（１２）

　電話の相手が誰なのか、問いただす必要も聞き耳をたてる必要もなかった。間違いない。夫の慎一と彼は会話しているのだ。
「なあ久川、俺がどこにいると思う？」
　宮内は不敵に笑った。楽しくて仕方がないといった表情である。今にも高笑いの声がこぼれてきそうだ。
　言葉が出そうなのは真穂も同じだった。やめてください、今すぐ電話を切ってくださいと叫びたかった。けれども声を発してしまえば、彼女の存在が夫に露見する。
　こんな真夜中に他人の男といるだけでも非常識なことなのだ。しかも、宮内も彼女もすでに全裸である。その光景まで夫に見られているような気がして、真穂は生きた心地がしなかった。
「実は今、ある店の娘とホテルにいるんだよ」
非難と懇願の混ざった若妻の目を受け止めながら、宮内は平然とそんなことを言った。
「フフ、さすがに察しがいいな。その通り、久川のひいきにしてるあの店さ。確か、久川はマヤちゃんがお気に入りだったよな」
　それがどんな店なのか、真穂にもなんとなく見当はついた。いわゆるキャバクラや風俗と呼ばれる類の店に違いない。
「たまたま美形の新入りがいてな、つい指名したんだが……これが予想以上の上玉でな。年は二十六か七といったところなんだが、手足の先までとにかく絶品なんだよ」
　自分の抱いた女の詳細を宮内は得意げに語りはじめた。顔立ちは誰に似ているのか。乳房や尻はどんな形で、どんな手触りなのか。真穂の頬に亀頭を強く擦りつけながら、性交中の腰の動きや淫裂の締めつけ、声や匂いのことまで諄々と論じたりもする。
　真穂は瞼を閉ざして恥辱に耐えた。まるで、男だけの酒盛りに全裸のまま同席しているような心境である。男とは、普段からこんな会話ばかりしているのか。女を性的な目でしか見ていないのか。夫もそうなのか。
　違う。そんなはずはない。夫はそのような男じゃないはずだ。けれども彼女の切願を裏切るように、宮内は時折、短く相槌を打ったり、携帯に黙って耳を傾けたりする。夫が興味を持ちはじめている証拠だった。
「……しかしな、本当にすごいのは顔でも身体でもないんだ。この女、とにかく筋金入りの変態でな。さっきなんか、部屋の外で素っ裸のまま立ち小便をしたんだぜ。違う違う、小便じゃなく立ち小便だ」
　彼の言葉は、素肌に容赦なく振りおろされる鞭だった。
「今だって物欲しそうな目で俺を見てるんだぜ。首輪と手錠だけの全裸でなあ。ああ、そうだ。普通のセックスじゃ満足できない女なんだよ。虫も殺さぬような顔をしてるくせに、本当、どスケベってのはこういう女をいうんだろうなあ」
　電話の向こうで笑う夫の声が真穂の耳にも届いた。
　おそらく彼は、頭のなかでさまざまな妄想を膨らませているのに違いない。それが自分の妻だとも知らず、この世でもっとも淫猥な女の姿を夢想しているのだろう。それはつらいことだった。夫に淫らな女だと思われたくない、自分以外の女で欲情してほしくない。
　失意の底で泣き崩れる若妻の裸身が揺れる。宮内が首輪のリードを引っぱりあげたのだった。
「ほうら、また自分から咥えこんできやがった」
　彼のその声は慎一への自慢であると同時に、真穂に対する命令でもあった。
　真穂は首を横に振った。あきれるくらいに何度も振った。その拍子に亀頭が唇に触れて、宮内は、すかさず腰を進めた。
　焦げた草のような味が口内にひろがり、次に、あの独特の圧迫感が喉を塞いだ。
「ンぐ、ンンむゥ」
　声をもらせば夫に気づかれてしまう。わかってはいるが、この状況ではそれも不可能だった。声をださないためには、自分から動く必要がある。
　真穂は唇をすぼめて茎を圧迫し、美顔をそっと引いた。それから亀頭に舌を絡ませ、宮内の望んでいることを実行した。息苦しさは相変わらずだが、喉に押しこまれるのに比べたらはるかにましだった。
　頭を前後に振って吸引する。強くしごく。異様な状況だからか、あるいは、宮内への憎しみがそうさせるのか、しゃぶる動きが性急なものになっている。
　後頭部を押さえていた宮内の手が離れた。
　真穂は口淫をやめなかった。いったんはじめてしまうと、口が、舌が、自然と硬いものに吸いついてしまうのだ。ペニスを咥えている女の身体がトロトロとしてくるのだ。また、射精をすれば宮内が電話を切るだろうという思惑もあった。
「舌づかいも絶品だぜ」
　宮内の声が低くかすれはじめた。
「……ああ、わかってるさ。せめて音くらいは聞かせてやるよ」
