５　最後のセ・ボラ
　
　僕は、亜矢さんの上に乗っかっている増永さんの背中を見つめていた。皺の見えるその背中を。
　僕は亜矢さんが好きなわけではない。しかし、胸の内にチリチリと焼けるような疼きを感じていた。
　嫉妬なのだろうか、それとも他人のセックスを間近で見て興奮したのだろうか、僕は不思議な高揚した気分にも襲われていたのだ。
　しかし、僕は、亜矢さんが許せなかった。僕が前に襲ったときには抵抗したのに、増永さんの誘いはすんなりと受け入れたからだ。
　僕は、立ち上がっていた。そして、増永さんのうちを出た。
　広い通りまで歩いた。通りに出て、僕はやっとタクシーを拾うことができた。

　なぜだろうか、僕は、ＮＰＯ法人のボランティアの紹介にもあまり気乗りがしないようになっていた。
　ボランティア活動とは何か、それを僕はひどく重く考えるようになったからかもしれない。
　例えば、僕が高齢者の男性の方の髪を切ってあげたり、洗髪をしてあげたり、入浴の介助をしてあげたりするとしよう。そしてそのおじいさんが入浴後、気持ちよくなって喜んでくれる。僕も、おじいさんが喜んでくれてうれしい。それは、互いに肉体的にも精神的にも満足できるのだ。
　しかし、仮に僕が、手足の自由が効かない若い女性の髪を切ってあげたり、洗髪をしてあげたり、入浴の介助をしてあげたりするとしよう。そういうボランティアをしたら、僕も彼女も互いに肉体的にも精神的にも満足できるだろう。しかし、ある世間の一部の人たちから、非難されるかもしれない。つまり異性による入浴介助はみだらな行為だと言われるかもしれないのだ。
　ボランティアは無償の奉仕活動なのだ、ボラをやっている人、ボラを受けている人が満足していればいいことだ。しかし、それにしても社会的認知というのは必要なのだ。少なくともセックス・ボランティアなんて、今、社会的認知はされていないのだ。

　それから、僕は、ケータイに水城亜矢さんから着信があったり、パソコンにメール着信があった。
　どうせ、セックスボランティアの誘いなのだろうと思い、僕はケータイも掛けなかったし、メールを開くこともしなかった。

　僕は、府立病院に入院している美佐子さんの見舞いに行く勇気がなかった。
　そのくせ、僕は美佐子さんの病状が気になっていた。
　僕は、恥ずかしげもなく、田代美香さんには偶然会ったようにして、市立図書館で会った。
　そして、僕は、田代美香さんと話し込み、田代さんから何とか美佐子さんのことを聞き出そうとしていた。そのうち田代美香さんの誘いに乗って、教会に行く約束までしてしまった。

　僕は、教会で、神父さんの話を聞くことができた。
　仏教で言えば、お坊さんの説法のようなものだった。
　共観福音書（ふくいんしょ）やヨハネ福音書には、おびただしいほどの、イエス・キリストが起こされた奇蹟の物語が書いてあるということだった。
　イエス・キリストは、盲人たちの眼を開かれたという。また、らい病者には膿の出る傷口をふさがれたという。しかし僕には、そのような奇蹟を信ずることはできなかった。
　当時、らい病者たちは頭の毛を剃り、特別な服を着て、町や村から離れた場所に住まわされていたという。しかし、イエス・キリストは、そのような見棄てられた彼らの住む山とか谷を歩かれたらしいのだ。僕は、むろん、そのようなイエス・キリストの行為は勇気あるものとして内心では感嘆していた。
　もっとも、イエス・キリストはすべてのらい病者を元のからだに直されたわけではないらしい。そういう奇蹟が起きなかったとき、イエスは悲しみ、らい病者の手を握り、彼らの苦痛やみじめさを引き受けたいとひたすら願われたという。
　そして、なおも、らい病者たちが自分たちの病いを治してくれと訴えると、イエスは「あなた方はしるしとか奇蹟を実際に目にしなければ、わたしの言うことが信じられないのですか」と、眼に悲しみの色を浮かべられたという。

