３　全く奇妙な嫉妬心
　
　僕は、水城亜矢さんの真意を測りかねていた。
『今度は、わたしがあなたのために、ボランティアをしてあげるわ』
　などと、蓮っ葉なことを言ったり、『わたしね、結婚の経験があるの。それに結婚前は看護師もしていたのよ』と真面目な告白めいた話もする。
　水城さんは、外見は、とても気が強そうに見えるのに、『カップル同士のセックスの介護となると、わたし一人の手では負えないの』などと、僕みたいな無力な者にすがるような目つきをしたりする。

　僕は、水城さんの前で、じっと黙っていた。
　もう、セックス・ボランティアは、ことわりたかったのだ。しかし、それをはっきりとことわれないでいた。
「ねぇ、どうして、目隠しをしてもらったか、わかる？」
「ああ、なんとなくですね。彼女にしてみたら、あるいは、自分のきれいではない肢体を他人には見られたくなかったと思います」
「そうよね。それとね、やはり、彼女も、あの時目隠しをしていたのよ」
「えっ？」
「彼女も、見知らぬ人に、ボランティアをやってもらった、ということにしたかったのよ」
「そうなんですか……」
「とかくね、若いうちは、セックスの快楽を与えてくれた異性に対して、特別な感情を持ってしまうことがあるわ。でも、障害者にとっては、そういう感情は切り捨てなくてはならないの」
「えっ、それはなぜですか？。僕にはよくわからない…」
「うーん、どう言ったらいいのかな。例えば、慎一さんにセックス・ボランティアをしてもらう。そのうち、彼女に、慎一さんへの恋が芽生える。でも、慎一さんは健常者、彼女は障害者。彼女がたとえ恋をしても、その恋は叶わないわ。だから、最初から、そういうことが起こらないよう、目隠しをしたまま出会う、ってことにしたわけよ」
「そんな馬鹿な！、僕みたいな者に…」
「でもね、乙女ごころって、微妙なんだから」
「そうなんですか」
「あのね、彼女のことじゃなくって、また、別の女の子の話なんだけど。その女の子のおうちは、お金持ちなの。だから、セックス・ボランティアとして、ホスト・クラブのホストに、デルバリー（宅配）してもらっていたの。その女の子、お金を出してのセックスなら割り切れると思っていたのね。でも、そのホストが優しくて。セックスが終わったあとも、その子のこと、やさしく抱きしめてくれて。だからその子、彼のことが好きになってしまって。そして、その子はとっても苦しんだのよ」
「そうですか」
「いくらかりそめの遊びと割り切っていても、そういうことになることがあるの。若い女の子の場合、セックスはセックス、心はこころと、なかなか割り切れないものなのよ」
「でも、まぁ、カッコいいホストならまだしも、僕なんかの場合、目隠しなんかせずとも、大丈夫だとは思いますけどね」
　僕は、ちょっと、ふて腐れたように言った。
「あなたね、そんなに自分を卑下しちゃ、いけないわ」
　僕は、水城さんを見た。
　いつのまに、水城さんは、めがねをはずしたのだろう。
　水城さんが、足をくずしていた。
　僕は、無意識のうちに思わず、その伸びた水城さんの足に、自分の手を掛けていた。そして、その足を撫でていた。
　水城さんは、僕の手を払おうとはしなかった。
　僕は、水城さんの肩を抱き寄せていた。
　僕は、水城さんに顔を近づけ、キスをしようとしていた。
「いやッ！」
　水城さんは、手を伸ばしていた。そして目を閉じ、口を固く閉ざしていた。
　水城さんは、さっき、僕に、セックス・ボランティアをしてあげると告げたのだ。こんなことをしても、まんざら嫌なことではないだろう、と僕は思っていたのかもしれない。
　僕は、水城さんが抵抗しているというのに、引き寄せて、強引にくちびるを押し当てようとしていた。
　僕は、引き寄せてはいるのに、水城さんの抵抗が強くて、キスをさせてもらえなかった。
　でも、僕は、やりたくてヤリたくて、うずうずしていた。
　僕は、彼女の肩に手を置き、彼女の首筋に唇をこねつけていた。
　そして、僕は、彼女を絨毯の上に押し倒していた。
「やめて、やめて！」
