明け方まで眠れずにいたけれど、いつの間にかに眠りに落ちていたらしい。 目が覚めて時計を見ると、９時近かった。 乃梨子は自分の左側に手を伸ばした。そこに夫の身体は無く、指先は冷えたシーツに触れた。 （……雅史さん、帰らなかったのね） 結婚して以来、連絡も無く雅史が帰宅しないことは初めてだった。 （七恵さんと一緒なの？） 二度目の夫婦交換の翌日。 雅史の携帯番号と、会社の場所を七恵に聞かれた。何度も七恵に調教され、壮一郎にも他の男にも抱かれている乃梨子は、七恵の言葉に逆らえなかった。 （どうして……） 壮一郎に乃梨子が抱かれる隣で、七恵の身体に肉棒を打ち込んでいた雅史の姿を思い出す。 自分を抱く時より、激しく腰を振る姿。 今、雅史は七恵と一緒に居るに違いない。 乃梨子は確信していた。 （仕方ないよね。あたしだって何度も工藤さんと……） 胸の奥が、ひりつくようだった。 ぎゅっと目を閉じる。 （雅史さん……雅史さん……雅史さん……） 呪文のように、夫の名前を頭の中で繰り返す。 そのままどのくらい時間が経過したのだろう。 玄関の鍵が開く小さな音で、乃梨子は目を開いた。 ドタッ、ドタッ…と、もつれたような足音が廊下を近づいてくる。 「たっだいまぁっ」 勢い良くドアを開いて部屋に入って来た雅史は、明らかに酔っているようだった。 「ぇ……ぁ……おかえりなさい。雅史さん、酔ってるの？大丈夫？」 ベッドを出て出迎えた乃梨子に、雅史はいきなり抱きついて来た。 酒臭い息がかかる。 「大丈夫だよー。乃梨子、まだ寝てたの？」 「あ…ごめん。今、起きるね……ぁ……きゃっ」 抱きついた勢いで、ベッドの上へと押し倒される。 「雅史さん、酔ってるでしょ。お水、持って来ようか？」 「だいじょうぶ、だいじょうぶ。乃梨子ぉ…」 雅史が、唇を求めてくる。 「ぁ……ん………んん」 唇が重なり、舌が口内に入ってくる。 舌先を絡めながら、先刻までの心配が溶けていく気がした。 「ん……ん………」 強く乃梨子の舌を吸いながら、雅史の手がパジャマの上から乳房をまさぐる。 （七恵さんと…一緒じゃなかったのかな……） 何か残り香がないものか気にしてしまう。 確かめるように息を吸い込むと、酒と、飲み屋でついたのだろう煙草の匂いが感じられた。 「ね……今日、お仕事は？」 軽く雅史を押し返しながら尋ねる。 「あぁ、代休取ったから、だいじょーぶ」 雅史は上機嫌のようだ。 返事をしながら、軽いキスを繰り返す。 「そっか。少し眠った方がいいよ？朝まで飲んでたの？」 「んー…でも、あんまり眠くないなぁ。そうだ！」 大きく声をあげて、雅史がガバっと身を起こした。 「…？」 「テニスしよう。テニス」 「え？」 雅史の言葉は予想外で、乃梨子は聞き返してしまった。 「最近、健康的なことしてなかったなって思ってさ」 そう言って雅史が乃梨子の手首を掴む。 「ほら、起きて起きて」 「え…だって、コートの予約もしてないし…」 手を引かれて起き上がる。 「平日だし、空いてるっしょ」 雅史は本気のようだ。 鼻歌を歌いながらクローゼットを開き、ウェアを探し始めている。 そんな雅史の後姿を見つめていると、乃梨子の口元からも笑みが零れた。 （久しぶりにテニス……いいかも） 「ん。じゃあ、軽く朝ごはん食べたら、少し練習しようかな」 「うんうん。久しぶりだから、軽く打ち合う程度でいいよ」 以前はよく二人でボールを打ち合った。 こうしてテニスの準備をしていると、二度の夫婦交換など、まるで無かったかのようだ。 （工藤さんたちと離れて、前みたいな生活に戻りたい） （雅史さんと……二人だけの生活に） 思いを巡らせている乃梨子の目の前に、テニスウェアが差し出された。 白いワンピースタイプのウェア。 ノースリーブに、胸元も大きく開いたデザインで、結婚する前に着ていたものだった。 「これがいいな。これ」 差し出しながら、雅史はニコニコしている。 「これ、冬には寒いんじゃないかな……」 冗談を言っているのかと思い、言葉を返しかけて、雅史の目が笑っていないことに気付く。 「今日は晴れてるから大丈夫だよ」 雅史が断言する。 もう何年も、ミニのウェアでプレイしたことなど無かった。 「でも……」 なおも言い返そうとする言葉を雅史が遮る。 「ああ、乃梨子は下着を着ちゃいけないから、ちょっと寒いかもしれないね」 ぐい…とウェアを押し付けられ、乃梨子は一歩後ずさった。 |
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| 2012.12.22掲載 |
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