第1話　いたずら

「な、な、、な、な、頼むよ、美樹」
「だめって言ったらダメ、何で痴漢なんかされなきゃいけないのよ」
　私は、声を潜めながら、思い切りいやな顔をしてみせる。夫は何とか私を丸め込もうと私の肩を抱え込むように懇願してくる。
「痴漢って言っても、俺が触るだけだよ」
「同じです」
「だって、さ、もう１ヶ月もしてないじゃん、せめて触るくらい、な、な」
「だからって、何で電車の中なのよ。あなたにそんな趣味があったなんて知らなかったわ」
「いや、ほら、だって、おまえってエッチホテル、嫌いだろ」
「そりゃ、夫婦なのに、そんなとこに行くのなんて変でしょ、だいい…、あん！」
　私にみなまで言わせず、夫は、私を後ろから抱きしめながら、耳元で囁いてる。あん、私が、そこを弱いのを知ってて、ホントにずるいんだから。
「愛してるからさ、ね、家だと、兄貴もいるからって、させてくれないんだから、せめて、触るくらい、ね、ね、いいだろ？」
　ああん。もう。
　私だって、夫に触ってもらわずの一ヶ月は、けっこう長かった。普段は、週末、必ずしてるのに。
「明日は、兄貴も休みだって言うし、朝、一緒に行こうよ。大丈夫、ちょっと触るだけだからさ。それで、一日元気でいられるなら、妻たるもの、協力しなくちゃ、でしょ」
　ああん、ずるいぃ。そんな風に胸を触りながらだと抵抗できなくなるぅ。
　夫が、乳首を手のひらで、そっとさすってくる。服の上からだと、それが絶妙の刺激になる。
　私は身体の奥が、ジュンって潤む気がした。
「ねね、いいでしょ？明日。ストッキングなしで、できれば、下着もつけないでさ。フレアミニのスカート、もってたよね」
　夫は、次々と勝手なことを言ってくる。あん、ダメ、耳を囓らないでぇ。
　その時トタトタと小さな足音が聞こえて、私達は慌てて離れる。
「おばちゃ〜ん、お父さんにお休みなさいっていってきたよ〜」
「そ、そう、じゃ、もう寝よっかあ」
　無邪気に私に飛びついてくる甥っ子のタケシ君。現在可愛い盛りの５歳児。で、２０の身空でオバサンになってしまった私。
　結婚前から、とっても懐かれて、それはいいんだけど、うちに来て以来、タケシ君、毎日、私達のベッドで寝るのが習慣になってしまった。
　浮気がバレて、家を追い出されて、私の家に息子共々転がり込んできた義兄。
「すまん、すまん、ほとぼりが冷めたら謝りに行くからさ、それまで置いてよ」
　今年３０になる義兄さんと夫は、仲がすごく良い。だから夫は、頼みを断れない。そして、甥っ子はお母さん代わりに懐いて、いつだって私から離れない。
　とっても可愛い子だけど、その代わり、夫婦の営みは、不可能になってしまった。さすがにベッドの端に子どもが寝てたら、何もできない。
　別の部屋に行こうとしても、今度はお義兄さんの目がある。
　で、夫婦ともに欲求不満状態になってきたときの、夫の意外な申し出だった。
　通勤電車の中で触らせてくれ、だって。
『男というものは、長く女に触れないと錆びちゃうんだぜ』
　勝手な申し出だと思う。でも、結婚しているのに一ヶ月もできないのはかわいそうだと思った。だって、男の人って３日射精しないと苦しくなるんでしょ？
　だから、私は気が進まないけど、週に２回、手で出してあげている。
　本当は、フェラとかいうことを、しろって言うんだけど、でも、そんな気にはなれない。だって普段はおしっこが出ている場所でしょ？
　そんなとこを口に入れるなんて。だから、一生懸命手でこすってあげるけど、いっつも手が痛くなる。
　夫のために尽くしている私って健気な〜んちゃてさ。
　で、本当は週末に、エッチをする。
　でも、ここ一ヶ月は手で出してあげただけ。それで満足してるのかって思ったら、どうも違うらしい。男の人ってよくわからない。
　女性の体に触れないのは寂しいという。同じベッドで寝るだけではダメだって言うの。
　私は、それで十分なのに。
　でも、ま、たまには外に行くのもいいでしょって、自分に言い訳してみる。