　水城さんは、寝転びながらも、抵抗する。
　僕は、なぜ、水城さんが抵抗するのか、わからなかった。
　僕は、おんなの人とひとつの部屋にいることなんて、はじめてのことだった。そのうえ、目の前におんなのからだがあって。僕は理性を失っていたのかもしれない。
　僕は、下半身で、水城さんの下半身を押さえつけていた。
　そして、僕の手は、水城さんのシャツのボタンをはずしている。
　水城さんが動く。だから、ほんとにボタンをはずしたのは、一個だけで、あとは、引き千切ったのかもしれない…。
　
　亜矢さんのキャミソールを僕はめくっていた。そして、ブラジャーに手をかけていた。
　そのブラジャーがなかなかはずれない。
　僕は、思い切り、ブラジャーを上へ跳ね上げていた。おっぱいが飛び出てくる。僕は、そのおっぱいを一生懸命、手で揉んでいた。
「やめて、やめて」
　水城さんの抵抗が続いている。
　でも、僕は、おっぱいを揉む動作をやめられないのだ。
　僕は、自問自答をしていた。
『水城さんが、僕に、セックス・ボランティアをしてあげる、と言ったのは嘘だったのか？』
『若い独身の女の子なら、セックスを快楽として割り切ることはできないだろう、でも結婚の経験もある水城さんなら、そんなことは割り切れるにちがいない…』
『女なんて、所詮、こうしてからだを愛撫してもらっているうちには、やがては気持ちよくなって、ゆるしてくれるようになるさ』

　僕は、しっかりと、手で彼女の肩を押さえつけていた。
　そして、おっぱいをくちびるで、まさぐっていた。
　僕の股間は、もう固くなっていた。
　しかし、彼女は、まだ抵抗していて、上へ上へ逃げようともがいている。だから、片手で肩を押さえつけながら、もう片方の手でスカートをめくり、パンティをずらすのは、大変なことだった。
　僕は、自分のジーンズを脱ぐゆとりすらなく、彼女を逃がさないようにするのが精一杯で、結局は、パンティすら完全に脱がせることもできず、上半身を覆い被せたまま、下半身で彼女の股をしっかりと押し付け、彼女の動きを封じ込めるしかなかった。
　僕は、片手で、肩を押さえつけながら、おっぱいにしゃぶりついていた。そして、股間の大きくなったモノを彼女の股座にこすりつけている。
　そのうち、彼女もよくなるにちがいない、そう信じて、僕は、懸命に、ブリーフを穿いたままとはいえ、中にある固くなったモノを彼女のパンティの窪みに、しきりにこすりつけていた。
　しかし、彼女はあくまで、下半身をよじりながら、上へ上へと逃げようとするのだ。
　僕は、彼女を逃がすまいとして、上体もしっかりと、彼女の上体にあずけ、しかも、両の手で、彼女の肩を抱きしめる。
　そのとき、僕はハッとなる。
　僕の股間のモノが、爆発しそうなことに気がついたのだ。
　僕は、ビクンと上半身を起こした。そして、深呼吸をする。
　やっと、暴発から免れたようだった。
　
　僕は、絨毯の上に座り直していた。
「ごめん」
　水城さんは、起き上がり、身づくろいをしているようだった。
「ごめんなさい、手荒なことをしてしまって」
「……」
「あなたが悪いんです、セックス・ボラをしてあげましょうか、と僕に言うんだから」
「馬鹿ねぇ、冗談だったのに」
　水城さんの釣り上がっていた目が少し、納まったようだ。
「すみません」
　僕は、俯けていた顔を上げ、あやまった。そして、もう一度、水城さんの顔を見た。穏やかな顔だった。僕は、やっとほっとした。
「でも、慎一さん、途中でちゃんと止めてくれたんだもの、よかったわ」
「そんな、僕は、ただ…」
「どうして、男の人って、急に凶暴になるのかな？。前触れもなく、突然に…」
「すみません、水城さんの太ももに、欲情したみたいで…」
「ったく、いやねぇ〜」
「でも、官能小説だと、うまく行くんですけどね」
　僕は、頬を引きつらせながら言った。
「えっ？」
「ああ、僕、よく、ああいう小説、読むんですよ」
「あれは、小説よ。作り話なのよ」
「そうなんですか？」
「レイプなんて、男のすることじゃないわ」
「そうなんですか？」
「あたりまえでしょ」