　神父の話のあとで、僕は確かに祈った。美佐子さんの病気が治ることを。
　しかし、祈ったからどうなるというものでもないと思った。単なる僕自身の気休めに過ぎないのだと思った。
　僕は、自分でもわかるくらい肩を落としながら教会を後にした。
　僕は、せっかく田代美香さんの紹介で教会まで足を運んだのに、精神的には、教会に行かない前よりは、ずっと落ち込んでしまっていた。
　僕は、仕事の合間に、市立図書館に行った。いつもは本を探して色々と書棚を見て回るのに、僕は本を読む意欲もなくて、喫茶室に入って、ボーッとしていた。むろん、この喫茶室は美佐子さんと何度か来ていて、僕はコーヒーを飲んでいるとそのときのことが思い出され、胸の中が濡れてくるのだった。
　美佐子さんは、ガンに犯されて大変な状態なのに、僕のことなんか気にかけてくれて。僕が例えば胃癌の手術で入院なんかしていたら、自分のことで精一杯で他人のことなんかとても構っておられないだろうと思った。
　と、ジーンズのポケットの中のケータイが振動していた。マナー・モードにしてあるのだ。振動が止まる。僕は、ケータイを開いてみた。水城亜矢さんからだった。ケータイを閉じ、コーヒーカップを持ち上げる。しかしまた、ケータイが振動し始めていた。
　僕は、席を立ち、喫茶室を出て、ロビーに出た。
「もしもし」
「ああ、橋本さん、このあいだは、どうもごめんなさい」
「いえ」
「また、あなた、手伝ってもらえないかしら？」
「もう、いいですよ。電話しないでください、もう」
「市立図書館の近くまで、わたし、来ているのよ」
「えっ！」
　僕は、ゼンリンの住宅地図で、僕のアパートの場所はみえみえなのかなと思った。
「あなたのこと、図書館の前で見掛けたの。ちょっとだけでいいの、話を聞いて！」
　僕は、仕方なく、市立図書館の近くの茶店の名を水城さんに告げた。

「わたしのアパートで女の子に会わない？」
　茶店で、いきなり、水城さんは僕に言った。
「そんなにまでして、あなたはセックス・ボランティアを？」
　しかし、僕は、水城亜矢さんのアパートで性の介助をするというのに、ちょっと心を引かれるのだった。
　女の子の性の介助が終わったあと、水城さんは彼女をうちまで送っていくだろう。そして水城さんは自分のアパートだから必ず戻ってくる。僕は水城さんのアパートで水城さんの帰りを待っていればいいのだ。今度は、水城さんから僕は、フェラをして抜いてもらえるかもしれない…．
　僕は、水城さんの誘いに、気持ちを惹かれていた。
　実際、僕には、お金がなかった。
　キャバクラに行っても、最低、６，０００円は要る。店の女の子に抜いてもらおうと思えば、１０，０００円はかかる。それだけの金を出せないこともないが、当分は食事はカップ麺で我慢するしかないだろう。
　しかし、今回の話に乗れば、ただで性的な欲求が満たされるのだ。
　僕の好色性が頭をもたげてきた。
「今回のボラは、誰にですか？」
　僕は、水城さんに聞いていた。
「点字のボラをやっている子に…」
「…？…」
「このあいだ、その子と話す機会があって。彼女、つまり高村裕子さんは視力が弱くて。でも点字ボランティアをしているのよ。小説の朗読テープを聞きながら、点字を打っているの。このあいだ、高村さんがね、あなたが朗読したテープを聞いたらしいわ。とてもやさしい声だと彼女は感心していたわ」
　僕は照れていた。
　彼女と話ができればいいなと思った。
　彼女と話しているうちに、美佐子さんの目の不自由な気持ちもわかるかもしれないと思った。
　僕は、彼女に、目が不自由だと日常生活でどんな不便なことがあるのかを聞く。美佐子さんの苦労がわかる。そして、そんな話をしてくれた彼女に感謝をして、クンニリングスをしてあげるのだと思った。

