第四章

　私はピルを飲んでいる。
　正貴と二回目に会った時、いつも中出しされ妊娠してしまう恐怖感から、海外ネットでピルを買った。
　いつまで続くのかわからない、終わりの見えない正貴との関係と、エスカレートして行くセックスの快感･･････
「そう言えば、この前ショーウインドを一緒に覗いてた男は誰だ？　」
　冷蔵庫から取り出した缶ビールのタブを引き上げながら、私の肩に腕をまわして抱き寄せ、ブラの隙間から指を這わせて私に聞いた。
「お得意先が近くにあって通りかかったらオマエだった。まさか彼氏じゃないだろうな」
　私の手は正貴に促されるようにズボンのチャックを開け、大きく勃起したペニスを握り上下に手を動かすと、やがて私の頭が押さえられ、固くなったペニスを口に咥えさせられていた。
　最初の頃とは違う舌使いと、いやらしい音が部屋中に響いていた。
「上手になったな･･････」
　ペニスを咥えた私の髪を撫でながら笑った。
「おまえはオレだけのものだ。他に男を作ったら承知しない！　わかったな！　」
　正貴の鋭い視線が私を見つめていた。
「私に惚れたの？　」
　ペニスを咥えながら、上目使いで正貴の顔を見た。
「バカな･･････」
　視線を一瞬そらして鼻で笑い、いつものように私をベッドの上で中途半端に脱がすと、ショーツの上から舐め始めた。
　オナニーの時のような快感が体中を駆け抜けて、恥ずかしいくらいショーツは湿って行く。
　まるでマジシャンのような舌使い･･････
「あっあっあぁ･･････」
「うぅ･･････」
　舌が触れるたびに腰が自然と浮き、膣の奥から愛液が流れ出ているのがわかる。
　私の体を知り尽くしているかのように、確実に快楽の世界へと導いてゆく正貴のテクニックは、丁寧で的確な感じがした。
「あぁ･･････いいぃ･･････」
　私の感じる声を、まるでＢＧＭのように聞きながら、二本の指が肉をかき分けながら中へと侵入すると、膣の奥の上部をひらで撫でるように指先を動かし始めた。
「あぁ･･････ヤダ･･････」
　クリを舐められている快感と一体となって、膣の奥もジンジンと感じて来る。
「気持ちいいか？　」
「あぁ･･････やめて、あっ、あっ」
（自制心は快感には勝てないのだろうか？）
　処女から脱皮したくてチャットを始め、この男と出会った。
　最初は本気でイヤだったのに、性の快感が何度か会う度に興味へと変わって行った。
「あぁ･･････、イィ･･････感じる･･････」
　舌がクリを舐める動きと、指で触る膣奥の動きがリズムよく刺激して、自然と私をオルガニズムの頂点へと導いて行く。
「あっ、あっ、あぁ･･････イっちゃう」
　いつものように頭の中に閃光が走り抜け、腰は意思とは関係なく動いて、今夜もまた正貴にイカされてしまった。
　正貴は納得したような顔をして起き上がり、黙ってペニスを私の膣口に押し当てると、スルスルと体の中へと入り込んで、やがてゆっくりと上下に動き始めると、体の芯まで震えるような快感が私を何度も襲う。
「あぁ･･････ん」
　正貴の汗が腰を動かすたびに、私の体にしたたり落ちて、それがまたセックスの激しさとなって感じて行く。
　いつもより激しく突かれているのは、正貴がシュウに嫉妬しているからなのだろうか？
「あぁ･･････ダメ！　またイキそう」
　私は汗で濡れた腕にしがみつき
「あっ、あっ、あっ･･････」
　二回目の快感が私を襲った時、正貴も同時に私の中に射精していた。
「うぅぅ･･････」
　膣の中にペニスを入れたまま、私の体をしっかりと抱きしめると、小さな声で私の耳元でささやいた。
「オレはオマエを離したくない」
　正貴にとっては精一杯の思いを口にしたんだと思う。
　こんな事今まであっただろうか？

