１．

　なかなか出てこないオンナに、オレはじれて雑誌を眺めていた。そのとき助手席にいた鈴木が声を押さえて言った。
「ボス、出てきましたよ。アレってもしかするとかなりボスの好みなんじゃないですか？」
　ニヤニヤしているのが口調からもわかる。オレは張り込みのターゲットに目を向けると、自分の口元が思わず歪むのがわかった。調べた結果では、年齢は32歳。外見は実年齢より若い感じだが、だからといって若作りしたハデな印象もない。小柄で華奢な感じだが痩せすぎてもいない。顔は小さくあっさりしたパーツだが、ぱっちりとした目と小さな口、そしてキレイなあごのライン。。。
「まあ、確かにそうだな。」
　と、オレは答える。
「なんなら、ボスに遠慮して、オレ、今回は指くわえて見てるだけでもいいっすよ。へへへ。」
　とヤツは殊勝なことをいう。しかしこれが、まあ高くつくとはわかっているが、これくらい好みの女だと、それもしょうがないかと思えてくる。確かに好みのオンナは人には抱かせず自分だけで楽しみたいものだ。
「まあ、試してみないとわからんな。ああしていても、いざとなれば幻滅なバカオンナかもしれんしな。」
「でも、今回の“お客”は決定でしょ？」
　やつは「お客」にすこしアクセントをおいて言う。
「ああ、そうだな。お前には次の客のときに埋め会わせするよ。」
　そう言って、オレは車を走り出させ、その女の住むマンションの脇から離れた。あいつの夫の勤め先に向かうためだ。都合のいいことに、そういう交渉のために呼び出すにはちょうどいい時間だ。そう、わが探偵事務所の調査結果を高い値段で買い取ってもらわなければならないのだから。

　　　＊　＊　＊

（数日後）

　みほは待ち合わせのために或る公園の入口近くに立っていた。夫の頼みで見も知らぬ相手と会わねばならない。
　しかし、ここ最近夫の様子が変だと思っていたが、昨晩は特に妙だった。日曜で自分自身、休みなのにわざわざ子どもの世話を申し出て、彼女に使いを頼んできた。大事な用件の電話があるかもしれないから外出できない、というのが理由なのだが、そのときの態度が妙におかしかった。どこがどうおかしいかうまくわからないのだけれども、やはりなんだかおかしかった。
　待ち合わせの時間と場所を言って、「待ち合わせ場所に来る男に渡して欲しい」と説明もそこそこに荷物を渡された。その荷物は小さなわりに意外と重さのある小さなカバンで、開けてみると厳封した分厚い封筒が入っていた。
「なんかヘンよね、うちの人」
　などとひとり言を言っていると、背後から声をかけられた。
「奥さまのみほさんですか？」
　振り向くとていねいな言葉づかいとは裏腹に、そこに立っていたのはあまりカタギっぽくない外見の中年男だった。微笑んでいるのか無表情なのかよくわからない。彼女は挨拶にもあたふたとなりながら、二の句を継ごうとしたが、彼は自己紹介もそこそこに、なかば強引に近くに止めてあった車の後部座席にのせた。
「人目につく所ではできない話ですので。まあ、取り引きが終わればちゃんとお送りしていきますのでご安心ください。」
　言葉づかいは相変わらず丁重だが、有無を言わせない。前の運転席には、別の男性が座っていて、何も言わずに車を発進させた。彼女はかなり動転してしまって「車を止めてください」「わたしを下ろしてください」と言いそうになったが、それではあまりに失礼だろうとなんとか自制した。
「奥さん、どういう用件でおいでいただいたか、ダンナさんから説明していただいますでしょうな。」
　彼女は思いもかけない展開に動揺を隠しきれないまま、
「これをお渡しするだけだと聞きました」
　といい、カバンを差し出した。
「いや、これは用件の一部ですな。まあ、交渉成立したら受け取りますから、まだ持っていてください。」
　そう言ってその男は自分のかばんから大きなうすい封筒を取り出した。
「車の中ですませるような用件ではないから、誰にも聞かれる心配のないところで続きは話します。それまでの間、この資料でも見ててください。」
　これはいったいどういうことなのか？緊張で口の中がからからになって声が出ない。聞きたいことは山ほどあるのに、言葉がでてこない。彼女は黙ったまま封筒を受け取り、中身を取り出した。
　中身は興信所の調査報告書とでもいうような感じのものだった。「浮気調査？」彼女はこころのなかでつぶやき、内容を読んでいくと、ある男女がホテルに入っていた時刻と出てきた時刻、その男女の身元... もう予測できていたとはいえ、目の前が暗くなった、男のところには自分の夫の名前、女のほうには知らない名前が。
　何かの間違いであってほしいと願いながら書類をめくっていくと、男女がホテルに入っていくところと出てくるところの連続写真が。男は間違いなく、自分の夫。女は彼女の知らない若い女性、、、いや、若すぎる。制服こそ着ていないが、どうみても10代の女の子としか見えなかった。書類をもどして女の情報が書いてある所をみると、年齢は15歳、、、中学校三年生。。。彼女は頭が真っ白になった。
「着きました。」
　どれくらい呆然としていただろうか、隣の男の声で我にかえる。気づくとそこはモーテル型ラブホテルの駐車場だった。
「ここはフロントを通らなくていいから三人以上でも入ってもわからないし、安くてきれいだから、よく密談とかに利用しているんですよ。もちろん、電波をチェックして盗聴とか盗撮がないかも確かめてあるのでご安心を。」
　もちろん、知らない男たちとラブホテルなんかに入れるわけがない。
「ダメです、他の場所にしてください。」
　彼女は身を硬くして言った。
「おや、他のホテルがよかったですか？」
　動揺していると思われたくなかった。
「違います、ラブホテルなんかでお話しできません。」
　できる限り断固とした口調を装い言った。
「そうですか？どこぞの喫茶店かレストランで、おたくのダンナさんの少女買春について話していいんですか？」
　ひるんだ彼女にその男はたたみかける。
「近所のファミレスでなんかでやって、奥さんが人相の悪い男に大金を支払っているところ誰かに見られちゃっていいんですか？」
　運転席にいた男がいつの間にか外に回り込んでいた。ちょうどタイミングよく、外から後部座席のドアを開け、彼女の手を引いた。中からは奥に座っていた例の男が、隣から押すようにして車から下りるよう促す。
「奥さん、われわれが奥さんに乱暴でもすると思っているのですか？もしそうなら心外ですなぁ。われわれはそんなことは決していたしませんよ。」
　いったいどうすればいいんだろう？すっかり迷ってしまった彼女は、促されるまま力なく車からおり、二人の男に連れられホテルの部屋に入っていった。