　僕が、手足の自由が効かない女性とか、目の見えない女性のために、クンニという性の介助をしてあげたとしたら、これはもはや世間の一部の人たちだけでなく、ほとんどすべての人から非難されるだろう。そして、その非難に、少なくとも僕は反駁できない。なぜなら、僕が彼女にクンニしてあげて彼女も肉体的に満足するだろうが、僕も彼女が喜んでくれたら、きっと精神的にも満足するにちがいなく、それをみだらな行為だと言われても僕には反論の余地がないからだ。
　しかし、僕には、美佐子さんのことを偲ぶという目的があった。
　美佐子さんのためなら、世間の非難の言葉を浴びてもいいと思った。
　僕が、障害者の彼女にクンニのボランティアをするにしても、それは純粋なボランティア精神のみではなく、僕の性への好き心が入っていることは否定できない。
　セックスは愛情がないとできない、というのは真実なのだが、セックスは愛情がなくてもできるというのも事実なのだ。
　
「彼女ね、レイプされて、妊娠までしたことがあるの」
　僕は、水城亜矢さんの、その話にひどく心を動かされていた。
　たぶん、僕は、目の不自由な彼女に同情したのだと思う。
　僕は、確かに健常者なのだが、経済力もなく、社会的には下層社会に生きている。中流社会や上流社会に住んでいる女の子には、気後れするのだ。
　いわば、目の不自由な彼女は、僕にとって、対等に付き合える相手なのだった。
　対等に付き合える、それは、僕がその女の子にセックス・アピールを感じることのできる最低条件だったのだ。
「水城さん、僕は性に関してとても関心のあるスケベェな男です。その女性に会ってもいいですよ」
「そんなに自分を卑下しなくても…」
「水城さんには、卑猥な下心というものがなくて、純粋な気持ちでセックス・ボランティアができるのかもしれない。しかし、僕の場合はちがうのです。僕には下心がある。そして、そういうものをフーゾク店で解消するのが立派な大人なのに、僕にはそうするだけのお金もないんです」
「うーん、たかだかボランティアにしかすぎないのに、そこまで考えるのかなぁー？」
　めがねを掛けた水城さんは、足の膝を組み、腕まで組みながら、考え込んでいた。
　僕は、その水城さんの格好にさえ、欲情を覚えていた。
　で、結局僕は、彼女に会うことにした。

　僕はＮＰＯ法人の隣の喫茶店の前で立っていた。
　水城亜矢さんの青い車が近づいてきた。
　後部座席に誰かが乗っていた。ちらっとだけ、僕は後部座席をうかがっていた。
　確か、黒いサングラスをかけていた。ほっそりとした体つきだったような気がする。
　僕は、いつものとおり、助手席に乗り、シートベルトを掛けていた。
　後ろを振り返り、どんな女性なのか確かめたかったが、なぜかそれがためらわれて、前の方を向いていた。
「彼女も一緒なの。わたしのアパートでいいわよね」
　僕は、緊張しながらも、水城さんの言葉にうなずいていた。また、うしろを振り向きたくなったが、振り向けなかった。

　水城さんのアパートに着いた。
　部屋の中は、とても質素だった。家具もあまり置いてなかった。
　やはりＮＰＯ法人に勤めている常勤の職員とはいえ、報酬は少ないのかもしれない。
　水城さんのようなボランティア活動家にとって、生活のぜいたくさはあまり関心がないのかもしれない。
　盲目の彼女は、確かにスリムだった。
　少女のようなからだつきだった。おっぱいはさほど大きくないように見えた。
　しかし、顔の皮膚なんかを見ると、やはり確実に２０代の半ば以上の人のように、僕には見えた。
　水城さんは、部屋を出ていき、僕と彼女をふたりっきりにしてくれた。
　僕は、緊張していた。
　僕の目の前に、女性がいるのだ。
　僕がホストなら、きっとうまくしゃべれるだろうに、と思った。
　彼らは、容姿に恵まれている。そして性のテクニックにも自信がある。そして何より、すべてのことがお金のためだという割り切り方ができるのだろう。
　僕には、とても、そんな割り切り方ができない。
　そして、ボランティアなどという、自己犠牲を基にした社会的奉仕活動という崇高な精神を隠れ蓑にして、自分自身の性欲を満たそうとしているだけなのだ。

