（１１）

　玄関先でペニスを突き入れただけでは宮内は満足しなかった。コートを奪い取られて全裸の真穂を、彼は寝室へとつれこんだ。
　いや、つれこまれたという表現は適切ではない。廊下の隅では延々と唇を吸われた。リビングの床では、四つん這いの臀溝に顔を押しつけてきた。乳房や尻に精液を塗りたくられたりもした。そんなふうに弄ばれつづけたから、愛液の濡れ染みが床のそこかしこに付着している。男の衣服も散乱している。
　場所もかまわず裸身を好き勝手にされ、形ばかりの抵抗と身悶えを繰りかえし、気がついたら、寝室にたどりついていただけだった。性臭に満ちた室内に女のか細い声が響く。
「あァン、宮内さん……だめですゥ」
　全裸の男に背後から抱きすくめられ、真穂は遠慮がちに腰をくねつかせた。たっぷりの量感を誇るふたつの乳房が、男の手のなかで揺れる。
「だめ、こんなのだめェ」
「何がだめなんだよ」
「だって、こ、こんなの……」
　美貌を横にそむけたまま、目線だけを正面へと向ける。立ち姿のまま喘ぐ女の裸身がすぐ目の前にあった。ドレッサーの鏡に映る彼女自身の姿である。
「だめ、やっぱり恥ずかしい」
「恥ずかしい、か。そいつはまともな女の口にする台詞だぜ」
　その言葉は、目に見えない刃物となって彼女の心を傷つけた。
　鏡のなかで男の指が蠢いている。いやらしい手つきだ、と思った。いや、卑猥なのは手つきではなく、指のなかでさまざまな形に歪む乳房であり、愛撫に悶える女の表情であった。いやらしいから、真穂は目をそらすことができなかった。
『とっても綺麗だよ、真穂』
　情事のさいの夫の口癖である。長い愛撫のあと、あるいは挿入の直後、接吻とともに与えられるそのささやきは、真穂にとって美味な食前酒だった。
　だが、こうして目にした自分自身の顔には、愛情から生じた至福など微塵もなかった。性熱だけが爛々と発露していて、綺麗というより妖しさが色濃い。
　たっぷりの雫を湛えて濡れた瞳は、恥じらいに染まっているようにも見えるし、男を誘いたがっているようにも見える。首を左右に振ってみても、表情から法悦の色が消えることはない。乱れた黒髪が顔に張りつくだけだった。その淫靡さに惹かれるようにして、宮内は首筋に顔を寄せた。
　うなじから耳の裏側までを舌でなぞる。真穂は小さくのけぞった。
「可愛らしい反応じゃないか、ええ？」
　吐息のような声で耳元をくすぐられ、今度は尻が悶える。
「淫乱な奥さんもいいが、うぶなふりをする奥さんも好きだぜ」
「あァン、違う……」
「次はどっちの顔で楽しませてくれるのかな？」
　乳房を掴んでいた右手が離れ、腰のくびれに沿って滑り落ちた。流麗なボディラインを無言で賞賛しているような触りかただから、真穂の目も、自然と指の動きを追いかけた。
　色っぽく窪んだ臍の横を指が通過する。左右に張りだした見事な腰の丸みは、ちょうどそのあたりからはじまっていた。くびれの位置はかなり高く、そのぶん足もスラリと長い。犬のポーズで交接するときなどは、尻を屈めなくては挿入できないくらいだ。しかも、臀溝が深いから並の男茎では奥まで入らない。
　見慣れたはずの自分の肉体が、今の彼女には淫猥さの象徴のように思えた。恥毛をかきわけた指が淫裂に触れた。
「ククッ。相変わらずの大洪水だな」
「ああ……」
　真穂は静かに息を吸った。玄関先やリビングではあれほど乱暴な情交だったというのに、今度は、虫の愛撫で責められている。女にとって、この落差はつらいものだった。性感で痺れきった肉体にじれったい刺激を与えられるのは苦しい。
　淫裂にあてがわれた指にしても、大陰唇の縁をただなぞっているだけにすぎないのだ。肉芽に触れることもないし、膣口に入りこむ気配もない。
　だからこそ、男の息がかかっている首筋が感じる。左手で揉まれる乳房がたまらない。この性感を淫裂にもわけてほしいという欲求が生じてしまう。
