| （１９） スペアキーを使ってマンションの部屋に戻ると、真穂は脱衣所へと足をはこんだ。 洗面台で手を洗い、ワンピースの前ボタンを外す。衣服の下に下着はない。乾いた精液が点々と張りついた全裸である。 少年たちの精力は膨大なものだった。裸身じゅうがとんでもない量の精液にまみれ、彼女は、何度もトイレットペーパーに手を伸ばさなくてはならなかった。シルクのハンカチもトイレの汚物入れに捨ててきた。そんなにも執拗に肌を拭ったというのに、男液の濡れ染みがワンピースの裏地のあちこちに付着している。 タクシーの運転手がしきりに目を向けてきたのも、これならじゅうぶん納得できる。強い淫臭が肌に残ったままだし、髪だって手櫛で整えただけなのだ。バックミラー越しに女を盗み見る運転手の目には、少年たちと同じ好奇と劣情の炎が確かにあった。 丸めたワンピースをゴミ袋の奥に押しこむと、真穂は、バスルームの扉を押した。 たっぷりと泡立てたボディソープを裸身に塗りつけ、熱いシャワーを頭から浴びる。乳房と股間は特に念入りに洗った。性交特有の重い疲労感にまみれた身体が、紅茶エキス配合の石鹸の匂いで一新される。 宮内の顔が自然と頭に浮かんだ。 彼がなぜ第三者の拓海を利用したのか、その理由は、薄々ではあるが彼女も気づきはじめている。たぶん彼は、真穂を貶めるための口実を作りたかったのではないのか。 相手が宮内ひとりなら、まだ解決の糸口もある。夫や警察に相談することだって不可能ではないはずだった。けれども今は状況が違う。未成年の子供を誘惑して性交に及んだなどと、いったいどの口で他言することができようか。 自分以外の男と関係を持たせることで、さらなる泥沼に女を引きずりこもうとしたのではないのか、と思うのだ。また、別の不安もあった。たぶん宮内は、トイレ内で起こった事態のすべてを真穂に詰問してくるだろう。 もしそうなったら、彼女はどうすればいいのか。 真実を口にすれば、まず間違いなく辱めを受けることになる。誰にでも欲情する淫乱女とののしられ、罵倒と暴言のなかでペニスを挿入されるに違いない。 あるいは、通路での放尿のように、彼女の知らない性虐を与えてくるつもりだろうか。虚言や黙秘をしたところで同じだった。白状するまで淫らな折檻を受けるのは目に見えている。 真穂は、シャワーの栓を捻って水圧を強くした。その瞬間は、もう目前に迫っている。明日か今夜か。それとも数十分後か。 こうしてシャワーの雫を浴びても、結局はまた肉体を蹂躙されることになるのだ。犯されるために肌を磨くようなものだった。かといって、汚れた身体のままではいられない。 どうせ見られるのなら、少しでも綺麗な身体を見せたい。女とはそういうものだ。そのために真穂は、ふたたびボディーソープのポンプを押した。 太腿の裏側を洗おうとしたとき、指が偶然に無毛の股間に当たった。 見た目はツルツルなのに、触れてみると短い棘のような感触がある。そこをすぎると、指が粘膜のぬかるみに触れた。宮内や少年たちが絶賛した膣溝である。 彼女はそこに石鹸を塗りつけた。丁寧に何度も洗った。そうして執拗に触っているうちに、本来の目的とは別の意思が湧いてきて、真穂は、小さな好奇心を秘めた指を膣口に沈めた。 中指の半分ほどが埋没する。その時点で、はやくも肉襞の強い抵抗があった。こまかい襞がいくつも密集していて、まるで、無数の小魚に指を吸われているみたいだ。粘膜の密林の奥には狭い空洞があり、こちらは、どこもかしこもスベスベッとしている。 指を折り曲げて膣壁を押してみる。それだけで声が出そうになった。浅い場所で前後させると、腰が丸く揺らめいだ。深度によって微妙に性感が違う。 遠慮がちの指で膣内を探索しながら、真穂はさらに、もう片方の手を乳房に押しつけた。女の指ではとうてい収まりきらない豊丘をそっと揉む。乳首を指先で潰す。 「ああ……ン」 シャワーの湯気に包まれた裸身が震える。男との情交中と同じ顔になる。けだるい動作で首を振ると、濡れた黒髪の数本が頬や唇に張りついた。 十数秒ほど腰だけで身悶えをしたあと、不意に真穂は指を離した。