「僕には、わからない。レイプしても、そのうち、女の人はいい気持ちになると思っていたのに」
「ったく、それは小説の読みすぎよ。あんな三文小説なんか信用して！。あなたは馬鹿よ」
「そうですか？」
「その気にならないのに、なんで感じるわけ？」
「はぁ、そういうもんですか」
　水城さんは、ちょっと苦笑いをしていた。
　小説は小説なんだ、現実の世界と混同してはいけないんだ、と僕は考え込んでいた。
　僕は、部屋を後にすることにした。
　なんと、水城さんは、僕が帰るのに、見送ってくれた。あんな馬鹿なことをしてしまったのに。僕は申し訳なかったという気持ちもむろんあったけれど、うれしかった。多少は僕のあんな行動を大目に見てくれたのだと思って。
「では、お休みなさい。今夜は本当にすみませんでした」

　僕は、仕事の切りがついたところで、市立図書館に出かけた。
　読み聞かせボランティアのない日だった。
　僕は、お金がなかった。ボランティアはやめても、図書館は欠かせない施設なのだ。無料で本を貸してもらえるなんて、最高だと思う。
「あらっ、橋本さん、元気でした？」
　書棚で本を探していた僕は、驚いて、横を見た。読み聞かせボランティアの仲間だった田代由香さんだった。
「橋本さん、いい人、できたんだって？」
「えっ？」
「だって、松宮さんに聞いたわよ」
「あっあっ」
　僕は、納得していた。そういえば、田代由香さんと松宮美佐子さんとは仲が良かった。田代由香さんは、松宮さんから何か聞いたのだろう。
「でも、橋本さんがボラをやめて、松宮さん、さびしがっておられて…」
「そんな！」
「ほんとよ」
　なぜか、僕は、顔が赤らみ、あわててしまった。
「それはそうと、松宮さん、今、府立病院に入院しておられるわよ」
「えっ！」
「それがね、乳がんらしいの」
　僕は、青ざめていた。
「そんな…」
　僕は、見舞いに行かなくてはいけないのだろうか、と思っていた。せめて病室の番号ぐらい聞いておかなくてはいけないだろうかと考えていた。
　でも気が付くと、もう田代美香さんの姿は見えなくなっていた。
　僕があまりに黙って立ち尽くしていたので、田代さんは遠慮して、立ち去って行かれたのかもしれない。
　僕は、気分がわるくなり、頭もフラフラしてきたので、図書室から出て、１階の茶店の椅子に座っていた。
　見舞いになんか、行けるわけがないと思った。
　ただ、ベッドに寝ているばかりでは美佐子さんは退屈だろうなと思った。美佐子さんの好きな作家、村上春樹さんの小説を、僕が朗読したカセットテープは５本ほど、アパートにあった。それを病院まで届けることができたらなぁと思った。
　しかし、それを届けたところで、どうにかなるというものでもなかった。
　癌細胞を摘出する手術が成功することを祈った。そして、それが再発しないことも、僕は、胸を抱えるように祈っていた。

　僕は、生きるために、添削や翻訳の仕事を続けていた。タバコの本数が増えていた。昼飯を食パンと白湯だけにしても、ローソンの店の前にある自動販売機でタバコは買っていた。咽喉が痛くなれば、咽喉飴を舐めて仕事を続けていた…。
　咽頭癌、食道癌、肺がん、胃癌、大腸がん、将来、そんな病気で苦しんで死ぬことになるにしても、今を生きなくてはならなかった。不健康であろうと、コーヒーとタバコは、鉛筆と消しゴムのように、仕事のひとつのツールになっていた。

　僕は、仕事の切りがついたところで、パソコンを開いていた。
　メールの着信はなかった。ボランティア紹介のＮＰＯ法人のＨＰを開く。僕は自分の登録を探していた、なかった。
　がっかりした。夕食を作る元気もなかった。外食にしようと思った。
　そのとき、ケータイが鳴った。
「もしもし」
「橋本さん？」
「はい」
「水城です。今晩８時に、あの喫茶店の前に来てくれない？」
「えっ？」
「わたしね、まだ、このあいだのこと、許してないからね」
「ああ、すみません、あの時は、僕、どうかしていて」
「だから、もう一度、介助の仕事、手伝って。そうしたら、あの時のこと、ゆるしてあげるから」
