�U−２

【情事のビデオ】

　ビルに入ってすぐに部屋の選択パネルがある。オレはいつも使っている部屋を選択し、エレベータに彼女と乗り込む。部屋につき、ドアをしめ、靴をぬいだ。部屋の入口で向かいに立った彼女も靴を脱ぎ顔をあげたところで、オレは彼女の腰に右手を回し引き寄せる。
「やめてください」
　小さな声で、でも強い意志を感じさせる口調で、そう言った。
　オレは左手を彼女のあごにそえ、上を向かせようとするが、彼女は抵抗して斜め下を向いたままだ。
「あれ？奥さん、嫌われるようなこと、していいんですか？」
　彼女の全身に一瞬にして緊張が走ったのがわかる。
「せっかくだから、雰囲気だして、恋人のようにキスしませんか？」
　内容は疑問文だが、有無を言わさない口調で言う。
　すると彼女は目を閉じて、自分から上を向き、こちらに唇をもってきた。車の中ので脅しは、予想通り、大きな効果を生んだようだ。
　オレは彼女の唇に、ソフトに口づけをした。そしてすこし顔を引いて彼女の顔を眺めてみる。彼女は目をつぶり歯を食い縛って、通り雨が過ぎるのを待っている。
「どう見ても恋人同士のようにはみえないなぁ」
　オレは苦笑しながら言うが、彼女は口元を緩めもしない。
「奥さん、恋人同士ならセックスの前にどういうキスをするか知っているでしょう？もっと力をぬいてもらわないといけませんねぇ」
　そう言ってオレは両手を彼女の小さな背中に回してグッと引き寄せる。そして口づけて、それからゆっくり舌で彼女の唇を割る。彼女は一瞬躊躇したが、すぐに閉じていた歯を開いた。
　彼女の口の中に侵入した舌は、舌、口の天井、歯の裏と散策して回ったが、彼女の舌の出迎えはなかった。やはり再度、くぎを刺す必要があるかと思ったころ、やっと彼女も舌を使って応えてきた。
　彼女の舌の動きはずいぶん控えめだが、まあ悪くはなかった。しばらく濃厚なキスを楽しんだ後、オレは一旦、唇を離して言った。
「奥さん、今度は舌出してください。」
　彼女は唇の間からちらっとだけ舌をのぞかせた。
「いや、もっと思いっきり出して。」
　やっと舌がちゃんと姿を現す。彼女は何のために舌を出させられているのか理解しているのだろう、目をぎゅっとつぶり、舌先は震えていた。
　オレはゆっくり自分の口を彼女の口へ持っていき、彼女の舌を吸い込んだ。そしてしばらく間、オレは飽きるまで口の中で彼女の舌をもてあそび続けた。

＊　＊　＊

「電灯を消してください。」
　上がり口からベッドルームに入ると、すぐに彼女は言った。
「それから、今日はちゃんとスキンをつけてください。」
　口調だけは“有無を言わさぬ・・・”という感じなのだが、顔を見るとさっきのはげしいキスで上気しほんのりと赤らめたままだった。本人はそれには気づかず、ちゃんと毅然とした態度をとったつもりだろうが、表情と口調がアンバランスでかわいらしいという印象さえ持ってしまう。
「今日はがっついてますねぇ、さっそくおっぱじめようってわけですか？」
　オレはわざと下品に言い返してみると、言葉につまって、悔しそうな表情を浮かべた。ホントに正直なオンナだ、感情が表情にすぐ表れる。
「さあ、上着をハンガーにかけてソファーに座って。ワインを開けるから。」
　恋人のような口調でそう言い、グラスと冷蔵庫からワインを出してくる。彼女は言われたとおり上着を脱いで、ソファに気まずそうに座った。
　最近はビールやウィスキーだけじゃなくワインも置いてあるところが多い。セックスの前に飲むには、水っぽいビールや辛口のウィスキーよりも、やはり濃厚な味の赤ワインかブランデーじゃないか？口移しでも楽しめる酒こそ情事には似つかわしいのだ。
　コルク栓を抜き、グラスに注いで、彼女にすすめる。
「お酒、好きでしょ。」
　彼女は自分を落ち着かせようとするためか、小さなグラスの中のワインを飲み干した。
「そういうこともお調べになったの？」
　もちろん、それくらい調べがついているが...
「さあ、どうでしょうねぇ。」
　答える必要もない質問だから適当にごまかし、彼女のグラスにワインをついだ。少しほろ酔いくらいがいい、その方が前回よりも彼女を楽しませてやることができるだろう。