　僕は、居直っていた。
　たぶん、それは、相手の女性に、僕の容姿が見えないという安心感なのだろう。
「語尾は、聞き取れましたか？」
　僕の、目の前に座っている彼女に尋ねた。
「ああっ？」
「そのぉー、つまり、水城さんから聞いたのですが、あなたは、僕の朗読テープを聞きながら、点字翻訳をされているとか…？」
「あああ…」
　ボランティアは無償の行為であり、ボランティアをする者、される者が互いに満足し合うものだ。
　朗読テープをつくる、点字に翻訳する。
　どうしてそういう次元で僕は満足できないのだろう？。
　それで我慢しておけば、僕は社会的認知を受けられるのに。
　なぜ、性の世界に踏み込んでしまったのだろう？。
　性を満足させようと思うなら、ホストにでもなればいいのだ。
　しかし、ホストになるには、人並みの容姿と、たぐいまれな精神の割り切り方ができなくてはならない。
　ホストクラブのホストの出張サービスも有償の行為であり、互いに満足し合うものだ。つまり、サービスを受ける女性は肉体的に満足する、そしてその対価としてホストは金銭を受け取り満足する。
　僕には、そういう割り切り方ができないのだ。
　大人の出会い系サイトとて、金銭の取引きがなく、互いに性的に満足し合うわけだから、大したことじゃないという人も中にはいるかもしれない。しかし、そんな考え方は社会の常識にはなり得ない。性の問題はとてもデリケートだし、世間の目は冷ややかななのだ。

　ボランティア活動だって、まず、公序良俗の範囲内でということがある。
　そして、性には快楽という理性を超越した要素があるのだ。
　僕が、障害者の彼女にクンニをしても、僕がそこでがまんできればいい。しかし、たぶん僕はそこで理性を働かせて膣に入れないようにするには相当の意志の力を必要とするだろう。
　そして、僕は、彼女へのクンニのサービスのあと、水城さんにフェラチオでヌいてもらうことを期待しているのかもしれない。

