第８話　触覚

　目の前に、二人の下着姿がありました。
　鏡でチェックするかのように並んで立つと、緑川さんの方が背はわずかに高く、胸は、だいぶ豊かです。
　人妻らしい柔らかな体つきこそ、緑川さんにはかないませんが、妻のウエストからの流れるような腰のラインは、我が妻ながら、なかなかなものだと思ってしまいます。
　まあ、胸はなさ過ぎるんですが。
　ガラスで隔てられているとはいえ、手を伸ばせば届くような、すぐ目の前に立っているのです。いつもの妻のコロンが鼻腔に届くような気にすらなります。
　緑川さんが、いかにもナイショと言いたげな表情で妻に囁きます。
「ね、モデルやったとき、濡れたでしょ」
「ちょっと、やだ、そんなこと」
「大丈夫。私も、そうだったの」
「え？」
「私だけヘンなのかなって思ってたから、山崎さんの時、注目してたの。そしたら」
「だって…」
「そうなのよね。先生って言っても男の人だから、それに、先生の目ってすっごくエッチっぽくなるでしょ。あの目を見たら、なんだかオカシクなっちゃわない？」
「そうかな」
　まあ、自分の亭主のことですから、さすがに同意しかねるのかもしれません。
「でも、そうね、確かにあの先生、きっとエッチだと思うな」
　妻がそういって楽しそうにくすりと笑います。
『おいおい。普通はさりげなく否定するのが妻というものだろう…』
　ひとしきり、そうよね、といった娘じみた仕草の相づちの後のいかにも秘密めかした仕草でした。
「あの時、モデルをなさった時だけど、遠藤さんの奥さんが、何か言ってたでしょ？何を？けっこう大胆なカッコしてたけどさ」
「え？あ、ナイショ。まあ、先生の目を意識しなさいってとこかな」
「それでヘンになっちゃったの？」
「だって、男の人がいっぱい見てるわよ、想像して、なんて言うんだもの」
「そうよね。なんか、あの時って、先生だけの目じゃない感じ。誰か、男の人、先生以外のオトコの人の目が絡みついてきた気がしたのよね」
「なんか、不思議な感じだったなあ」
　妻が、下を向いて最後の下着を扱き降ろした瞬間、確かに、緑川さんはこちらを向いて、ニコリとしたのです。
『こっちを知ってるのか…』
　考えてみれば当然なのかもしれませんが、唖然とした私の耳に、さらに、緑川さんの内緒話のような囁きが飛び込んできました。
「ね、ひょっとして、もう濡れてる？」
「やだ、そんなことないわ」
「あらぁ、だって、私は、もう。だから、ひょっとしてと思ったんだけど。ね、ホントは…」
　ヒミツめかした囁きに、一瞬、ためらった後で、微かに、しかし、確かに妻はコクリと頷いたのです。妻が、小さなその胸を抱きしめるように隠していました。
「ヘンなのかなあ。私たち」
「そんなあ」
　すっかり、緑川さんのペースに巻き込まれて、妻はいつの間にか、囁くようにしながら、告白していました。
「今日さ、主人にはナイショできちゃった」
「あら、何で？」
「なんか、モデルをするって言えなくて」
「来る前から決めてたの？」
「ううん、しないと思ってたけど、でも、ひょっとしてと思ったら。だって、他の男の人に見せちゃうなんてねえ」
「あら、だって、私たち、もう、先生の前で脱いでるわ」　　
　一瞬、妻は、言葉に詰まっていました。そうです。妻は、緑川さんが全てを知っていることを、まだ、知らないのです。
「え、あ、あっ、そ、そうだけどさ、だけど、あれは、芸術の、あ、でも、これも、そうだけど」
　しどろもどろになりかけた妻に、緑川さんが妖しく囁きました。
「大丈夫、女は、何をしても、口をつぐんでいれば、わからないものよ。誰に抱かれても、跡が付くわけじゃないし」
「そんな、そんなつもりは」
「大丈夫よ。遠藤さんて、なんか紳士みたいだし、オトコとして役に立たないなんて言ってらしたから、せいぜいアバンチュールを楽しんじゃいましょ」
　古い言葉を持ち出す緑川さんは、妻をけしかけているようにも見えました。
「でも、今日はモデルをするだけで」