「ねえ、体だけの関係だったのに、何回か会う内に好きになるってあるかな？　」
　大学の学食で向かいに座った陽子に聞いてみると、陽子はビックリした顔で、飲んでいた水にむせていた。
「ゲホゲホ、何や？　いきなり･･････」
「へん？　あはは･･････」
「それって、シュウ以外に男がおるの？　」
「えっ？　あはは･･････まさか」
「また週刊誌？　」
　不思議そうに私を見つめる視線が怖くて、必死にパスタを口の中に放り込んだ。
「そやなぁ、毎回会って、いつも気持ち良く満足させてもらえたら、離れられなくなる可能性もあるかもな」
「うん」
「実はな！　もう時効やから言うけど、昔、彼氏と付き合い始めた頃に美大の先輩達と合コンやったやろ」
「うん」
「あの時、彼氏はサッカーでいつも会ってくれへんし、寂しかったんやと思うねんけど、腹いせにメッチャ飲んだ時、帰りに秋山先輩に送ってもらったやん」
「うん」
「あの時、無性にエッチしたくて、してもうたんや」
「えぇ！　」
「絶対に彼氏には秘密やで！　」
　目の前のコップの水を一気に飲み乾すと、ふせ目がちにうつむいたまま
「あの時、秋山先輩･･････上手やってん」
「･･････」
「彼氏には悪いけど、少し心が動いたんやけど、何回か会ってるうちに愛情じゃなくて、ただの快楽に溺れてるだけやって気が付いたら、妙に冷めてしまったんや」」
「うん」
「セックスと愛情は別物やて！　好きな人とならエッチなんかせんでも、一緒に居られる方がええもん」
「うん。そうだよね」
　好きな人と一緒に居られるだけで満足･･････
　陽子の言葉がずっと頭に残っていた。
　正貴は私を犯し、お金で処理する道具として私は存在していたんだと思う。
　でも、夕べの正貴はいつもと違っていた。
　まるでシュウに取られないように必死に私を抱きしめたように思えた。
　その態度がなぜか私の心を動かした。
　最初は脅されてイヤイヤ抱かれに行っていたのに、毎週金曜日に会うのが当たり前のようにようになったのはいつからだろう･･････
　イクって言う快楽を知った時？
　それとも正貴に情が生まれたの？
　何度も自問自答を繰り返した。
　でも、普通なら泊まったり、別の日でも性欲は出るはずなのに、いつも決まって金曜日。
　そして決まった時間に帰って行く。
　正貴にはたぶん他に相手をしてくれる女性がいないんじゃないか？　
　いつかきっと私に飽きて捨てられる時が来ると思うし、それを追いかけるほど惚れてはいない。

「もしもしシュウ？」
　急にシュウの声が聞きたくなって携帯に電話を入れた。
　十回目のコールで息を切らしたシュウの声。
「あぁ、どうしたんだい？　」
「うん、何でもない。練習中？　」
「うん。週末に大会があるから」
「そう」
「金曜日の夜なら時間空いてるよ。試合の前の日だから練習は早く終わるし」
「ごめん、金曜日は用事あるんだ」
「そっか」
　シュウの声が曇った。
「ごめんね」
　今すぐ私の迷いを消して欲しいと思った。
　今すぐ飛んできて私を抱きしめながら、理子は俺だけのものだ！って言って欲しかった。
　シュウに抱かれた時に、いつまでもこうして居たいと思ったのは事実だし、その思いは正貴には感じられなかったのだから。

　金曜日･･････
「どうした？　いつもと違うじゃね〜か」
「そう？」
　関係を持ってもう二ヶ月。暑い夏から長袖の秋に景色は変わっていた。
「私、妊娠したみたい･･････」
　正貴はチッと舌打ちをしながら
「誰の子供だかな！　そう言えばビビるとでも思ってんのか？　」
「嘘じゃないわ！　いつも中で出してるのよ。出来ない方がおかしいわ」
「ふん」
「今から産婦人科に一緒に行って調べてもいいのよ」
「それは俺じゃなくて、この前の奴の子供じゃね〜のか？　」
「じゃあ、血液検査すればわかるでしょ。貴方の子供だって私にはわかるもの」
　正貴の顔が変化し始めていた。
「おろせばいいだろう。金ならある」
　正貴の言葉がトゲトゲしかった。
「もうおしまいにしましょ」
　静かな口調私はで言って、バッグを掴んだ瞬間、正貴は私に飛びついて抱きしめた。
「頼むよ。俺はオマエから離れられね〜よ」
　首筋にキスをしようと抱き寄せる手を払いのけて
「いい加減にして！　」
　部屋中に響く私の大きな声と一緒に、正貴の体を押しのけた。
　ヨロヨロと転びそうになると、正貴は鬼のような目になって私に襲いかかり、私を再び掴むと、骨が折れるくらい強く抱きしめてベッドの上に押し倒した。
　正貴は抵抗する私を押さえつけて白いセーターを捲り上げ、スエードのスカートを脱がすと、強引にショーツの間から指を這わして触り始めた。
（もう絶対に感じない･･････）
　そう思っていたのに、魔術師のように正貴の指が私のクリを責め立てると、いつしかまた自分の意思以外の場所で感じ始めていた。
「あぁ･･････ん」
　指はバイブレーターのように動き、時にはかき回すように刺激して、その度に大きなあえぎ声を出してしまう。
（正貴は私の愛し方を知っている･･････）

