清美さんに、とってもいじらしさを感じてしまいました。
　もうちょっと、励ましてあげたくなります。
「約束です。誰にも言いません。それに、とっても、お綺麗ですよ。こんなキレイなカラダなんですから、今度は、私だけのモデルをしてくれないと」
　冗談まじりに褒めたつもりだったのですが、一瞬、ビクッとして、凍り付きます。
　わずかに身じろぎをして私を見つめ返します。それから、ゆっくりと、またコクリと頷いたのです。
『あれ、何か悪いことを言ったかな？』
　女心はわかりません。とりあえず、カラダのわななきがとまったのを見計らって、身体を抱き起こします。もちろん、ワキに伸ばした手は、柔らかな二の腕の肉に包まれて、最高の感触です。
　伸ばした指先は、ふっくらとした胸の裾野に届いて、ほんのわずかな時間とはいえ、たっぷりと感触を楽しんでいます。
「じゃあ、支度ができたら。中でお待ちしてますね」
　清美さんの表情が、とっても硬くなっていました。
　ひょっとして、やはり調子に乗りすぎたのでしょうか？
　まさか、このまま騒ぎ始めるとは思いませんが、後で、何か言われるのも困ります。一瞬、「どうしよう、謝ろうか」と思いかけたときでした。
「あの、本当に、先生のモデルをすれば、誰にも言わないでくれますか？」
　真剣な顔で、私を見つめるのです。
　まるで、中学生がバレンタインに告白の返事を聞くような表情でした。その黒目がちの瞳に、わずかに涙が浮かんでいます。
『ああ、なるほど』
　完全に清美さんの勘違いです。しかし、うれしい勘違いでもありました。
「あの、別にモデルをやらなくても、ちゃんと黙っていますよ」
　苦笑しながらそう言っても、清美さんは、さらに、私の言葉を待つ姿勢です。
　もちろん、このままでもいいのですが、私だってオトコです。
　こんな場面で聖人になることなんてできません。
「じゃあ、清美さん、もし良かったら、明後日、空いてます？」
「あの、まだ、子どももいないし、パートもしてないので」
「じゃあ、きまり。明日の午後。それで、今見たことは全部、お互いに忘れる。それで良いですよね？」
　都合の良いことを言いながら、じゃ、決まり決まりと、わざとはしゃいで見せます。
「じゃあ、早く用意しないと。遠藤さんカンカンだね」
　あっという顔をした清美さんを、そっとトイレの方向に押してあげます。
　いくぶんフラフラとして、内股気味になった清美さんの足取りを見送ります。
　さて、遠藤さんをどうなだめようかと悩みながら、アトリエのドアを開けました。