２．

「真咲さん流石プロね！・真咲さんがこんな撮り方するンなら、わたしも撮って貰おうかなぁ？」入って来た時からいらした、あの素敵な方でした・。「素敵！」っと思った方にこう云われるのは、何か誇らしい気がします。
「いやいや、モデルさんが良かったんですよ。」先程素敵！と思った女性とおじさんの話が耳に飛び込んできました。やっぱり女性の目でも、エロティックと云うよりも「素敵なわたしが写っている。」と、見て下さったのです。
「そんなに持ち上げて下さっても、なんにも出ませんよ〜だ！」おじさんに振り返って云いました。・茶目っ気をたっぷり出して・・・。
「そういうタイミングにシャッター切っているんだなぁ！」『写真を見せて下さい。』って云った常連さんです。
「失礼・寺岡です。・・・前には写真の現像、焼き付けをしていたんですけど、こういうドラマティックな画にはなかなかお目に懸かれないものでしたよ！・・・女優さんですねぇ！」軽く会釈しながら話し出したのは、やっぱり常連さんの様でした。
　こんなに感心されて・・・。・わたしそんな演技した覚えないし、いいタイミングで捉えているんだわ。
「これも真咲さんの写真だよ。」マスターが一枚のポスターを開きました。そこにはダイナミックとしか云いようのない花火。・・・ヤナギ花火が画面の殆どを覆って、小振りの菊花やボタンがちりばめられて華やかですが、まるで空が墜ちてくる感覚に襲われました。
　・・・何年か前、このポスターは見た覚えがあります。あの時も何か感動して、どんな写真家が撮ったのか友達と話したことがありました。・・・その写真家がおじさん！
「おじさん凄い写真家だったのね？」わたしの捉え方と云い、ポスターの花火と云い、言い知れぬ感動に襲われて思わず云ってしまいました。
「被写体が良いんだよ。」おじさんはそれだけしか云ってくれませんでしたが、照れているおじさんに、また惹き付けられていました。

「他のどんな人がこんな撮り方出来るの？！・これだけ獲ってたら、もっと自慢したって良いわよ！」おじさんの謙遜しすぎる態度にチョット腹が立ちました。だって、周りがこれだけ評価しても本人が控えてしまったら、社会的に認めてもらうのは大変なのよ！
「写真なんて本来自己満足でしかないんだよ。・他の人と共通のセンスなんてセンスじゃないしね。次々と新しい視点を追わなければならない。・・・もう、体力が続かなくなっているんだよ。それに、・デジタルの時代になって、パソコンで何でも出来る様になっているしね。」そうなんだ？・パソコンって、写真の世界にも大きな影響を与えていたの！
　話しながらおじさんに寂しそうな顔が見えました。新しい時代に翻弄されているおじさんの姿が垣間見えた気がします。

　おじさんはやっぱり本物だった！
　寂れ行く世界の・・・生まれた時が違っていたら、有名な写真家だったかも知れないわ。
　３０にもなって、結婚も出来ないわたし・・・何となく盛りを過ぎたイメージがダブってしまったの！
「まだまだこれからよっ！」何とか暗くなりそうな雰囲気を変えたく思いました。
「最近映画を見たかい？・・・ジェラシックパークやマトリックスさ、・・・コンピューターグラフィックであんなダイナミックな画が作れてしまうんだ。・・・ＣＧを偽物のように云う人もいるけれど、あれだけの実感を作れるようになれば、カメラを持つ意味の殆どは失われてしまうよ。」
「でも、作り物は作り物でしかないわ。」云いながら、いままでそんな事、考えた事もなかった。と思っていたの。
「作り物でも、イメージは本物だよ。・・・ああいう映画を見て、どう感じた？・絵にしろ写真にしろ、映画だってイメージを追っているんだ。・云ってみれば、文学だって音楽だって、みんな観客、鑑賞者にイメージを見させているんだよ。・・・本物を超えた作り物は『新らしい本物』なんだ。」時代の変化の中でおじさんは精一杯に変化を追っているのでしょう？古い時代への惜別と新しい時代への対処。
　時代が変わろうとしているのね。