＊　＊　＊

　みほは、アルコールがまわりはじめて少し気分が落ち着いた。さっきまでは、“早く始めて早く終わって欲しい”ということばかり考えていたのだが、やっと開き直って“いくら長引いてもせいぜい数時間だ”と思えるようになっていた。
　そのとき、向かいに座ってワインを飲んでいた男が立ち上がり言った...
「あ、そうだ、ご本人にお見せしなくては。」
　そして彼の荷物からノートパソコンを取り出し、テレビに接続し始めた。男が何を見せようとしているのかだいたい察しがつく。
（この前、撮影していたビデオに違いない。自分自身のセックスシーンなんてどんな顔して観ればいいっていうの！）
　彼女は内心、激しく動揺したが、さらにワインを口の中に流し込み、必死で冷静を取り戻そうと努めた。
　男が接続作業を終えて、こちらを振り返った。テレビにはパソコンの画面が映っている。
「この前のテープ、パソコンに転送したんですよ。」
　そうムービーのファイルを開く。
「そうすると明るさを修正したり、前後の余計なところを削除したりできますからねぇ。」
　ちょうど彼女が壁に向かって服を脱ぎ始めたところから始まった。
　男はソファーに、彼女の隣に戻ってきてワインを飲んでいる。そのムービーを観ているふりをしているが、目の端でこちらの表情を観察しているのがわかる。彼女はかろうじて平静を装ったが、しかし何を言えばいいのか、どうすればいいのか見当もつかなくて途方に暮れてしまった。
（感情に任せて「やめてください」って言えばいいのか？）
　それではまたニヤリと笑ったあの表情を目にすることになる、またもや敗北感を味わうことになるだろう。そしてしかも、やめてくださいと言ってやめてくれる相手でもない。
　そのように逡巡している間に、ムービーの中では彼女が全裸にされ、手を縛られた。あのときの絶望感や羞恥心がまざまざと蘇る。そしてついに足を抱えられた。そのとき自分がどういう姿勢になっていたのか、わかってはいたが、ビデオで改めて見るとあまりのあられもなさに軽いめまいさえ覚える。
　そして股間にこの男が顔をうずめ愛撫を始め、やがて彼女の身体が反応を始めた。
「っ・・・」
　驚き思わず息を呑んでしまった。前回、自分では感じてなかったつもりだった。いや、少なくとも身体が多少反応してしまったとしても、それは押し隠したつもりだった。しかしビデオが捉えた自分の姿はぜんぜん違っていた。歓喜の声こそ挙げてはないといえ、顔は上気して赤くなり、呼吸ははげしく胸は上下し、足を何度も、いや全身を何度も引きつらせていた。
　夫との夜の営みでは女性器を口で愛撫されたことはほとんどなかった。夫が前戯にあまり熱心ではなかったというのもあるし、彼女自身もそういうことに強い抵抗を感じて嫌がったからというのもある。独身のころ付き合っていた人もそういうことに熱心ではなかった。
　だから彼女は「クンニリングス」というのは話に聞くほど自分にとっては気持ちいいものではないと思っていた、少なくともほんの二週間前までは。
「ほら、パソコンだから、こういうところで『みほ、もうイキっぱなし』ってテロップを入れることもできるんですよ。」
　男が下品な冗談でからかってくるが、もうその言葉も今は耳に入らなくなっていた。
　絶頂に達している自分の姿を観て、まさにそのときの感覚がまざまざと思い出されてくる。感じなかったというのは羞恥ゆえに後から上書きされた事実に反する記憶であることを自覚させられる。執拗に女性器を愛撫される感覚というのは彼女の想像をはるかに超えていて、あのときあまりの気持ちよさに抵抗感も羞恥心も圧倒されてしまった。
（あのとき、、、どうしょうもないほど気持ちよかった、、、）
　ずっと押し殺していた感覚の記憶が有無を言わせぬ仕方で蘇る。
（ああ、、、いまからアレを、、、今日もまたアレを、、、されてしまう、、、）
　すっかりぼうっとなってしまって、頭の中が真っ白になっていった。