第一章
　
　先週の男性モデル写生会は、私にとっては衝撃的なものだった。
　絵を描く事が大好きで美術大学に進学したのだが、まさか男性の裸を描くとは夢にも思っていなかった。
「おはよう理子！先週のモデル、すごかったなぁ」
　キャンパスがある駅の改札を出ると、同じクラスメイトの陽子が後ろから話しかけてきた。
「あら、おはよう！何がすごかったの？　」
　陽子は思い出したように含み笑いを浮かべて「アレ！　」
「アレ？　」
「理子さぁ、わかっとんのに、女同士なんやから、そんなんブラんでええやろ」
　フフッっと私は陽子の顔を見て笑った。
「大きかったなぁ〜、あんなん入ったら、私の裂けてしまうわ」
「そうなの？　」
「でも、一回くらいなら話のネタにええかもな･･････フフ･･････」
　陽子が思い出たように笑った。
　そのモデルはボディービルダーのように筋肉が波を打ち、強靭な体からこぼれた下半身は、疲れきったようにうなだれてはいたが、その大きさに女子生徒達は視線の矛先に迷っていた。
「ああいうの･･････好み？　」
「せやね。好みいうか、ブツが大きかったやろ？　あれが固くなったらどないなるんかなぁって興味はあるな」
「あはは･･････陽子らしい」
　陽子は少し照れたように、長い髪を後ろに指でかきわけて笑った。
　彼女は大阪出身で、顔に似合わず何でもストレートに思った事を言う。容姿はモデルのように背が高く、まさに容姿端麗という言葉マッチするが、話すとついついボロが出るところが、付き合いやすい所だ。
「最近してないからなぁ･･････」
　陽子は少し前を歩きながら、独り言のように言うと、改めて私の方を振り返り笑った。「彼氏は？　」
「ああ、アイツはサッカーが恋人なんとちゃう？　私はいっつも二番目や」

　私がオナニーを知ったのは中学一年生の時だった。何気なく洗いながらシャワーをかけた時、いつもと違う感覚になったのを覚えている。
　小学校時代には毎晩父親と一緒にお風呂に入りながら、どうして私にはチンチンがついてないのか不思議で、幼な心にも特別な興味はあったが、ソレは固く変化はしなかったように記憶している。
　本屋さんで立ち読みして、男と女が絡み合う写真を見つけた時、ウチの両親も同じ事をしているのかと想像したら、なんとなく気持ちが悪くなって、不信に思えた時期さえあったのだが･･････
　あれから自分と違うものを持った男という動物に興味が膨らみ、ティーンズ雑誌などの特集記事を何度も隠れて読んでは想像を駆り立てていたが、実のところまだ一度も父親以外の本物を見た事が無かった。
　モデルは色々なポーズをとってくれ、そのたびに揺れ動く股間を見ながら、自分の子宮がどんどん熱くなって行くのを感じていた。
　そう言えば、一度だけ高校時代に付き合った男性が居る。　
　ある雨の降る日曜日に彼の家に遊びに行った時、ベッドに背をもたれ雑誌を読んでいると、隣に座った彼の手が私の腰にまわって来た。
　これで初体験ができると喜んでは見たものの、彼の息使いと真剣でイヤらしそうな顔を見た瞬間に、なぜかその手を払いのけていた。
（それが最初で最後のチャンス･･････）

　ある晩、寝る前にエッチな気分が高まって、布団の中でショーツの上から上下に擦ってみると、思った以上に興奮が高まり、太ももがビリビリと痙攣して怖くなった。
　それから瞑想と想像によるオナニーの連続で、自分はセックス願望が過剰ではないかと不安に思った時期でさえあった。
　写生会の夜も、昼間見たモデルを思い出し、犯される事を想像していたら、自然と指がショーツの上を動いていた。
　自分で触りながら、この指は私の指じゃないって思いながら触ると興奮は増す。
「ねえ理子、イクってわかる？　」
　隣に座った陽子が、講義の最中に小声で聞いてきた。
「どうしたの？　急に？　」
「私、イクってわからへんの・・ＡＶとかですごく乱れるやろ？　あんなんならへんし、イッた？　とか聞かれると、うん！　とは答えるけど、実際はどないなるんかと思って」
　講義はルネッサンス時代の画家レオナルド・ダ・ビンチなどの、受胎告知作品について語っていた。