　だって、夫と出かけるのは久しぶり。デート気分。
　理由を考えるとちょっとブルーだけど。
　
　翌朝、まだ寝ているお義兄さんとタケシ君の分の朝食を整えて家を出た。
　いろいろ言い訳を考えたけど、こう言うときは何となく嘘をつけない。ちょっぴり、いつもより小さい字でメモを書く。
「ちょっとでかけてきます」
　夫と並んで歩くと、うれしいけれど、夫はバスに乗るときから他人の顔。
　頬をちょっと膨らませて、夫に視線を送ってみても、知らん顔。
　朝のラッシュを見ると頭がくらくらした。人、人、人。ホンの１年前まで私だって通勤してた。でも、私の使っていた路線は、ここまで酷くなかった。本当にここにいる人が全部乗れるなんて信じられない。
　新宿行きの通勤快速が来る。これに乗れば、夫の降りる駅まで２区間。ほんの１５分ちょっと。
　わずかに列は動いたけれど、通勤の時はけっこうマナーが守れているらしく、割り込んでくる人はいない。だから、私のすぐ後ろに並んだ夫は、ピタリと身体を密着させて乗り込んだ。
　乗り込むときは津波のよう。あっという間に、奥に押し込まれる。ぐぐっと反対のドアに身体を押しつぶされながら、私はバッグを身体の前に両手で引き寄せた。
　身体が動かせないどころじゃない。呼吸もままならない。夫は毎日こんなのに乗っているのね。
　そう言えば、夫はちゃんと後ろにいるのだろうか。
　ガタッと一揺れして電車が発車する。そのおかげだろうか。やっと、息が楽にできるようになった。ふう。
　もちろん、身動きはできない。胸に抱え込んだバッグを身体にくっつけたまま、私は後ろの気配に意識を向けた。
　私に後ろから被さるようにしている気配。耳元に息がかかる。あん、もう、私が弱いって知ってて。
　私はひくんと肩をすくめて、何とか我慢する。
　私のヒップをつんつんと何かがつついてくる。それは、私のヒップの丸みをゆっくりとたどり始める。
　なんだか、恐る恐るって感じの割に、いやらしい動きだった。スカート越しなのに、なぜか、ゾクゾクした感じが背中を昇ってくる。
　なんだかんだ言って、夏向きに軽い生地の黄色いスカートにしたの。学生みたいだねって、夫に言われる、お気に入りのスカート。
　けど、高卒で就職して、１年で寿退職。
　短大に行った友だちは、やっと就職したばかりだから、私が学生に見えたっておかしくないでしょ。
　でも、ひらひらしちゃうから風の強い日には絶対履けないの。
　無意識なのかな。結局、夫のお願いを聞いてしまったみたい。ちょっぴり恥ずかしいけど、ストッキングははいてない。ま、夫が降りたらＵターンするだけだから、近所を歩くようなものよ。そう自分に言い聞かせたの。
　ブラは、夫には悪いけどフロントホック。だって、昔、痴漢にいたずらされて、ブラのホックを後ろから外されちゃったことがあるから。
　さすがに、正面から胸を触る痴漢なんていないでしょ。
　もちろん、さすがにショーツは履いてるけど、こんなフワフワのスカートなら、夫は簡単に手を入れられて、喜んでくれるに違いない。
　ううん、夫のためというのは、嘘じゃないけど、本当でもない。私も夫に触られたい。
　週に一度のエッチ。夫のものを受け入れる瞬間は、あんまり好きじゃない。それより、夫に大事に、優しく撫でられるのが大好きなの。
　そりゃ、さ、最近は、といっても、一ヶ月も前までのことだけど、夫のものが、私を満たすと、なんだか、ホッとする感じがしたりする。それに、抜けていく動きの時に、とっても気持ちがいいことがあるけど。
　でも、夫が一生懸命私の上で動いているのが申し訳ないくらい、私は別に気持ちがいいわけではない、と思う。
　夫に無理矢理見せられるエッチなビデオ。女優さんが、変な声を上げるのは、あれは、きっと演技よ。オーガズムなんて、夫とのエッチで感じたことなんてないもん。
　あ、カンチガイしないでね。貞淑な妻としては、夫しか男性は知らないのはトーゼンよ。だから、オーガズムを感じたのは独身時代にしたひとりエッチ。いけないひとり遊び。