　その中で、おじさんも必死で藻掻いているんだわ。思い出してみれば、わたしを撮ったカメラだって、直ぐに後で画像を見せてくれたんだもの、あれもデジカメだったんだわ！
　おじさんを支えてあげたい。・・・でも、わたしに何が出来るの？・足手まといになってしまうかしら？・・・いいえ、何か出来る事はあるはずよ。
「時代」に戦いを挑むことになるの？・・・そんな・大きすぎる・。
「何を考えている？・・・」間の空いてしまったわたしにおじさんが聞いたの。
「デジタルって、そんなに凄いの？」
「ああ云う映画を見て、・不自然だとは思わなかっただろう？・・・映像も新しい形を得つゝあるんだ。」
「それって・？いままでの遣り方が通じなくなるの？」
「いや、・新しい手法が増えるって事だよ。」なぁんだ、喧嘩するって事じゃぁないんだ！
「良いところを継ぎ足しあって、上手く融合していくだろうね。・・・いまゝでの時代だって人間はそう遣って来たんだよ。」

　そうよねぇ・・・、大昔に中国から仏教が入って来たときも、・・・急激な近代化の開国と維新のときも、わたし達の祖先は見事に乗り越えて自分の身にして来たんですもの。どの様に世界が変わって行っても、順応して都合の良い様に身に着けて行けるはずだわ！
　でも、それは全体を見た時の話し・じゃない？・・・個人で見てみれば、時代に押し潰された人達もいらしたでしょうし、その人達は決して少ない数ではなかった筈だわ。
　・・・おじさん、大丈夫なのかしら？
　おじさん自身が云った『人間はそうやってきたんだよ。』が蘇って、頼もしくも、諦めの様にも感じました。

「今は出来ることを遣るだけさ。出来たものが良かったか悪かったかは、後の人達が決めてくれるよ。・・・ゴッホやゴーギャンも一人しかいない。・真咲義美も一人だからね。」おじさん、凄い大天才を比喩に出すなんて！・・・さっきの控え目に話していたのとは、随分な違いだわ！・・・写真では、自分の道を持っているのね！
　完成されているのか？完成に近いのか？は分からないけれど、おじさんの遣り方が確立されていることだけは伝わってくるの。

「いま『凄い天才を比較に出したな！』って、思わなかった？・・・分かる様に話しをしようとすると、誰もが良く知っている人を持ち出すより無いからなんだけど・・・、でもね、彼等の生涯は悲惨だったんだよ。それに、わたし自身を天才だなんて思えないけど、『自分の信じるところをとことん追い詰めてみたい。』って心は、同じだと思うんだよ。ただ、彼等ほど固執することが出来ない処が凡人なんだなぁ・・。」
　ゴッホやゴーギャンだなんて大天才を、こんな見方する人っているのかしら？・・・同じ画家だって、ピカソやルノアールは優雅な老後を送ったじゃない！
「そう思うなら固執してみたら・・・？」
「そう出来るものなら、そうしているさ。・・・そんな事したら、お客が・クライアントって云ってるんだけど、依頼主がいなくなってしまうんだよ。・・・わたしの器量じゃぁ。・彼等ほど周りの人を、迷惑に巻き込める度胸がないんだよ。
　・つまり、死後にでも『大天才！』って呼ばれる僅かな可能性と、今日のお米を比べて、どちらを取るかが問われているのと同じなんだ。・・・自分の思いに固執しても、それが何時、評価されるかは分からないんしね。永久に評価されないかも知れないんだよ。評価されるだけの作品なんだろうか？って、良く疑問にも思うよ。・・・わたしには『今日のお米』を捨てられない責任もあるからね・・・。」
　そうかぁ！・大天才さん達も、評価してくれる人と出会えたから、大天才と呼ばれる様になったのよね？
　・それに『責任』って、奥さんの事かしら？お子さんもいたりして・？・・・それに、わたし圧倒されていたわ。・・・シャッター押した一瞬で出来てしまうと思っていた写真に、こんなに背景があるなんて・！
　この世の中には、まだまだ、わたしの知らない事が沢山あるんだわ！
　改めて、自分の無知を知らされた思いがしたの。おじさんの考え方を肯定すると、ゴッホとゴーギャンの大天才は不遇な生涯だったみたいですもの。・・・幸福わせだったのかしら？
　おじさんの撮った写真だって、わたしは素晴らしいと思うわ。
　素晴らしい仕事をしていたことも知ったけど、それでも、普通の人はおじさんの名前なんて知らないでしょう？有名になることの大変さをつくづく感じたわ。
　そして、時代に受け入れられることも・・・。