「ダメ･･････ねぇ、イっちゃう」
　正貴が私の中に入り込んで来た時、私はいつもと違う感情を感じていた。
「あぁぁ･･････ん、イイ･･････イっちゃいそうよ･･････ねぇ、あぁぁ･･････」
　ジワジワと頭の中が白くなって行く。
「あっあっ･･････あぁ」
　もう絶対に正貴とのセックスには感じないつもりだったのに、その指が触れると反射的に受け入れようとする自分が悲しかった。
「どうだ？　これでも別れるか？　」
　腰を大きくゆっくりと動かしながら正貴が耳元でささやいた。
「あぁ･･････イヤ･･････」
　妊娠なんて真っ赤な嘘。でも、どこかで終わらない限り、ズルズルと関係が続いてしまうように思えた。
「あぁ･･････ダメ･･････あっ、あっ･･････」
　頭の中で別れられないかも知れない。と心が揺るぎ始めたが、今なら私は、正貴を憎まずに別れられると信じていた。
　それでも、こうして抱かれて、感じさせられてしまうと、まだ迷っている自分がそこに居た。
（そう、夕べずっと一人で考えた答え。）
　今おしまいにしないと、私は誰を愛しているのかもわからなくなってしまう。
「あっ、あっ･･････イクぅ･･････」
　私の意識よりも正貴のテクニックが勝った。

「どうだ。これでも別れるのか？」
　正貴が満足そうに裸のままソファーに座り、いつものようにフ〜と深くタバコを吐きながら自信ありげに笑った。
「ねえ、私･･････このまま行ったら貴方から離れられなくなる」
　裸のまま正貴の目を見て言ってみた。
「このお腹の子供、産んでいいの？　」
　正貴が驚いたように
「おいおい！　何考えてるんだよ。俺はセックスの相手としか見てね〜よ」
「だって、私を離したくないんでしょ？」
「･･････」
「貴方には家庭があるんじゃないの？　だから私の事を最後まで追いかけられないのよ」
「･･････」
「もうおしまいにしましょ！」
「子供は？　」
　正貴は私の目を見ずに、独り言のようにつぶやいた。
「もう私と会わないって約束してくれたらそれでいい」
「おろすのか？　」
「そんなのわからない。貴方がしつこく私に付きまとうなら、子供連れて貴方の家に乗り込むわよ」
　正貴の中でもおそらく葛藤があるに違いない。
　私につきまとわれては困る自分と、このまま関係を続けたい自分が、何度も交差して悩んでいるようだった。
　それでも妊娠という言葉は、正貴にとっては恐怖だったのだろう。
「今日は帰る！　」
　いそいそと身支度をする正貴を、裸のままベッドに横たわって見つめていた。
「もう連絡しないでね！　」
「いいのか？　写真はまだ俺の手元にあるんだぞ」
「いいわ。どうとでもすればいい。私はもう何も怖くないわ」
　自分でも驚くほど冷静だった。
「また会ってくれよ」
　正貴が甘えるように私の体に抱きついて、キスをしようとした。
「いい加減にして！　女々しい！」
　突き飛ばされてベッドから落ちた正貴は、私の真剣な目を見て驚いていた。
「今夜でおしまいよ。今なら貴方の事を嫌いにはならないと思う」
「勝手だな！」
「私をもて遊んだのは貴方の方よ！　警察にでもどこにでも今なら行けるわ」
「･･････」
「お金、忘れないでね！　出産費用になるかも知れないんだから」
　どうしてそんな言葉が出たのか自分でもわからなかった。強い口調だった。
　正貴は財布の中身を全部取り出すと、チッ！と舌を鳴らして、私に投げつけるようにして出て行った。
　ダウンライトの光にシュウからもらった指輪をかざして見た。
（これでよかったんだ･･････　）
　私はしばらく天井を眺めていた。