１２．

　おじさんを支えているのは奥様でしょう・・・。まだ『わたし・・・。』だ、なんて云える程は、おじさんの事を分かっていない・・・。
「じゃぁ、おじさんも『女好きだ！』って云うの？」
「そうだよ。・わたしは間違いなく『女好き』だね。」
「だって、わたしが相当に、おじさんに火を付けなければ、わたしに向かって来ないじゃない！・・・それは、わたしじゃぁ魅力が足りないって事？」
「魅力たっぷりだよ、レイさんは・・・。・・ただね、幾ら女性が好きでも無闇矢鱈にとは行かないよ。わたしは充分に歳を取っているだろう。・・・それだけ理性が働くって事がある。・無理強いは絶対にあり得ないし、お相手は尊重するよ。」
「それでも、わたしには押し倒されるだけの魅力が無い。とも云えるわ。」
「そんな無理強いをレイさんは望んでいたかい？」
「・・・・！」今度はわたしが云う事を失いました。
　おじさん、わたしの顔をジィッと見て、溜息を突いた様でした。
　そりゃぁ・、わたしはセックスが目的って云うより『おじさんの傍に居たい。』が本音ですもの。・・・おじさんを離れさせない為に、身体でも繋がりを持ったんだったわ。

「ホントに『女子と小人は養い難し。』だなぁ・・・。女という生き物は、自分の思う様に物事が進まない時には何を遣り始めるか分かったモンじゃない！ 」
「なぁにぃ？それ！・わたしの事？」
「ぅん、・今回はそうだな・。・・・わたしがどっちの立場を取っても君には云いたい事があるだろう？・論の袋小路を自分で作っておいて、答えを気に入らないとするンだろう？。・・・それではディスカッションが出来ないよ。・・・そう云う事さ。・出口のない迷路をウロウロさせられるのは、どんな人だって嫌な筈だ。」

「ごめんなさい。そんな積もりじゃぁ・・・。自分で答えが無いからかも知れないわ？」
「素直なんだねぇ！・・・でも、結果はそうなるだろう？自分で答えを持っていない事他人にぶつけると、自分の中でも混乱を起こしやすいよ。」驚いたぁ！・今日のわたしはまるで、借りてきた猫じゃぁない！
　何処かおじさんに頼りたい気持ちばっかりが先に出て、自己中っぽく云われ易い、いつものわたしとは、あまりに大きな違いがあったわ。

「そうよね。・わたし何をしようとしているのかしら？」
「それは永遠に解らないよ！・女性の構造上の問題なんだから・・・。」
「えっ！？？？」
「それは、レイさんの中に新しい命を育む構造からだと思っているよ。・自分の中に他の命がある訳だから・、そこには様々な矛盾が生じて当然なんだ。・女性は良く、赤ちゃんを分身。って考えるだろう？・他の生命体とは考えないで・。」
「それはそうよ！・自分の中から生まれてくるのよっ！」

「生まれてくる。に、もっと重きを置いて考えるべきなんだ。・自分の中から。ではなくてね。・・・それに、女性だけの問題じゃぁないんだ！男の中にだって、原因は違うンだけど、矛盾して分かる事はないだろうって問題が沢山ある。」
「・・・・・。」
「構造上だって云うのは、女性には、正当なセックスが行われたら、その胎内に新しい命を育てなければならない役目が生じるでしょう。・・・だから、詰まらない男の子種は受け入れたくない。しかし、女性であっても男性ホルモンの分泌はある。・・・これは異性を求めるものなんだよ！」

「そんなことなら、良く分かっているわよ・。」
「それが解っているなら話は簡単だろぅ？・・・新しい生命を誕生まで育て上げるって云うのは、大変なことだ。これだけ発達した生命科学の分野でも、未だに一つの生命さえ作り出した物は無い！・女性は自身の中にその構造を持っているから、考えとして持っているかどうかは別にしても、その実感は持っているものなんだ。意識のあるなしに関わらずね。」

