３．

「ねぇ、お腹空いた・。・良い処知らない？」何とか一緒に外へ出る方法を考えたの。
「貧乏カメラマンには、この辺はねぇ・・・！」おじさんの口から『貧乏』が飛び出したのには驚いたけど、この辺で無ければ、一緒に出て行けるじゃない！
「じゃぁ。わたしの知っているところへ行く？」『貧乏』が聞いてあきれるわ。ここのコーヒー、普通のランチと同じ位じゃない。こんなコーヒー飲んでいて・・・！
「ん〜、レイさんに連れ出されるの？」
「だって、お腹が空いたんだもの。・おじさん何か、嫌いなものある？」嫌いな食事に連れ出したら、後々まで響く可能性があるもの。

　・わたしのテリトリーは渋谷。お洒落なお店はここにもあるんだろうけれど、まだわたしには様子の分からない街だわ。
　表通りの、幼い娘達が寄って、キャァキャァしているお店だったら、雰囲気壊れちゃう。
　湿捕りしたお店の方が良いわ！
　・・・それだと、本店通りの奥の４階にあるあのお店だわ。
「良いトコ思い出したわ！・ねっ、食べに行こう？」
　おじさんの手を引いて立ち上がったの。
　なんか渋ってはいたんだけど、強引に引っ張っちゃった！
　でも問題発生！
　おじさんＣＲーＶなの・。
　・・・また一緒に走って・・・。なんて思ってたのに、オフ四駆？

　それはそれで良い車だとも思うわ。今は可成りの山奥にまで入っても、道路は舗装されているし、未舗装の部分へは車両の乗り入れが制限されている事が多いもの。
　そうなると、四駆も格好だけよ。強力な登坂能力の出番も先ず無いし、通常舗装でのエマージェンシーが四駆の魅力かしら？・・・「多少険しい処へでもわたしは入って行ける可能性がありますよ！」って、スタンス位にしか考えられないでしょうね？
　シティーオフローダーよね！
　そんな考え方なら、この車はピッタリだわ！

　問題は、二輪車と四輪車が一緒に走るのが難しいこと・・・。都心部ではこれは特に問題だわ！・空いた道路なら、それ程の問題にはならないけど、混雑した路上での連携走行は外の交通が絡むだけに、危険を感じない訳には行きませんもの。
　ＣＢＲは分詞に置いていこうかなぁ・？
　でも、ツナギとブルゾン、この格好じゃぁ・バイク無しは格好が付かないわぁ・・・。
バイクは置いていけないわ。
「おじさん、わたし先に逝って本店の前で待っているわ。」出せた答えはこれが最良だと思えたの。

　で、先にエンジン掛けて、髪を束ねてヘルメットに入るようにしてから被って、グローブを填めて・・・、跨ってハンドルを握る。
「先に出るよ！そっちの方が早いだろうから・・・。」わたしがモタモタしている間におじさんのＣＲーＶは走り出していたの！
「気を付けて走れよぉ！」
「は〜い！」ヘルメットを被って大声出したら、頭まで響いたわ。
　もちろんだわ！・・・とうぜんよっ！・やっとおじさんに再会したのに。
　ここは六本木通りに背を向けて走り出すの。ここから六本木通りへ出ても右折出来ないんだもの。
　麻布トンネルの上に出て六本木通りに戻るのが早そうだもの。
「おじさんに置いて行かれた！」なんて思ったのに、麻布トンネルの上から六本木通りに出るまでに、脇をすり抜けたわたしの方が先に出ていたわ！・・・西麻布陸橋を通り抜ける頃には、おじさんのＣＲーＶはバックミラーには見えなくなっていました。
　ここからも問題、骨董通りへ曲がるか？真っ直ぐ行って咲きで曲がるかだわ。
　わたしは、東急プラザの手前を二段階右折して、本店通りへ左折するルートをチョイスしたの。
　青山通りとの合流付近がチョット混むけれど、その辺なら脇抜けが出来そうだし、骨董通りも好きだけど、青山通りに出るのに時間が掛かるから、同じ事なら、通り慣れている方が余計な神経を使わないで済むもの。

　まだ帰宅ラッシュには間がある時間帯のお陰で、わたしの予想通り、比較的スムーズに渋谷の駅前まで来られたわ。もう、駅前交差点を左に曲がって１０９の前から文化村通りへ入れば、本店に突き当たるまで２５０ｍよ。
　本店の前を左に曲がったところで、歩道に乗り上げて駐車よ。
　これで本店側に渡って待っていれば良いわ。

　おじさんが来るまで多くの時間は掛からなかったの。直ぐにおじさんのＣＲーＶが分かったから、大きく手を振ってあげたの。ウィンドウを開けて来たのかしら、車から腕が上がって振られるのが見えたわ。おじさんはこの三叉路の脇にあるネギボーズに駐車しました。
　・・・ＣＲーＶはタワー駐車場が預かってくれないから！

