７．

『四人目のミイラは、○○○町の女性！』
　翌朝飛び込んできたニュースはそれだった。危うく飲もうとして口に含んだばかりの牛乳を噴出しそうになりながら、真夜は横目でテレビを見つめる。テレビの中では、偉そうな中年男性が事件のことについて根拠のなさそうなことを述べていた。
『魅夜、あなたがやったの？』
　さっそく、真夜は魅夜に問い掛けた。が、魅夜のほうは
『わたしは『サキュバス』に値する夢魔よ？なんで女から生気吸わなきゃならないのよ』
　と、もっともな返事をしてきた。
「でも、あれって、あなたと同じことやってるわよね」
『そうね。…もしかしたら、『インキュバス』に相当する『誰か』がこの町にいるのかもしれないわ。そうなると、厄介かもね』
「男の夢魔がいるのは知っているけど、やっぱり、わたしたちみたいに誰かの命をもらっていたり、取りついていたりするわけ？」
　トーストを口にくわえて、念じるように話し掛ける。これも、もう慣れたものだ。
「まさか。わたしたちのほうが特例なのよ？本来、夢魔というのは人の夢の中に出てきて、エッチな夢を見せて自分と交わり、生気を奪うことで生きる糧をえる、一種の『悪魔』。人間に取り付くこ
とにメリットなんかあるものですか」
　そういえばその通りだ。今の魅夜は、真夜なしでは生きていけない体だ。母体に縛られる生活を望む夢魔などどこにいるだろうか？
「じゃあ、やっぱり男の夢魔がこの町のどこかにいて、悪事の限りを尽くそうとしている、ということ？」
『待ってよ。悪事の限りはないでしょう。前にも言ったけど、わたしたち夢魔はそうやって糧を得るものなのよ。あなたたちだって、牛や豚を殺して肉を得るでしょう。それと同じよ。人間か牛豚かの違いだけでしょう』
　言われてみれば、魅夜だって真夜と合流する前は、何人かの男をミイラになるまで生気を吸い尽くした夢魔である。
『でも、気になるわね。どうして、こんな場所に夢魔がいるの…？』

『なかなかいい塩梅でしたよ。良い伴侶をお持ちでいらっしゃる』
「よく言うよ。結果オーライになったからいいものの、ヘタすれば俺、一生弥栄に嫌われるところだったぞ」
　八坂脩平は、『彼』に言った。
「それにしても驚いたな…。まさか、お前と同じようなのが弥栄にも憑いてたなんてな」
『同じような、とはまた…。私めと『夢魔』とは正反対の存在。また、出会いの形も正反対ではございませぬか』
「まあな。しかし、この世界に『天使』なんているんだな。驚いたよ、本気で」
『私めは『もと』天使ではありますがね』
　脩平の中で、『彼』が語りかける。
　歩きながら心の中で会話を交わす二人の前に、悲鳴のような声が響いた。見ると、通りに面した小さな空き地に近い公園の中で、いかにもひ弱そうな学生がいかにも不良そうな学生に胸倉をつかまれていたのである。
『カツアゲか』
『品性のカケラもないあの顔、見るだけで嫌気がさします。どれ、一つ助けて差し上げましょうか』
「言われなくてもそうするよ。『ガルヴァス』、ちょっと力を借りるぜ」
『お安い御用です』
　公園まで二十メートルほど手前で、脩平はアスファルトを蹴った。
「邪魔するぜ」
　三秒とかからず不良の目の前に走り抜けた脩平の拳が、セリフとともに命中し、不良たちを次々と吹っ飛ばしていく。
『さすがです。もう私の力に慣れましたか』
「まあね」
　小さく呟いたあとで、カツアゲされていた生徒を探したが、もう逃げてしまっていた。

『つくづく貴方も言動と素行が一致しない人ですね』
「余計なお世話だ」
　堕天使ガルヴァス。奇しくも、脩平の中には『彼』がいた。堕とされた理由までは聞かなかったが、こちらの世界でうまく力を発揮できない彼に、脩平は手を差し伸べたのである。だから、脩平の場合は真夜や魅夜との関係とは若干違い、『守護天使』に値する存在となっている。
『とはいえ、あなたが私の半身、私はあなたの半身であることには違いありませんが』
「まったく、面倒なモンだよな。毎日毎日どこかのオンナから栄養もらってりゃ、天使の国からも堕とされるってものだぜ」
　吐き捨てるように言ったものの、毎日夢の中で女性と交わられては困るのだ。
「しかもお前、今日、ヤりすぎて一人殺しただろ。あとで俺が疑われたらどうするつもりだよ、まったく」
『…と憎まれ口を叩きつつも、相手の女性を気遣っていますね。言い訳がましいかもしれませんが、あれは私のせいだけではないのですよ？』
　ガルヴァスはいつもの調子で言葉を返してくる。
「どうせ、オンナのほうが止まらなくなったのが悪い、とか言い出すんだろ」

「おっかしぃわねぇ…」
『何がおかしいのよ』
『魅夜』のほうに体を任せつつ、真夜が尋ねた。
「うん。この町に夢魔の存在はわたししかないみたいなのよね。だから、あの事件は夢魔のせいじゃないみたいよ」
『分かるの？』
「同じ夢魔だもの。それじゃ、意識を返してあげるわね」
　視界が一瞬歪んで、真夜は自分の体に戻ってきた。慣れてくるとこういう芸当も可能になってくるのだという。
『ただ、ね。明らかに人間とも夢魔とも異なる『何か』が存在してるわけよ。それで『おかしい』って言ったわけだけど』
「明らかに人間でも夢魔でもない『何か』？」
　真夜が鸚鵡返しに尋ねると、真夜の中で魅夜がうなずいた。
『うん。それも、真夜の知り合い…というか、行き着くところまで行っちゃったあの人』
「その言い方やめてよ…って、まさか脩平？」
　言葉を返すと、魅夜がもう一度うなずいた。もはや、自分が二人いるのと同じ感覚なのである。その場にいなくてもなんとなくうなずいたとか、首を振ったとかが分かるようになってしまっていた。
『多分、わたしと同じような夢魔以外の何かなのよね。あの脩平ってコに取り付いて、オンナの生気を頂戴してるってわけよ』
「脩平はそれを了解しているのかしら？」
『多分ね。彼とのあのひと時、確かに人外の快感を感じたわ。あなただって、初めての時からイかされたでしょ？』
（確かに…）
　と思ってしまったものの、他の人間がどうなのかはわからない以上言葉に出せない。
「でも、あの事件が脩平…にとりついた何かのせいなら、脩平を止めなきゃ。非現実すぎて逮捕されないにしたって、犯罪は犯罪よ？」
『まあね。でも、難しいと思うわよ。相手についてるものがなんだか分からないんだもの。夢魔でもない、人間でも幽霊でもない、そのうえ快感を糧にするというと…』