　僕は、水城さんのフェラを受ける前戯として、目の前の盲目の女性にみだらなことをしようとしているのかもしれない。
「ベッドに行きませんか？」
　僕は、悪魔のような心で、まるでホストクラブから派遣されてきたホストのように、やさしげな言葉を彼女に掛けていた。
　しかし、彼女からは返事がなかった。
　僕は、気が急いていた。
　手を伸ばしていた。
「サングラスを取ってもいい？」
　彼女はいやとは言わなかった。
　しかし、僕は彼女が恥ずかしいと思うからというより、自分が見られるという恥ずかしさから立ち上がり、部屋のライトを落とした。
　元に戻り、僕は、彼女のサングラスを取っていた。
　彼女の顔は醜くは無かった。むしろ僕には美しいとさえ思えた。たぶん美佐子さんもサングラスを取ったら、このように素敵な顔をしているのではないかと思った。
　僕は、目の前の美佐子さんではない彼女に、手を伸ばしていた、そして、肩を抱いた。
　ブラウスに包まれた胸のあたりから、何か女の匂いが立ち上ってきた。
　僕は、その匂いに誘われるように、ブラウスを肩からはずし、そして、ブラジャーを取っていた。薄い胸がかえって、彼女の雰囲気に似合っていた。
　黒っぽいミニ・スカートが僕の目に入る。そのスカートの裾を僕は、少し掻き上げていた。太ももが見え、そこを撫でさすると、肌はすべすべとしていた。ストッキングは穿いていない。
　ミニ・スカートの裾を少しずつ上に上げる。すると、パンティが見えた。薄いビンク色をしたパンティだった。
　さらにミニ・スカートをめくる。パンティの中にふくらみが見える。僕は思わずそのふくらみに手を添えた。
「いやっ」
　彼女の声がした、はっきりとした音声だった。彼女に知的な障害はなく、健常者の持つような言語能力があるように思えた。
「ねぇー、キスをしてもいいかな？」
　僕は、彼女に聞いていた。
　彼女は何も言わなかった。彼女はセックス・ボランティアを受ける覚悟で来ているのだろうと思った。
　僕は、薄闇の中にいた。しかも相手に視力はなかった。僕は、彼女の暗闇の中でホストになれるのだと思った。
　キャバクラの客では、店の女の子にキスなどさせてもらえるわけがない。
　僕は、ホストになることにした。
　僕は、彼女のあごに手をかけた。その手を彼女はどけようとしなかった。だから僕は、自分の唇をそっと、彼女のくちびるに押し当てていた。
　僕は、彼女が抵抗を示さないので、深く深く、唇を彼女のくちびるに差し込む。
　彼女が僕の首の後ろに手を回してきたので、僕は、彼女の舌を吸い始めていた。
　
　僕は、乳房を揉んでいた。
「わたし、こわいわ」
　彼女が言った。
　僕は、彼女の気持ちを忖度しようとはしなかった。
「ベッドに行こうよ」
　僕は、彼女の腋の下に手を入れ、それを背中まで回した。彼女を抱きかかえるようにして、立ち上がらせた。そして、お尻の下に片方の手を回し、抱きかかえると、ベッドの上に彼女を寝かせつけていた。
　僕は、すぐさま、彼女のスカートを脱がせていた。足は、美佐子さんのようにスラリとしていて、僕はうれしくなっていた。
　僕は、上着を取り、ジーンズを脱いで、彼女のピンクのパンティに顔をつけていた。
　パンティの上から手で土手のあたりをいじくっていた。
　そして、唇をくぼみのあたりに這わせていく。
　くぼみを舌先で僕は攻撃していた。
　僕の唾液でパンティが濡れそぼっていく。僕は、裂け目に沿って、舌を上下動させる。そして、中心部に丸めた舌を強く押し当てる。
　その舌先が、僕の唾液でなく、他の粘液で濡れてきたような気がした。僕は、身を起こしつつ、パンティの脇から指を差し入れていた。パンティの中が、彼女の蜜液で濡れていた。
　僕は、パンティを引き下ろしていた。彼女はそれをいやがってはいない。
　僕は、彼女の恥毛に顔をつけた。鼻先を恥毛が刺激する。僕は指で草むらを掻き分けていた。クリトリスが指先に当たる。
「いやっ！」