「……」
　ケータイの、水城さんの声は、決して怒っているようには思えなかった。だから、よけいに僕は、水城さんの申し出をことわれなかった。
　セルフ・サービスで、ファースト・フード店の讃岐うどんのぶっかけを食べて、僕は待ち合わせの場所に出かけていた。

　僕は、水城さんの車の助手席に乗っていた。
「このあいだは、すみません」
「あのね、今夜は、ある男性のアパートに行くわ。彼女も来ているはずだから」
「……」
「ふたりは恋人同士なの。施設で知り合って。でも、ふたりとも手足が自由に使えなくて。だからセックスをしようと思うと誰かの介助が必要なの。あなたは彼女のことの面倒を見てあげて。わたしは彼の介助をするから」
「ああ…」
　僕は、水城さんの申し出に頷いていた。
　今夜の水城さんはとても張り切っているように、僕には思えた。それにかつて水城さんは看護師をしていたらしい。ああいう職業は、本当にてきぱきと、手際よくやらなくてはいけないだろうと思った。
　僕なんか、多少、机に座って書類を書くような仕事はできても、実生活の面では手際がよくないのだ。水城さんの足手まといにならないよう、言いつけを守ってしっかり介助の仕事をやらなくてはと、僕は気を引き締めていた。
　アパートに着いた。
　部屋の前のチャイムを鳴らす。
「今日も、目隠しをするのですか？」
「今日はいいわよ」
　水城さんが言った。水城さんはめがねをはずしていた。車を運転しているときは掛けていたのに。
　カギは開いていた。僕たちは部屋に入った。
　男の人がいた。車イスに座っていた。顔がゆがんでいるように僕には思えた。
　おんなの人の背中が見えた。化粧の匂いがした。彼女も車イスに乗っていた。
　僕は、車イスの彼女がどうやって、ここまで来たのか不思議だった。
「こんばんは、お待たせしました。こちらね、わたしのパートナーの橋本慎一さんですよ」
　水城亜矢さんの声がした。僕は、あわてた。しかし、そばの水城さんに、腕をつつかれ、何か挨拶するよう、顔で催促されているのがわかった。
「こんばんは、橋本といいます。よろしくお願いします」
　僕は、そう言って頭を下げた。
　見ると、水城さんは、髪を掻きあげ、後ろで束ねて、ゴムかなんかで止めていた。
　ああ、水城さんって、長い髪をしているんだと僕ははじめて気がついた。
　そして、水城さんは、男の人に言った。
「では、さっそくはじめましょうね」
　水城さんは、車イスの男性の前に座り込み、彼の上着のボタンを取り始めていた。
　そして、半袖の下着のシャツまで首から抜き取っていた。男性の上半身が現われた。胸のあたりに何か手術の跡があった。でも、肩の方には肉がついていた。僕よりも上半身は頑健そうに見えた。
　水城さんは、男性のズボンを脱がそうとしていた。しかし、上半身が重いのか、なかなか脱がせられない。水城さんが振り向いて、僕を見た。僕は、近寄っていく。
　僕は、男性に、ちょっとおじぎをして、わき腹に手をかけた。
「慎一さん、そっとよ、そっとよ、手荒なことしないで」
「はい」
　僕は、そっと、男性の上半身を上に持ち上げた。水城さんがズボンを取っていた。見ると、男性の足は、少年のように細かった。そして、ブリーフはやけに白かった、まるで買ったばかりのブリーフのように見えた。
「慎一さん、彼をそっと抱えてあげて。そして、そのお布団の上に、彼を仰向けに寝かせてあげて」
　僕は、水城さんの忠実な従僕になろうと心に決めた。
　僕は、彼の横に回りこみ、彼の背中に右手を掛け、左手を彼のお尻の下に入れた。
『こんなんで、いいですか？』
　僕は、水城さんの目を見て、聞いた。
　水城さんが、頷いている。
　僕は、彼氏をそっと抱き上げた。コトッと車イスが鳴った。
　体重はさほどなかった。僕は、彼氏を完全に車イスの上から抱え上げることができた。
　布団の上に寝かせてあげる。
　そばを見ると、なんと、水城さんは、キャミソール姿だった。上着もスカートも脱いだらしい。
　水城さんは、僕が布団の場所から逃げるまもなく、彼氏の上半身に身を寄せていくではないか。