　徐々に歪みはじめた人妻の顔を鏡越しに確かめてから、宮内は膣口に指を押しこんだ。不意の挿入だった。
「あはッ」
　思わず声が出た。泣きながら嬉しがっているような声である。
　待ち焦がれた感覚が膣を満たし、次の瞬間、消えた。とまどいのなかで彼女が瞼を開くと、すぐ鼻先に男の濡れた指があった。
「そんな顔をして、何がほしいんだ？」
　ルージュでも引くように唇をなぞったあと、指が口内にねじこまれた。
　真穂は肩を揺らして抗った。だが、それは偽りの抵抗だった。すぐに彼女は、指に舌を絡ませた。
　付着した愛液が薄めたタルタルソースに近い味だった。
　宮内の愛撫は巧妙だった。剛速球のあとの緩い変化球のように、すっかりと翻弄されているのが自分でもわかる。そんな性技を持つ宮内のことが天使にも悪魔にも思えた。夫にはないものだから、恐ろしさと同時に魅惑も感じた。
　わたし、何を考えているの……。
　真穂は、慎一との日々を頭に思いめぐらせた。現実にしがみつきたい一心で彼のことを考えた。はじめてデートした横浜のレストラン、地下駐車場の車内や自宅前での接吻の数々、プロポーズの台詞。けれども何を想像しても、最後は気持ちいいという言葉にたどりついてしまう。裸でいやらしいことをされるのが気持ちいい。
　茹で桃色に染まった裸身を揺らした拍子に、宮内の勃起が指に触れた。
　真穂は、手錠をかけられた手でそれを握った。無意識のその動作だけで、放置された淫裂がズキンと痺れた。硬さと形状を手のひらで確かめる。
「なるほど。指なんかじゃなく、もっと太いのを咥えたいってわけか」
　涎に濡れた指で首輪のリードを掴み、宮内は、真穂の肩を押して床に跪かせた。
「やってくれよ、昼間したみたいにさ」
「そんなの……わたし知りません」
「あんなに夢中でしゃぶってたじゃないか」
　そういえば、性交後に無理やり口に含まされたような記憶もある。
「でも、よく覚えてないんです」
「言いわけはいい。ほれ、奥さんの大好物なんだろ？」
「ン、ンン……ゥ」
　亀頭が朱唇に埋まる。宮内がねじこんだようにも見えるし、真穂が自ら咥えていったようにも見えた。
　緊張のために一瞬だけ縮こまった舌が動いた。恐るおそると幹に触れ、そっとなぞり、亀頭の窪んだ部分を舌先で掘り起こす。
　最初は生臭いだけだった味覚が、苦味と塩辛さの混ざったものに変化した。いや、舐める場所によって微妙に味が違う。尿道口に亀頭、ピクピクと脈動する茎。それぞれに異なる味わいがある。舌触りもさまざまだった。それが面白くて、魅惑的で、彼女は熱心に舌を動かした。
　夫の勃起をここまで深く味わったことはない。挿入前に軽く舐めたことはあるが、それだけでも、慎一は女のような声をもらして喜んだものだった。
　ならば、宮内は相当に気持ちがいいのではないか。恍惚とも苦しげとも取れるような表情を浮かべ、彼は、目を閉ざしたまま肩で息をしている。
　そんな男の顔を上目づかいにうかがってから、真穂は、今度は幹全体に舌を絡ませた。そうやって形状を確かめていくと、男の勃起が口で味わうもののように思えてくる。
　朱唇の端から涎が溢れ、顎先へつう、と伝い落ちる。
　真穂はもどかしそうに肩を揺らした。この勃起をもっと深く味わってみたかった。だが、今の姿では限界がある。
　首輪や手錠で身体を戒められ、最初はこの世の終わりのような恐怖を覚えた。ところが今は、甘い焦燥感に腰をよじらせている。やりたいことを満足にできないのがもどかしかった。その不自由が新たな興奮を呼んで、彼女は、勃起を深々と咥えこんだ。
　黒髪ごと頭を前後に揺さぶり、口でしごく。大きな乳房も揺れる。
　長大すぎる勃起であるから、全部は口に含みきれない。どうやっても数センチほど手前で喉が塞がってしまうのだ。引きかけた頭を宮内の手が掴んだ。
「少しずつでいいから、全部咥えてみなさい」