　彼女が腰を跳ね上げた。恥骨が僕の鼻先を打つ。
　しかし、彼女のクレバスの中から立ちこめてくる雌の匂いに、僕はそんな痛みは気にならない。
　僕は、クリトリスを上下のくちびるに挟んでいた。そして、固くなったクリトリスをチュウチュウと吸っていた。
「アンアン」
　彼女がお尻を振る。そして、股を狭めようとしている。
　しかし、僕は、内腿に手をやり、両足を広げようとしていた。
　足首をつかんで、足を折り曲げさせ、さらに股を露わにさせていく。
　僕は、顔を中心部に押し付け、彼女の膣口を舌先で愛撫した。
「あああ、あっ、ダメダメ、汚いよ、汚いよ」
　僕は、凶暴なホストになったのだろうか。
　彼女が僕の頭を上から叩くのに、僕は、舌先を膣の中に押し入れていた。
　しきりに彼女は腰を振って、あばれた。
　僕は身を起こし、彼女の上半身に覆いかぶさっていく。
　そして、乱暴に、ぎゅっと乳房をにぎり、乳首を指で揉んだ。
　彼女が首を左右に振っている。
　僕は、彼女がいやいやをするのに、それにもかまわず、彼女の蜜汁で濡れた唇で、彼女のくちびるをふさいでいた。
　そして、彼女の耳たぶをかじった。
「いやいや」
　僕は、彼女の抵抗にはかまわかず、上体をあずけていく。
　そして、僕は、手を下に伸ばした。
　中指を立て、彼女の蜜つぼに差し入れた。
　中は濡れていた。
　僕は、濡れているなら大丈夫だと思い、また、彼女のくちびるを奪いながら、膣の中の指をかき混ぜていた。
「ウンウン、ハァハァー」
「気持ちいい？」
「ウーッ、ううううっ！」
　僕は、中指を差し入れしていた。
　その僕の指に反応するように、彼女の蜜つぼの中は、蜜汁でますます濡れそぼっていく。
　僕は、正直、がまんできない。
　僕のブリーフは濡れていた。
　さっきから亀頭部の裂け目から透明な液がにじみ出ていたのだ。
　彼女の耳元でささやいていた。
「ねぇ、入れたらいけない？」
「いいよ」
　意外にはっきりとした口調の言葉だった。
「コンドームをするよね。でも、出そうになるまで、なまで入れてもいいかい？」
「大丈夫よ、生のままで。もうすぐ、わたし生理になるから…」
　僕は、うれしくなっていた。
　僕は、体を彼女の上半身にあずけたまま、ブリーフに手をやり、下ろし、脱いでいた。
　僕は、調子に乗って、彼女の膣の中をしっかりと掻き回していた。そして、粘液でしっかりと濡れた指で、クレバスの上のクリトリスをやさしく揉んだ。
「入れるよ」
　僕は、身をちょっと起こした。
　そして、雁くびをつまんで、彼女の膣口に押し当てた。
「アッ、イヤーッ！」
　僕は、途中で止めた。
「大丈夫？」
「はぁー、うぅーっ」
　僕の先っぽは、燃えていた、蜜つぼの熱さのせいで。
　もう、僕は、がまんできない。
「痛いけど、がまんして！」
　僕は、そう言いながら、もう腰を落としていた。
「アッアッアッ―――ッ」
　彼女の中は熱湯がたぎっているみたいだった。
「痛くない？」
　彼女は両手で顔を隠しながら、小さく頭を左右に振っていた。
　僕は、彼女が重く感じないように、上体を浮かしながら、腰を使った。
　できるだけ、彼女にも感じてもらおうと思い、乳房をやさしく揉んであげた。
　抜き差しをする。
　とても気持ちがよくなった。
「どう、いい？」
「アン、こわい、もっと、もっとやさしくして！」
　僕は、がまんした、長く持たせようと。
　あまり深く突っ込まないようにした。根元まで突っ込むとあまりに気持ちがよすぎて、爆発してしまいそうだった。先っぽで抜き差しする。でも、彼女の膣口の肉で僕の雁首がめくれて気持ちがいい。
「アアアッ、もう僕はダメだ、ダメだ、出る、出るぅぅ」
「いいわ、いいわ、出して」
「ごめん、僕は先に出すよ、君はあとで、あとでね」
　僕は、本当に彼女の上体にのしかかっていた。そして、懸命に抜き差しした。ピッチが速まる。
「ああああ、あっ――――っ」
　僕は、ドクドクドクーッと気をやってしまっていた。