「写真の話しなんて、詰まらないだろう？・・・レイさんは何が趣味なんだい？」熱い話し振りだったから、おじさんは熱くなりそうな御自分に、ブレーキを掛けたのかも知れません。ついでに、わたしに話させれば、わたしの状況だって分かると思ったのかも知れないわ？
「何がって？・特別な趣味なんて無いわ。おじさんの熱い思いを聞くのって、結構楽しいわよ！・・・おじさんは夢や思いを話しているでしょう？・いまの若い人達は、あまり夢や想いに付いては話さないのよ。」夢の話しなんて、大分長いこと聞いたこと無いわ。・みんな時代に流されて行くだけよ・。
「だけど専門的な話しになってしまい易いし、興味を持っていない人には分かり切れないと思うんだけどなぁ？」チョット怪訝そうな表情は、わたしの云う事を信じていないからね。
「細かく云ったら分からないんだけど・、それにどの位の想いが被さっているかが分かるじゃない。・話す人の想いの情熱ね。それがわたしを惹き付けるのよ。・・・なのに、若い人の中ではそういう『情熱のある人』には出会えないの・。
　・・・『話し』って云うのは自分自身の思いが乗ってこそ『話し』でしょう？・・・思いの乗らない話しには退屈してしまうのよ。政治屋さんの演説を聞いてみると良く分かるんだけど、指針なんて無くても、思いが乗っていれば聴衆は乗ってきてくれるわ。自分自身の熱い想いがあってこそ、・それは他人の意見の受け売りが通用しないことでもあるんだもの。」
「へぇ〜！・随分分析して論理的に考えているんだ！」
「わたしは感覚的だと思うわ！・・・聴衆って・。写真だったら鑑賞者？・・・だから直観的に判断されるのよ。」論理的に話すのならわたしの好きな分野だけど、こんなのは論理じゃないわ。常識の範囲内だわ！
　おじさん・わたしをそんな程度の低い女と思っていたのかしら？

「思うんだけど『聴衆を惹き付ける手段』は色々あるけれど、『情熱』が一番有効なんじゃぁないかしら？論を間違えなければ・だけど。？」
「それならわたしは失格だよ。・・・もう情熱って云えるほど、思いが強い事は無くなってしまったもの。」
　えぇっ！・おじさん、あれだけ思いを込めて撮っていて情熱は無いって云うの？
「さっきの写真だって、おじさんの優しさがそのまま現れていたわよ。・いいえ、わたしだって惹き付けられる様な魅力があったわ！」
「あれはみんなに云ったように、モデルさんの良さだよ。わたしは撮らせて頂いているだけさ。・・・君の写真だって、君が始めから持っているものを撮り留めたに過ぎないだろう？」
「そんなにわたしを持ち上げてくれなくても良いのよ。・写真部の友達に撮られたこともあるし、もっと若かった時にプロカメラマンに撮って貰った事だってあったわ。それでも、おじさんが撮ったようなクッキリ感は無かったわ。わたしが主役って・・・おじさんが撮ったのは、わたしが見たって『わたしって素敵！』って、思いたくなるわ。
　素敵な風景がバックに写されているけれど、風景の素敵さがわたしを盛り上げて、もっと素敵に見せてくれていた・・・。逆光になって影になっていた筈の顔もしっかり立体感があって、わたしが考えるわたし以上に魅力的に描写されていたわ。本当に『これがわたし・・・？』って思ったんだもの！」
「そんなのは基本的なテクニックだよ。・・・テクニックだけで撮れる写真なんだ。・そこからもっと踏み込んだ描写をしたいんだけど、わたしの腕ではそこ迄かなぁ？」
　おじさん。真剣な顔して云うのよ。
「・・・女性を素敵に撮るだけじゃぁだめなの？」
「それは外見だけでしょ？・・・もっと内面を写せないかと思っているんだ。・・・レイさんだって、富士山を撮りに行ったついでに撮って、疑問を持った筈でしょう？・それが全然写っていないんだもの。」
「わたしを撮り始めた時には、おじさんが写真に掛ける思いを知っちゃっていたもの・！」
　そうだったわ。撮られ出すまでに、おじさんの一生懸命に感動しちゃっていたんだもの。
　一年も前の状況がだんだん思い出されて来たの。
　何台かのカメラを使って、入れ替わり立ち替わり操作と確認を繰り返してシャッターを切った、あの時のおじさん。・・・仕事をしている人の魅力を目の当たりにした。としか云えなかったの。・・・「真剣に仕事をしている人」なんて、そうそう見る事出来ないもの！