　夫も、触ってくれるだけだったらいいのに、ってダメよね。
　私の中で、夫が射精する時って、なんだか夢中になっていてカワイイと思えてしまうから、つい、私も逝っている振りをするけど。私の奥に夫の出したものが広がるのも、温かくて何となくうれしい。その後、ドロって出てくるのは気持ち悪いから、あれがなきゃいいんだけどナ。
　それに、夫が優しくバストを撫でてくれる時の方が何倍も気持ちいいもの。
　そう、特に、先端を手のひらでそっと転がすようにされると、私も、ちょっと声が出てしまう。
　ビデオのように演技する必要はないから、それほど大きな声ではないけど。
　な〜んて、公共の場で、とんでもなくエッチなことを思い浮かべているうちに、手がそっとスカートの中に入ってきた。

　ああ、なんだか、本当に痴漢されているみたい。普段では考えられないくらいエッチな触り方。指先の指紋が肌に引っかかるように、私のヒップをサラサラと撫で回している。生理前のビンカンな時だから、なんだかすごくエッチな気分。
　独身の頃、ひとりエッチをしたのも、いつも生理前。だって何となくお腹の下側がモヤモヤするから。
　友だちから、真面目っ子といわれ続けた学生時代だけど、ホントは、生理前のこんな日は、ひとりで行けない遊びをしていたの。カレもいなかったから。
　エッチなことを想像して、ベッドの中で自分を慰めていた私。
　生理前の今だけは、ちょっとエッチな気分なの。
　そうなの。夫に履くなと言われたけど、下着は履いている。けれど、夫に撫でてもらうことを考えたら、ついつい、大胆な下着にしてしまった。Ｔバックとまで行かないけど、ビキニに近い。だから、ヒップを包むはずの布は、手の動きだけで、もう、紐のようにされている。
　いやらしい手つきでヒップの丸みを好きなように触っている。
　ああ、あなた、もう、そんなエッチな触り方しないで。ため息が出そう。電気のような感覚がびりびりと響いてくる。
　これが、いやらしい痴漢の手だったらって、ふと考えてしまう。
　絶対、こんな気持ちにならないと思う。
　だって、セーラー服を着ていたころ、何度か痴漢にあったことがある。
　怖くて、震えてしまった。
「痴漢です！」って大声出して、手をつかむ、なんて話を良く聞くけど、私にはとてもではないけど、できなかったもの。だから、その時は、まだ処女だったのに、初めてのヒップを好きなように触られてしまったわ。
　学校のある駅に着くまで、その手は好きなようにヒップを触っていた。最後の方は、私もなんだか妖しい感じが、おなかの下の方に、たまってきたの。
　もやもやした変な感じが…
　ひょっとして、とヒップから送りこまれる、いやらしい感触に感じながら思う。
　今考えると、感じてしまっていたのかな。ウウン、そんなことないモン。
　ビックリしただけよ。でも、その日は、生理前でもないのに、エッチな遊びをしてしまった。
　あん、そんなことを思い出したら、よけいにヘンになってしまう。
　手は自由にヒップの感触を楽しんでいるみたい。夫は満足なのかしら。普段触っている妻のヒップをこんなにしつこく触るなんて。
　あ、触るだけではないの？
　指先が私の履いている下着の正体を知って、ヒドイいたずらをしようとしてる。
　サイドを結ぶタイプだから、そこをほどいちゃうと、そのまま脱げてしまう。
　あなた、そんな、まわりに人がいるのよ。私の前のサラリーマンだって、私のことをちらちら気にしているのに、そんな所で、妻の下着を取る気なの？
　私は抵抗しようとして、やっぱり手が動かないことを思い知る。それどころか、その拍子にバッグの角が胸にあたってすごく痛い。しかたないので、無理矢理バッグをお腹の方に降ろした。
　前の人の腕も、それにつれて降りてきて、ちょうど、私のふくらみの上に乗るような感じになってしまったけど、私が動いたせいだからしかたない。それに、その人もどうやら私が痛くないように気を遣ってくれている様子だ。確かに、痛くはないケド。
