（５）

　アナルに対する宮内の舌責めは、執拗なものだった。五分か十分、いや、それ以上だったかもしれない。あるいは、ほんの数秒ほどだったのだろうか。
　言語に絶すおぞましい感覚だから、記憶がひどく曖昧だった。少しばかり意識を失っていた気もするし、泣きわめいていただけの気もする。わかっているのは、身体を仰向けにされたことだけだった。パンティごとスカートをはぎ取られたことさえ把握していない。
　夫以外の男を知らない彼女にとって、はじめての肛門性感は劇薬だった。
　背中とソファの板挟みになった腕が痛くて、真穂は、身体を少しだけ斜めにずらした。そのとき、ソファの背に乗りあげた自分の左足がはじめて見えた。
　開いた腿のつけ根には、ビデオカメラを構えた宮内の顔がある。いつの間にそうなったのか、彼は全裸だった。
「い、いやあッ」
　右足だけで暴れようとするものの、男の肩で両腿を割られたこの恰好では、ろくな抗いもできない。
「アナルで失神するなんて、奥さんもかなりの好きものですね」
　カメラレンズの向こうで宮内は低く笑った。
「いつも舐められているのでしょう？　わかりますよ、あれはケツの味を知ってる女の反応だ」
「やめてください、そんなとこ撮らないで」
「撮っているのは肛門じゃないですよ、オマ×コのほうです」
　今度は左足をおろそうとするが、すぐに宮内の手でソファの背に戻されてしまう。
「そんなことより、ちゃんと答えてくださいよ。お尻の経験があるのでしょう？」
「経験なんて……ありません」
「久川にも、ですか？」
「あ、当たり前です」
「では、はじめてなのに感じたというわけだ。尻の穴を舐められてあなたは喜んだ、失神するほどに強く感じた。これはもう立派な淫乱です。そうでしょう？　まともな女なら不快感しか覚えないはずだ。そうでないのは、奥さんがまともじゃないからです」
「そ、そんなのでたらめだわッ」
　語気が弱いのは、そうかもしれないという懸念があるからだ。
「お尻であれだけ喜ぶくらいだ、こっちはもっとすごいのでしょうね」
「あ、だめ」
「こんなに可愛らしいくせに……」
　宮内は目を細めた。肉眼で、次にはカメラレンズ越しに、女の淫裂を熱視する。
　年のわりに未発達な大陰唇が虫刺されの皮膚と同じ色だった。内側に近づくにつれて濃さを増しているわけではなく、ごく淡い薔薇色が、肉丘全体に発熱したみたいにひろがっている。恥毛の範囲も狭い。
　医学的に小陰唇と呼ばれる部分は、皮膚の色とほぼ変わりない。が、それは錯覚だった。幅が狭い上にぴったりと口を閉ざしていて、指でひろげない限りまともに注視できないのである。これは稀な女性器だった。いくら経験の少ない女といえど、この年齢になればある程度、陰唇がいびつに開いているものではないのか。
　しかし、この女にはそれがない。ほとんど縦溝に近い構造なのだ。肉体だけが異常発達した幼女の陰唇である。けれども、ローズティーに似た濃い匂いは女の性愛器官そのものの芳香であった。
「たまんない眺めじゃないか」
　あの久川真穂がこのような淫裂を持っていることに、宮内は驚いた。また同時に、彼女の慎ましく生え揃った恥毛を剃ってみたいという衝動に襲われた。
　鞄のなかから剃刀とクリームをだそうか。一瞬だけ本気でそう考えてから、彼はいい匂いの股間へと顔を寄せた。まずすべきことは、この愛らしい女性器の味を確かめることだ。彼女をさんざんに泣かせてから挿入することだ。
　上唇をぺロリと舐めて、淫裂を口に含んだ。
　全裸の男にしゃにむに女溝を啜られ、真穂は子供のように泣いた。時折「あ、あ」と声を詰まらせ、細い腰がなよやかに揺れる。投げだした足先も跳ねる。
「味も最高だ」
　恥毛の奥で宮内は言った。鼻から顎までが淫液に濡れている。
「これが好きなのでしょう？」
　真穂は首を左右に動かした。まともな言葉を発する余裕も自信もなかった。口を開いても、枯れた喘ぎがもれ出てしまうのは目に見えている。
　宮内は、ふたたびカメラレンズを股間へと寄せた。たっぷりと濡れた淫裂が赤みを増して、かすかに開きかけている。しかし、幼女の印象が払拭されたわけではない。溝の奥にある膣孔も肉芽も視認できない。
　指を添えて左右に捲りあげてみる。だが、やはり見えない。真穂の腰が悶えるだけだった。ならばとやや強引にこじ開ける。すると、小粒な肉芽がようやく顔を覗かせた。
　舌先で軽くころがすと、彼の頬に当たっている太腿がわなないだ。
「ンァ……ゥ」
　真穂はソファの背に美顔を押しつけた。感じている顔を見られたくなかった。宮内は太腿ごと彼女の身体を引き寄せ、粘液の浅瀬に沈む真珠のようなクリトリスを強く吸った。
「ッう、あゥンンーッ」
　上体だけでのけぞる若妻の口から、ついに割れた声が出た。身体の震えとともに、その声が甘い音色に変質してくる。
　宮内が膣口に舌をねじこんでくると、いよいよ発情の気配が色濃くなった。ソファの背に乗りあげた膝から先が振り子のように揺らめき、ときにフルフルときしみ、窓際のライトスタンドを何度も蹴る。開きっぱなしのカーテンも揺れる。窓の外には、マンハッタンに似た湾岸地区の景観があった。高層マンションもいくつか見える。しかし、地上十八階の室内でおこなわれる情交を知っているのは、時折空を横切る鳥だけだ。