「もう、写真の話は止めようよ。」プロとして写真を撮っているおじさんだから、写真の話しは仕事の話しになってしまうのね。・コーヒーブレイクには、仕事から離れたいのかも知れなかったわ。
「良いわよ！・おじさんの奥さんってどんな人？」まだ、写真を熱く話すのを聞きたかったのに中断された所為か、もっと写真の話も聞きたかったけれど、一番いじわるな問い掛けをしたの。・って云うのはね、一度は肌を重ねた相手に、自分の伴侶の本当の姿を正直に話せる男の人はそんなにいないでしょう？
　御自分の伴侶を悪くしか捉えられない男の人には、どんな女性だって恋心を冷ましてしまうものです。だって、そこには自分の「将来の姿が語られる。」ことになりますもの。時を重ねると同じ様にわたしの欠点ばかりに目を付ける事になるでしょう。
　・・・かと云って、今の奥さんの素晴らしさばかりを並べれば、それを聞かされた女性は、まず気を悪くします。
　女性の気持ちって複雑なのよ。
　だから、わたしの聞いた事はいじわるなの。自分で分かっている事なんですもの。・・・でも、おじさんには「茶目っ気」と受け取って欲しかったわ。

「あっはっははは・・・！・わたしを試すのかい？」吹き出すかの様な笑いで聞き返してきたの！
　おじさんの心の何処かに、わたしのポジションを得ようとする心を読まれた気がしたわ。
　いきなり笑いが飛び出したって事は、茶目っ気とは受け手貰えたんだわ。・でも、『試すのかい？』って事は、わたしが「おじさんの心の何処かにいたい！」って思い。それを読まれたんだわ！
「えぇっ？どう云う意味？」とぼけるしかないじゃない。・おじさんが次の言葉を出す前に云った後を続けたの。前のおじさんの聞き返しを無効にするために・・・。
「お幾つになります？おじさんと同じぐらい？上？下？・綺麗な人？可愛らしい人？」
「綺麗な人だよ。モデルさんそのものだから・・・。」応えたのはマスターでした。
　えっ、モデルさんなんだ！・・・チョット打撃を受けてしまいました。・そんな綺麗な人に挑戦状を渡さなければならないのね。 って云ったって、「おじさんを下さい！」なんて云うンじゃぁないけど・・・。
　わたしだって、一般社会でなら多少の自信はあるけれど、プロのモデルさんと見比べられたとしたら、ちょっとそこまでの自信まではありません。
　だって・、雑誌やテレビでスマートに見えるって云うのは、普通に云うスマートとはまるで違うのよ！・・・テレビに映ると、二周り位は太って見えやすいのよ。
　
「君は幾つも、一緒に聞くのが好きだねぇ。」チョット考えた様子の見えた、おじさんがやっと応えてくれたわ。
「そぉ？・始めに戻れば良いんだ！・奥さん、どんな人？」応えてくれるらしいおじさんの云い方が、チョット嬉しい。困った様子が見えたって事は、多少はわたしに心があるって事でしょう？何の思いもなければ、「今でも愛してるよ。」って、一年前に行った奥さんですもの。自慢の話でも始めるかも知れないもの・。
「どんな？って、普通の女だよ。１６９Ｃｍ９０，６６，９０の・。」
「グラマーなのねぇ！・優しい・人？」
「昔はね、優しかったよ。・今は普通のおばさん！」
「それだけじゃどんな人か分からないじゃぁない！・おじさんの愛しているって奥さんがどんな人だか知りたいんだもの。」おじさんの当たり障り無い答え方、想像はしていたんで、わたしの方も用意して置いた応酬を早口でまくし立てたんです。
　でも、『普通のおばさん』で含み笑いをしたのが気になったわ。
　「普通」って云う言葉。レベルが人それぞれでしょう？

　男の人って、結婚してから変わるんですってね？
　友達々の愚痴を聞いても、「結婚して旦那様になった人達の性格が変わった。」って云っているの！
　一人二人に聞いた頃は、「酷いっ！」って、思ったけど、次々と結婚した友達々がみんな声を揃えるようになると、「男の人って、そういうモノ。」と、考え方が変わっていったの。
　でもねぇ、考えてみるとわたしのお友達の方だって、結婚する前と後では旦那様の呼び方が大きく変わっているわ。毎日寝起きを共にしていると、お互いに馴れ合いが出来て、お相手を軽く扱うようになるのかも知れないわ。良いところしか見えなかった眼にも、日常生活で気に入らない部分まで見えてくるのでしょうね？
　云ってみれば、男女の性は違っても、慣れれば特別な人ではなくなるって事でしょう？
　そうなると、結婚そのものゝ価値のあり方が変わってきてしまうじゃない！

　それでも、わたしも夢ぐらい見るの。
　おじさんが「女房を愛している。」って云ったときに、多分、もう短くはない結婚生活を重ねているでしょうに、まだ「愛している。」って云えるおじさんに、本当の優しさが見えた気がしたんだもの。