「でも、・セックスなんてそれ程のこと？誰でもしていることでしょう？」
「それは、・わたしだって偉そうに云えることじゃぁないんだけど、セックスが快楽を追い求める遊びの様になったからねぇ・。これは、避妊技術の確立が進んだのと、女性の中の男性ホルモンがなせる技だね。・避妊技術で受胎が回避出来る様になったからだよ。それと間違ったウーマンリブ！」
「ふぅ〜ん・そうなのかなぁ？・それに、ウーマンリブなんて良く分からないわ・。」
「わたしは専門家じゃぁないから、細かいところでは違うかも知れないけど、・・・経験上の結果から考えているんだ。・初めて男性を受け入れた時のことを思い出してごらん。・・・何だかは解らなくても云い様の無い怖さがあっただろう？・それは、レイさんの身体が、新しい生命を育てる事の大変さを知っているからなんだ。・男には生命を育てるなんて構造は無いから、どんな感じなのか？実感では解らないけれどね。・・・それと、ウーマンリブに付いては、本当のところは分かってないんだけれど『女性が男性と同じ事が出来るように・・・。』って、閉塞されている自由への主張だと思っているよ。」
「女のわたしにも解らない事を、おじさんは何で解っているように云うの？」
「わたしは女性を好きだからね。・色々考えるんだよ、女性の立場を出来るだけ理解しようとしてね。・・・『これしか考えられない！』って処に行き着いたら、たぶん、女性自身が求める事と、そうは違いは出ないだろうと思っているんだよ。」

「じゃぁ、間違ったウーマンリブって？」
「さっき云った様に、男と女には構造の違いがあるだろう？・・・それは、出来る事にも違いがある筈だと思うンだよ。・だから、何でも同じ様に考える事は出来ないと思っているんだよ。・男には出来ない事を女性は沢山出来るからね！・・・レイさんは、わたしを離れさせない為に『身体の繋がり・・・。』って、云ったよね。それは短期的には有効ではあるけど、簡単に手に入った女性は簡単に分かれる事に成り安いんだよ。」
「おじさん、わたしじゃぁ物足りないって事？・簡単に手に入ったって、わたしの事でしょう！」わたしには思い当たることが沢山あったの。
　わたしを通り過ぎて行った男達が、速いスピードのスライドショーで頭の中を通り過ぎて行ったわ。
　・・・涙が、涙がどんどん沸き出して来るんです！
　目に溢れ出る涙を抑えられません。
「行こう！」その場に勢い良く立ちました。
　そのまま歩道へ歩きます。
　おじさんが追って来るのを期待するわたしに、泣き顔に気付いた周りの人々から鋭い視線が突き刺さって来ました！

　・・・銀座四丁目の人達、わたし達の話を全部聞いていて、
『アンタの身持ちが良くないのよ！』って、声を落として話している人達の声がみんな、わたしを非難して来るみたいです。
　怖い！・・・無性に・ただ怖くなって、追って来たおじさんに抱き付いたの。
　顔をおじさんの肩に圧し付けて、泣き顔を見られないようにしたわ。
　厚い胸・。
　逞しい両腕。
　勢い良く抱き付いたのに揺るぎもしなかったおじさん。

　おじさんの鼓動が伝わって来るの！
　それは、云い様の無い安心感を伝えてくれるんです。
　次第に落ち着いて来ます。
　涙も止まってきます。

　顔をおじさんの肩から離して眼を見ました。
　そこにあったのはただ優しい眼差し・。
　わたしの全てを包み込んでくれる気がしました。

「Kiss して！」
　おじさんの顔がスゥッと近付きながら左に傾きます。
　わたし、右に頭を傾けました。
　柔らかい肉感がわたしの唇の端に感じ、唇を包み込みました。
　絡まる舌に幸福わせを感じたんです。
　あぁ・、おじさんと生きたい。
　全てが停止していました。
　道行く人、カフェでコーヒーをすする人、車道の車さえそこに止まって音を立てない様にしているみたい！
　世界がバラ色に包まれていきます。
　わたしにkissするのに、こんなトコでも戸惑いもないおじさん。
　おじさんの腕が引き寄せるのに、引き寄せ返して、二人の身体が密着していました。
　こんな幸福わせ・・・。

