| （１４） トイレ内は意外と小奇麗だった。落書きの類はもちろん、床には埃のひとつも落ちていない。宮内の姿も見当たらない。 ふたつ並びの個室のうち、手前の扉には故障中の貼り紙がかけられている。真穂は奥の扉を開けて、少年たちの背中を押した。自分もなかに入り、後ろ手で施錠する。 「せ、先生」 拓海がうろたえた目を向けてくる。美貌を横にそむけると、そこにも大木の顔があった。ふたりとも呼吸がはやくなっている。 単なる会話だけなら個室に入る必要などない。その意味を肌で感じて、緊張しているのだ。けれども、淫らな雰囲気を誰より強く感じているのは彼女のほうである。 真穂は小さく息を吸った。 狭い密室内に三人もいるから、少年たちの体臭まで手に取るようにわかる。この年頃独特のものなのか、それとも発情のためか、薄めた精液のような匂いである。 となれば当然、彼らも女の匂いを嗅ぎ取っているに違いない。その芳香に酔ったふたりの目が真穂を見据える。 「やっぱり先生だったんだ」 少しばかりの沈黙のあと、拓海がポツリと口にした。 「先生がマホさんだったんだね」 真穂は、便器の水溜りに目線を落とした。答えられないのにはふたつの理由がある。少年たちに破廉恥な女だと思われたくなかった。そして、言葉などもはや不要だと思ったからだった。 「ねえ、先生」 「そうね。そうだけど……でも違うの」 トイレの壁に手荷物用のフックがある。真穂は、そこにハンドバッグをかけた。 「つまり、メールを書いていたのはわたしじゃない、ってこと」 「よくわかんないよ、先生」 怪訝そうな顔の拓海の横で大木の喉が動いた。あのヌード写真が自分だとほのめかしたつもりなのだが、どうやら彼だけがそのことに気づいたらしい。 「ねえ拓海くん。そのメールにはなんて書いてあったのかしら」 静かな口調で尋ねた。高速道路を走る車の音が聞こえる。 「メールの内容を教えてほしいの」 「それは……エッチなことを教えてあげるとか、触らせてあげるとか」 「ほかには？」 「パ、パンティも見せてくれるって……」 今度は真穂の喉が動いた。 「やらしいパンティを履いていくから、好きなだけ見せてあげるって」 「そう……でもね、それはだめなの」 「でも、先生がメールで」 「だめなの、無理なの」 真穂は、両手でスカートの前を押さえた。自分ではそうしたつもりだった。 だが実際には、両手は股間を通りすぎ、ワンピースの裾をそっとつまみ、気づいたときには、もう太腿まで捲りあげていた。息づかいも乱れはじめている。 四つの目で生足を凝視されながら、真穂は、今度は意識的に裾を引きあげた。スカートの奥に溜まっていた女の匂いが個室内にひろがる。それは目に見えない桃色の濃霧である。 「うわ……ッ」 大木の口から声が出た。驚愕のために揺れた拓海の肩がトイレの壁にぶつかる。 真穂もああッ、と短く嘆いた。ついにノーパンの股間を露呈してしまった恥ずかしさの声ではない。もっと大きな恥辱がほかにあった。 「け、毛がない……」 事実を口にだして言われ、真穂の腰が喘ぐように揺れる。 「ね？ だめなの、パンティは無理なの」 全裸のまま股間に剃刀を当てられたのは、昨晩のことだった。夫に言いわけがつかなくなるから、と真穂は拒んだのだが、宮内は聞き入れなかった。 無毛の淫裂をビデオカメラに収め、あきれるくらいに延々と啜ったあと、彼は自慢の剛直を突き入れてきたのだ。その場所に、今度は少年たちの視線が当たっている。まず大木が床に片膝を落とし、すぐに拓海も横から身を乗りだしてきた。 真穂は腰を引こうとするが、そうしたところで、トイレの扉に尻が当たるだけだった。裸の股間に少年たちの顔が接近する。ふたりとも口が開きっぱなしだ。 「まじかよ、本当にツルツルだぜ」 「うん、すごいや」 「でもさ、写真の女の人は毛があったよな」 熱い息が直接、肉丘に吹きかかる。 「じゃあ、やっぱり先生はマホさんじゃないのかなあ」 「そんなのわかんないさ、写真を撮ったあとに剃ったのかもしれないぜ」 年上の女の恥らう表情を顔を揃えて見あげると、ふたりは、またすぐに股間へと視線を戻した。