「そうよ。モデルをするだけですもの。でも、男の人の目が、じっとまとわりつく感じってけっこう、気持ち良くない？」
　うんと答えかけて、かろうじて、妻は、そうかもとごまかします。
「たまには、いいじゃない。少しくらい気持ちいいコトしても。夫以外の手ってけっこう気持ちいいのよ」
「え？緑川さん、経験あるの？」
「あら、少しくらいなら、誰だってあるわよ、今時。まさか、一度も？」
　妻は、一瞬、曖昧な表情を浮かべた後で、小さくコクリと頷きます。
「じゃ、ちょうど良いチャンスじゃないの。頑張ってみたら。こんなことってめったにないわよ。相手は身元もしっかりしてるし。ガツガツしてない人みたいだし」
「でも…」
　妻からはっきりと拒否の言葉が出る前にノックの音がして、遠藤氏が現れました。
「いや、お美しい、実に美しい。いやあ、人生の終わりに、こんな美しい二人にお会いできるなんて、本当に、なんてラッキーなんだろう」
「あの、優子さんは？」
「ああ、かえってお二人が気になさるといけないので、買い物に行かせました。好きなものを買って良いと言ったら喜んでましたよ。な〜に、後で請求書に青くなることくらい、お二人の姿を拝見できるなら、喜んで」
「まあ、ご夫婦仲がおよろしいんですね」
「えっと、緑川さん。夫婦仲は、この年になってくると、いろいろと刺激がないとダメですけどね」
「あら、どんな刺激ですか？」
「今日みたいに、僕が若くてきれいな女性に囲まれたり」
「まあ、お上手」
「優子だって、オトコに囲まれて、私にヤキモチをやかせてくれるんですよ。きっと、お二人の旦那さんだって、ヤキモチをやいたら一晩中離してくれなくなりますよ」
「そんなものかしらねえ。でも、う〜ん、そうね、きっとそうかもしれないわ」
「そうですとも。安心しきった関係より、少しくらいヤキモチがないとね。山崎さん、そう思いませんか」
「あ、え、えっと、どうかしら」
「きっと、こんなところをご主人が見たら、二、三日は、離してくれなくなりますよ」
「そんな。主人は」
　なぜか、妻の目が潤んだ気がしました。
「ははは、大丈夫です、誰にも言いませんから。お二人の美しいヌードは墓穴にまで持って行きますからご安心ください。じゃ、さっそく、最初のポーズから」
　そう言いながら、二人を鏡の前に立たせます。
「まず、立ちポーズから。いやあ、二人とも肌のきめが細かくていいなあ」
　言われるがまま、遠藤氏に、その裸体を惜しげもなく正面からさらすそのポーズは、両脚を軽く開いて並び立ち、互いに顔だけを向き合わせた、シンメトリーなものでした。
　両手を後ろで軽く組んだ、まあ、無難なポーズですが、胸を突き出すような立ち方だけに、妻の微乳は、膨らみが強調されていました。
　遠藤氏は、ポーズをつけるときに、いちいち二人に近づいて、ここはこう、もっとこっちをと、さりげなくあちこちに触れながら指示してします。
　単純なポーズを決めるだけなのに、なんだか、ずいぶん時間をかけていました。
　その間も、遠藤氏のなめらか口調は、あっちを褒めこっちを褒め、ですから、次第に妻の顔から緊張が取れてきた気がしました。
　ホンモノの絵描きである私にはとてもできない巧みな話術でした。
　私のすぐ目の前には、二人の尻が並んでいます。手を伸ばせば、届く距離です。
　緑川さんの尻はやや垂れてはいますが、十分張りがあって、そのふくよかで柔らかい肉を、サディストでなくともピタピタと叩いてみたくなる気がします。
　妻の尻は、三十を越えてもなお、ヒップが上がり、クルンと丸くなっている、いかにも撫でさすりたくなるカタチをしています。
　ああ、やはり私はスケベなオトコです。
　目の前の裸の二人。尻を見比べつつも、下から秘唇を覗かずにはいられませんでした。
　鏡に顔をくっつけながら、床にはいつくばって見上げますが、軽く広げただけの両脚では飾り毛に邪魔されて、よく見えません。
『もっと広げてくれぇ』
　見慣れたはずの妻の裸です。それなのに『私だけが見ているんじゃない』そう思うだけで、見慣れたはずの身体に、匂い立つような不思議な魅力を感じるのです。