　首筋に何か硬いものが触れた。それが携帯だと気づくよりもはやく、聞き慣れた夫の声が耳に入ってきた。
「もしもし？」
　横に逃げようとする彼女の顔を宮内が股間へと引き戻した。勃起が、ふたたび口内へと深くねじこまれる。
　亀頭で喉を小突かれては、いやでも嗚咽の声がこぼれてしまう。頭を上下左右に揺さぶられると、重い呻きがもれ出た。それらの音色は、慎一の耳にも明瞭に届いたはずだった。
「フフ、本当に先輩の言う通りだ。おしゃぶりが大好きなんだね」
　緩みきった口調で慎一は言った。彼女が聞いたことのない夫の声である。
「いいなあ、先輩が羨ましいよ。君みたいな女性に咥えてもらえるだなんて。僕の奥さん、潔癖症だからさ。なかなか口でしてくれないんだよ」
「ンン、む……ゥ」
「先輩がこれほど夢中になるくらいだ、きっとよほどの美人なんだろうね。そして、たぶん人妻だ。相当に育ちのいい若奥さんに違いない。そうゆう女ほど性欲が強いものだからね」
　真穂は耳を塞ぎたくなった。しかし、そのための両手は鉄枷に繋がれている。勃起から顔を離すこともできない。
「普段は真面目な主婦を演じてるくせに、裏ではいろんな男のペニスを咥えこんでるんだね。このあとだって、また先輩といいことをするんだろう？　家では亭主が待っているというのに、君は別の男のオチン×ンで狂うんだ。それとも、またオシッコを見せるのかな。いいなあ、僕も混ぜてもらいたいくらいだよ」
　真穂はギュッと瞼を閉ざした。もはや、これは立派な輪姦だった。肉体を宮内に犯されながら、夫に言葉で苛められる。だというのに、真穂の身体は否応なく熱くなっていた。
　全裸の夫がすぐ背後に立っていて、今にも勃起を挿入してきそうな気さえする。ありえないことだというのに、股間の濡れがおびただしいものになった。しゃぶる動きにも自然と熱情がこもる。
「ねえ、僕のも舐めてくれないかな。先輩のを僕のだと思ってさ。ほら、もうこんなにカチンカチンなんだよ。君を想像してこんなになったんだ」
　そう言う夫の口調が微妙に変化しはじめた。息づかいまでひどく乱れている。自分で勃起をしごいているのだとすぐにわかった。
　あの慎一さんがそんなことを……。
　男の自慰のことは知識としては理解している。しかし、三十すぎの妻帯者が、自分の夫までがそんな行為をするとは知らなかったから、愕然とせずにはいられなかった。
　その驚きは宮内にも伝わり、彼は電話を耳に戻した。
「……なるほど、そういうことか。まったく久川も好きだなあ」
　宮内は、真穂の頭を邪険に揺さぶった。休まずしごけという意味だった。
「いいぜ、そのほうがこの女も喜ぶ」
　所有物のような口ぶりでそんなことを言うと、宮内は、電話をふたたび真穂の耳にあてがった。
「ほうれ、しっかりサービスしてやんな。エロい音を俺の後輩に聞かせてやれ」
「さあ、お尻をクネクネさせて咥えてごらん。君のお口でイカせておくれ」
　そんなふうに同時に命令されると、本当にふたりの男に犯されているような気分になる。勃起を口に含んだ女の尻が左右に揺れた。
「ちゃんと音をたててしゃぶるんだよ。もっと、そう、もっとだ。……ああァ、いいよ、最高のお口じゃないか！　まるでオマ×コに入れてるみたいだッ」
　熱っぽい口調でいやらしい言葉を告げてくる。妻の声に気づいた気配など、微塵もない。だから、真穂も鼻にかかった吐息を何度ももらした。
「むふゥン……ッう、ンン」
口内で暴れる男根を彼女は音をたてて啜った。夫のものだと思って啜った。たっぷりの涎を乗せた舌を亀頭に巻きつけ、裏側のくびれをなぞり、茎の上下に這わせ、尿道口を舌先でくすぐってから、また頭を前後させる。
　涎に濡れた亀頭がいっそうツルツルになり、まるで、皮のないフライドチキンのようだった。けれども、これはもっとおいしい。おいしいものを口に含んでいるから、吸引がやめられない。
　ああン、慎一さん……慎一さんッ……。
　ふたりの男の荒い呻き声を聞きながら、真穂は思った。こんなことなら夫にもしてあげればよかった。口でしてあげればよかった。男のそういう声が、勃起の味わいが、女の肉体に媚薬のような作用を与えるのだ。
　身体が蕩ける。このオチン×ンを口以外の場所でも味わってみたくなる。
「ああ、だめだ、出る、出そうだ……いいよね、だすよ？　口のなかでだすからねッ」