　口腔の生温かさが不意に離れた。冷えた空気が股間を包み、次に、いいことを中断された淫裂がぼうっと熱くなる。吐く息まで熱い。
　濡れた目が、ソファからおりた男の股間に自然と注がれる。
「これがほしいのでしょう？」
　片手で勃起を掲げ持つ宮内にそんなことを言われ、真穂はようやく視線をそらした。
「そろそろ素直になりましょうよ、奥さん」
「だめです、そんなの……絶対にだめ」
「まだ何も言ってませんよ」
　赤黒い亀頭が口元に押しつけられる。まるで焼けた毒茸のようだ。顔をそむけると、今度は幹の横腹が頬を叩いた。
「このまま呑ませてあげましょうか。それとも、顔にかけられるのがいいですか」
「どっちもいやです。お願い、もうやめて」
「奥さんが望んでることを口にしただけですよ」
「……勝手なこと言わないで」
　かすれた声で答える。ペニスの硬さと匂いに触れたとたん、猥褻な光景が次から次へと頭に浮かんできていた。
「わたしは何も望んでません」
「それは嘘だ。なら、どうしてあんな下着を履いていたのです」
　真穂は黙った。自分の趣味とも夫の趣味とも言えるわけがなかった。
「スカートだってそうです。期待していたからあんな恰好をしていたのでしょう？」
「違います、そんなのただの偶然です」
「ええ、確かに偶然かもしれない。しかし、他人が見たらそうは思わないでしょうね。僕を部屋にあげたのも、刺激的な服装でいたのも、すべてあなた自身なのだから」
「で、でも」
「夫の留守中に男を誘惑する、色狂いの女。誰が見たってそう思うに決まってる」
　それは遠まわしな脅迫だった。
「責任があるのは奥さんであって、僕ではない。むしろこっちが被害者なくらいだ。しかしね、奥さん。僕だって何も問題沙汰を起こしたいわけじゃあない」
　全裸姿のまま勝手なことを言って、宮内は顔を寄せてくる。
「奥さんが本当にだめだとおっしゃるのなら、このまま帰ります。涙を呑んで引きさがりましょう。だからね、一回だけ。たったの一回でいいから接吻してほしいんです。僕だって男だ、ここまできて何もなしだなんて、あまりにつらすぎる」
「でも、そんな」
「これまでの非礼はお詫びします」
　同情を引くような顔だから、つい心が揺らいでしまう。
「だけど、やっぱり……接吻だなんて」
「恥は承知の上です」
　真穂はああッ、と弱息をもらした。惑乱と諦めの混ざった声だった。それから数秒ほどの沈黙のあと、彼女は瞼を閉ざして、首を突き伸ばした。
　ほんの一瞬だけ唇が触れあう。子供の口づけである。
「可愛らしいキスですね。できれば、もう少し色っぽいほうがいいな」
　言葉で説明するかわりに、宮内は開いた唇から舌を覗かせた。
　彼のやりたいことは真穂にもわかった。それは許されないことだった。けれども、今は抗い通せる状況ではない。猶予の時間もない。
　だから真穂は、許されないことに身を投じた。
「ン……ゥ」
　遠慮がちに伸ばした舌先が舌先に触れる。じゃれあう二匹の仔猫のように舌が蠢く。
　真穂の長い睫毛が色っぽく震える。最初は軽い接触だけで終わらせるはずだった。これ以上はするつもりなどなかった。
　なのに気がつくと、舌が大胆に絡みあっていた。音がたつほどである。密接しているのは口腔だというのに、股間までひどく熱い。この舌で苛めてほしいと淫裂が叫んでいる。
　自分の内部にこのような淫性が隠されていたことに、真穂は愕然とした。淫裂を舐められただけで身体が惑溺している。淫らなことに逆らえない身体になっている。その証拠に、先ほどから宮内の手がノースリーブの胸を掴んでいるのだが、彼女はろくに身じろぎすらしていないのだ。裸の下半身が揺らめいているのも、感応による身悶えにすぎなかった。
　顔をそむけて「やめて」と言えばすむ話だった。拒めばいいだけのはずだった。では、なぜそうしないのか。どうして男のされるがままになっているのか。
　わからない。何もかもがわからなくなって、じっとしているのがつらくて、彼女は口内で暴れる男の舌を啜った。
　はしたない口接に心酔する男女の顔を、テーブルの上のビデオカメラが黒い目で見つめている。涎の太い糸を引いて唇が離れた。
「いやらしいキスじゃないですか」
　真穂は肩で息をしている。
「僕にとって奥さんは天使だった。でもね、ただの天使じゃあない。今やっとわかりましたよ。奥さんのなかには天使と悪魔が住んでいるんだ。男に触れられたときだけ顔を覗かせる悪魔が、ね。その落差がほかの女よりも顕著なんだ」
「ねえ宮内さん。約束ですから、もう」
「わかってますよ」
　宮内は身体を起こした。それは、床に散らばる衣服を拾いあつめるための動作ではなかった。彼はソファへとあがり、太い腕で真穂の両腿を抱きかかえた。
　男茎の切っ先が淫裂を擦る。敏感な肉芽にも当たる。
「約束通り入れてさしあげますよ」
「ま、待ってください、そんなの話が違いますッ」
「言ったでしょう、恥は承知の上だって」
　恥じた様子など微塵もない顔でそう言って、膣口に亀頭をあてがった。
「二年も待たせやがって」
　暴れる太腿をかかえなおして、男の身体が沈んだ。強い衝撃に、一瞬だけ喉が詰まる。
　絶叫は、やや遅れてやってきた。