２８

　ダイニングテーブルには、大きなグラスボウルにもられたサラダを中心にそれぞれ２枚ずつのお取り皿、コーンポタージュのスープボウルを並べました。
　真っ白で金の濃淡のラウンドラインがあるだけのシンプルなお皿が揃っていたんです。
　チグハグな飾り柄だらけのそれぞれが自己主張してしまう、わたしのテーブルとは大分雰囲気も違います・。統一感があるだけで食卓もピシッとした雰囲気が生まれるのだと認識させられました。
　奥さんの趣味だと云う大きなオーブンで焼き上げた、ローストビーフをスライスに切り分けて、おじさんと奥様の前に順番に置いて、自分のスライスした分をお皿に載せたとき、おじさんがわたしを見詰めている事に気が付きました。
「さっき聞いた事だけど、・いつからレイちゃん、家に来てるの？」
　おじさんとしては、わたしと奥様の打ち解け切ったかのような、結託したかのような雰囲気に、あからさまな怪訝を示していました。
　でも奥様は、両眼を細めた上で、チョット長目のウィンクして来たのです。応えようとしたわたしを、目配せで止めたのです・。
　後から考えてみれば分かり難い仕草の筈ですが、全身の雰囲気なのでしょうか？・・・その時のわたしには、明確に伝わって来ていました。

　わたしの唇が動き掛かって止まったのを、見逃すようなおじさんじゃぁなかったの・。
　奥さんの方を見直してたわ。
　でも奥さんが口を開く方が先だった・。
　「で、・良い画が撮れましたか？」奥さんがニコニコして、テーブル中央のローストビーフを取り分けながらおじさんに聞き返しました・。
　これは当然、おじさんの問いかけをはぐらかす為です。

　おじさんは写真の事となると直ぐに夢中になってしまいますから、可成り効果的でしたね。
「今回はロケハンだから、良い画も悪い画も無いよ。・いく前に云っただろう？」
「それでも景色は撮って来られたのですわよねぇ？」
「そりゃそうさ！・ロケハンで撮った写真で、スタッフ達と意匠を合わせるんだから・。」
おじさんの顔には『いつもの事なのに・？』との思いが映し出されていました。
「どこへ行ってたの？」
「渓流探しさ！・・・東北方面だったけど、この季節じゃぁ水が冷たすぎるねぇ・。」
「ナァんだ！・ヌード用？・」
「何でヌードだって！？」
「やだぁ！・水が冷たいって云ったじゃない！・連想出来たのはヌード・・・よ。」
「・・・だいたい『ナァんだ！』ってなんだよ！・・・・」
　おじさんは、『ヌード』を軽く見られた気でもしたんでしょう？・チョットむくれた演出で応酬して来ました。
　おじさんは、良くヌードを撮るらしいんですもの・。
　一生懸命口説き落とすんでしょうね・？・・・女優さんやタレントさん達を・。
　もっともその全てをおじさんが口説く訳ではないのでしょうけれど・。
　だけどナチュラル・フィーリングのヌードって、あまり見た覚えがありませんもの。
　ヌードって云うとテンメイさんが取ったような、男性向け慰みものゝイメージの方が強いんですもの！
　もちろん、それだけではない事位は承知していますけれど、生身の女性のヌードって、どうしてもそのイメージが付きまといます。
　まぁ、それも男性としては自然な欲求なのでしょうけれど・、女性としての眼で見ると、嫌らしさだけしか見えません。

　だって、わたしが自然に裸になる時を考えてみれば、お風呂に入る時と下着を着替える時・・・・。その位しか無いわっ！
　普通の女性はそんなものだと思っているんですもの。
　この国の中では、どんなに山の中に入ったって、見張りでも立てていなければ、誰かに覗かれる可能性は常にありますよ！
　そんな中で全裸になって『水浴びだから自然だ！』と言い張るのは、何か陳腐な理屈付けにしか思えません。

　自然と云うならば着衣の方が正しい筈です。
　単なるウェアーでもそのコーディネートにはその人の趣味とか人間性も現れて来るものですし・、その時その時のお会いする、相手の方への想いのあり方だって表現されている筈ですから・。
　そこで、おじさんに云いました。
『あら、おじさんは何処ででも簡単に全裸になる女性がお好みなの？』って・・・。
　おじさんは聞こえない振りで、やり過ごしてしまいました・。

