（６）

　性交独特の重く深い充塞感に、真穂の身体が大きく震える。いったん引きかけた勃起が再度、打ちこまれると、のけぞった後頭部がソファの肘当てにぶつかった。
「すごいもんじゃないか」
　笑う鬼の形相で宮内はつぶやいた。感動を言葉にせずにいられなかった。
「やっとひとつになれましたね、奥さん」
「ゥああ……だ、だめッ、こんなの……抜いて」
「だめですよ、抜くのは僕が楽しんでからだ」
　宮内の腰がまた動いた。今度は膣の浅い場所で前後する。たったそれだけの動作で、真穂の口から割れた声が出た。
「それにね、簡単にはやめられませんよ。こんなに素敵なこと」
「やめて……お願いだから抜いて！　もう抜いてええッ！」
　声を限りに叫んだところで、膣内に埋まったペニスが消失するわけもない。むしろ勃起の量感が増すだけだった。
　悪夢である。目を閉じても開いても悪夢があった。夫以外の男に肉体を貫かれている、ペニスを挿入されている。
　男を突き飛ばして逃げだすことも、泣き顔を隠すこともできない。涙さえ拭えない。これではまるで人形ではないか。男の性的欲求を満たすための肉人形である。
　いや、人形には感情もなければ、性感もない。生身の女だから、感じるための膣を持った肉体であるから、勃起を挿入されて正気のままでなどいられなかった。
　ああン、嘘……張り裂けちゃう……。
　心のなかでつぶやいた怨嗟の言葉には、純粋な驚きの気持ちも含まれている。最初に見たときも愕然とした、顔に押しつけられたときもそうだった。大きい。異様なくらい長くて、太い。その言葉が何度、喉元まで出かかったことか。
　夫以外の男を知らない真穂にとって、宮内のペニスは、猛毒を含んだ宝石だった。恐ろしさがある反面、一片の魅惑もある。その勃起が、女の肉体を突きあげている。
　汗ばんで滑る太腿を宮内は何度もかかえなおした。
　驚いているのは彼とて同じである。久川真穂の膣がここまで狭小だとは、ついぞ思いもしなかったのだ。ある程度は狭いだろうという予感はあった。事実、指の挿入にもかなりの労力を要したほどである。
　だが、こうして実際にはめ入れた淫裂は、男の安易な憶測をうわまわるものだった。狭いどころの話ではない。まるで、柔らかい針穴に勃起を通しているみたいなのだ。
　本来ならば男に苦痛しか与えないような女性器である。宮内も最初はそうだった。挿入直後の数秒間は痛いだけだった。
　今は、最上級の愉悦だけが勃起を包んでいる。汁気の豊富な膣穴だから、すぐにペニスの形になじんでしまうのだ。変化したのは淫裂だけではない。愛液のおびただしい漏出とともに、真穂の声も粘っこい音色に染まりはじめている。
「すごい濡れかたですね。ほうら、もうこんなにグッショリだ」
　突き入れるたびに恥蜜が飛沫をあげる。女の恥毛も、男の陰嚢も濡れている。ソファの布地にもすぐに濡れ染みがひろがった。
「よっぽどオチン×ンが好きなのですね」
「あン、だめ、違うゥ……ねえ、お願い。苛めないで……動かないで」
「そんな顔で言われたら、もっと苛めたくなるな」
　腰を使いながら、宮内は揺れる女体に手を伸ばした。衣服の上から乳房を強く揉み、次には両手でノースリーブの襟を掴みあげる。力で引き裂こうという魂胆だった。しかし、ニット素材の衣服は男の手で破かれることを前提に作られてはいない。
　彼は、床の鞄を片手で引き寄せ、折りたたみ式のナイフを取りだした。
「ひ、ひいッ……」
　刃物で滅多刺しにされる自らの姿が真穂の脳裏に浮かぶ。だが、宮内がしたのはまったく別のことだった。彼は襟ぐりの数センチほどをナイフで切り裂き、両手で掴んで左右に引っぱった。
　破れた。今度はあっさりと破れた。彼はさらに数箇所ほどナイフを刺しこみ、穴だらけのノースリーブをふたたび掴みあげた。直後、真穂の視界が大きく揺らめいだ。
「エロい姿にしてやるよ。おらァ！　おらァ！」
　怒気をこめて引きちぎられる。藤色の衣服が、ブラジャーが、見るみる無数の布切れになって身体から奪われる。直下型地震の衝撃のなかで裸にされる。
「こういうのが好きなんだろッ、好きだからこんな服を着てるんだろッ」
「いやいやいやあッ！　やめて、もうやめてェ、こんなのいやァン！」
　ペニスを挿入したまま服を破かれているから、悲鳴までひどくきしんでいる。開いた足もガクガクと揺れる。絞首刑にかけられたまま電気ショックを浴びる恐怖を彼女は知った。
「ハハハ、その声だ。奥さんのそんな声が聞きたかったんだ」
　そう言う宮内の顔には、子供と同じ無邪気な残酷さがあった。
　嵐の時間がようやくすぎると、女の裸身だけがソファの上に残された。ただの裸体ではない。完璧という言葉以上に完璧すぎる肉体である。
　一瞬だけ圧倒されてから、宮内は両手を伸ばして生の乳房を握った。
「いいオッパイだ」
　真穂はまだ大泣きをつづけている。刃物で着衣を切り裂かれる恐怖は想像を絶するものだった。かまわず宮内は乳房を揉み押し、右の乳首を口に含んだ。色白の女にしては小さめの乳輪ごと強く吸い、もう片方の乳首にも唇を押しつける。
「ううン、だ、だめェ……」
　勃起挿送の途中で乳首を啜られてじっとしていられるわけがない。号泣の声がにわかにかすれだし、甘泣きになり、やがて荒い鼻息だけになった。胸の先端を中心に麻酔のような性熱がひろがっている。