このままでは没入してしまいそうな気がした。シャワーの栓を閉めて、バスタオルを裸身に巻きつける。 バスルームから出たところで、真穂は短く息を呑んだ。今さっき夢想した光景が目の前にあった。脱衣所に男が立っている。 「宮内さん……」 驚いて足を一歩だけ引いたあと、真穂は後ろ手で浴室のガラス戸を閉めた。バスタオルの胸元を両手で隠す。 とまどっている彼女に、宮内は無言でコップの水を突きだした。 「あの……」 そこまで言って、真穂は口を閉ざした。彼に問いただしたいことは山ほどあった。けれどもこうして向きあっていると、あらゆる言葉が泡となって消えてしまう。 「喉が渇いてるんじゃないのか？」 宮内はまたコップを突きつけてきた。やや強引な印象があった。真穂は、恐るおそると手を伸ばしてそれを受け取った。 男の視線を気にしながら、口をつける。湯あがりの身体によく冷えた水が心地よかった。思えば、今日は軽い朝食以外は何も口にしていない。喉に通したものといえば、少年たちのペニスから漏出した精液くらいだ。 気がつくと、コップの水をすべて飲み干していた。宮内の口元に笑みが浮かんでいることにも気づかない。 空のコップを宮内に返した直後、大きな手が彼女の腕を掴んだ。 「こっちへこい」 「待ってください、宮内さん。お話が……」 「俺の用事が先だ」 有無を言わさず身体を引かれ、真穂は形ばかりの抵抗をする。また犯されるのだという不安があった。 しかし、寝室で彼女を待っていたのはまったく別の驚きだった。クイーンサイズのベッドの端に、ふたりの男が腰かけている。 「み、宮内さん、この人たち……」 不意に真穂は口を閉ざした。自分がどんな姿なのか、一瞬すっかりと忘れてしまった。 悲鳴をあげて身を丸めようとする。が、それよりはやく宮内に腕を捻られ、真穂の眉間に苦悶のしわが浮かんだ。 バスタオル一枚の女のそのような表情を見て、ふたりの男は目を細めた。 「お久しぶりです、久川真穂さん」 シルバーグレー色の夏物スーツを着た男が口を開いた。真穂よりもいくぶん年下に見えるが、若さに似合わぬ落ち着きがある。そのせいか、顔立ちは柔らかいのに妙な威圧感があった。 「僕のこと、覚えてませんか？」 「え」 「覚えていないようですね、残念です」 そういえば、どこかであったことのあるような気もする。 「奥さんは忘れているようですが、僕はね、奥さんのことをよく知っている。最初に見たときから気になっていたんですよ。恐ろしく美人で色っぽい女性だなって」 「あのう、あなたは……」 「寺崎です、寺崎智寛。宮内さんとは……まあ、知人ってところですかね」 宮内はククッ、と鼻で笑った。 「ところで奥さん、今日はずいぶんと長い外出でしたね」 足を組みなおしながら唐突に寺崎は言った。 「昼間はどこへお出かけだったのですか？」 「え」 「青いワンピース姿で出かけてたじゃないですか、午前中のはやい時間から」 真穂は絶句した。なぜ、この男がそんなことを知っているのか。 「しかも、ノーブラにノーパンで」 「え、それは……そんなの違います」 「違うって、何が？」 「わたし、下着ならつけてました」 「では、そういうことにしておきましょう。それで、どこにいっていたのです？」 「……宮内さんと待ちあわせをしていたんです」 「場所は？」 「お台場の遊歩道です」 単なる会話なのに、尋問されているような雰囲気があった。だから真穂は、臆した口調で正直に答えた。 「なるほど。でも、それはおかしいな。だって宮内さん、昼間からずっと僕たちといっしょだったんですよ」 「そ、それは……」 「そうですよね？ 有田さん」 Ｔシャツにデニム姿の男が無言で頷いた。中年とも初老とも取れるような容貌の男である。毛量の寂しい短髪頭がすっかりと白く染まっている。 「では、奥さんはそのあいだ何をしていたのかな」 「……お話したくありません」 「つまり、人に話せないことをしていたってわけだ」 違うと言おうとした矢先、腕を捻る宮内の手に力がこもった。 真穂は上半身だけでのけぞった。バスタオルだけの姿であるから、どんな姿勢でも挑発の媚態になってしまう。