「おいおい・、お楽しみは二人だけで遣ってくれぇ・。」お巡りさんの声でした。
　・ここは交番の直ぐ裏なんです！
　わたし達を囲んで人垣が出来ていたんです！
　きゃぁ〜！
　恥ずかしいぃぃ！
　・顔から火が出そう！
　おじさんの手を曳いて走りました！
「がんばれよぉ〜！」
「おしあわせにぃ〜！」
　人垣の人達から言葉が追って来ました。

　ハァ・ハァ・ハァ・ハァ・・・、ぁあ、驚いたぁ！
　数寄屋橋公園まで走って、振り返りました。
　おじさんも息を切らせています。
「ビックリィ！・あんな人垣。」
「ここは日本だよ・。ハァ・ハァ・洒落た一言で・ハァ・も、云いたかったなぁ。」
「おじさん凄い度胸ねぇ！・ハァ・ハァ・。」
「分かっていた事だからね。・ン。・レイちゃんが求めたんじゃないか！」
「洒落た・ハァ・一言って・・・ハァ、なんて、ハァ・云いたかった？」
「世界の中の日本だ！・フゥ・・違うハァ・なぁ？・こんなぁ、祝って貰ってハァ嬉しいよ！・で、どうかフゥなぁ？」
「フフフ、・・フフ・・・、ホホッ、ァハッ・ハッハッハッハ！」
「ハハハハハ・・・ハッハァ・！」
　なんて云う幸福わせ！
　おじさんで間違いなかったんだ！

　・わたしおじさんだぁい好き！・もう一回・、・・・もう一回・。
　わたしおじさんに吸い付いてた！
　Kiss よ！
　思いっきり歯噛み付いて・・・。
　
　周りの人達がやっぱりビックリした様な顔をしました。
　それでも、さっきみたいな人垣が出来ることはありません。
　ここが公園であることが、人の反応を変えたのでしょう？

　やっぱり銀座４丁目交差点は、誰にとっても特別な意味を持つ場所なのかも知れません？

　おじさんがしっかり支えていてくれる！
　わたしも腕を引いて、おじさんを牽き着けていました。
　舌を絡めていったわ。
　お腹の下の方から熱いモノが込み上げてくるの・。
　わたし・とろけそう・・・。

　おじさんは、やっぱりおじさんなんだもの！
　感覚的にこんなトコで kiss 出来る筈無い。・そう思っていたの。
　わたしの存在がおじさんの中で軽かったら、こんなトコで絶対に kiss 出来る筈無いわ！
　それなのに、迷いも無く kiss してくれた！
　２度も・・・濃厚に・

　熱い塊が身体の中を上ってくる！
　全身がセンシティブ・。
　全てでおじさんを感じているの！
　全てをおじさんに委ねたい。

　ジョン・レノに恋した乙女みたいな感覚だわ。
　それなのに、別の自分が顔を出してくるの・。『３０女が後先考えないで衝動に走って、どうするのよ！』
　・・・そんなこと無い。・こんな幸福わせを感じさせてくれた人、いなかった・。
　・・・信じられるの。