　尖った舌先で乳首をくすぐられたときなど、特にたまらなかった。羽の毛先で撫でられているようなその感覚は、夫の舌づかいに近いものだった。
　あと数秒もこの刺激を受けつづけたら、もう淫らな喘ぎを抑えきれないかもしれない。そう思った瞬間、今度は乳首を甘く噛まれた。これは真穂も知らない感覚だった。未知の性感だから、いやらしい声が出た。
　そんな若妻の表情を目だけで見あげながら、宮内は、夢中になって乳房を舐めまわし、両手で揉みまくった。時折、思いだしたように腰を前後させる。
「たまんないんだろ？」
　ヤニ臭い息が耳をくすぐった。大きな乳房が、男の重みで卑猥な形に潰れる。
「最高の身体じゃないか、奥さん。胸も尻も、オマ×コの締まりまで想像以上だ。おまけにすこぶる感度がいいときてる。やっぱり久川なんかにはもったいないぜ、こいつは男にはめられるための身体だ」
「い、痛いッ」
「痛いじゃなくて、イイ、だろ？」
「そ、そうじゃなくて……手が」
　背中にまわした腕に体重がかかってきて、ひどく痛い。
「つらいんです、手がつらいの。だから」
「へたな言いわけですね。違う恰好ではめられたいなら、そう言えばいいでしょうが」
「違います、本当に痛いのッ」
「上に乗せてパコパコしてくださいと言うんだよ！　おらッ」
「ンンうーッ」
　手加減なしの力で乳房を捻られては、口を閉ざしてなどいられない。
「あン、わ、わたしが上になりますッ、上に乗せてパコパコしてくださァい」
「なるほど、自分でケツを振りたいってわけか。とことんスケベな女だな、普段からそんなことばかり考えてるんだろ、え？」
　白い首筋をペロリと舐めてから、両手を腰にまわして抱き起こした。
「自慢の腰振りを見せてみろ」
　そう言って宮内がソファに背中を沈めたときには、丸い尻がもう動いていた。彼にとっても、また真穂自身にとっても、まったく予想外のことだった。
　さんざんに苛められた肉体が、硬いペニスで密栓された淫裂が、気持ちのいいことをしたがっている。彼女の心を置き去りにして性倒錯へと向かいたがっている。
　夫との情事でここまで乱れたことはない。炭火に似た暖かい幸福感、あとは恥じらいがあるだけだった。それだけで満足だった。このような情交など彼女は望んではいない。しかし、望んでいない性にすっかりと翻弄されているのも事実である。
　もう何もかもがわからない。心も身体も、すべてが空白だった。その虚無を快楽の黄金色に染めるために彼女は尻を揺さぶった。
「フフ、またひとつ本性が出てきたな」
　男の上でくねつく裸身を宮内はじっと見つめた。突然変異で生まれた白いメロンのような乳房が、見てください、揉んでください、とばかりに上下している。いい眺めだった。乳房のことではない、前後する腰の動きが恐ろしく猥褻なのだ。
　宮内はテーブルの上からビデオカメラを取りあげ、揺れる女体にレンズを向けた。
「いやン、撮らないでェ」
　手を伸ばして抗おうとしても無駄だった。あまりの感悦に、手錠をかけられていることさえ忘れていた。そして、またすぐに淫らな腰振りに没頭してしまう。
「これで奥さんは俺の女だ」
　乳房を片手で掴みながら宮内は言った。
「いやとは言わせないぜ、俺と奥さんはもう立派な共犯者なんだからなあ」
「違うの、これは違うの……ッああ、だめ、許して。もォ許してえ」
「自分から腰を使っておいて、寝ぼけたことを言うな」
　喘ぐ美貌も間近から接写される。
「これなしじゃいられない身体にしてやるよ」
　男の上で前後に滑っていた尻が、今度は上下に揺れはじめる。宮内が勃起を突きあげてきたのだった。
　汗だくの女体はすぐに感応した。男に抱かれるためにへこんでいるような腰がフルフルときしみ、次には、裂けた声とともに首がのけぞる。十秒ほどの激震がようやく収まると、ふたつの果実を乗せた上半身が男の胸板に崩れ、今度は尻だけが断続的な痙攣を起こした。絶頂を迎えたのだと宮内にもすぐにわかった。
　白熱色の世界のなかで放心したまま、真穂は、彼の肩に何度も熱い息を吹きかけた。そして不意に「ひいン」と短い悲鳴を発した。宮内が射精したのだ。その噴射がもたらした小さなアクメに、白い尻がまた揺れる。
　カーテンを開きっぱなしにした真昼のリビング内に、男女の重い息づかいだけが延々と響いた。やがて、真穂の尻を掴みなおして宮内は突き入れを再開した。
「ンンゥ……だ、だめ、宮内さん。もうこれ以上は」
「この程度で満足するわけないだろ」
　身体を揺すって拒もうとするものの、密接したこの姿勢では逃げようがない。新たな性感が生まれるだけだった。
「時間はたっぷりあるんだ」
　男の揺れる胸肌に顔を埋めながら、真穂は、ポロポロと涙を流した。それが恥辱や悲しみからくるものなのか、あるいは、歓喜の涙なのか、彼女には判断のしようもなかった。体内で暴れる勃起が物事を理性的に考える力を奪っている。
　不意に、彼女の口元を何かがくすぐった。見ると、男の乳首から数本ほどの体毛が生えている。まるで縮れた雑草のようだ。滑稽で可愛らしいのに、不思議と男らしさを匂わせるものがある。
　真穂は、尖った舌先をそっと乳首に押しつけた。