　ヌードに付いてはこれ以上云うと、険悪な雰囲気になるのが眼に見えていますから、おじさんのやり過ごしは懸命だったとも思えます・？
『親しき仲にも礼儀あり』の故事は良く云ったものだと思ったわぁ！
　その後のお食事だって、一人で食べていた味気なさとは、ひと味もふた味も違います。
　ヌードでは意見が違う事を悟ったおじさんは、ヌードに触れそうな話はしなくなって、ペーソスの効いた軽口が・、奥さんの社会情勢、政治批判が・、わたしの世界を拡げてくれます。
　こう云う雰囲気、仕事仲間や若い人達との雰囲気とも大きく違います。
　安心感が全然違うんですもの！
　心の安寧と云いますか、平和な家族の団欒の雰囲気を呈していました。

『ねぇおじさん！』チョット甘ったるい声を出して呼掛けました。
『えっ・？・・・なんだぃ？』
　わたしの甘えるような声で、明らかに動揺した返事でした。
「きょうねぇ・、奥様に『一緒に暮らさない？』って、聞かれたのよぉ・。
『！！・・・・』おじさんは何かを云おうとはしたのでしょうけれど、言葉は話さずにただ奥様を見ていました・。
　奥様も声を出さずにおじさんと視線を絡めただけで、ポタージュを啜りました・。

　それだけでおじさんは全てを承知したようなのです・？
　夫婦生活が長いと、こんなに相手の意図が分かるものなのでしょうか？
　実際のところ、わたしにはまだ、奥様の本当の心は分かっていませんでしたし、昼間聞かされた同居のお話が本心なのかどうかさえ、理解に苦しんでいたのです・。

　もし同居したとして、わたしとおじさんがこの家の中でセックスはし難いじゃぁないですか。・今までのわたしのアパートだって安普請ですから、たまに他の部屋からむつみ声が聞こえて来た事がありましたので、おじさんとしている時にもわたしが声を出せば、他の部屋の人達に聞かれる危険性は常にあるのです・。大きな音を立てるような事は出来ませんでしたけれど、全ての部屋は一応、別戸ですからねぇ・。
　
　一つ屋根の下に奥さんと愛人が同居しているってどうなんでしょうねぇ・？
　男の人には二人が仲良く出来れば都合が良いのでしょうけれど、普通は奥様が我慢出来ないだろうと思うのです・。
　それなのにこの事を言い出したのが奥様・。
　あまつさえ、わたしを確かめるようにレズまで・・・？
　おじさんが帰って来てくれたので、心の中の、いつ奥様が豹変するのかと云う恐れが、少しだけ落ち着いたような気がします・。

　何は兎もあれ、ここはおじさんがどう考えるかです。
　わたしの眼と耳は、おじさんに吸い付けられています。

　でもおじさんは、屈託なくお食事を続ける奥さんを見ているだけなんです・。
　お箸を握った手は空中に留まったままです・。
　このダイニングで動きが見られるのは奥様だけ・・・。
　異様な雰囲気が漂っていました・。

｢あらっ！・どうなさったの？・｣
　屈託の無い言い方の奥様の一言で、重苦しさが一掃されました。
「どうした？じゃぁないよ！・・・どうしてレイちゃんを？・・・」
「良いじゃない！・レイさんって、素敵なお嬢さんだわ！」
「・・・そんな事云ったって・・・世間様の事だって・・・」
「あなたっ！・『婦人科カメラマンは浮いた話が付きまとって一人前！』って、世間様は思っているわよぉ！・・・」
「だから私生活は・・・」
「わたしはね、あなたに何でもトップに立って欲しいの。・なかなか野立ってくれないんですもの！・レイさんにご協力をお願いしましたの。」
　おじさんが云い掛かった処に奥さんが被せて話し出しました・。
「わたしには、あなたの意欲を高めようとする力が無くなりそうなの。・・・自分には出来ない事が必要とされる・。遣って上げたくても出来ないんですもの。・妻としては遣る瀬ないのよ。・・・・勝手な考え方だって分かっているわ！・・・そぉして、・わたしと同じ様にあなたを高めようとする人が居たら、その人はわたしに取っては家族と同じなのよ！」
　奥さんは、自分の心の中を確かめながら強い意識を押し出していました・。

　そんな奥様のきっぱりとした言い切りが、わたしには分かっていてもショックなんです・。
　カルチャーショックどころではないんですよ！
　奥さんに初めてお会いした日に『一緒に暮らさない？』と聞かれていましたから・。
　でも、周り中の人達の、いいえ、今の時代に生きている人々殆どの、常識から懸け離れているんですもの。公序良俗と云われる常識には真っ向から反対向きです！
　政治家やタレント、有名人なら、マスコミが大好きなスキャンダルを作るのに等しいでしょう？・おじさんだってカメラマンとしてソコソコ名前を知られているんです。
　カメラマンだって、ソコソコ名前を知られていれば、スキャンダルの種になりますからねぇ・・・。