「ねぇ・おじさん、・わたしのこと・好き？」
「好きでもない人にkiss 出来るかい？」ことも無気に優しい顔していた・。
「今日は、バイク無いんだ。」銀座周辺じゃぁ二人ッきりになれるトコ無いでしょう？
　それとなく見ていたおじさんの服装。・アイボリーのタートルシャツに黄茶色のブレザーアイボリーよりは一寸だけ濃いめのスラックス。
　これでフュージョンじゃぁないわよね？ＣＲＶでしょう・？
　まだ３時を少し回ったくらいだもの。何処かへ行ってみたいわぁ。・いいぇ、二人ッきりになりたかったの。
「海が見たいなぁ！」・本当に海が見たい訳じゃないの。
　・二人だけの空間にいたかった。
「暗くなっちゃうなぁ・。」
　小さな声で、独り言のように云ったのを聞き逃さなかったわよ。
「晴海にでも行こぅ！」
「・晴海？・海なんて無いよ！」
「それでも良いの！」おじさんが車で無くたって良いんだもの。
「じゃぁ、こっち・？」
　阪急デパートの地下へ入って行くの！・やっぱり駐車場だ！

　客船待合所の先の緑地帯に沿ってＣＲＶを止めたの。
　降りようとするおじさんの腕を掴みました。・本当に海が見たかった訳じゃぁないんだもの・。
　わたしが腕を掴んだことで、おじさんは分かってくれたみたい。
「レイさんは小悪魔だね。」
「そうよ！・わたしはおじさんを食べちゃうの。・おじさんを・振り回して、振り回して駄目にするの！・わたしの虜にするの！」
「そんな事が出来たら、・大魔女だよ！」
『そんなことを考えていたのか！』って顔が印象に残ったわ。

「・・・そうかもね？」小悪魔って云われると、同時に可愛らしさが付いてくるけれど、大魔女じゃぁ恐ろしさの方が大きくなっちゃうじゃない！
「大魔女だと怖くない？」一番の疑問をおじさんにぶつけたの。
「こんな可愛い大魔女なら、食べられても良いかな？・・醜い正体だったら、わたしには、見せないでくれよ。」
　その言葉には一切の恐れは無かったわ。
　同じ人間同士としての冗談を、ただの冗談として受け止めてくれていたのよ。
　わたしが本当に魔女だったら、こんなに愛しいおじさんは直ぐに食べたくなってしまうわ！
「大魔女でも、小悪魔でも、おじさんを好きになっちゃったんだもの！・『食べる』の意味が違っちゃうわよ！」ウィンクしながら答えたの。
・『愛してる。』って、云いたかったんだけど、・それは、おじさんを追い詰めてしま
う様な気がして云えなかったわ。
　なんか、茶化して云っているみたいで自分で笑っちゃいそうだったけど、こんな事、なかなか本気で言える事じゃないわ。・真剣に言う程、結果が期待していない方に行ったら、救い様が無くなるもの！
　
『食べたくなってしまうわ！』なんて思った事が、もう、わたしに火を付けていました。
　自動車という閉鎖された空間にいても、まだまだわたしには不十分。
　本当はおじさんと密着して、一体になっていたいんだもの・・・。

　でも、それはセックスをしたい訳じゃぁないの。
　好きな人との空間を出来る限り無くして、一体感を実感したいのよ！

　kiss だってそう。
　・おじさんの体内にあった同じ空気がわたしの中に流れて来るなんて・！
　お互いの唾液が混じり合う・・・。空間や意識、心も身体も一体化、それだけだって、頭の中でサイケデリックな渦が巻き出してしまう・。唇はもちろん、無猫お腹も、抱き愛を強める腕や手の先だって、それぞれに繋がっているの。

　銀座の真ん中でさえ、抱きしめて Kiss してくれたおじさん。
　あんなトコで応じてくれるのは、大変な度胸がいるわ。・わたしにそれなりの気持ちを持っていてくれた事の証明だわ。
　あの密着感！・あの時は、わたしとおじさんは一体だったわ。
　銀座４丁目の喧騒の中でも、一切の音が消えちゃったんだもの！

　幾らか・赤味掛かって来た、青空の白い雲・が静かに流れていたわ。
　エンジンを停めたＣＲＶの中は、結構静かで、窓を閉め切っていた所為か？
　おじさん、ドライバーシートを倒して目を瞑っている。
　わたしが口を開かなければ静かだわ。平和そのものゝ世界。