「私に聞くの？　」
「だって、理子くらいにしか正直きかれへんもん･･････」
　彼女に言い寄る男は掃いて捨てるほど居るのに案外と堅実で、セックスに関する知識はゼロに近かった。
　それとは逆に、経験は無いが知識だけは豊富な私は、陽子にとっては大人の女であり、性の医学書みたいな存在となっていた。
（でも私はまだ処女･･････）
　陽子は私が処女だとは知らない。
　二十歳過ぎて、まだ処女だなんて言ったら、きっと国宝級や！とか言われて笑われそうな気がして言えなかった。
「それはね、なんか頭の中が朦朧として、もうどうにでもなっちゃえ！みたいな感覚になるの。その後、突然襲われたようにピークに達して太ももの痙攣が止まらないのよ」
「突然襲われたようにかぁ･･････さすが理子。それってどうやったらええの？　」
「自分じゃ無理よね。相手にいっぱい突いてもらえばいいんじゃない？　」
　得意気に話す私を横目で見ながら
「あかんなぁ〜私とする男はみんな早いから、いっつも、アッと思うと終わってしまうわ」
「フフフ･･････」
「まあ、でも･･････気持ちええから、とりあえずはヨシとするか」
　陽子がペンをくるりと廻しながら
「この前な、隣の部屋の子がネットで知り合った男と恋愛しとってな、そんなん辞めときって言うたのに、会ったらかなりイイ男やってんて！エッチもかなりフィットして、初めてイカせてもらったってノロケとった」
「ネットで？　」
「最近のチャットはテレクラみたいなもんで、写真も交換できて、会った瞬間にガッカリっていうの無いみたいやで」
「へぇ〜私もやってみようかしら」
「イクっちゅう事に興味あるから、私も上手な人と浮気したろうか」
　お互い顔を見合わせて笑った。
　彼女の前では対抗意識があるのか、セックスに関しては知ったかぶりをしている私。
　雑誌で得た知識なんて、実際の経験に比べたらきっと違うものだと思う。
　彼女のさりげない経験話の中から、時折新しい発見があったり、そういう感覚なのかと改めて思ったりする事が多い。
　誰か適当な人を見つけて経験しないと、いつかは処女と言う事がバレてしまうようなヘンなあせりと恐怖感が私にはあった。

『こんばんは。よかったら話す？　』
　出会い系のチャットルームに初めて入った瞬間、誰かが小さな窓から話しかけて来た。
『誰ですか？　』
『誰？　って聞かれても、今会ったばっかだし、よかったら話さない？　』
　これが最初の正貴との出会いだった。
　チャットの仕方もままならない私に親切に教えてくれて、何回か話したあと会う事になった。
　もちろん彼の写真はネットで送ってもらい、使い方がわからない私は、携帯から自分の写真を送っていた。
　正貴は三十三歳で独身、長渕剛に似たワイルドさが好みだったし、何より話し方が優しかった事が会う決め手となった。
「こんばんは」
　駅前の噴水の前で待ち合わせ、私の方が先に気づいたのだが、そ知らぬ振りをして彼の方から声をかけさせた。
　お気に入りのピンクのスモッグシャツからは自慢の胸が強調され、ギャザーの入ったプリントスカートは一番のお気に入りだった。
「写真より実物の方が数倍いいね」
　そう言って微笑むと、二人並んで歩き出した。
　正貴はＩＴ関連のプログラマーだと話していたが、実際のところはわからないし、名前だって本当かどうかわからない。
　もちろん私も名前はリコと本名を名乗ったものの、商社勤務のＯＬと言う事になっている。
　彼がよく行くというフレンチレストランで食事をした後、まだ時間大丈夫？と私に気使いながらも、シティホテルの最上階にある眺めの良いラウンジでお酒を飲んだ。
「きれい！　」
　まるでこの広い都会を独り占めしたかのような見晴らしと、ダウンライトのほのかな灯りが私を解放的にさせ、会話と一緒にお酒もはずんだ事で、かなり酔いもまわっていた。「だいじょうぶ？　」
「ええ･･････」
　帰り際に少し足をよろめかすと、彼は私を抱き止め、エレベーターの扉が閉まると同時にキスをされた。
「ゴメンなさい。ちょっと酔ったみたい」
　ビックリして、あわてて唇を離した。
「少しどこかで休もうか？　」