檻のなかの珍獣を眺める幼児の顔である。 「いやン……そ、そんなジロジロ見ないでッ」 ワンピースの裾を腰に溜めたまま、真穂は半開きの口で喘いだ。強い口ぶりだが、本気の拒絶ではない。少年たちを困らせたいから言っただけだった。彼らの狼狽から性的興奮を享受してみたいという欲求があった。 本当にいやなら裾を離せばいいだけの話だった。けれども彼女はそれをせず、かわりに白い太腿を左右に開いた。わざと悩ましげな吐息をもらしたりもする。それだけで、少年たちの顔立ちに焦りや驚きが色濃くなるのだ。その反応が嬉しかった。翻弄するのが楽しかった。宮内にはないものだから、新たな性感が身体の内側に生じた。 「だめだ、暗くてよく見えないや」 開いた腿の真下で大木は首を捻った。 「ねえお姉さん、もう少し足を開いてみてよ」 「どうして？」 「だって、このままじゃ見えないから」 「見えないって、何が？」 ゾクッとするほど妖しい声で真穂は尋ねた。少年の口からあの淫語を聞きたかった。 「ねえ、何が見たいの？」 「オ、オマ×コ」 彼の言葉は、トイレ内の淫臭に新たな色を与えた。 「お姉さんのオマ×コ、もっと見たい」 「あン……い、いやらしいわッ」 叱責の口調だが、目は笑っている。 「だめよ、大人の女性の前でそんなことを言ったら」 「だ、だって」 「そんなに見たいの？ お姉さんのが見たいの？」 「うん、見たい」 「拓海くんもそうなの？」 彼女自身の欲求を正当化するために、少年たちに責任を押しつけるために、ことさら執拗に問いただした。 「ねえ拓海くん、どうなの？」 「僕も見たいよ、先生のオマ×コ見てみたい」 真穂は生唾を呑みこんだ。 自分よりもはるかに年下の男子学生をトイレにつれこみ、ノーパンの股間を見せびらかしている。 それだけでも彼女にとっては勇気のいることだった。けれども、子供の彼らと本気で性交をしたがっていたわけではない。 女の肉体は男に与えるための遊具ではない。その事実を彼らに知らしめるために、彼女自身が再確認するために、この少年たちを挑発したのだ。最初はそのはずだった。 ところが、こうして実際に裸の下半身をさらけだしてみると、ふと当初の目的を忘れてしまいそうな自分がいる。見られている股間が、ワンピースの下の肉体が、火を当てたように熱くて仕方ないのだ。 指一本も触れられていないというのに、この性感は異常だった。淫裂が割り裂いた果実のようになっている。熱い蜜が次から次へと溢れてくる。 強要されての淫行とはわけが違う。自らの軽率さが招いた淫行であり、情欲なのである。だからこそ恥ずかしい。これ以上にみじめなことはない。いや、もっとみじめでつらいこともある。それは、ドロドロに蕩けた淫裂や肉体を放置されることだ。 「頼むよォ、オマ×コ見せてくれよォ」 大木のその言葉だけで背筋が痺れた。ノーパンの尻も震える。 真穂は、淫色に染まった表情を横にそむけた。露呈したままの白い下半身、ワンピースを捲りあげた手。夫には決して見せられない姿である。しかし、ここには若妻の罪を咎める男などいない。熱情と好奇心に満ちた少年たちの目があるだけだった。 だから、もっと見せびらかしてみたくなる。誘惑してみたくなる。 「そう、見たいのね……そんなに見たいのね」 少年たちが望んでいることをしてあげたい、女の魅惑を教えてやりたい。また同時に、それこそが大人としての責務ではないのか、という言いわけめいた感情もあった。 「オマ×コが見たいのね」 ワンピースの裾を捲りあげた恰好のまま、真穂は便器の横へと身体を移した。拓海の頭に腰が、大木の頭に尻がそれぞれ当たり、ふたりは短い声をもらした。 便器の蓋を閉め、パンプスの片足を乗せる。 いいわよ、見せてあげる……わたしのオマ×コを見て……。 口にだして言おうとしたときには、もうふたりの視線が突き刺さっていた。一瞬だけ揺れた彼女の太腿を、汗とは異なる雫がつう、と滑り落ちた。 |
| あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。 |
| 2008.8.13掲載 |
蘭丸さんの作品群→ |