　彼女のからだの上から、僕は降りていた。
　彼女を横抱えにして抱く。
　僕はあつかましく彼女にキスをした。
　彼女の口を思い切り開かせ、そして彼女の舌をチュウチュウと吸っていた。
　彼女の乳房を揉む。
　そして、僕は、手を下にさし伸ばす。指を膣の中に差し入れていた。
　蜜壺は、まだ濡れていた。
　かき混ぜると、中から蜜汁がコンコンと湧いてくるのがわかる。
　そして、彼女の蜜液で濡れた指で、クリトリスを揉んだ。
　彼女はなかなかイカなかった。
　僕は、彼女にささやいた。
「僕は、イッタんだ、だから、君もイッテ、イッテ！」
　僕は、めちゃめちゃに彼女の膣をかき回した、そして、クリトリスを強く親指で押さえつけた。
　彼女が、僕の肩にしがみつく。
「アアアッ、アッン、アン、ウッ、グーッ！」
　彼女の手が僕の肩の肉に食い込む。
「あああっ、どうにかなりそう、アアアア、アッ！」
　彼女の顔が後ろにのけぞる。そして、彼女は膣の襞肉で僕の指をしっかりとしめつける。胸の筋肉と乳首の先が震えていた。

　僕は、身支度をしていた。
　彼女に、ブラジャーやパンティを渡していた。
　と、いつのまに来たのか、水城さんがそばにいた。
「まぁ、お楽しみだったわね」
　僕は、水城さんの顔を見た。
　水城さんの顔がゆがんでいた。しかも夜叉面のような怖さもあった。
　僕の腋に冷たいものが流れ出た。
　僕は、なぜか、水城さんのいつもの顔ではなく、とてもみにくいような気がした。
　僕は、水城さんが車で送るから乗れというのに、水城さんの車に乗らなかった。
　僕はタクシーで帰るからいいと、言い張ったのだ。
　水城さんもあきらめて、車に乗り込んでいた。
　黒いサングラスの彼女を乗せた、水城さんの車が闇の中に消えていった。
　僕は、水城さんのアパートの前で立ち尽くしていた。
　なぜか、涙が流れ出ていた。
　美佐子さんに、顔向けができないようなことをやってしまったという後悔の気持ちが膨れ上がっていた。もう美佐子さんのところに僕は見舞いにも行けないと思った…。

　僕は、セックス・ボランティアのみならず、一般のボランティアについてもやめていた。
　僕は、サラリーマンでもなく、肉体的にも精神的にも健康な若者ではなかった。
　僕は、生家を出てアパート暮らしをしていた。弟が父母と同居していたのだ。
　僕が出版社に勤めていて、精神の病をわずらったとき、父が、『おまえは落伍者だ、社会人失格者だ』と言った…。
　それに恥ずかしいことだが、仕事がなくて、母に会いに行った時、僕は母にお金をせびったこともあったのだ。
　僕は、ＮＰＯ法人から紹介された福祉のボランティア活動をやめてから、添削指導や翻訳の仕事も思うようにはかどらなくなっていた。集中力に欠け、気力が出て来なくなっていたのだ。一日中アパートにこもって、何もせず寝てばかりいた。食欲もなかった。
　僕は病院の精神科の外来に出かけた。
　僕は身長が１７４センチで、ボランティア活動をしている時の体重は５６キロだった。しかし、診察のとき、体重計に乗ると、服を着たままでも針は５０キロを指していた。
「うーん、軽いうつ状態になっているかもしれませんな。しばらく、抗うつ剤を飲んでみますかね。ともかく、からだを動かすように」
　と、僕は医師に言われた。
　それから、僕は、２週間に一度病院に通い、時々、夜中に散歩をはじめた。

　病院に通うようになって３カ月が過ぎようとしていた。
　どんよりとして重かった頭が、少し、晴れて軽くなったような気がした。人に見られるのがいやで夜に散歩していたのを、昼間に切り替えていた。
　ある日、僕は散歩から帰ったとき、郵便受けに、小包が入っているのを見つけた。
　小包の差出人は、女性の名前だった。見知らぬ人の名だった。
　中を開けると、手紙の封筒とカセットテープが３個、入っていた。

「はじめまして。わたしは、田崎由美子といいます。松宮美佐子の妹です。生前、姉が病院のベッドで眠りながら、『テープを、テープをシンイチさんに返さなくては…』と、しきりにうわごとを言っていたのです。姉は、一週間前、乳ガンで亡くなりました。ベッドの脇テーブルの引き出しを整理していると、３本のカセットテープが出てきました。シンイチさんのことは、姉の葬儀のとき、市立図書館の司書さんに聞きました。読み聞かせボランティアで姉とご一緒だったとか。それで、司書さんからあなた様のご住所を聞き、このテープをお送りしたわけです。ボランティアグループでは姉が大変お世話になりました。ありがとうございました」

　僕は、急いで、テープをラジカセに掛けてみた。一本目は、『ブワァ〜、ブワァ〜〜』と鈍く、間延びした音がして、何も聞き取れなかった。二本目もそうだった。三本目には、僕の声がした。村上春樹さんの小説『海辺のカフカ』を朗読した声だった。
　美佐子さんは、僕の渡したテープを他のテープに複製したのだろう。そして、何度もその朗読を聞いたのだろう。テープが擦り切れるまで。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
　僕は、何度も美佐子さんにあやまりながら、泣いていた。
　僕は、やがて、気持ちが落ち込みはじめているのを感じるようになった。
　小包を受け取ってから、僕は、添削指導や翻訳の仕事の締め切りが守れなくなっていた。そして、それから２カ月が過ぎた頃、僕は、再び精神科に入院することになった。
（完）　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

（注）なお、この作品の創作にあたり、「セックスボランティア」（河合香織著、新潮社刊）を参考としましたので、おことわりします。