　僕は、呆然と、水城さんの半裸の背中を見ていた。悩ましい姿だ。
　水城さんは、彼氏の胸に、くちびるを這わせているような気がした。
　僕は、青ざめていた。
　この前、僕が襲おうとしたときは、あんなに抵抗したのに、この彼氏には、こんなことをして、と僕は何か怒りのようなものがこみ上げるのを感じていた。
　と、僕は、そばの車イスの彼女の気がついた。彼女の髪は茶色なのだ。僕はしみじみと見た。天然ではない。あきらかに茶髪に染めている。
　彼女は自分で染めたのだろうかと不思議に思った。
「慎一さん、彼女の方の仕度を手伝ってあげて」
　水城さんの声がした。
「えっ！、なに？」
「脱ぐのを介助してあげて」
「僕が！」
「そうよ。ゆっくりよ、静かによ、ゆっくり手伝ってあげるのよ」
　そう言いながら、また、水城さんは、彼氏の方を向いてしまった。
　水城さんの白い手が、彼氏の細い太ももに伸びているのが僕の目に入った。
　僕は、その視線をはずしていた。
　僕は、車イスに座っている彼女を見ていた。彼女は目を瞑っていた。しかし、彼女の口は半開きになっていた。
　僕は、彼女に言った。
「上着を取りますよ」
「ア・・イ・・ィ・・・」
　僕は、彼女のブラウスをゆっくりと剥いで行った。
　ブラジャーが出て来た。それは大きなもので、僕はハッとなった。
　彼女もジーパンだった。ベルトはしていなかった。ホックをはずし、ジッパーを降ろす。ピンクのスキャンティが見えた。僕は、不覚にも股間のモノを躍り上がらせていた。
　心の中の動揺を押し隠しながら、彼女のジーンズに手を掛けていた。

「アッ・・ァッ・・・」
　男の声だった。僕は、思わず、後ろを振り向いた。水城さんの白い肩と剥き出しの背中が見えた。水城さんは、寝ている彼氏の下半身に覆い被さっていた。ひょっとしたら、水城さんは、彼氏の介護のために、フェラチオでもしているのではないかと思った。
　僕は、胸に疼きを感じながら、車イスの彼女に向きなおしていた。
　彼女のジーパンを下ろす。彼女が身をよじっている。やはり、彼女も脱ごうとする意思があるみたいだった。片方ずつお尻を少しずつ、上げ下げしてもらいながら、僕は、やっと、ジーンスを彼女のお尻から取りはずしていた。膝まで降ろし、それから、ふくろはぎのほとんどない下肢からジーンズを抜いた。僕はほっとした。額に手をやっていた。僕は額に汗を掻いていたのだ。
　僕は、中腰のまま、じっとしていた。これからどうすればいいのか、迷っていた。
　水城さんに頼ろうと、後ろを振り向く。
　水城さんの頭が、彼氏の股間にあった。僕は、股間のモノがビクンとなった。
　僕は、水城さんの頭が左右に動くのをじっと見ていた。
　僕は、僕自身が水城さんに股間のモノを愛撫されているような錯覚に陥っていた。そして、水城さんの頭の動きを見ているだけなのに、僕のモノの先端部から何か透明な汁のようなものが滲み出て来そうな気がした。
　水城さんが、上半身を起こした。そして、背中をよじりながら僕の方を見る。
「慎一さん、どうしたの？」
「いや、別に」
　そう言いながら、僕は頬を紅潮させていた。
「あらっ、そちらはまだなのね。あなたも、彼女のこと、介助してあげて」
「えっ、どうしたら？」
「う〜ん、馬鹿ねぇ〜。まだ、彼女、ブラジャーやスキャンティも付けたままじゃないの」
「えっ？」
「それじゃ、接合できないわ」
「ええ、それは、そうですが…」
「そうね、わかったわ。ちょっと、わたしのやり方、見ていてね」
　水城さんが起き出してきた。
　僕は、その隙に、寝ている彼氏の股間に目をやった。すごく大きかった。足が小さいせいなのか、よけいに彼氏のモノは大きく見えた。しかし、ちょっとフニャフニャしていて完全にはエレクチオン（勃起）をしていないみたいだった。完全にエレクトしたら、もっと大きくなるかもしれないと思った。
　と、水城さんは、車イスの彼女のブラを取っていた。その彼女の胸を指先で、水城さんが揉んでいた。