　その叫びが誰の口にしたものなのか、真穂には判断する余裕すらなかった。勃起しゃぶりにすっかりと夢中になっている。
　絶頂を訴える慎一の情けない声を残して、携帯が耳から離れた。
「悪いな、そろそろ切るぜ。こっちも催してきたんでな」
　うわずった声で言って電話を切ると、宮内は、両手で真穂の頭を掴んだ。激しく揺らしてから引き抜き、今度は自分の指でしごきあげる。
「口を開けろ、おらッ、開けるんだよ！」
　真穂は舌を伸ばした。命令されたからやったわけではない、勃起を舐めようとしてたまたま口を開いただけだった。
　直後、何か熱いものが舌先に当たった。
　最初は亀頭かと思ったが、そうではない。亀頭の先からほとばしった何かが舌を叩いたのだ。精液、という言葉が頭に浮かんだとたん、今度は顎や鼻筋に雫が飛び散った。こちらはボタボタと垂れ落ちるような感じだった。
　すぐに濃い異臭が彼女を包んだ。室内の性臭をすべて凝縮したような強い匂いである。口内の牡液を喉に通しても、匂いは消えない。かわりに、真穂の表情に酔ったような色が生じた。重く粘っこい精液の味は不快なものではなかった。
　鼻で息をする宮内に見おろされながら、真穂は顔をあげ、今度は唇のまわりの精液を舌で舐めた。宮内が亀頭を頬に押しつけてくると、そこにも舌を伸ばした。
「俺の女だ」
　静かな声で宮内が言った。
　それには答えず、真穂は濡れた亀頭に唇をかぶせた。外気に触れた精液は苦味が強かった。
　男茎はすぐに力を取り戻した。宮内はいったん勃起を抜くと、床のズボンから小さな鍵を取りだした。手錠を外してからリードを掴みあげる。
　長いあいだ鉄枷をかけられていたから、左右の手首に薄い痣が浮かんでいる。真穂はそれを交互にさすると、次に右手を伸ばして勃起を握った。
　熱くて硬いのに、表面はひどくヌルヌルとしている。まるで蕩けかけた金属のようだ。いい手触りだった。指が、自然と上下に動いた。
「まだ足りないんだろう？」
　真穂は、まだ精液の張りついている美貌で宮内を見あげた。
「はめられたいのならそう言えよ。それとも、もっと呑みたいか？」
　口を開こうとした矢先、ドレッサーの上の携帯が鳴った。着信音はすぐに切れたが、数秒としないうちにまた鳴りはじめた。
　宮内は電話に出る気配すらない。静かな目で若妻の動向を探っている。
「ベッドにいけよ」
　リードを床に投げ捨てながら彼は言った。
「はめてやるから、自分で股を開けと言ってるんだ」
「で、でも」
　そう言いながらも真穂は身体を翻し、四つん這いの姿でベッドへと歩んだ。その恰好だと、彼女の尻の大きさが著しく目立つ。円月の丸みでもハート型でもない、エロスそのものの量感と形状を誇る白臀を左右に揺らして、真穂はベッドの端に腰をおろした。
　全裸の宮内がにじり寄ってくる。支配の蜜味を知った独裁者の顔である。
　男に顎を揺らして指図され、真穂は左右の膝をおずおずと開いた。愛液がもうシーツに染みを作っている。
「もっとだ」
　きつい口調で促され、さらに足をひろげる。
　真穂は美貌を横にそむけた。犯罪者の言いなりとなって、全裸の股間を見せびらかしている。泣きたいくらいに恥ずかしい。だが、いやなわけではない。その証拠に、少しも涙など出てくる気配はなかった。
　目が妖しく潤んでいるのは、これからはじまる行為への期待のためだ。すでに慎一のことなど頭から消えている。
「し、してください」
　真穂は、正直な感情を口にした。
　ほしい。オチン×ンがほしい。硬い太幹で膣口をこじ開けられ、充塞感を味わい、遠慮のない腰振りでこの身体を打ち貫いてほしかった。深く繋がりあったまま口舌を貪りあい、乳房を乳首を苛められ、愛撫にかわる罵倒の言葉を浴びたかった。
　男根中毒と呼ばれても仕方のない発作的感情である。勃起の味と匂いを知ったことで、精液の熱にまみれたことで、交接に対する執着がより深まっていた。
「お願いです、してください……オ、オチン×ン入れてッ」
　すがるような口調でもう一度つぶやいた直後、宮内が無言でのしかかってきた。ベッドに半身だけを乗せた彼女の両足をかかえ、幼女のような淫裂に亀頭を押しつける。
「すっかりとチ×ポ狂いの女になっちまったな、これも才能か」
「ねえ、はやく、はやくゥ」
「壊してやるよ」
　身を沈めた宮内の背後で、また携帯が鳴った。その音が、何かを訴えたがっている夫の声のように真穂には聞こえた。