（４）

　モジュラージャックから電話線を抜いてソファの前まで戻ると、宮内は、持参してきた黒革の鞄を開けた。取りだしたのは小型のビデオカメラだった。
　録画ボタンを押して、ガラステーブルの上に乗せる。レンズの先には、久川真穂の怯えきった顔があった。
「やめてください……撮らないで」
「いいじゃないですか、せっかくの記念なんだし」
「大声をだしますよ」
「どうぞお好きに。そのほうが絵になりますからね」
　そう言う宮内の顔には余裕があった。豪華なバイキング料理を前にした子供の顔である。身体の自由を封じた時点で、すでに目標の半分は達成したという思いが彼にはあった。
　それは真穂とて同じである。両腕を戒められている以上、この男が何をしても抗えない状況なのだ。もはや彼女の命運は彼の掌中にあった。誘拐被害者の心理とはこういったものか。
「お願いです、宮内さん、もう帰ってください。このことは誰にも言いませんから」
「そうなったら誰が手錠を外すんです？」
「外してから帰ってください」
　宮内は声をあげて笑った。
「そんなことよりも、奥さん。もっと楽しいことをしましょうよ」
　ソファに半分ほど顔を埋めた若妻の前で、彼は鞄に手を入れた。さまざまな淫具を取りだし、テーブルの上に並べる。ローター、バイブ、荒縄……。
「宮内さん、あなた……」
　真穂は、鈍器で頭を殴打されたような衝撃を覚えた。
「奥さんの好きな道具で遊んであげますよ」
「結構です、そんなのしまってください」
「なるほど、玩具よりも生身の男がいいってことですか」
「ち、違う」
「本当は奥さんだって好きなのでしょう？　そんなものを履いて」
　真穂の下半身を見ながら彼は言った。短すぎるスカートをさした言葉ではなかった。派手に身もがきをつづけたせいで、藤色の裾が尻のあたりまで捲れかえっている。
　宮内は手を伸ばして、スカートをさらに腰まで引きあげた。
「ふうん、こいつが奥さんの正体ってわけか」
「い、いやァン」
　男の嘲りを浴びた黒いＴバックの尻が左右に揺れる。
「お上品な顔のくせに、こんな……」
　つづく言葉を宮内は呑みこんだ。貞淑そうなこの若妻が、まさか、こんな下着を身につけていたとは。だが、絶句の理由は別にある。久川真穂のあまりに魅惑的すぎる美臀に彼は驚愕したのだ。
「すごいじゃないか。ええ、奥さん」
　百点満点で二百点か三百点を与えたくなるような尻である。日本人の女にしては恐ろしく割れ溝が深い。そのためパンティを履いているというより、左右の臀丘が紐同然の下着を捕食しているといった感じなのだ。Ｔバックの下半分が完全に肉溝に埋まっていて、一見すると何も履いていないようにも見える。
　一度だけ生唾を呑みこんでから、宮内の手が動いた。生尻に触れるためにパンティを捲る必要も、内側に指をこじ入れる必要もなかった。そういう下着をこの女は履いているのだ。男の妄想だけで作られたような尻をベタベタと撫でまわし、強く揉み押す。
「想像以上の尻ですよ。それに、とってもいい匂いだ」
「ああッ、いやです、だめ」
「わざわざ風呂に入って、いやらしいパンティまで履いてくれたんですね。嬉しいな、僕に抱かれるためにそこまでしてくれるなんて」
　布地に隠れた淫裂にも指が当たる。
「ずっとこればかり考えていたんです。毎日ですよ、あの結婚式の日から毎日、です。こうして奥さんに触れることが僕の夢だった」
「み、宮内さん。まさか夫の出張のこと……」
「知りませんでしたよ、三日前まではね」
　真穂は黒髪ごと身体を揺らした。不自由なうつ伏せの姿で起きあがるには、まず膝を立てなくてはならない。だが、それは自分から男に尻を奉じる形でもあった。
「パンティを脱がせてほしいのですね？」
　くねつく腰に男の腕が巻きつき、もう片方の手でパンティを鷲掴みにする。尻を振って抗うよりも先に、膝まで引きおろされた。
「だ、だめえッ」
　女陰を剥きだされた悲しみの声ではない。淫裂に当たる指の感触に、思いがけず声が出てしまったのだ。