　そして、水城さんは、そんなことを右手でしながら、左手で器用に彼女のスキャンティを脱がせようとしている。車イスの彼女の上半身の体重はそんなにないのだろうか、スキャンティがすぐはずされてしまった。僕は水城さんの介護の見事さに内心では、とても感心していた。
「さぁ、慎一さん、彼女のこと、頼むわね。接合が可能になるまで、あなた、がんばるのよ。わたしは、彼氏が可能になるようにあっちに行っているから。そして、わたしが合図したら、彼女を車イスから抱え上げて、お布団の方まで連れて来て」
「はい」
　僕は、だんだん状況が飲み込めてきた。
　水城さんは、布団の上に寝ている彼氏の許へ戻って行った。
　
　僕は、恥ずかしいことだが、僕の中の好色な血が騒ぎ出すのを感じていた。
　僕は、車イスの彼女の正面に中腰で向き合っていたのだ。
　クチュクチュと卑猥な音が、僕の背の方でする。
　水城さんが、彼氏への愛撫をしているのだ。
　僕は、奇妙な嫉妬心に駆られていた。
　水城さんにフェラをしてもらうのは、僕だったのに…。

　僕は、嫉妬で頭の中がグラグラしているというのに、車イスの彼女の乳房に顔を近づけていた。
　僕は、乳首を舐める。
　そして、おっぱいを吸ってしまったのだ。
「ハ・・ァ・・、ア・・ァ・・、ァ・ア・・ン・・」
　僕は、彼女の半開きの口から漏れる、半ば機械的ながらも、人間としての肉声の響きがある、あえぎの声に胸をときめかしていた。
　僕は、彼女の腰を少し手前に引くようにしながら、彼女の股間にも、右手を伸ばしていたのだった。
　濡れてはいない。濡れてはいないが、彼女の下半身は、僕の手を拒絶していないような気がした。
　僕は、彼女の乳首を唇で咥えながら、指先で彼女の小陰唇をなぞっていた。下を見ると、あまりにもやせ細った彼女の足が目に入り、心が痛んだ。僕は思わず目を瞑っていた。
　僕は、それでも彼女のクレバスに指を入れ、そしてクリトリスを揉んでいる。何とか、接合の準備を整えようとしたのだ。
「慎一さん、来て来て」
　僕の背後で、水城さんの声がした。
　僕は、あわてた。車イスの彼女はまだ濡れていない。
「早く、はやく」
　水城さんの声がする。
　僕は、仕方なく、車イスの彼女の後ろに回った。そして、ゆっくりと彼女を持ち上げた。
　意外に彼女は体重があった。
　しかし、僕は、学生時代に、運送会社の引越しのバイトを思い出しながら、まるで、洗濯機でも胸に抱え込むように、ゆっくりと背後から彼女を持ち上げていた。
　引越しのバイトでは、運送会社の人に、家具を壁にぶつけてキズをつけないようにと、よく注意を受けたものだった。僕はコワレモノでもさわるように、ゆっくりと、彼女の背中からからだを胸に抱え込んでいる。そしてそのままの姿勢で、前へ移動を開始していた。
　僕は、緊張していた。膝がガクッとなりそうなのを、くちびるを噛み締め、必死で耐えていた。
　やっと、水城さんのそばまでやってきた。
「そっとよ、そっとよ」
　水城さんの声がした。
　僕は、彼氏の足を踏まないように気をつけながら、彼氏の股間の上まできた。
　そして、当たりをつけながら、僕は、腰を下ろしはじめていた。
「あっ、ちょっと待って！」
　水城さんの声がした。
　僕は、中腰のまま、みっともない格好で動きを止めざるを得なくなった。
「なによ、慎一さん。彼女、まだ、濡れていないじゃないの」
「そんな」
「そのまま、そのまま、抱えていて」
　水城さんが、僕たちの前にやってきたような。
　僕は、彼女を抱えたまま、じっとしていた。
　彼女のからだが前にあって、水城さんが何をしているのか、僕には見えない。
　でも、なにやら、水城さんが、彼女の股間の前で、ペチャペチャとやっているようだった。
　僕は、目を瞑っていた。
　何となく、水城さんが、車イスの彼女にクンニを施しているように僕には思えた。
　少し、背中から抱えている彼女のからだが重くなったような気がした。
　僕は、水城さんが、彼女のことを濡らそうと懸命になっているのだろうと思った。だから、じっとがまんして待っていた。
　抱えている腕がだるくなってきた。
