４

（間違いない、彼はさっき水の中で私を見ていたんだわ。）
　私は今度こそ真っ赤になって逃げるように助手席に乗り込んだ。裸を見られた、というショックは大きかったが、あの少年がどんな風にそれを見ていたかと思うと何だか不思議と気分がざわめいた。
（興奮したかな？）
　小学校も高学年になれば異性の裸に興味がないはずがない。きっと小さなペニスを大きくして水の中から全裸の私を観察していたのだろう。ひょっとしたら今夜あたりそれを思い出して自分でアレをするのかもしれない。
「いやぁ・・・。」
　私は小さな声でそう言った。車をバックさせていたタカシは心配そうに「どうしたの？」と聞いてきた。
「・・・うん、あのね。」
　車が道に戻ったところで私はさっきの少年のことを話した。その子が興奮していたかどうか男の人の意見を聞いてみたかったが、それは口にしなかった。
（だって・・・。）
　それを話すと、それが私にあたえる興奮についても説明しなければいけないような気がしたのだった。
　そう、私はなぜか興奮していた。できることならあの子に聞いてみたかった、私の裸がどんな風に見えたか、それを見て興奮したか、今夜私の裸を思い出しておちんちんを自分で触るのか・・・。
（小学生に見られて興奮してるなんて変態みたい・・・。）
　タカシに話しながら、私は何だか情けなくなってきた。それでも身体の火照りがおさまらないのは、薄いワンピース一枚で車に乗っているこの状況と、久しぶりの愛撫が私の性欲を高めているせいだと思いたかった。
「ふーん、そっか、見られちゃったかぁ。」
　私の話が終わると、タカシは前を見つめたままそう言っただけだった。
「ごめんね。」
「何？別にいいよ、小学生だし。」
　そう言っているが、彼がこういうことを結構気にするタイプなのを私は知っている。

＊

　つきあい始めて２ヶ月ちょっと経過した頃、タカシは私の身体を求めてきた。その頃にはもう私は彼のいない人生を考えられないほど彼のことを大好きだったし、彼が求めるならそれを拒むこともなかった。私たちは車で近くのホテルに行くと、部屋に入ってぎこちなく交互にシャワーを浴びた。
「初めて？」
　バスローブを脱がす前、タカシが私に尋ねた。それが私のもっとも恐れていた質問だった。
　私には高校生時代に付き合っていた彼がいた。スポーツができて人気がある彼に言い寄られたのが始まりのありがちなつきあいの中で、私は彼にカラダを許してしまった。もちろん私にも興味があったし、私たちは合意の上でセックスをした。初めての時から痛みもほとんど無かったが、一方で快感というのもよく分からなかった。気持ちいい、といえば気持ちいいのだが、それ以上の肉体的悦びが無かった。むしろ彼がうれしそうに私の身体を楽しんでくれるのが嬉しいというのが大きかったと思う。彼のために私の肉体を提供して、そのことで得られる精神的満足が私にとってのセックスだった。

「ごめんなさい。」
　私はタカシにそう言った。タカシはとても意外そうな顔をしていた。私は高校生の時の話を彼に始めたけれど、タカシは途中でそれを遮った。
「ごめんね・・・。」
　私はいつの間にか泣いていた。
「・・・いいよ。」
　タカシはそう言って私を抱きしめてくれた。
「でももう聞きたくないかな。」
　タカシの顔はとても真剣だった。悔しそうな、苦しそうなその表情をみて私はさらに泣いた。
「ねえ？」
　しばらくして泣きやむのを待ってからタカシが言った。
「もういいからさ・・・そのかわり、これから二人でそんな昔のこと関係なくなるぐらい愛し合おう。心も、それから身体もね。」
「・・・うん。」
　私はタカシの身体にしがみつくようにしてもう少しだけ泣いた。タカシは私を力一杯抱きしめていた。やがて私たちは顔を上げてキスをした。タカシの手が私のバスローブの紐をほどいた。
　その後のことはいうまでもない。私にとってのセックスの悦びはタカシのおかげで全く変わってしまった。彼は私の体中を優しく愛撫して、中に入ってからもゆっくりと、しかし的確に、私の身体をとかしていくように快感へと導いた。
「ありがとう、こんなに良いものなんて知らなかった。」
　タカシとの初めての時は、それまでと違うあまりのすばらしさにおどろいてしまい、ついついタカシにそう言ってしまった。タカシは嬉しそうな顔の下に複雑な思いを覗かせて「ありがとう。」と一言だけ言った。私は自分の軽率さにまた泣きそうになった。
　以来、タカシと私の間で高校生の時の話が出ることはない。なんとなく避けているのがわかるし、テレビや雑誌などで何かそのことを連想させる話題が出ると不機嫌になるのも分かる。高校時代の親友にそのことを相談したことがあるが、彼女は「男の人は仕方ないわよ、みんな独占欲強いもん。」と言って笑った。「今の方がいいんでしょ？」と聞かれて私は「もちろん。」と答えた。
（もちろんそうなんだけど・・・。）
　今でも時々、タカシが私の最初の人だったら良かったのにと思ってしまう。