　知らない人の腕が、胸のふくらみに触れているのは気になったけど、もっと気になったのはやっぱり下着。
　私がゴソゴソやっているうちに、右は外されてしまった。片方だけでぶら下がっている下着。ヘンな感覚。それに、下着がずれた時に気がついたけど、下着が汚れてしまったみたい。冷たい感触。
　たったあれだけのことなのに、身体が反応してしまったなんて。
　久しぶりだからかな？
　それに、まわりを知らない人に囲まれているのに、身体がエッチな反応をしてしまうなんて。とっても恥ずかしくなってしまう。
　こんなことやっぱり断れば良かった。
　もう、どんなに頼まれても、ぜったいしないぞって思う。
　ああ、やっぱり、こっちも取ってしまうのね。私の足に挟まれている下着。どうするのよ、このままじゃ下に落ちちゃう。私は足を一生懸命くっつけようとしたけど足が広がっていて、動かせない。どうしよう、落ちちゃう。
　夫を一瞬恨む。だって、駅について、誰かが気づいたら、私の下着、見られちゃうのよ。
　でも、夫はさすがに、すぐ、動いてくれた。ううん、違うもの、くれた、なんて感謝しちゃいけないのよね。夫は、するすると後ろにたぐり寄せて、私の身体から、小さな布地を奪い去ってしまう。
　後で取り返さなきゃ、とは思ったけど、スカートの下に何もナシで立っているのって信じられない。だって、まわりに人がいるどころか、他の男の人が身体をくっつけて立っているのよ。
　ノーパンで、男の人に囲まれているなんて。
　周りの人が手を出したら、私の大事なところが直に触られちゃう。ホンモノの痴漢さんがいないことを祈るしかないのね。
　表情に出さないようにしてたけど、こんな大冒険になるなんて。ドキドキした。　自分の鼓動の音が聞こえてきそうだった。　
　手が、また、私のヒップに戻ってきた。きっと、ポケットにでもしまったのね。
　手は、もう邪魔物がないことを知っている。スルスルと直にヒップの感触を楽しみながら、谷間に沿って降りてくる。
　あうう！
　こんなに、お腹がもやもやしたのは初めて。ため息が、ううん、声が出そうになってしまう。ざわざわしたトキメキが背中を駆け昇ってくる感じ。
　でも、だめよ、そこは、触らない約束でしょ。
　恥ずかしい後ろの部分を指がくすぐってくる。新婚時代、夫は何度もそこを触って、その度にケンカになった。だって、そこは汚いものが通るところ。夫婦の間でも、そんなところは触るものじゃないわ。
　私は、ちょっと怒って、ヒップを軽く振る。だって、こんな時だからって、触るのはずるいもの。それに。
　そう、それに、くすぐったいようなヘンな感じがしたから。むか〜し、セーラー服で痴漢されて、最後に感じた、あの時のような、ヘンなもやもやした感じ。
　こんな汚いところで感じるヘンタイさんになんて、なりたくないもの。
　夫は、再び、指を進めてくる。ちょっとザンネンかな…なんてね。私ってヘンタイの素質があるのかしら。
　でも、指が私の真下にたどり着く。ああ、知られちゃった。
　私がもう、すっごく濡れてしまっているコト。
　指がヌルヌルと動いてそのまま私の入り口に触れてくる。
　あん！
　いけない。もうちょっとで声を出しちゃうところだった。恐る恐る、目を上げると、前のサラリーマン風の人と目が合ってしまった。まだ、若い人だけど、といっても私よりだいぶ年上。けげんな顔をしている。
　あれ？私この人知ってる？ウウン、そんなことない。女子校だったし、ＯＬ時代は、女性ばかりの課にいたから、知っているサラリーマンなんて上司ぐらい。（正直言うと、合コンに1回だけ誘われていきました。でも、夫にもナイショ）
　サラリーマンの知り合いなんていなかったもの。　
　私は、あわてて、自分の勘違いを否定する。だって、もし、知り合いだったら恥ずかしすぎるモノ。
　でも、私をいじめる指のいたずらは、まだまだ止まらなかったの。