　何も言わない私を抱きかかえるように途中の階でエレベーターを降り、そしてすでに予約してあったらしい部屋に私を運んだ。
　その瞬間、彼の優しい雰囲気は消え、まるで人が変わったようないやらしい表情で、私をベッドに押さえつけると、シャツを捲り上げて冷ややかな笑いを浮かべた。
「どうしたの？　やめてください」
　さっきまでの紳士的な姿は、私をこの部屋に連れ込むための演技だったのだろうか？
　まんまと引っ掛かった自分のスキを後悔した。
「そのつもりで来たんだろ！　ほら！　望みどおりしてやるよ」
「ねえ、やめて！　」
「やめてじゃなくて、欲しいんだろ！　」
　私の両腕をしっかりと押さえ、白いブラのホックをいとも簡単にはずすと、その上から私の胸を満足そうに揉みながら、荒い息をさせて耳や首をいやらしく嘗め回していた。
　その音が、まるでしとめた獲物にむしゃぶりつく野獣のように部屋の中に響いていた。
　指はどんどんと下へと移動し、スカートの裾から太ももにかけて円を描くように這わせると、ストッキングの上からふっくらとした恥部を触り始めていた。
「やめて！ねえ、お願いだから･･････」
「うるせぇ〜」
　抵抗する私の頬を、ピシッという冷たい音と痛みが伝わった。
「おま×こしたくて俺と会ったんだろ！　」
（そうかも知れない･･････　）
　所詮、女の抵抗なんてこんなものか思う程簡単に脱がされて行く自分がそこにあった。
　ストッキングは足の付け根あたりから引き裂かれ、その音はまるで私の心までも引き裂いて行くような音に聞えた。　　　　　　　
「あぁ・・やめて！　」
　何を言っても、どんなに抵抗しても、この現実からは逃れられない･･････
　怖くて怯えている私などまったく気にせず、ショーツの上から陰毛が透けて見えるくらい舐め回し、そしてそれを脱がすと、両手で膣口を広げ、じっくりと観察しながらそこに顔を埋めて来た。
　閉じた目をうっすらと開けると、淫らに裂かれたストッキングが、太もものあたりで丸まって悲しかった。
　快感なんて言葉はどこにも見当たらない。ただ生ぬるい舌が上下にいやらしく動き、唾液が必要以上に私の膣口を浸し、男はそれを私が濡れていると錯覚したのか
「ほら、おま×こが男を欲しいって濡れてるぞ」
　薄ら笑いを浮かべながら、一人で興奮して汗だくになっている。
　濡れる要因なんてどこにも無い、オナニーのように頭の芯を突くような刺激も無いし、ゆったりとその行為を楽しむ余裕すらない。
　必要以上に体を触られ、恐怖感から発する吐く息が、正貴には感じている声のように聞えているのだろう。
「ほら、これが欲しいんだろ！　」
　外の夜景が見える大きな窓は、部屋の明かりがうっすらと灯いた事で鏡状になり、犯されて行く自分の姿をみじめに映し出していた。
　正貴は私の鼻先に黒光りしたペニスを押し付けると、そのまま私の口を無理やり開かせて、腐ったイカのような生臭い匂いのするペニスを舐めさせた。
「うぅ･･････」
　喉の奥まで入れられて私はむせそうになりながら、舌の置き場所を口の中で探していた。
　男にとってはその動きが感じるのだろうか、しきりに『いいぞ！　そうだ！　』とうなずきながら私の頭を抱えて、上下に腰を振り続けている。
　このまま噛み切ってやろうかとも思った。
「うっ･･････」
　切羽詰ったような情けない声が頭の上で聞え、荒々しい動きが止んだ時、私の口の中でペニスがピクピクと動き、ネットリとしたものが喉の奥を突き刺すように飛び出していた。
「あっ！　」
　あわてて男の体を跳ねのけると、生臭い液体が、舌を動かすたびに歯にまとわりついて吐きそうになった。
「どうだ？　美味いだろう」
　私はどうしていいのかわからないままティッシュを何枚か抜き、口の中のものを吐き出した。
　正貴はそれを見ながらチッ！と舌打ちしていた。
「もういいでしょ」
　私が服を持って立ち上がろうとすると、正貴は私を抱き押さえて倒した。
　口の中にはまだ精子の生臭さが残り、歯にこびりついているような違和感があった。
　私の抵抗はゲームの一つの過程であって、それがまた性欲や興奮を高め、この男にヤル気を起こさせているのだと思った。