「お待たせ！」横断歩道を渡りながら手を振ってきたわ。
「早かったじゃない！・・・そんなに待ってないわよ。」本当に５分と待っていないの。
　わたしの方がスムースに走れたから、１５分から２０分は待たされる積もりでいたのに・・・。
　おじさんが渡り終わる前に右手を伸ばして、おじさんと手を繋いだの！
　良い歳して手を繋ぐ位、なんでもないと思っていたのに、一遍に嬉しくなっちゃった！
・この感覚は、男の人には分かって貰いにくい処だわ！
　直ぐ傍なのここからは・。・・・ホンの１５ｍ位・・・。
　こんなチョットの間のことが、とっても嬉しい出来事なんです。
　もちろん誰が相手でもって訳には行かないわ！・おじさんだからなんだけど・。

　このお店は良く来ていたの。ボーイさんやシェフや常連さんも顔見知り・・・。さっきのカフェでと立場が入れ替わるの！
「レイさんが男の人を連れて来るなんて、どういう風の吹き回し？」透き通った茶色の
アクリルドアーを押し開けると早速、顔見知りさんからお声が掛かったわ。
「チョットね！」ウィンクして遣ったの！・・・これで、ここの常連さん達は分かってくれるのよ。・・・二人の時間を持ちたかったから、知り合いの人達には、話に割り込んで欲しくなかったんだもの。
　だって、こう云うときの知り合いの話って、楽屋落ちになり易いのよ！・・・さっきのカフェでは、わたしが女性で新参だったから、常連の人達も何とか話を合わせようとしてくれたの。・ここでは女性のわたしが半分は常連の仲間だから、連れて来たおじさんを弾き出そうとする話しになるのよ。・そんなのは事前に防御策を出すに限るじゃない。

　普段滅多に座らないボックスへ陣取ったの。
　ホットベジのサラダとイカスミのスパゲッティーをさっさと平らげて、わたしは戦闘準備完了！？おじさんもリブステーキを美味しそうに食べ終わったところで、切り出したわ。
「おじさんの専門は女性写真だって云ってたわよね？」これは一年前に聞いたことだったわ。深くは聞かなかったんですけれど・、何か気に掛かっていたわ。
「前の時に云ったんだっけ？・最近はそっちの仕事は少ないとも云ったよね・。」
「ええ、覚えているわ。・でね、わたしっておじさんのモデル出来そうなの？」
「・・・そうだなぁ、・まだ良く分からないよ。・ビジュアル的には充分に合格。だけど演技力が分からないもの。」
「モデルに演技力・・・？」
「そうだよ。モデルって云うのは、一枚一枚のカットに物語を残せ泣けりゃならないんだからね。俳優さんは連続した時間の内に物語を作れば良いんだけれど、たった一枚の中で同じ事を表現するのがモデルなんだよ。」

「・・・この点で、本当にも出るって呼べるのは日本には数名だろうけどね。」
「俳優より難しいの？・・・だって、モデルから俳優になる人は多いけど、逆は少ないじゃない！・モデルさんは街でも勧誘してくるわよね？」
「女のカタログを作るなら、女の格好していれば良いからさ。」
「グラビアって、女のカタログなの？」
「そう思っているよ。」
「良く分からないわ。」
「シチュエーションにも物語が無いだろう？・レイさんの云っているモデルは、モデル自身が商品なんだ。・・そこに存在したってだけの。」
「じゃぁ、おじさんの云う、モデルさんってどういう人？」
「さっきも云ったように、一瞬の中に物語を凝縮して乗せられる人だな。・一枚の写真を見た人が、そのカットの前と後を想像できるように表現してくれる人だよ。」
「難しいじゃない！」
「そう思うよ。・ムービーと違って、時間の経過が無いからね。写真のモデルには・。良く云われるのが『決めポーズ』。あれを使ったら、カメラマンはシャッターを切ってくれる。・でもね、『決めポーズ』には、その次が無いんだよね。・・・そこで終わり！・だから、撮影会には良いけれど、何かを表現したくて選べるモデルさんではないんだ。」
「どうすれば良いの？」
「先ず教養をたっぷり積むことだね。・そして、本を読むこと。画面の大きさ、撮り方、シチュエーションで、演技の大きさを切り替えなければならないよ。たとえばね、舞台ではお客さんとの距離が出来るから、小さな演技では演技が理解され難い。テレビではアップが多用されるから表情に小さな演技も拾うことが出来る。テレビで舞台の演技をしたら、アップにされているだけに演技過剰になって演技とは呼べなくなってしまうんだよ。・・・だから、写真が実際に使われるサイズにまで気を使えなければ、本当の演技は出来ない事にもなるんだけどね。」
「ええっ！？・写真の大きさまで問題になるの？」
「本当ならね。・レイさん、テレビを見ていて役者さんが演技オーバーだな。って、感じたこと無い？・あれは打ち合わせ不足だと思うんだよ。・ロングで撮ると思っていたのに、アップで撮られちゃったんだと思うよ。・・・逆もあり得るんだろうけどね。」
「確かに・それは感じることがあるわ。」
「テレビは毎日追いまくられている。って云うから、そんな勘違いも少なくないんだと思うよ。」
　でも、プロってこんな処まで効果を考えているモノなの？・おじさんの話し方では、こんな処。って云うより、まだまだ初歩の初歩みたい？・おじさん色々考えているるんだろうけど、おじさんのモデルさんは、大変な気がしてきたわ。
　ここまで考えて写真を撮るおじさんが、なんで有名じゃぁないの？
　どんな世界でも大変だ。って事だけは良く分かったわ。でも、おじさんの事だもの、一つ一つハードルをクリアーして行くんでしょうね。
　おじさんの写真に掛ける情熱には頭が下がるわ。・そんな一生懸命なおじさん。あの時と変わらないで写真を一生懸命、撮っているのね！