寺崎の目に妖しい光が宿った。 「知りたいなあ、奥さんが何をしていたのか」 「あのう、その前に服を……」 「公衆便所で裸になってたんだろ？」 宮内が耳元でささやいた。 「裸になるのが好きだからなあ、この女は」 「そうなのですか？」 三人の男に意味を含んだ目で見据えられ、真穂は視線を床に落とした。 この男たちが宮内の共犯者だということは、もはや確定的なことだった。それに、たぶん彼らは知っている。彼女がトイレ内で何をしていたのかを知っている。 女の淫らな秘密を見抜いていながら、あえて自白させようとしているのだ。真穂は、皮膚をジワジワと切り刻まれていくような恐怖を覚えた。 「僕も見てみたいなあ、奥さんの裸」 寺崎のその言葉は真穂に向けられたものではなかった。宮内に許可を得るための進言だった。 「どうですかねえ、宮内さん」 「ああ、いいんじゃないかなあ」 「でも、奥さんはいやがってるみたいですが」 「最初だけさ。そのうち自分から見せびらかすようになる」 「どうすればいいのでしょうか」 「こうするのさ」 宮内の手がバスタオルの前面にまわされた。乳房をすくいあげるようにして握る。 「あゥ……だ、だめ」 真穂は声だけで拒んだ。身体を揺らして暴れるわけにはいかなかった。へたに抗えば、バスタオルが床に落ちてしまう。 男の指は乳房の丘を通過し、地肌の胸元へと触れた。女っぽい鎖骨の窪みにシャワーの雫が溜まっている。けれども、バスタオルで圧迫された胸の谷間はもっと深くて、鋭い。彼は、そこに中指をねじこんだ。 柔い玉肌を指一本で押し潰し、峡谷から鎖骨、首筋にかけてを甘くなぞる。彼女の性感がそのあたりにあることを彼は熟知している。 すぐに真穂の表情が変化した。シャワー直後で上気した頬がひきつり、朱唇が、何度も半開きになる。バスタオルからのぞく左右の腿も開きはじめる。その太腿にも宮内は指を這わせた。 「ほうら、もうスイッチが入ってきた」 嘲笑の声を耳に吹きつけられると、黒目の潤みがいっそう深いものになった。悩乱の色に染まりはじめた女の瞳に、ふたりの男の顔が映っている。 はやくも性の沼底へと深化しはじめた自らの肉体に、真穂は驚きを隠せなかった。淫裂を苛められたわけでも、胸を揉まれたわけでもない。乳首だって触れられてはいない。 だのに、たまらなくなっている。バスタオルの下の裸身が、湯あがりとは別の理由で蒸れはじめている。女をさらしものにするための愛撫で感じている。 「いいですね、すごく色っぽい表情だ」 感興の口調で寺崎に言われ、真穂は顔を横にそむけた。頬や首筋に濡れた黒髪が張りついている。それは、肌の白さだけでなく女の淫猥さまで強調する効果があった。 「わかりますよ、宮内さんが夢中になる気持ち」 「挿入したらもっと夢中になるぜ」 そんな言葉を耳元でささやかれては、いやでも股間の奥がズキンと痺れる。淫裂が潤んできているのが、自分でもわかった。 「そろそろ裸を見せてもらえませんかね、奥さん」 真穂は美顔を左右に動かした。もはや裸身を見られるだけではすまない状況だった。裸になれば、間違いなくそれ以上のことをされる。ペニスを挿入されることになる。 もしも相手が宮内ひとりなら、諦めて裸になっていたかもしれない。しかし、今は別の男がいる。彼女にとっては得体の知れない他人の男たちである。 拓海のような子供とはわけが違う。崇拝に似たまなざしを女に向けることもなければ、羞恥のオブラートに包んだひたむきさもない。この男たちにあるのは、女を貶めるための黒い情欲と画策だけだった。 そんな男たちの前で裸になどなりたくない。玩具にされたくない。けれども、肉体は否応なく淫らな方向に向かっている。混乱と悔しさのために瞼を閉ざしたところで、何かが変わるわけでもない。 |
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| 2008.9.27掲載 |
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