　案の定しぼんだばかりのペニスは、またその気になって私の体を淫らに突いている。
　タバコ臭い正貴の口が私の唇を奪い、いやらしく動く舌が歯の間から無理やり入り込んでかき回す。
（殺してやりたい！　）
　私を犯そうと殺気立った正貴と目が合った瞬間、逆に殺されてしまうかも知れないという恐怖感が襲って震えた。
　舌は首筋や耳、乳房を舌で舐めながら再び下半身へと小刻みに這って行く。
　足を大きく広げ、密集した陰毛のまわりを舐め回すと、割れ目に沿っておしりの方からクリに向かって下から上に舌が這い上がる。
　正貴は私の両足を掴んで曲げると、そのまま私の体の上に重なり、そして固くいきり立ったペニスを膣の中へと侵入させて来た。
「痛い！　」
　まるで肉をジリジリと引き裂くような激痛と違和感があった。
「痛い！　ねえ、やめて･･････」
　太くて固いペニスは、今まで誰も通ったことの無い禁断の道をネジ込むように入り、最後は胃を裏側から押し上げるように入りきると、今度はゆっくりと上下に動き始めた。
「あぁ･･････ヤダ･･････イタイ･･････」
　感じている声ではない、痛みに耐えている声。
「どうだ？　イイか？　」
　正貴がニヤリと笑った。
　その顔に唾を吐きかけてやりたかった。
　膣の中の皮が何度も擦れ、ペニスの頭の部分が出たり入ったりするたびに、傷口を広げられて行くような痛みが走った。
「痛い！　」
　容赦なく私の体の中を何度も突き、荒々しい息遣いがさらに激しさを増すと、うぅ･･････と言う呻き声と同時にピタリと動かなくなった。
「よかったか？　」
　目の前には殺気じみた男の顔ではなく、満足しきった顔がニヤリと笑い、乾ききった唇を私に重ねて長いキスをした。
　とにかく一刻も早く私から離れて欲しくて二度目のキスの時には顔を横に背けた。
　こんな痛い思いをしてみんなセックスをするのだろうか？
　これが正貴ではなく、好きな男に優しく抱かれたとしても、同じ痛みがあるのなら、二度とセックスなんてしなくてもいいと思った。
　柔らかくなりかけたペニスをゆっくりと抜くと、それを追いかけるように膣の中からドロドロと何かが流れ出し、おしりを伝った。
　正貴は自分のペニスをティッシュで拭こうとしてハッとした顔になり、足を広げたまま動けない私を見つめて
「オマエ･･････処女だったのか？　」
　私が正貴の目を一瞬睨みつけると
「俺が初めての男か･･････アハハ･･････」
　そう満足そうに高笑いして、シャワールームに消えて行った。
（何がどうなってこうしているのか･･････）
　極度の緊張感と恐怖の後の脱力感が、私の体全体を包み込んで廃人のようにさせて行く。
「シャワー浴びて来い！　」
　気が付いた時には、すでに正貴はバスタオルを腰に巻いたままビールを飲んでいた。
　あわててベッドから立ち上がろうとしたが、体が重くて起き上がれなかった。
　やっとのことで体を起こすと、太ももを白い液体と共に赤い鮮血がつたった。
　生理の時とは違う色の赤が、シーツにもついていた。
　よろよろと壁に手をかけながら、やっとの思いでシャワールームに行き、何度も石鹸をつけて体を洗った。
　正貴から出た白い液体が、お湯に反応して固く指にまとわりついて気持ちが悪く、なかなか取れなかった。
　シャワーから出ると正貴の姿はどこにも無く、何本か吸われたタバコの残り香と、私のバッグの上に無造作に置かれた三万円が目に付いた。

　･･････アイツは私を金で買った･･････　

　私はそのお金を握りしめ、小走りに部屋を飛び出した。
　悔しかった･･････、自分に･･････
　膣にまだ何か入っているような違和感が残り、歩きにくかった記憶がそこにあったが、気が付いた時には自分の部屋の中で灯りも点けずに座り込んでいた。
　不思議と涙は出なかった。とにかく自分に対して悔しかった。
　カーテン越しに夜明けの街が、全体を紫色に包み、新しい一日が始まろうとしていた。
　私は携帯を取り出し、正貴のアドレスを削除したあと、そのお金を流し台で一枚づつ火をつけて、いまわしい現実の出来事と一緒に燃した。