　思いがけず優しい口調でささやかれ、つい真穂は頷いてしまう。
　苦悶の表情のまま、慎重な動作で咥えた。亀頭の先端が喉を圧迫する。
　これ以上は無理だと思った矢先、宮内は、腰をグイと突きだし、彼女の頭を両手で固定した。
「むぐぐゥ、ン、ンンーッ」
　息苦しさと苦悶のなかで数秒ほど硬直したあと、やっと股間から顔を剥がした。吐きだした勃起とともに涎の塊が溢れ、フローリングの床にこぼれ落ちる。揺れる尻の谷間からは愛液がもれだし、肛門までをしとどに濡らした。
　宮内はまたすぐに勃起をねじこんできた。息を整える暇もなかった。拷問に近い口虐は二回、三回と間断なくつづき、潰れた声と咳きこみが彼女の口から交互にこぼれた。まるで、慣れない酒を一気飲みしてるみたいだ。
「フフ、いい顔になってきたじゃないか」
　涙目のまま息を荒げる真穂の頭上で宮内は言った。
「久川のやつにも見せてやりたいくらいだぜ」
　焦点の定まらない目で男を見あげる。軽い酸欠状態に陥っているのか、すぐには言葉が出てこなかった。
「お願いです、あの人のことは言わないで」
「亭主のことなんてどうでもいい、もっとやって、というわけだな？」
「そうじゃないけど……」
　宮内の視線が胸元に落ちる。涎でベトベトの乳房が淫靡色の光を放っている。
「でも、痛いのや苦しいのはいや」
「だったら、奥さんのやりたいことを言ってみろよ」
　真穂は、答えるかわりに男の股間へと顔を寄せた。斜めから首を突き伸ばして、赤い舌をだし、茎の横腹をチロチロと舐める。流れ落ちた黒髪が美貌の半分を隠した。
　飴と鞭という言葉は性交のためにあるのだ、と彼女は思った。ひどいことをされれば、理性が麻痺する。男に逆らう気力まで失せてしまう。そして、痛みや屈従を言いわけにして平気でこんなことができる。
　宮内の望む女へと墜ちはじめているのが、自分でもわかった。苦痛ではなく、苦痛のあとに与えられる快感を身体が期待している。待ち遠しいから、こうして自ら舌を押しつけている。もっと優しいことで苛めてくださいと肉体が叫んでいる。
「キンタマも舐めろよ、奥さん」
　その命令にも真穂は従った。睾丸を舌に乗せ、弄ぶようにころがし、次には口に含んで甘く吸った。体毛に覆われた鼠蹊や蟻の門渡りにも舌を這わせる。その一帯は汗の匂いが強かった。肉体の希求がそのまま情熱的な口淫にあらわれている。
「俺だけの淫乱女だ」
　キンタマを舐める全裸の若妻の姿を、宮内は勝ち誇った目で眺めた。
「そんな言いかたしないで」
「でも、本当のことだろう？」
「わたしは誰のものでもありません」
　真穂は顔をあげた。濡れた唇に一本の陰毛が張りついている。
「ああ、その通り。半分は正解だ。しかしな、厳密に言えばそうじゃない。最終的にそれを決めるのは、奥さんでもなければ俺でもないんだ」
　宮内は、ドレッサーの上から自分の携帯電話を取りあげた。
「そろそろはっきりさせようじゃないか、奥さんの所有権が誰にあるのかを」
「宮内さん。あなた、何を……」
　それには答えず、彼はボタンを押して携帯を耳に当てた。
「……もしもし。ああ、俺だ」
　口を開こうとした矢先に会話がはじまり、真穂は、不安のなかで言葉を呑みこむしかなかった。
「こんな夜中にすまないな。いや、別に用事があるわけじゃないんだが……。そうか、風呂から出たばかりなのか。出張先でもこんな時間まで仕事とは、経営コンサルタントってのも大変だな」
　真穂は息を呑んだ。まさか、と思った。
　驚愕の色を濃くする若妻の顔を見おろしながら、宮内は言葉をつづける。
「せっかくの大阪だというのに、食べ歩きを楽しむ時間もなさそうだな。ところで、だ。俺が今どこにいるかわかるか？　ハハ、そうじゃない。実はある場所で遊んでいる最中なんだよ。いわゆる大人の遊びってやつだ。ああ、そうだ。久川のよく知ってる場所だよ」