　ポーズをつけるという口実をつけて遠藤氏にあちこち触れられながら、妻は全くいやがりません。いえ、ほほえみすら浮かべるのです。
　それは、遠藤氏のありもしない「芸術的情熱」を感じ取ったのではなく、老獪な男の魅力にほだされたメスの媚態のような気がしました。
　ようやくポーズを決めた遠藤氏は、一人、向こうに腰掛けます。身を乗り出すように座ったまま、二人の身体を見ています。
　目を血走らせるようにして、じっと。
　遠藤氏が黙ってしまいました。
　二人は自分からお喋りをするわけもなく、静寂が部屋を支配しています。
　気がつくと、遠藤氏のねばい視線は、妻のカラダばかりに注がれていました。

　妻自身は、緑川さんと顔を向き合わせているから、それが見えるわけはないのですが、それでも、その視線の熱さに何か感じるところがあるのでしょう。
　居心地悪そうに時折、クルンと丸い尻タボが、わずかに、モジモジします。
　息が詰まるような長い沈黙を破ったのは、大きなため息のような声でした。
「だめだあ」
　思わず、二人が、もちろん私も、遠藤氏の方を見ていました。
　端正な顔を、哀しそうにゆがめています。
「あの、どうかなさったのですか」
　妻が、動いて良いものやら、ためらいながら尋ねます。
　モデルが動くことを極端に嫌がる画家もいることを妻は知っているのです。
「あ、いや、あの、いや、良いんです、私がいけないんですから」
「何か、お気に召さないことでも」
「いやいや、情けないことに目がですね」
「はい？」
「この年になると老眼と近眼が混ざってしまって」
　遠藤氏は、ひどくしょげた顔で、背中を丸めて見せます。
「おまけに、最近は白内障で、ますます見えなくなってるんですよ」
「まあ、それは、本当に大変なんですね」
「間もなく、私は、失明してしまうかもしれません」
　おぉと、顔を覆って見せた遠藤氏に、危うく噴き出すところでした。
『よくもまあ、白々しく芝居ができる』
　日常的に膨大な書類を読みこなしているはずの遠藤氏が、絵も描けないほど目が不自由なわけがないのです。
　第一、あのアトリエの窓から、妻達のヌードをたっぷりと楽しんでいたのですから、こんな明るい場所、この距離で見えないハズなどないのです。
「このままでは、お二人の美しい姿が描けません、でも、せっかくモデルを受けてくださったんだ。ああ、なんとかしたいのに」
　嗚咽を鳴らすようにして顔を覆ったままの遠藤氏は、たっぷりと、その姿を二人に見せつけた後、がばっと顔を起こしました。
「あの、ぶしつけなお願いなんですが、いつも、妻の身体を描くようにさせてもらえないでしょうか」
「ええ。もちろんかまいませんわ。一度、引き受けた以上、指示に従います」
　きっぱりと緑川さんが言い切ってしまうと、妻も、あえてそこに異を唱えることなどできません。
「おお、さすが、綺麗な方は心までが美しい。ありがとう、本当にありがとう」
　つかつかと立ち上がったときには、先ほどまでの背中を丸めて、しょぼくれた姿はどこにもありませんでした。
「実は、彫刻家の先生から教わったのですが、作家は、目ではなく、イメージを手に覚え込ませるとか」
「そうね、そう言うことを聞いたことがありますわ」
　緑川さんが神妙に答えました。
「ですから、目が悪いなら、その分、触覚を頼りに絵を描きたいと」
「それしかないでしょうねぇ。うん、そうよ、一度引き受けた以上、しかたないわよね」
　緑川さんは、間髪を入れず返事をしますが、何をされるのか、妻にもおぼろげに分かってきたはずです。
　それでも、ぽんぽんと話が目の前で決まってしまい、気がついた時には妻から先に「イメージを手に覚え込ませる」事になっていました。
　画家がモデルを見ずに「手で覚え込む」など、きいたこともありません。妻だって、これが、どれほど妖しげな事か分かっているはずです。
　しかし、それでも、根が真面目な妻は、一度決まってしまったことだと、あきらめたのでしょう。
　鏡のまん前、それも、私の座るすぐ前にシーツが広げられていました。
　言われるままに、妻が恥ずかしげに両手でその裸身を隠しながら横たわります。
　それを横目に見ながら、私の役目は終わったと背中に書いてある緑川さんが静かにドアを開け、ふと振り返りました。
　妻と視線が交錯します。
　頼りなげな妻と、なぜか、穏やかに微笑みかける緑川さん。
　まるで何かをそそのかすように。
　ゆっくりと目を閉じると、静かに妻は裸身を伸ばしました。
　覚悟を決めたように、その手は、裸身をいささかも隠さず、身体の脇に伸ばされてしまったのです。
　妻は初対面の、自分よりはるかに年上の男に、これから、自由にその身体を触らせるのです。私以外に触れられたことのない、その裸身を。
　いったい、妻が今、何を考えているのか。
　妻の心の声が聞けるのなら、一生涯の芸術家のインスピレーションを売り渡しても良いとすら思えます。
　愛する妻が、今、目の前で男にその身を任せようとしている。
　いえ、もちろん、まさかセックスをするつもりはない…　はずです。
『紀美…』
　下腹部に苦いモノが満たされ身もだえしているのに、そのくせ、その苦しさがひどく甘美な気がしていました。　
　私の怒張は、いつの間にか、ズボンを押し上げ、苦しくなっています。
　ガラスの向こうで遠藤氏が、なめ回すようにというのは、こういうことかと思うほど妻の身体のあちこちに顔を近づけていました。
　その光景に、胸の中が張り裂けそうになる悲しさと悔しさに爆発しそうになりながら、そのくせ、心のどこかにある黒い欲望が、私を金縛りにしていました。
　遠藤氏の顔が、妻の微乳の上に止まりました。なぜか、キュンと尖った乳首の上空、数センチに、遠藤氏の唇がありました。
　ヒクヒクと遠藤氏の鼻が動き、妻の胸の匂いを嗅がれているのを見た瞬間、私のどこかにある非常スイッチが入ります。
『と、止めなきゃ』
　もう、遠藤氏との約束なんてどこかに行ってしまいました。ヘッドホンをかなぐり捨てて、部屋を飛び出ようとしたその時です。
　カチャ。
　静かに部屋に滑りこんできたのは優子さんでした。細い指先が私の胸に当てられます。
「先生、これからよ、大事なのは」
　私の懐に飛び込むようにして、囁きます。
「だけど、こんなことって」
　優子さんの顔を見るより、妻の方が気になって仕方ありません。ガラスの向こうではいよいよ遠藤氏の枯れた手が妻の右足に触れてしまいました。
　一瞬拒絶するように妻の足先が反り返ります。
「大丈夫。絶対に、主人は、奥様の嫌なことはしないわ。ね、ちょっと、落ち着いて」
　足指に遠藤氏の枯れた指先が、探るような仕草でまとわりつきます。
　目が離せぬままに棒立ちになっていました。首だけをガラスに、つまりは、妻の方に向けていた私の右手が柔らかい手に取られました。
「え？」
「ね、落ち着いて」
　私の手は、そのまま優子さんの胸に置かれたのです。
「ちょ、ちょっと」
「大丈夫よ。男の人って、ほら、こうすると落ち着くでしょ」
　いつの間に外していたのか、ゆったりしたブラウスのボタンは胸元が外され、サラサラとした布地を滑らせて、私の手を導き入れます。
「これって」
「ふふふ、お気に召したかしら、先生ったら、私の時はちっとも触ってくださらなかったんですもの。こんな、おばあちゃんの胸じゃいやかしら？」
「とんでもない、立派な、あ、いや、素敵な胸です」
「さ、こちらにお座りになって。まだまだ始まったばかりですもの」
　突然のことに、慌てながらも、しっかりと私の手は優子さんの胸を触っていました。
　ブラジャーの感触はどこにもなく、直接私の手のひらの中に、優子さんの乳房がありました。
　さすがに、年なりに、少々垂れ気味でしたが、おそらくは、想像も付かないようなエステやシェイプアップのたまものか、少しも張りを失っていません。
　むしろ、どこまでも指がめり込んでいきそうな柔らかさは、オッパイというのはこんなにも柔らかくなるものかと感動すら感じます。
「ね、落ち着いたかしら。さ、ちょっと、お座りになって」
　甘く囁きかけられる言葉に、痺れたように、逆らえなくなっている私がいます。
　目の前では、遠藤氏が、妻の足首から膝へと、何度も何度もじっくりと手のひらを滑らせています。
「ね、奥様、嫌がってないでしょ」
「いや、それは、我慢を」
「そうね、今は、我慢してる。でも、もうっちょっとしたら、奥様は別の我慢をすることになるわ」
　ヘッドフォンを私の頭にかぶせます。
「それとも、我慢なんてしないかしら」
　え？と見返した瞬間、耳が覆われていました。優子さんは、甘い香りを漂わせながら、私の胸にもたれかかっています。
　なんだか、オトコとは単純な生き物かもしれません。手の中に優子さんの柔らかな感触がある。たったそれだけのことが、どうしようもない焦燥感をほぐしてくれるのです。
　優子さんがリモコンを弄ると、ヴォリュームが上がります。小さなハム音と空調の音が、かすかな耳鳴りのように響きます。
　ガラスの向こう。手を伸ばせば届く場所で、全裸の妻が、オトコの思うままに身体を触られるのです。
　今は、足先ですが、この後、その、ややシワの入った枯れた手が、私しか知らないはずの、妻のカラダのあちこちに触れて来るのです。
　妻の微乳にも、いえ、ひょっとすれば、秘唇にも指が伸ばされてしまうのです。
『止めなきゃ』
　しかし、手の中の柔らかな優子さんの胸の感触を離しがたいのもあります。
　なにより、座ったときから何気なく、痛いほどに膨らんだ怒張をズボンの上から撫でてくれる感触が、私を縛っています。
　いいえ、なによりも、目の前の光景が私のどす黒い欲望を刺激しているのです。
『見たい。いや、見たくない…』
　葛藤は長くは続きませんでした。
　遠藤氏の手が、足先に伸びました。
「あ、そこ」
「痛いですか」
「いいえ、でも、ちょっとくすぐったくて…　汚いし」
「ちゃんと手を洗いましたよ」
「あぁ、そう言う意味では、シャワーも浴びて無いから」
「良いんです、よく見えない分を補うのですから、あらゆる感覚を動員するんです。そのままの奥さんを覚えさせてください。ああ、これは、う〜ん、イメージがあ」
「そんな、あう、でも」
「せっかくインスピレーションが湧いてきたのです。このまま、続けさせていただきます。お願いです。しばらくの間動かないでください」
「は、はい」

　さっきまでの褒めまくっていた遠藤氏の陽気なイメージから一転して、謹厳で、冷静な指示をされると、妻はなぜか逆らうこともできないようでした。
　代わりに、両手を交差させるように顔を覆い、大きく息を吐き出しました。
「ほら、主人ったら、奥さんに夢中なんですもの。主人は気に入ると、ああやって、指を一本ずつ…　ほら見て」
　なんということでしょう。
　遠藤氏は、妻の足指を、この上なく美味という顔をしながら、しゃぶり始めたのです。
「いやあ、な、何を」
　狼狽したような声を上げます。しかし、足下を見ようとはしませんでした。自分の足がしゃぶられている、という事実を見たくなかったのかもしれません。
「黙って。このままじっとしてる」
　冷静な声で、叱りつけるその声は、人妻の足指をしゃぶるという異常な姿でしたが、まぎれもなく社会で第一線にいるビジネスマンが部下を叱る声そのものでした。
　その厳粛さのせいでしょうか、妻は、ビクッと身を縮めるようにして「すみません」と謝ってしまいます。
　いつの間にか、お願いされる立場から、命じられる立場に、妻はなっていたのです。
　指の股一つずつに、舌が入り込み、指一本ずつ、唇ではさみ、歯を当て、何本もまとめて吸い込む。
　ときおり、ズズッと音がする以外は、ブーンというハム音しか聞こえません。
「ねえ、センセ、奥様に、ああいうふうになさったことあるかしら」
　ヘッドフォンをずらされ、優子さんの甘い吐息が耳にあたります。
「あんな風にされると、オンナはたまらなくなってしまうのよ」
　私の返事も聞かずに、そのまま手は私のチャックを外し始めるのです。
　確かに、妻の足を愛撫したこともありませんが、そんなところで妻が感じるとも思えません。妻がいつ、嫌悪感が限界に達するのかとハラハラしました。