　　　＊　＊　＊

　そう、乱暴にする必要なんかオレたちにはない。こいつは自分の意志で服を脱ぎ、身体を開くしか選択肢がないのだから。。。一通り説明を終えたあと、向かいのソファーに座る女を眺めながらそう内心つぶやいた。
　女は顔を真っ青にし、下くちびるをかんで、小さく震えている。説明の最後の方は耳に入らなかったかもしれない。
「奥さん、いいですか、もう一回言いますよ。われわれはあるお方からそちらのお嬢さんの素行を調査するよう依頼をうけた。」
　もちろん大嘘だ。写真の中学生はガキ好みな鈴木のセックスフレンドの一人だ。
「で、調べてみると、困ったことに常習的に援助交際を、つまり売春をしていたわけですよ。で、おたくのダンナさんがその常連客の一人だったというわけです。」
　まあ、この部分は本当だ。
「まあ、本来なら洗いざらい依頼主に報告するのがわれわれの義務なのですが、まあ、買春したダンナさんが社会的制裁をうけるのは当然だとしても、小さなお子さんたちまで人生を狂わせるのは忍びないと思いましてねぇ。」
　ここですこし間をおき言葉を続けた。
「ですから、一千万で、この手の情報の相場ですけど、この件の情報を買い取っていただこうと考えたわけですな。」
　相場というのも嘘だ。ターゲットの年収と貯蓄を調べて、払えるぎりぎりの値段をふっかける。もちろん、ヤツのぎりぎりの値段はいうのは、、、
「しかし、ダンナさんはそんなに大金払えないと言いますから六百万まで勉強しました。」
　もちろん嘘で、最初からせいぜい六百万だと踏んでいた。
「ただし奥さんを数回、自由にさせてもらうという条件と引き換えにですね。。。」
　彼女の顔色がさっと変わり、目が見開かれる。驚き、悲しみ、怒り、さまざまな感情が急激に渦巻はじめただろう。オレは彼女の心の中を想像して楽しんだ。無言でこちらをにらんだ。気丈な女だ。そんな態度に出られると、ますますかわいく感じてしまう。こんな女をこういう不幸な状況に追い込むなんて、こいつの夫はよほどのばか者らしい。
「奥さん、いいですか、少女買春が公になったらどうなりますか？ダンナさんは前科者で勤め先の銀行は当然クビ。それプラス、民事では数百万の賠償でしょうなぁ。お子さんたちは学校で、すけべオヤジの子どもだといじめられて・・・」
　話しをいきなり彼女が遮った。
「やめてください、帰してください。何かの間違いです。うちに帰してください。」
　堰を切ったように叫び出した。追い詰めすぎてパニックになりかけている。理性をなくされてしまうと扱いが面倒になる。
「奥さん、おちついて考えてください。お子さんの将来のためですよ。年ごろの娘さんが恋人を連れてきたとしましょう、もしその彼氏の父親が少女買春の前科者だったら、その親御さんは娘さんとの交際を許しますか？わたしなら即刻別れさせますなぁ。ここでわれわれの交渉が物別れになったら、お子さんの将来はまあそういう風になってしまうと思うんですがねぇ。」
　彼女の背後にあるスツールに座って成り行きをながめていた鈴木は、カバンに忍ばせた隠しビデオの準備をはじめた。オレは彼女の隣に移って、背中にやさしく手を置き、道理を説いて聞かせるような口調で続けた。
「奥さん、そこにハンガーと脱衣カゴを置いてます。そこで服を脱ぎなさい。お子さんの将来のためです。奥さんがほんの数時間だけガマンすれば、お子さんは普通の人生が送れるんですよ。」
　彼女は顔を伏せたまま絞りだすように言った。
「電気を消してください。」
　近ごろこんなかわいげのあることを言う女も珍しい。オレは内心喜びながらもそれを抑えた。
「奥さんにそういう決定権はありませんな。」
「明るいままでは、わたしイヤです。」
「じゃ、奥さんがわたしの言うことをちゃんときいて、いい子にしていたら、ベッドに移動する頃には部屋の明かりを暗くしましょう。」
　彼女をベッドに連れていくつもりはさらさらないのだが、マジメな女だ、セックスはベッドでするものと思っているらしい。彼女は無言で立ち上がり、壁のところまで行ってオレたちに背を向けたまま服を脱ぎ始めた。