　一年経っても全然変わらない感じに、おじさんをもっと、好きになってしまいました。
　一年、いいえ、おじさんはもっと長い間変わらないで、写真を追いかけていたんだわ！
　人は一年も会わないでいれば、多くの場合、様変わりしています。
　人の持つ雰囲気は、根本は変わらなくても、愛が絡んだ場合には、一年も持続しないのが普通ですから・・・。その間に何度もお会いしていれば違うのでしょうけど、一年ものブランクはそれほど大きいのです。

　わたしが再会出来たのは、偶然に入るのかしら・・・？
　多分、誰も認めてはくれないわね・。
　神頼みまで、しに来たんだもの。
　でももし、出会いの神様の分詞がここにあることを知らない侭だったら・？
　もし、あの神職さんがこのカフェのことを教えてくらなかったら・？
　もし、わたしが神頼みだけで帰ることにしていたら・？
　もし・・・・・？

　おじさんに再会出来たことで、わたしは神様の奇跡を信じ始めていました。
　だって、お願いして、こんなに直ぐに再会出来たんですよ！
「神様が応援してくださっている！」わたしにはそう思えたのです。
「再会出来ましたら、全身全霊を掛けて愛します！」神様には心で叫ぶ続けた言葉です。
　その祈り言葉の通りに、おじさんとの再会は嬉しく、直ぐにも密着したい思いでしたが、不安もあります。なんと云っても、１年以上も離れていたのです。たった二日に満たない程しか一緒にいなかったのに・・・。
　おじさんはわたしを、どの様に感じているのでしょうか・？

　名刺を置いていったのに連絡もしなかったから、「特別な感情は持ってはいない。」と、思っているのかしら？それとも、「名刺には気付かなかった。」とでも思っているのかしら？
　奥さんのいる方に連絡を取るのって、トンでもなく勇気が要るわ。・・・好意を持っている方だったら、尚更のことなの。
　・・・「電話なんかして、奥さんが出たらどうしよう！」・誰でも不安になるものよ。
　好きな人には安穏な生活を送って欲しいわ。
　わたしと奥さんが話したりして、わたしを奥さんが疑ったりしたら・・・。好きな人にそんな思いはさせたくないわ！

「ねぇ！携帯を教えてっ。」
「０９０−８×××ー××××・・・。」
　間髪を入れずに教えてくれたの。・直ぐにわたしの携帯でその番号を打ち込んだわ。
「タンタタタンタタ、タンタタタタンタン・・・」おじさんの胸から電話を呼び出すリ
ズムが。
「出ないで良いのよ！番号通知にしてあるから、わたしの番号が入っているはずよ。」
「どれどれ？。・・・この番号を登録しておけば良いんだな！・・・レ・イ・ちゃ・ん・と！」おじさんは遣っていることを口に出して確認しているみたいに感じたわ。・歳を
取った人達が良く遣ること・。
「ヤダァ！・おじさんお年寄りみたい！」可笑しくって吹き出すように云ったの。
「えっ！なにが？」
「遣ってることを口に出す事よぉ。・遣ってることを口に出すのって、お年寄りのお得意なのよ！・おじさん、そこまでの歳じゃぁないでしょう。」クスクス笑いが込み上げて来るのを抑えるのが大変だわ。
　おじさんにもわたしが笑いを抑えていることが分かったみたい。
　そりゃあそうよね！わたしの笑い方は、チョット開けっ広げ過ぎたもの！
「そうなのかなぁ・？・わたしは中学生の頃には時々手順を云っていた気がするけどなぁ。田舎者かも知れないけどな！・・・模型を作っていた頃に、削りすぎないように数字を繰り返して云ってたから、そんなのが癖になったのかも知れないなぁ？」
「そう・・・。」模型のことなんか分からないもの！・学生時代に模型に夢中の男友達がいたけど、その人の夢中になった模型話の話し方には辟易したものだったの。
　だってぇ、そんなに模型の元が素晴らしいなら、模型ではなく実物に夢中になるものだと、わたしは思うんだもの。