　社会の荒波を乗り切って幾つもの会社を導く奥さんが、こんな社会通念に反する大問題を避けて通れると思っている筈も無いんです。
　それでもこんなアイディアを実行しようとするからには、余程切羽詰まった事情があると見なければならないでしょう・。

　おじさんの戸惑う気持ちは手に取る様に良く分かります。
　そりゃぁ、おじさんと一つ屋根の下で暮らせるのは嬉しいんだけど、奥さんも一緒なのよ。・おじさんはどう答えるんだろう？

　わたしは一応、愛人みたいな関係でしょう・。この国の考え方だって、同居なんて普通は認めないんじゃぁない！・答え方にも慎重な心遣いが必要でしょう？
　だけど、おじさんにはそんな重苦しい所が感じられません！
　おじさんの虚勢なのかしら？・それとも、何か考えがあるの？
　わたしは、何も言えない立場に追い込まれた気がしていました・。

『いつ、そんなアイディアを出したの？』割と落ち着いた聞き方でした・。
　おじさんが気にしたのは、どの位の相談期間があったのかでしょう？・わたしとの・。

『・それは、始めてお会いした時からよ・ねぇ？』奥さんの眼には、あの悪戯っぽさが輝いています・。
『ねぇ？』って・、わたしに振るつもり？・
　奥さんは一人で考えたことではなく、二人で相談したことにしたいのだわ！？
『わたしは・・・・』
　まとまっていない考えを云い掛けた処に、奥さんは重ねて話し出しました・。
『レイさんだってお一人のお暮らしでは、ロスが多すぎると思いますのよ。・宅で一緒にいらしたら、お互いに補完し合えるのじゃぁなくって？』
　いかにも『良いアイディアでしょう！』と、同居を迫って来ている感じを受けました。
『・・・・・。』とっても何かを言い出せるような、奥さんの勢いではなかったのです。
『いつ頃・移って来られます？・レイさん。』
　奥さんの嬉しそうな話し方・既にわたしの引っ越しは、既成事実となっているようなんです！
　ビックリですよぉ！・まだそんなお返事をした覚えはありませんもの！
　でもこの家にいたら、毎日おじさんと会うことは出来るかも知れませんよねぇ・。
　朝の挨拶を交わすわたしとおじさんのイメージが頭を掠めて行きました・。
　それはとっても魅力的なんです！
　朝起きても挨拶する相手がいない生活が長かったわたし・。そのイメージだけでも奥さんのアイディアは輝いたものに感じてしまいます・。
　だって、わたしがおじさんを愛していることは、奥さんだってご存知なんです。・ご主人を愛する人と一緒に暮らすと云うのは、わたしの常識の中では考えられるものではありませんでしたもの・。
　最初に云われた時から、心に伸し掛かった思い問題でした。

『いつって云われても・・・、ほんとうにお世話になっても良いものですかどうか・？』
　それは、ボソボソと呟く様にしか、言う事の出来ない言葉でした・。
『ほらっ！・レイさんはご承知でしょっ！』奥さんは待ち構えていた言葉・・・。
　わたしには魔界からの通告にさえ聞こえます・。
『・ほらっ！じゃぁないよ！・・・レイさんはまだ迷っているじゃぁないか。・みんなそれぞれの世界を持っているんだから、お前の意見だけの押し付けはいけないよ。・・・』
　おじさんも何処か、まだ納得はできない思いを持っている気がします・。
『あら、押し付けなんてしていませんわよぉ！・・・「ああして、こうして！」・なんてレイさんに云っていませんもの！・・お願いもしていなくってよっ！・・・』
　言葉に現れたのはそうなんですけど、『いや！』と云える雰囲気ではなかったんですもの。
　わたしはこの場に波を立てない話し方が出来る自信がありません・。
　迂闊な話を出したら、お二人の言い争いになりそうな気がしました・。
　お二人ともわたしを味方にしたいのです。・わたしがこのお宅に住むかどうかの問題でなんですよ・！

　奥さんほんとうはどう思っているんだろう？
　わたしがこのお宅に住むことになったら、・・・・奥さんが出掛けて、わたしとおじさんがこの家にいたら・・・・
　おじさんと裸で抱き合っている姿が浮かんで来ました・・・

　かまわないの？
　気にならないの？
　わたしの喘いでいる姿がイメージに・・・・
　自分の喘いでいる姿・、それは見られたものではありません。・・・わたしが自身で見てしまったら、淫らで恥ずかしくって・、とっても、第三者として見ることも出来るものではありません！

