５

「私立探偵さんが、わたしに何の用で…？」
　なんとなく不安になりながら聞き返すと、氷室と名乗った男が口を開いた。
「実はですね。ここ最近この周辺を騒がせている『人間がミイラになって発見される』事件について、とある人物から依頼を受けて調査しておりまして」
　その犯人がどこにいるか話したら、この人は驚くだろうか、それとも真夜のことを『頭がおかしい』とでも思うだろうか？
「それでまぁ、あなたが『何らかの形で』関係しているのでは、と思いまして」
（はっきりという人ね）
　第一印象はそれだった。警察とか探偵とかというものは、もう少し真意を隠すものだと思っていたのである。ところが、目の前の氷室は『あなたを疑っているんですよ』と言ったも同じなのだ。
「いいえ、あなたを疑っているのではなく、『あなたに関わっている何か』と疑っているわけですが…」
（嘘、この人、わたしの存在に気付いてる…？）
『夢魔』が声をかけてきた。
「なにしろ、突拍子もない話なので、警察ではなくある程度自由な捜査ができ、頭の固い考えに囚われない人間がことに当たる必要があるのでは、と。もっとも、私に依頼を持ってきたのは警察の人間ですがね」
　警察は表、探偵は裏、といったところだろうか？だとしたら、この男は警察に信頼されていることになる。もちろん、本当であればだが。
「あなたが持っている、一冊の本を私に見せていただけますか？」
　ピンときた。『Ｄｅｍｏｎｏｐｈｏｂｉａ』だろう。

　ヘンに疑われるのもイヤなので、真夜はすぐに持ってきて渡した。もともと薄気味の悪い本ではあるし、住み着いていた夢魔はもうこの中にはいないのだ。渡してしまっても問題はないだろう。
　正直、棄てるにも困っていたのである。

　礼を言って男が帰ったあと、真夜は思索に耽っていた。どうも色々なことが怒りすぎていて、頭が混乱しそうだったのだ。ミイラとなって発見された男、歩道橋から落ちて死んでいたはずの自分、そして脩平との一件。

（…ねぇ、あなたのこと、なんて呼べばいい？『夢魔』じゃ失礼でしょう？）
『好きなように呼んで。もともとわたしに名前なんてないもの』
「そうね…だったら、わたしが真夜だから、『魅夜』というのはどう？」

「あっ、ああっ、ああ〜〜っ、あぁぁっ！」
　ずっ、ずずっ、と激しい音を立てながら、男は真夜の雌蘂を貪る。太腿を押さえつけ、抵抗も身動きもできないように、またよく見えるようにしておいて、舌での刺激を繰り返す。
「ひっ、あっ、そ、そこ…そこ、すごい…！」
「魅夜、綺麗だよ。すごく、綺麗だ」
　『男』が誰なのかはよく分からないが、自分ではなく魅夜の名前を呼んでいる。ということは、おそらく魅夜が誰か知らない男に見せている夢の中での出来事なのだろうか。
　とはいえ、魅夜が見せる夢は普通の夢とは違い、性交の快感すらもそのまま真夜に伝えてくる。交わっているのは魅夜だというのに。
　やがて男の指が乳房に伸び、ゆっくりともみほぐしてくる。その間、大きく広げられた足の間には堅いものが押し当てられ、愛液で湿らせるかのようにいったりきたりなぞっていく。
　目を閉じて快感を訴えている魅夜。
「くぅっ！」
　じゅぷっ、と愛液と堅いそれが擦れる音がして、男と女は一つになった。あっという間に根元までくわえ込まれ、真夜が大きくのけぞった。
「あああぁっ！」
　突如、魅夜がすごい声を上げた。が、絶頂の声ではない。
「熱いッ！熱いのッ！」
「ご、ごめん、すごく締め付けがすごくって、つい…」
　挿入の際に思わず出してしまったらしい。
（だらしないわね…！）
　魅夜の感情がダイレクトに伝わってくる。それでも、魅夜は男のそれが引き抜かれると自分から精液のついたそれを口に含み、丁寧に舐めとっていく。少しずつ大きくなっていくにつれ、少しずつ激しく、やがて音を立てながら、もっと奥まで含んで…。
「んんっ！」
　男が魅夜の頭を両手で抱え込んだ。奥まで含まれたそれが波打ち、生臭い精液を喉の奥まで流し込んでいく。
「ん…」
　口元を拭った魅夜は、仰向けにベッドに寝転がると、自ら足を広げて迎え入れる体制をとった。
　外見が自分と同じだけに、また夢だと分かっていても、複雑な気分だった。まるで自分の本性であるような気がしてならないのだ。
　自分は脩平と交わったのが初体験だった。が、魅夜はなんのためらいもなく男に体を与え、そして男のそれをくわえ、また足を開いて誘っている。
　そして、真夜もまた、魅夜のせいで（夢の中とはいえ）伝わってくる快感を我慢できていないのだ。
　肉でできた棒が再び雌蘂にくわえ込まれた。今度は我慢できたらしく、ようやく男が腰をつきいれはじめた。
「あっ、あっ、そう、その調子…」
「うっ、気持ちいい…っ！」
　腰を両手で支え、激しく打ち付ける。前のめりになって顔を乳房に近づけ、魅夜の乳首を口に含み舐る。
「あーーっ！」
　あらぬ快感に、真夜が声を上げた。他人のせいで自分も感じるというのは迷惑なものである。時折、ここで交接しているのが魅夜なのか自分なのか分からなくなるほどだった。
「そう、そうよ！もっと、もっとお願い！ああっ！」
　熱っぽい声を振りまき、体中から色気を放出しながら、魅夜は男に快感を求めた。
「ああ、いいわ、もう、我慢できそうにないの…！」
　今度は魅夜が快感の声を上げる番だった。
「で、出るッ！出るよ！」
「いいわ、出して！何度でも受け止めてあげる！飲み込んであげるからッ！」
　魅夜の言葉が終わるか終わらないかのうちに、男が限界に達した。
「あ、ああああぁぁっ！」
　それにあわせて魅夜が大きくのけぞった。二人して絶頂に達したのだ。

