２

「どういうことなの…？」
　真夜の中で胸騒ぎの鼓動が高鳴った。まったく知らない顔だ。だが、自分は鮮明に覚えている。間違いなく、昨夜の夢に出てきた、自分を手にかけていた男なのだ。

（でも、わたしには関係ないわ。いま、ここでこうして目覚めたんだもの）
　家で眠り、家で目覚めた。これは間違いなく事実だった。いくら町内といえども、自分の覚えもなく男一人を干上がらせるなど、無理に決まっている。

　登校時刻になり、真夜はあわただしく家を飛び出した。いつのまにか時間が迫っていたのである。

　いつも通りに下校時刻となり、いつも通りの帰宅。真夜はなんとなくほっとした。まだ何か起こるかもしれない、と思ったのだ。
　今度は歩道橋を通らず、別の道を帰ってきた。やはり、無傷だったとはいえ事故があった場所を通りたくはなかった。
　ドアを開けて家の中に入り、電気を点ける。
「…あれ？」
　目に飛び込んできたのは、ゲタ箱の上に置かれた一冊の本だった。
　あの本だ。
「こんなところに置いていったのかしら？確か、机の上においたと思ったんだけど」
　不思議に思いながらも手にとって、なんとなく開いてみる。

（相変わらず、目を通しているだけでアタマが痛くなるような内容ね）
　率直な感想がそれだった。浮世離れしているというか、現実味がないというか。そもそも、『悪魔召喚』だの、『半悪魔』だのかかれていても、ピンとこないのは当然だった。

　それよりも、全然見たことがない文字であるにもかかわらず、なぜ自分が読むことができるのか。
　そのほうが気になって仕方がなかった。

（こんなものを読んだから、あんな夢を見たんだわ！）
　真夜は勝手にそう決め付けて本を閉じた。

　ところが、悪夢はそれだけでは終わらなかった。
　今度は、より鮮明に真夜の前に現れたのである。

　夢の中で、自分は恍惚の表情を浮かべて男と交わっていた。
　先日とは違う男だった。

　彼女自身は、自分が犯されるのを遠くから見ているしかなかった。近くに寄りたくもなかったし、寄ったところで何ができるわけでもなかっただろう。

　貫かれている雌蘂から、白いものが溢れた。おそらく、中に出したのだろう。
　見ていられなくなり、真夜は顔を覆おうとするのだが、それができなかった。
『あああぁぁーーーっ！』
　目の前で悲鳴を上げる女性は、紛れもなく自分自身で、そして自分自身の声だった。
　だが、それ以上に恐ろしい光景が、真夜の前に広がった。

『…貴女のおかげで、楽しませていただいているわ』
　中に出され果てたはずの自分が、こちらを向いて言ったのである。
（…え？）
　一瞬、誰に言ったのかが分からなかった。だが、間違いなく、夢の中で自分を眺めている『自分』に言ったようだった。
『今日の分は、これで終わり。貴女も、十分楽しんだでしょう？現実の世界で』
　そう言うと、もう一人の真夜は掻き消えてしまった。

　後に残されたのは、いまだ夢から覚めぬ自分と、先ほどまでもう一人の真夜を犯していた男だけだった。

「きゃあぁぁぁっ！」
　目を移した途端、声にならない悲鳴が真夜の中からこみ上げた。
　男の顔が、まるで一瞬でミイラになったかのように、骨と皮だけになっていたのである。
（こ、これが、これがあの事件の真相だっていうの？）

『そうよ。みんなわたしが…いいえ、『貴女』がやったことなの』
「なんで、わたしを利用するの？」
　震える声で、響く声に聞き返した。が、『自分の声』は不適に笑いながらこう言う。
『あの事故から守ってあげたんだもの。貴女の命を半分もらうのは、報酬として当然だと思わない？』
「わ、わたしの命…？あの事故…？」
　そう言われて、真夜は歩道橋から落ちた事故を思い出した。ということは…。
『本来なら即死していた貴女を、わたしは助けたの。だから、報酬として貴女の体を自由にする権利を頂いたわ。それだけのことじゃない？』
「勝手なことを言わないで！わたしの体を使うだなんて！」
『でも、現実世界の貴女はそれで満足しているようよ？さっきの光景を見ながら、何をしていたか分かるかしら？』
　もう一人の自分の声が小さくなる。
　昨日目覚めた時、真夜は…。
『ともかく、貴女とわたしは共生関係。これから仲良くやりましょう。『学校』とやらにいい男がいるようなら紹介してね。いい関係にしてあげるわ』
「何なの、あなたは！」
「…分かるでしょう？あの本を読んでいるんだから」
　ふふっ、と笑い声が聞こえ、真夜の意識が遠のいた。

「あっ、あっ、あっ…」
　夢から覚めたとき、真夜はやはり自分を慰めていた。無意識的にやったのか、『もう一人の真夜』がやらせたのかは分からない。が、今度は昨日と違っていた。
　止められそうにないのだ。体が火照ってしまい、下着の中で、雌蘂が濡れそぼってしまっていた。
　快感と絶頂を求め、真夜は自ら指を激しく動かしていた。
「ああっ、わたし、何をしているの…ああぁ、あぁっ…！」
　体の底の底から快感がつきぬけ、真夜は大きくのけぞっていた。