　わたしの理解は二つ。
　このカフェで顔見知りの人達が聞き耳立てている中なので、恥ずかしさが引き気味に云わせた。・・・もう一つは、優しいと思ったおじさんも、他の人と大きくは変わらないかも知れない？
　どちらの可能性も高いわ。それに、男の人の方だけ攻めてもしょうがないのも分かっているけど・・・。・友達々だって、ご主人となった途端に急にぞんざいに扱いだしたのを知っているもの。

　何を考えているんだろう、わたし・・・！
　わたし、おじさんと結婚しようとしているの？・・・そんなの望んだって「家庭を壊したくない・」って、云われているのよ。一年も前に・・・。
　おじさんはわたしと「一緒になる気はないよ。」って、最初から断ってくれているのよ。
　それでも、わたしが人間として育つためには、おじさんの感受性がどうしても必要だわ。・大人になりたい。・ずる賢い大人ではなく、本当の意味での大人になりたいんです。・・・良いものを見分けられ、悪貨が良貨を駆逐する、この世の中でも良識に照らした生き方を考えたいんです。良いんです、おじさんと一緒になれなくても・。
　・・・矛盾？・・・そうよね。おじさんと一緒に居る事だけでも、奥さんと神様には悪い事をしている事になりますもの。

　わたしにとってのおじさんって、なんなのかしら？
　丸一年も探し回って・・・。名刺に電話番号があるのに電話の一本を掛けられない。
　でもね、わたしがあの時ほど素直になったのは、記憶にないわ・・・。心に思ったことを素直に口に出来たなんて。
　・・・多分、精神的な安心感がそうさせたんだと思うの。おじさんの物事への向かい方。あの時だけしか見ていないんだから、ホンの一部を垣間見ただけ・・・。とっても、おじさんを分かったとは云えません。

　あんな非力なスクーターで、強力なレーサー紛いのマシンを軽々と置いてきぼりにするライディング？覗かせてくれたファインダーや小さなプリントだけでわたしを感動に包む写真の技術？それとも、わたしにした細やかな気配りと、簡単に言い表せない他の人には分からないようにする優しさ？・・・それらのどれでもあって、どれでもないような気がするの。
　ただ、おじさんといることだけで妙な感動を感じるの。
　いまの世の中、わたしを感動させてくれる事って、とても少ないの。
　「恋」って云うには、面食いのわたしには似合わない容姿だわ。・倍位はあるでしょう歳の差は、キラッと光る輝きをわたしには見い出せないもの！
　わたしは普段はとっても素直になんかなれないんです・・・。それなのに、おじさんといると素直になれる・・・。友達といても突っ張りっぱなしのわたし・・・。

　おじさんといるだけで、同じ空間の居心地が良くなってしまうの。
　おじさんといるなら、何が起こっても良い気がする。
　おじさんがみんな受け止めてくれる。
　おじさんがわたしの鎧・・・？
　おじさんがわたしのお城・・・？
　おじさんがわたしの居所。

　３０女ですもの。・わたしの思いの全てが現実だなんて思わない。
　１年も会えなかったのよ。その間に現実には小さな事でしかないことを、大きな幻想に仕立ててしまったことがあるだろうとも思ったわ。・・・そんな事は始めから承知の上なの。
　本当は無い事でも、好きになった人には幻想が美点を作り上げてしまうのは、良くあることなのよ。・・・わたしの心を冷静に見ているわたし自身。
　これが十代のわたしだったら、自分の心を余所から見るようなことは出来なかったわ。
　それでも、多くはないけど何回かの恋をして、燃え上がって失望もして、わたし自身の心を見るようになったわ。恋が破れると深く傷付くのは、いつも女の方だもの！・回を重ねた事でお利口にはなってきたの。
　だから自分の感覚ではあっても、全てがわたしの都合の良い事だけ。って、疑って掛かるようになっているの。自分の恋心にだって例外はないわ。
　・・・こんなに歳の離れたおじさんが、わたしの望む物をみんな持っているなんて、とっても考え難いもの！
　今の世で、そんなに都合の良い事だらけって云うのは、ある筈がないでしょう・。
　わたしの恋が、わたし自身が造り出した幻想に恋しているのは明白よ！

　でも、おじさんと会ったのは一年ぶり！
　改めて、おじさんを如何にわたしに繋ぎ止めて置くかを考えたわ。
　あの時からおじさんが劣ってしまったような様子は無かったの。男性を繋ぎ止めるのに手っ取り早いのは、やっぱりセックス・？なのかしら？

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく