３

「そろそろ人が来るかもよ。」
　私があまりに無防備なためか、タカシの方が心配になったようだ。私は水に潜ってタカシの腰掛けている方へと戻った。
「そうね。」
　そう言ってはみたが本当はすこし残念だった。この開放感とスリルはもうなかなか味わうことはできないだろう。
（もうちょっとだけ・・・。）
「じゃあ・・・みてくるね。」
　私はそう言うともう一度後ろを向いて泳ぎだそうとした。
「そのままかい？！」
　タカシは不安そうに言ったが、私は構わずに水に潜った。
（多分もう少しは大丈夫。）
　昼に授業が終わっても、帰ってお昼を食べてから遊びに出るのはまだしばらくかかるだろう。子供の頃の経験から私はそんな風に考えていた。裸のまま、あの大岩が見えるギリギリまで行って、帰ってくる。戦争ごっこの偵察部隊のように、最後にそうやって自分に命令して、スリルを味わってから帰るつもりだった。
　川の水の中では目を開けることができない。私は目を閉じたまま身体を伸ばし、足だけを動かして水中を進んだ。水流を切っていく感覚を裸の身体中で感じるのは素晴らしい快感だった。
（ダイビング習ってみようかな？）
　そんなことを考えながら、息が続く限り潜って泳いでいく。
　やがて水面に出ると、真夏の日差しが頭上から照りつけた。潜っている間に予想以上に進んだらしい、死角になった部分をかなり飛び出して、大岩を近くでみるところまで来ているようだ。
（結構きちゃったな。）
　私はあわてて顔を上げると、顔を拭って岩の上を確かめた。やっぱり人影はない。
「ふう・・・えっ！」
　ほっとして一息ついたが、視界の端に何か黒くて丸いものが見えた気がした。黒い物体は水の上を横に動いている、それは短く髪を刈り込まれた人の頭だった。
（まさか！？まずいよぉ！）
　距離にして５メートルほどだろうか、顔は見えないが少年のようだ。彼は頭を上に向けて大岩の方を眺めている、こちらにはまだ気づいていない。
　ジャバーン！
　次の瞬間、岩の上から助走をつけてスクール水着の少年が飛び降りてきた。あわてて後ろを向いて戻ろうとする私の耳に大きな水音がさらに続けて聞こえてくる。向こうの方ではタカシがあせった顔で私の方を見ていた。
（戻らなくちゃ！）
　私はタカシの方へ狙いを定めると、できるだけ音を立てないようにして水に潜った。目を閉じたままで、音も聞こえないことが今度は不安でたまらない。
（とにかく彼らの死角に入らなくっちゃ。）
　私は必死に泳いだ。
　しばらくするといきなり暖かいものが私を抱きとめるように支えた。
「きゃっ！」
　裸の身体を触られて、私は思わず小さな悲鳴を上げてその場に立ち上がった。底は予想よりもずっと浅かった。
「危ないって。」
　止めたのはタカシだった。流れの関係で帰りはずっと早かったようだ、危うく私は岩に激突するところだったらしい。
「あ、ありがとう。」
　視界は半分も回復していなかったが、彼の声に安心した私はあわててしゃがむと水の中に身体を戻した。立ち上がった拍子に、むき出しの乳房がほとんど水から上にあがっていたのだ。
「ほら、はやく。」
　タカシから水着を受け取った私はあわてて水の中でそれを着ようとした。背後では子供達の立てる水音がいくつもきこえる、気のせいかいくつかは近づいても来るようだ。
（着換えにくい！）
　水の中で水着を着るのは脱ぐよりもはるかに難しい作業だった。裸だと悟られないようにするため身体をかがめて首まで水に浸かっていることと、焦りがさらに作業を遅らせる。
（こっちに来る・・・？）
　水音が明らかにこちらに近づいてきた。私はようやく腿の辺りまで上げた水着を大慌てで上に引っ張った。お尻が半分ぐらいまで隠れたが、その拍子に胸が半分水面に上がった。
「まだ大丈夫？」
　私を隠すように後ろに立っているタカシに向かって振り向いたが、その肩越しに何人かの子供達が泳いでくるのが見えた。私はあわてて前に向き直り、むき出しの肩を水の中に浸けた。
（はやくぅ！）
　どうにかお尻まで水着を上げたが、無理に引き上げたためか肩ひもが水着の中に絡まってしまってどうしてもうまくほどけない。タカシに手伝ってもらおうかと体を回したが、子供達がもうすぐそこまできているようだった。
（もうだめ、仕方ない！）
　私はあきらめて、タカシの陰に隠れるようにしてその場に立ち上がった。おへその上ぐらいまでが水から上がり、裸の乳房が久しぶりの重力を感じる、乳首からはポタポタと水滴が滴り落ちていった。
　私は大急ぎで水着の紐を直すとそれを持ち上げて胸を隠した。子供達の水音はすぐそばにきているように感じられる、どんな風に見えているのか、怖くて後ろは振り向けない。手が震えてなかなか紐を結ぶこともできなかった。
　ようやく紐を結び終わると、私はおそるおそる振り向いた。タカシの見つめる先１０メートルは離れていないところに、小学生らしき子供達がはしゃぎ声を上げて浮いたり潜ったりしている。
（バレたかな？）
　おそるおそる彼らの様子を眺めた。何人かはこちらをチラチラと見たりしていたが、この大きな闖入者にそれほど興味を持っているふうでもなかった。私は少し安心して水から上がると岩の上に腰掛けた。壁になってくれていたタカシに「ありがとう。」と言うと、彼もこちらを向いて水から上がった。

＊

「まいったね。」
　タカシはそう言って笑った。
「全くね。」
　私も笑った。
「楽しかった？」
「うん。」
　もう少し気が付くのが遅れたら裸のままで子供達に囲まれてしまったかもしれない。危機一髪とはこのことだったが、裸で泳いだことも、危うくそれを見られそうになったことも、無事すぎてしまえばとても楽しかった。
「じゃあそろそろ行きますか？」
　タカシにあわせて私も立ち上がった。
　澄んだ水のおかげで上から見ると子供達の様子がよく分かった。小学校３年から６年というところだろうか、男の子も女の子も名前の付いたスクール水着を着ていた。その名札が読めそうなくらい透明な水を見て、私は自分の裸がどれほど丸見えだったかを知った。
（大冒険だったのね・・・。）
　万が一にも人がここから見ていたらと思うと恥ずかしくて赤くなってしまう。
「よっし、行くか。」
　タカシが岸に向けて歩き出してので、私もそのあとに続いた。子供達は邪魔者がいなくなったとばかりにさらに近くまで泳いでくる。ふと見るとその中でも一番年長の部類に入る男の子が私のことをじっと眺めている。髪の毛をスポーツ刈りにした、いかにも子供子供した少年だ。真っ黒に日焼けした額にはシュノーケリングでつかうような大きなゴーグルがベルトで固定されている。
（ん？）
　彼は私と視線が合うとすぐに目をそらし、ゴーグルを眼の位置に戻して水中に潜った。
（ひょっとして、さっきも潜ってきていたのかしら？）
　私は一気に不安になった。この透明度なら水中でもかなりの視界があるかもしれない、そして水の中では私の裸はかなり無防備だった、と思う。
「どしたの？」
　私が立ち止まっているのを心配してタカシが声をかけてきた。
「ううん。」
　私は首を振ると、彼の後に続いて岩場を歩いていった。何となく、後ろから見られているような感じがした。

＊

　タオルで髪を拭き、縛りなおしたりしている間にすっかり肌が乾いてしまうほど、今日の陽射しは強烈だった。タカシは車のドアを開け放って空気を入れ換えるのに必死だ。
「ここで大丈夫かな？」
　タカシが聞いているのは着換える場所のことだ。先ほどと違い、少し離れたあの岩の近くではおじいさんが釣りに使うような椅子を広げて腰掛けているし、こうしている間にも子供達が入れ替わり立ち替わり岩を登っては飛び込んでいる。
「うーん、大丈夫よ。」
　先ほどまで全裸で泳いでいたためか、すこし感覚が麻痺しているかもしれない。
　私たちは車の陰に隠れるようにしてタオルで身体を拭いたが、その必要もないほすでに乾いてしまっている。
「暑いわねえ。」
「ああ。」
　もう水の中が恋しくなった。私は車の中から畳んだワンピースを取り出すと、水着を着たまま、頭から被るようにしてそれを着た。
（やっぱり正解だったわ。）
　タオルを巻きながら海パンを脱ぐタカシをしり目に、私は水着の紐をほどいてワンピースの中で少しずつそれを脱いでいった。着るときとは違って、脱ぐのは本当に簡単だった。
（よいしょ、と。）
　水着を足から抜くと、ワンピースの裾からタオルを入れて身体にわずかに残った水分を拭く。タカシはその間に着換え終わり、Ｔシャツとトランクス姿でズボンを履き始めていた。
「ちょっとまっててね？」
「ごゆっくり。」
　ズボンを履き終えたタカシは、そう言うと車のエンジンをかけた。その音でおじいさんと子供達が振り返る。
「こら！待ってって言ったでしょ？」
　私は口を尖らせた。これから下着を履くのに、あまり注目を集めるのはうれしくない。
「失礼・・・もう着換え終わったかと。」
　タカシは気にもせずにエアコンのスイッチを入れている。
「・・・まだです。ね、それ取って？」
　私は後部座席に置いたカバンを指さした。中にはブラとショーツが入っている。
「これ？」
　彼はカバンから私のショーツを取り出した。
「そう、それ！よこしなさい！」
「だめ。」
　そう言うとショーツをカバンに戻して、カバンごと遠くに押しやった。
「もう、意地悪。」
「いいじゃん、どうせすぐ脱ぐだろ？」
　タカシに耳元でささやかれて私は先ほどの約束を思い出して赤くなった。同時にあの時の興奮がよみがえってくる。ワンピースの中で裸の身体が疼くのが分かった。
「・・・このまま？」
「大丈夫、車止める場所探そう。」
　そういって私のお尻をポンっと叩く。ワンピースの薄い布地越しに彼の手の感触が伝わってくる。
「ねえ・・・？」
　私は甘えた声を出した。
「うん？」
「じゃあ早く行こ。」
　タカシはうれしそうにうなずくと運転席に座り込んだ。
（この車の中でするのも何回目かしらね？）
　私もタオルをたたみながら助手席に向かった。
（あら・・・？）
　車の後ろを回るとき、向こうの方でさっきのゴーグルを着けた少年がこちらを見ていることに気が付いた。少年はすぐにきびすを返して飛び込み台に向かっていったが、その視線が薄いワンピースを通り越して私の裸を眺めていたような気がして、私は何だか恥ずかしくなった。