「……」
　目を覚ますと、思ったとおり、真夜は自分の足の間に手を突っ込んでいた。魅夜が自分の体の中に入ってから、いつもこうである。いくら魅夜が夢魔とはいえ、そして自分の半分の命とはいえ、年中これでは疲れてしまう。
『仕方ないでしょ。真夜が三食ご飯食べるのと同じで、わたしは『性的快感と男の生気』がご飯なんだから。それにあなたはわたしの半身なの。わたしのライフサイクルの半分には則ってもらわないと』
　言われてみればそうだ。一方的にそうなったものの、真夜の半分は夢魔だ、ということになるのである。いわば、『ナイトメアハーフ』といったところだろうか？
『それにね、とりあえずあなたが半身になっているおかげで、わたしはいつもの半分ほどの快感と生気で満足できるわ。普通なら相手がミイラになるくらいまで吸い尽くさないと満たされないんだけど』
（それで、一人ずつ死者が出ていたのね）
　本来なら殺人事件だが、夢の中で殺された、とは警察も思わないだろうし、つい先日まで生きていた人間がいきなりミイラになって発見されるような死に方自体現実味がない。
『でも、貴女にとってはデメリットもあるわよ。普通にご飯食べただけじゃ満たされないわけよ』
「ちょっと待って、それって…」
『まぁ、これから毎日あ〜いう夢を見ることになるけど、あなた自身の生きる糧の半分を占めているわけだから了解しておいてね』
　あからさまに『げぇっ』という顔をする真夜だった。

　その日遅刻ギリギリになって学校に到着した真夜は、魅夜に『話かけないでね』と釘をさしておいてから、落ち着かない風体で授業を受けた。
『じゃ、明日の夜にエッチな夢を見てもらう男の子を物色しておこうかしら』
（勘弁してよ！わたしの品性が疑われたらどうするのよ！）
『一学年上とか下なら構わないでしょ？』
（ダメ！）

　なぜかぐったりとした状態で屋上に上り、昼食となる。なんとなく教室にいづらかったのである。
ヘタをすると、魅夜に体を乗っ取られて男子に飛び掛りかねない気がするのだ。
　今は共生だが、魅夜は夢魔なのだ。
『う〜ん、夢魔やってたころはなんで、人間は食事するんだろ、って考えてたけど、なかなか美味いものじゃないの』
　『半身』である魅夜が真夜の弁当を誉める。
「そりゃ、毎日作っていればいやでもね」
　一人暮らしは容易というものではない。まだ真夜が幼い頃両親が事故で亡くなったとき、自分を引き取ってくれたのは、八坂脩平の両親である。その後中学に進み、それまで兄妹のようだった二人は、互いに男女を意識するようになり、自然と離れた。
　真夜が一人暮らしを選んだのである。もちろん、だからといって脩平に対してヘンに他人行儀になることはないし、脩平だって同じだろう。
「さて、そろそろ戻るわね」
『ここからだと一階の教室まで結構歩くのね』
　立ち上がった真夜に、魅夜が語りかける。
「そうね。屋上に上れるのはこっちの校舎だけなのよ」
『じゃ、近道しましょうか、一階まで』
「え？」
　魅夜の声と同時に、背中がどん、と押された。体が押された先には、床も地面もない、虚空のまっただなかだった。
「わあああぁっ！人が落ちたぞ！」
　誰かの声がした。スカートがひらりと風に煽られる。
『頑張ってね』
「ひいいいぃぃッ！」
　わけもわからずに空に放りだされたはずの真夜が、空中で体を反転させ、校舎の壁を鮮やかに蹴る。落下の衝撃が和らげられたのを確認してから、華麗にストン、と地面に降り立った。
『ご覧の通り、普通の人の数百倍の運動能力を持つこともできるわけね』
「…なるべくなら、もうやりたくないわ！」
　四階建ての建物の屋上から飛び降りて何事もなかったかのように歩き出す真夜。今までは『ただ単に話し掛けてくるだけの存在』というところが大きかったものの、今度の件では『自分が人間から離れた』ことを如実に指し示されたのだ。
「・・・・あのさ、君」
「はい？」
　どうやら瞬間を見ていたらしかった男子生徒が駆け寄ってきて、真夜に言った。
「足、大丈夫？あの高さから落ちたのに・・・」
「・・・えーと、わたし、高いところから落ちるのによほど縁があるみたいで…」
　苦し紛れに言ったものの、人間業ではないことは明白だった。それよりも、『他人に見られていた』ことが少なからずショックだった。
『これは、スカートの中身も容赦なく見られたわね。ご愁傷様』
　魅夜の言いぶりに、真夜は大きくため息をつくのだった。