「まだ、ですか？」
「もう少し、もう少しよ」
　僕は、水城さんの声に、何とかがんばろうとした。額の汗がまぶたまでかかってくる。
「あああっ、いいわ。さぁっ、ゆっくり、降ろして」
　僕は、腰を下ろしはじめる。
「あっ、ダメダメ、ちょっと、そのまま、ストップ、ストップ」
　僕は、ちらりと抱えている彼女の肩越しに、下の方を見遣る。彼氏の股間を看た。勃起していない！。
　僕は、天を仰ぎ、目を瞑った。
　動きを止めたまま待った。水城さんの合図を。
　足がふらつく。しかし、抱えている彼女がいた。彼女を捨てるわけにはいかない。踏ん張る。
「はい、はい、いいわ、来て来て」
　水城さんの指示の声がした。僕は、ゆっくりと足の膝を曲げ始めていた。
　後は、水城さんの誘導の声に任せるしかない。
「あっ、ちょっと待って」
「……」
「はいはい、来て、ぐっと、降ろして」
「……」
「いいわ、いいわよ、そのまま押し込むような感じで」
　僕は、何やら様子がよくわからなかった。
　ただ、僕としては前に抱えている荷物みたいなものが重たくて、早く休憩が取りたかった。
「はい、いいわ、そのまま、そのまま」
　何か、荷物が地面に落ち着いたような感じもしたが、腕の力は抜けないでいた。
　僕は、腋の下にも汗を掻いていた。
「さぁ、慎一さん、動いて！」
『えっ、まだなの？』
　僕は、心の内で、そう叫んでいた。
　僕には、下の方でどういう状況になっているのか、よくわからない。確かに、僕の、背中から抱えている彼女の股間の中に、彼氏のエレクチオン（勃起）したモノが、インサート（挿入）されてはいるのだろう。しかし、インサートのみではいけないのかもしれない。
　僕は、気を入れなおそうとした。しかし、腕がだるい。なによりも、額の汗が気になる。汗が額から垂れて、目の中に入ってくるのだ。
「あの、あの、僕は、汗が、汗が」
「そのくらい、がまんしなさい」
　僕は、水城さんに叱られていた。
　僕は、腹が立った。しかし返って、やる気が出た。
　腰に力を入れる。そして、膝の屈伸をしつつ、彼女のからだに上下動の動きを与えるようにした。
　僕は、頑張っている。
　水城さんは、何をしているのだろう。
　まさか、遊んではいないだろう。
　僕が、汗を掻きながらかんばっているのだから。僕は、水城さんを信じながら、彼女のからだを支えつつ、上下動の運動を彼女にさせていた。
「ああっ、慎一さん、いいわ、いいわ。もういいわ」
　僕は、上下動を止めた。
　彼女と彼氏が接合と上下動によって、イッたのかどうか、僕にはまったくわからなかった。
「さぁ、慎一さん、彼女を彼氏のそばに寝かせてあげて」
　僕は、最後の力を振り絞った。
　目を少し開ける。汗が滲み、目の中に入る。しかし、しっかりと開ける。彼氏の足を踏んではいけないからだ。僕は、彼女を抱えながら、蟹歩きしながら横へ動く。そして、彼氏のそばに、抱えている彼女を寝かせつけてあげた。
　水城さんが、そばに来て介助してくれる。
　ありがたかった。
「慎一さん、いいわ、いいわ。それでオッケーよ」
　僕は、床に手をつき、ぐったりとなった。
　腕がだるい。
　僕は、目をぬぐった。
　と、何か、ハンカチが差し伸べられたような。それで、僕は目の汗をぬぐい、額の汗をしっかりとぬぐい取った。
「ごくろうさま」
　水城さんの声が耳元でした。
　見ると、水城さんは、もう身づくろいをしていた。
「さぁ、あとは、ふたりっきりにしてあげましょ」
　水城さんがちょっと笑いながら、僕にささやいていた。
　僕は、ちょっと、すわったまま、ここで休みたかったのに。
　でも、僕は、水城さんに腕を取られ、立ち上がらされていた。
　僕は、足もとがふらついている。
　でも、水城さんの手に引きずられるようにして、彼氏の部屋を後にしていた。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）

（注）なお、この作品の創作にあたり、「セックスボランティア」（河合香織著、新潮社刊）を参考としましたので、おことわりします。