　涎をたっぷりと塗りつけた指はすぐに膣口を探り当て、遠慮なしに内部へと押し入ってきた。真穂の背中がきしんだ。
「いい締まりじゃないですか、まるで女子学生みたいだ」
　言葉苛めをしながら肉襞をかき混ぜてくる。
「奥さんはオマ×コのなかまでお上品なんですね」
「ううッ、い、いやァ……」
「それとも、久川のやつが短小すぎるのかな？」
「あの人のことをばかにしないでッ！」
　指が、今度は小刻みに前後する。その部分から、テーブルの上の紅茶に似た深い匂いがたちのぼっている。
「すぐにもっと大きなやつを入れてあげますよ」
　真穂の頬をひと筋の涙が滑り落ちた。夫との思い出が詰まったソファの上で、他人の男に乱暴されている。だが、性夢ではない。
　現実の情交だから、無反応のままでなどいられない。あまつさえ、夫が感心するほどに鋭敏な肉体なのである。素肌の肩を抱かれても感応するくらいだ。膣内を指で攪拌されて感じないわけがなかった。
「フフフ、奥さんもその気になってきたようですね」
　嬉しそうに言う宮内の言葉の意味は、真穂にもすぐにわかった。股間から熱いスープをかき混ぜたような音が響いている。
「僕は奥さんが大好きです。でもね、美人で感じやすい奥さんはもっと好きだ」
「ンン、わ、わたし……そんなんじゃありません」
　そう告げる声も甘く裏返りはじめている。
「もうやめてください」
「なぜです？」
「だって、こんなの……このままじゃ」
　偶然にこぼれた言葉を宮内は見逃さなかった。
「どういう意味です？　このままじゃあ、って」
　わかりきったことだった。このままではいやらしい声がもれ出てしまう。感じてしまえば、性犯罪者の男をさらに調子づかせることになる。
　いや、宮内のことなどどうだっていい。この肉体は慎一のものなのだ。彼女に性的な喜びを与えることが許された男は、この世で彼ひとりだけなのだ。
　夫以外の男の手で感じてしまうなど、決して許されないことだった。それは夫に対する裏切りである。理屈では確かにそうだった。しかし、女の肉体は理屈によって形成されてはいない。性的な玩具でもない。
「ねえ、答えてくださいよ。このままではどうなってしまうのです？」
「……そんなの知りません」
「知らないわけないでしょう、ここをこんなにグショグショにして」
「い、言わないでッ」
「イカせてほしいのでしょう？」
「宮内さん。お願いですから、も、もう」
　もうやめてと訴えかけた矢先、男に捕縛された腰がビクンと跳ねた。彼女の知らない性感が尻の表面に走ったのだった。
「どうしたのです、身体がピクピクしてますよ」
　そう言って宮内は、白い美臀にふたたび舌を這わせてくる。
　小さな落雷のなかで、真穂は何度も肩をよじらせた。そんな部分を舐められるのはこれがはじめてのことだった。
「だめです、あン、だめ……そ、そんなのしないでェ」
　嫌悪感から出た拒絶ではない。予想外の性感だから、静かな細波に似た快美があるから、抗わずにいられなかったのだ。
　けれども、宮内は甘い暴虐をやめない。舌先でなぞるように、ときに音をたてて尻じゅうを舐めまわし、キスの雨ならぬ嵐を降らせたりもする。おまけに指は膣口に突き刺さったままだ。若い人妻の匂いたつ黒髪がバラバラに乱れて、揺れる。
「だんだんいい匂いがしてきましたね、スケベな女の匂いだ」
「やめてください。こんなの変です、おかしいですゥ」
「誰だってしてることですよ」
「でも、そんな場所を舐めるなんて」
「変態みたいですか？」
「そ、そうじゃないけど……」
「なら、変態みたいに扱ってあげますよ」
　もう一度だけ強く接吻してから、宮内は顔を離した。剥き卵のような白臀にキスマークの朱がいくつも浮かんでいる。そして、尻全体がヌラヌラと涎の妖光を放っている。
　宮内は、その尻を両手で抱き寄せた。左右にこじ開け、今度は真後ろから顔を埋める。彼の突きだした舌先がめりこんでいるのは、深い尻割れの奥にある肛門だった。
「ッひ、ひいーン」
　真穂はとうとう鋭い声を飛ばした。