　しかし、うながされるままに見守ると、ときおり、妻の白い太ももが、そして、尻が微妙にヒクンと震える瞬間が出てきました。それも次第に多くなってきて。
『まさか、感じている？』
　こんな事にたやすく感じるような妻であって欲しくないのに、一方で、足指をしゃぶられて、感じてしまう淫猥な妻の姿をもっと見たくてたまりませんでした。　　
　長々としゃぶられています。
　左、右、また左と、交互に繰り返ししゃぶり続けられているうちに、妻の脚の間隔が次第に広がってきた気が、いえ、 確実に広がっていました。
　遠藤氏は、足を抱え込むようにしてしゃぶっています。その、しゃがみ込む位置を毎回、微妙に進め、今では妻の広げられた脚の間に完全に入り込んでいました。
　その上、持ち上げる足を次第に高くしています。最初は、床の高さだった足が、いつの間にか、しゃがみ込んだ遠藤氏の顔の高さまで持ち上げられています。
　遠藤氏の座る位置は、すでに妻の脚の間ですから、膝を曲げ、外側に広げられ、高く掲げられている状態です。
　遠藤氏からは、これ以上ないほどあからさまに、秘所が見えるはずです。
　時折、チラチラと顔を上げるのは、妻の様子をうかがっているのでしょうか、あるいは、無防備にさらけ出された秘唇の奥を見ているのでしょうか。
　優子さんのしなやかな指で、いつのまにやら、私も下半身だけ脱がされていました。
　柔らかな手が、腿をなでさすってきます。さっきまで、ズボン越しとはいえ、怒張を撫でてくれていたのに、今度は、慎重ともいえるくらい、避けています。
「ああ、握って」
　指先が、足のつけに沿って動かされると、たまらずに、口走ってしまいます。
　ふれてもらえない私のモノは、最大限に膨張して、天を突く勢いです。
「まだ、ダメ。もうちょっと待って。その時まで見てるのよ、センセ。ほら、奥さんのあの顔。見て」
　顔の上に交差した腕の下で、口を半分開けたまま、荒い呼吸をする妻の頬が紅潮しているのが見えます。
「なんだか、暑いですね。ちょっとエアコンを弱くしすぎました。かといって、あまり効き過ぎても、寒いですよね」
　妻の足を抱えて、独り言のように呟きます。
「そうだ、僕も脱がさせて貰おう」
　言うが早いか妻の返事も聞かず、立ち上がって脱ぎ始めたのです。
　お世辞にも、見事とは言えないオトコの裸ができあがっていきます。
　裸身をさらしたまま足下に、いえ、広げきった脚の間に、裸のオトコがいる。
　その危うい状況を妻は十分に分かっているはずです。それなのに、妻は、脚を広げて寝そべったまま、身じろぎもしません。
　グレーのブリーフを脱ぐと、遠藤氏の黒々とした怒張は、半ば屹立していました。　
　ああ、オトコというモノは本当に哀しい生き物です。温泉などでも、他人様の「モノ」を見ると、ついわが身と比べたくなります。
　まして今は、その怒張が妻に使われるや、いなやという状態なのですから気になるのも当然です。
　長さは、私と、さほど変わらないように見えます。太さだって、私のものとさしてかわりません。あるいは、私の方が、いくらか太いかもしれません。
　しかし、よく発達したエラを持っている上に、いかにも使い込まれた風格を漂わせる色つやは、それ自体が凶暴な一つの凶器にも見えます。
『これが妻に使われたら』

　戦慄せざるを得ません。それなのに、私の中にすむ獣が「見たい」と叫んでるのです。
　再びしゃがみ込んだ遠藤氏の怒張と、妻の秘唇は、わずかに三十センチ。
　広げられた脚の間で丸見えになっている秘唇は、外側の唇が広がってしまい、私のモノしか知らないはずの入り口は、秘蜜が、たっぷりと湧き出しています。
　もし、このままのしかかれば、濡れそぼった美肉を貫くことなど簡単なことです。
　まだ肉体は受け入れてはいないけれど、妻は、遠藤氏に貫かれることを既に許しているような気がしました。
　しかし、遠藤氏は、急ぐつもりなど無かったようです。
「ああ、素敵な脚だ。ここ。こんな風に、柔らかくて」
　抱え込むようにして左足を膝に載せると、すかさず、揃えた両手で包み込むようにして、膝から脚の付け根へと、撫で上げていきます。
　サラサラとした動きです。
　大事な場所へと撫で上げてくる手に、妻の緊張は、明らかに高まっていました。　
　手が、ほんのあと少しで、妻の秘唇にいまにも触れてしまう、その瞬間、スッと両手が下げられます。
「ふ〜」
　その時、ため息とも付かない、大きな息を妻が吐き出したの見えました。
　息を吐き出し終わらないうちに、また、その手は膝にあてがわれていました。
　スルスルと撫で上げ、また、直前で戻される。
　緊張が高まっては、緩む。緩んでは、また、高められる。
　手の位置を変え、指先の位置を変え、脚を取り替えては、何度も何度も、執拗に繰り返します。
　ギリギリまで来た手が、サッと戻される度に、落胆するような大きな息を妻は吐き出していました。
　いったい、それが何回目か、見ている私も分からなくなった頃、妻の口から、か細い、微かな、あっ、という、ため息とも付かない微妙な声が、漏れ始めたのです。
　その声に励まされるように、遠藤氏の指先はますます微妙にうごめき、白い足の付け根。大事な翳りのそばに手が伸ばされます。
　いまや、その指先をふと伸ばせば、秘唇に届くほどにまで寄せられています。
　妻の両脚は、いつの間にか、これ以上ないほど広がりきっていました。
　遠藤氏が、膝を撫で上げるときだけ、内側にヒクンと動きますが、遠藤氏の指先が離れれば、また、元の通り、思いっきり広げられた場所に自ら戻されます。
　妻の白い両脚は、カエルをひっくり返したようなカタチで、恥じらいを忘れて広がっているのです。
　まるで、大股開きにした女性自身を遠藤氏に捧げているような錯覚すら覚えます。
　いえ、それはすでに錯覚ではないのかもしれません。

　このまま、遠藤氏の指先が、妻の秘唇に伸ばされるのかと、半ば覚悟、半ば期待をしていましたが、それは裏切られます。
「ほら、奥さん、ちょっと、後ろ向きになりましょう」
　ほんの一言、そう言われただけで、恥ずかしがり屋のはずの妻は、いそいそと、身体を回転させてしまいました。
　脚の間の遠藤氏に、一瞬、妻は迷った表情を見せましたが、結局は、脚を広げたままの姿で、うつぶせに横たわったのです。
　もし、妻が、遠藤氏の手を避けたいなら、同じうつぶせになるにしても、ちょっと動いて、脚を閉じるはずでした。
　それなのに、横になる一瞬、わざわざ、遠藤氏を脚の間に置いたままの場所でうつぶせになったのです。
　妻のしなやかな両脚は、遠藤氏を挟み込むようにして、広がっていました。
　しかし、遠藤氏は、容赦がありません。
「あ、いやいや、そうじゃなく、こう。こうして、そう、もっとお尻を持ち上げないとよく見えませんよ」
　手を添えて指示する遠藤氏に言われるがまま、肘と膝でカラダを支え、尻を高々と掲げる姿勢でした。
　肘を突いたまま、その手はしっかりと、相貌を覆っています。淫らに潤んだ目を隠すかのごとく。
　そのまま、妻は自らの意志で遠藤氏に、その尻を見せているのです。
　遠藤氏は、その姿にも満足せず、突いた膝の内側に手を当て、さらに肩幅ほどにまで広げてしまいます。
　その姿は、まさに、バックスタイルでオトコを受け入れるカタチそのものでした。
　後ろから覗き込むようにして座る遠藤氏の怒張は、硬く屹立していました。
　使い込まれたその色と、硬く張り出した雁首が強烈な印象です。
　その凶暴な怒張が、さらけ出された妻の秘所と三十センチも離れていないのです。

　遠藤氏がその気になれば、妻の腰を抱えて、このまま挿入することなど簡単です。この姿勢では妻に拒む方法などあるはずないのです。
　しかし、遠藤氏には急ぐ気配などみじんも感じられませんでした。
　ゆとりすら感じる表情で、ゆっくりと枯れた手を白い尻に伸ばします。
　妻の尻が、わずかにヒクリと震えます、
　まるで、その手を迎え入れるようだと感じたのは、錯覚だったのでしょうか。