　奥さんだってそんな事はご承知でしょうに・・・？
　おじさんだって、それが分かっている筈です・。
　いいえ、おじさんの立場だって奥さんに見られ乍らなんて、気持ちから萎えちゃうんじゃぁないかしら？・・・
　奥さんに満足に相談もしない内に、わたし・・・、奥さんに押し切られそう・。
　お食事の間も、わたしの頭からこれ等の問題が離れる事はありませんでした。

　そして、奥さんもおじさんも、口を閉ざしてしまいました。
　黙って黙々とお食事です・。
　お互いがお互いの心内を計っているのです・。
　サラダとスープは既にカラ・、メインディッシュももう直ぐ食べ終わってしまいそうな時、わたしが難しい顔でもしていたのでしょう？
　おじさんがわたしの気を逸らす様に
「レイちゃんは今日はどうするの？・泊まって行くかい？」
　それは少しカラカウ様な、茶目っ気を出したような、極力軽く、『出来たら笑い飛ばして欲しい』様な、話し方でした・。
　昼間奥さんと一戦交え、数回は達してしまって、気怠さが抜けてはいませんでしたから、おじさんと今晩は、まるで考えられていませんでした。

　おじさんがからかう様な言い方をした事で、奥さんの眼が真剣な色を浮かべました。
「もちろんお泊まり頂くつもりでしたのよ。・・・新しいオネマも用意してあってよ！」嬉しそうな声で奥さんが応えます。
「えっ！・・・わたし、・そんな積もりはぁ・・・」
　ええ、泊まるつもりなんて全くありませんでした・。
　泊まるとなれば、色々次の日の準備が必要なんです。
　それが女性でしょう。
　奥さんほどの方なら、そんな事はお分かりでしょうに・？

「たぶん大丈夫だと思いますわよ！・参香堂の化粧品をお使いでしょう？・レネロフェのファンデーションなら、着替えも出来ますわよねぇ？・・・参香堂の取扱店って少ないのねぇ！」
　な、・なんでそんな事まで分かっていらっしゃるの！？
　口から飛び出して行きそうな台詞でした・。１、２回お会いしただけ・・・それで化粧品もアンダーウェア?まで見抜かれていたの？！

　普通の人にそんな事が出来る筈はありません！
　昼の、肌を合わせた時に感じた女神ヘラ・・・・。
　あの時のイメージが蘇って来ます。

　始めて、いえ今日何度目かの、感じた恐ろしさ。
　・・・・畏怖というものを実感してしまいました・。
　今、目の前にいらっしゃる奥様には、優雅な優しさだけで、恐ろしいイメージは全くありません・。
　それでも、いつかあのイメージが奥様と重なると思い出したら、・とても気が気ではなくなり出しました・。
　今の奥様のイメージと女神ヘラのイメージとの重なり・・・。
　わたしは女神様に合格点を頂けたのでしょうか？
　未だに女神様の恐ろしさを体現していないと云う事は、なんとか及第点は頂けたのでしょうか？

「どうしたんだい？・急に黙っちゃって・？」
　それはおじさんの問い掛けでした・。
「えっ・？・・・アッ、チョット思い出しちゃって・！」意識が飛んでいた様な気がします。
　今目の前に広がる、食卓を囲んでいる、目に見えている光景が現実でしょう？


　椅子に座っていながら空中に浮かんでいる感覚・・・。
　ここにいながら他所から、いまここを覗いている様な感覚・・・。
　そんな感覚もあるんです・。

　不思議な感覚と云う以外の表現が出来ないんです・。
　食卓を囲んでいるわたしは暖かみを感じ、第三者的に見ているようなわたしは、反対に寒くさえ感じているような・・・？
　その二つの、相反した状態と感覚を、同時に感じているんです・。
　何とも云い様の無い感覚でした。

　それは奥様を持つおじさんと関係を保っておき乍ら、奥様とも関係が出来てしまった。・今のわたしを、明確な形で表されたかのような気さえしました・。
　奥様の手料理、この上なく美味しいのに、この食卓の居心地の悪さ・・・・。
　わたしは当然伝えようも無く、奥様もおじさんにはまだ伝えるチャンスは無かったでしょう、今日の午後の行為・・・。
　おじさんはハッキリと知っている気がするのです・。
　あんな神掛かったレズの経験はありませんでした・。わたしのレズなんて真似事以上の物ではありませんでしたし、始めて肌を重ねた女性とエクスタシーまでなんて・・・！
　女学校の頃の悪戯のようなレズしか経験はありませんでしたし、時々奥様に重なって見えた女神ヘラ・・・・。

　このテーブルの３人はお互いに肌を合わせているのです。
　おじさんと奥様は婚姻関係ですから良しとしても、わたしは余計者なのではないか？と思う心がわたしを縛り付けて来ます・。