　タカシは無言のまま車を運転していた。カーオーディオの男性ボーカルが空々しげに車内に響いている。
「ねえ？怒ってるの？」
　私はいたたまれなくなって聞いた。
「・・・まさか。ちょっと考え事だよ。」
　タカシはそう言ってチラリと私を見た。

　もっとも、本当の意味で私の初めてのセックスはタカシとだったのではないかとも思う。それぐらい、セックスに対する私の考えはタカシとのつきあいの中で変わったのだ。
　初めて身体を求め合って以来（身体を求め合うということ自体それまではなかったことだ）、私のほうからそれとなくタカシに要求することが何度もあった。やがて、私にとって初めてのエクスタシーを覚えると、それはさらにはっきりとした要求になった。何度も身体を重ねる中でタカシは私の性感帯をいくつも発見し、私は彼のペニスを口や手で愛撫することを覚え、エクスタシーに達するコツのようなものを覚えた。一度イクと快感が増すタイプの私は、今や一回のセックスで２度も達することすらある。もちろん肉体的なことだけではなく、精神的にもタカシと私は深く深く結びついていると思う。その結果が、肉体的な悦びを誘ってくれるのだと、信じている。

（愛してるわよ・・・隆史。）
　私はタカシの横顔に心の中でそう呟いた。

　やがて車は再び狭く曲がりくねった道へと入っていく。ガードレールの下には、涼しげに渓流が流れている。
（さっきの川とつながっているのかしら？）
　方向的にはそんな感じがしたが、ここでは先ほどのように泳げるところはなく、大きな岩の間を涼しげな流れが続いていくだけでだいぶ印象が違う。
　やがてタカシは道ばたの少し広くなったところに建てられた小屋の前に車を止めた。
「どうかな？」
「え？ここで！？」
　私はちょっと驚いた。車の中でしたことは何回もあるけれど、道路のすぐそばで真っ昼間になんてさすがにしたことがない。しかもこの車には、運転しにくいというタカシの主義でスモークガラスのたぐいはつけていないのだ。
「いや・・・ちょっと外にでて様子をみようか。」
　タカシはそう言うとさっさとドアを開けて外に出た。私もそれに続いたけど、見通しの良いこの場所では薄いワンピース一枚では気が気ではない。ノーブラの胸が歩くたびに揺れて、乳首が服の生地を撫でる感覚が伝わってくる。
　タカシは小屋の周辺を調べた後、靴を脱いでその後ろを流れる渓流へと降りていった。私もサンダルを脱いで彼の後に従った。
　この場所では渓流は道路よりもかなり低いところを流れている。大きな岩がいくつもあったが、タカシはその間をぬうようにして歩いていくと、やがてそんな岩の一つの陰に消えた。
（待って。）
　私はあわてて追いつこうとしたが、その岩に近づいたとたんにタカシの腕に捕まった。
「んん！」
　ワンピースの上からいきなりノーブラの胸を揉まれて私はくぐもった声を上げた。すでに口は彼の唇でふさがれている。
（ここで・・・するの？）
　私は目だけで周囲を見渡した。岩の陰になってはいるが、道路は数メートル先の頭上を走っている。渓流の対岸は深い新緑の茂みでその先は見えない。
　タカシはかまわずにワンピースの裾をまくると、むき出しになったお尻や腿の間を優しく撫でた。私はタカシにしがみつくようにしてその愛撫をうけた。裸の下半身を真上からの日差しが明るく照らし出した。
（明るい・・・。）
　外でセックスをするのは初めてではないけれど、今まではいつも夜中とかだった。太陽の光を直接浴びながらというのはもちろん経験がない。
「あん・・・。」
　タカシはワンピースの裾をそのまま私の胸の上までまくり上げると、裸の乳房を荒々しく揉んだ。私はビクリと反応して、後ろの岩に寄りかかった。裸の背中が、日差しに暖められた岩を感じた。
「あ、隆史・・・見られちゃうよ。」
　薄手のワンピースは胸の上でくしゃくしゃにされ、私の身体を隠す役目を完全に放棄していた。道路からの視線は背中の岩が遮断してくれているけれど、渓流に沿っては視界が広がっていたし、タカシの後ろの茂みからももちろん丸見えだ。誰かがそこから出てきたら、今度は水の中に隠れることもできない。
「もう、今日は見られちゃったよ。」
　タカシはそう言って私の胸を手のひらで持ち上げるように揉みながら、指先で乳首をつまんだ。
「んっ！」
　私は危うくその場に崩れ落ちそうになり、後ろに回した手を岩について身体を支えた。さっき水の中にいた頃から、外で裸になっているという行為が私を興奮させていたのだろう、乳首をつままれただけで身体を電流が走るような快感が貫いた。
「ふふん。」
　タカシは私の敏感な反応に満足そうな顔を浮かべると、ワンピースを完全に脱がしにかかった。私は抵抗せずに両腕を上げて袖から手を抜いた。
「恥ずかしい・・・。」
　全裸になった私は両手を前に組んで胸を隠した。太陽が肌に照りつけるのが不思議な感覚だった。
　タカシは近くの岩の陰にワンピースを置くと、私の両腕を胸から優しくどかして、そこに口づけをした。乳首を口に含んで舌で転がすように舐められながら、私はタカシの頭を抱えて声を出すのを必死でこらえた。渓流の音と、鳥の鳴き声が周囲を支配していた。