11．

　翌朝、目を覚ました脩平は、自分の体の異変に気づいた。体が妙に重くて、あちこちが痛むのだ。
　関節を曲げようとするたびに鈍痛が走り、体を起こすのも億劫だった。
「…（そうか、俺、生気を吸われたんだっけ…）」
　じゃあ、半分ミイラみたいになったのか？と思いながら、気だるい体を起こして鏡を見る。
　が、いつもの自分の顔だった。ミイラみたいになったどころか、皺一つ増えていない。
　不意に、ふわっ、とした感触に気付いた。
（…弥栄…）
　裸の真夜を、腕に抱いていたのである。もちろん、自分も裸だった。あのまま眠ってしまったのだろう。
『おい魅夜、俺やお前はどうなったんだ？』
『どうなったって…特に変わっていないわよ？わたしは貴方とガルヴァスから半分ずつ必要なだけ生気を頂いて復活しただけだから』
『は？』
　呼びかけに応えた魅夜に、わけが分からない、という風体で首を傾げる。
『犠牲になってもらうとは言ったけど、『死んでもらう』とは言った覚えがないわよ。第一、貴方を死なせでもしたら、真夜に追い出されるわ』
　したり顔（？）で言う魅夜に対し、脩平はどっと疲れが出たかのようにうなだれた。
「すると、この体中の気だるさはただの筋肉痛か…」
　ほっ、としたような、拍子抜けしたような、奇妙な感覚が走った。
「ん・・・うん…？」
　しばらくして、真夜が目覚めたが、ぱっちりと目を開いたあと、何がおきたのかわからない、という顔で脩平を見る。
「どうしたの、脩平？なんでわたし、脩平の家に…って、きゃあッ！」
　自分が何一つ纏っていない裸だということに気付き、慌てて手で体を覆い隠す真夜。
「なんで、裸なの？もしかして、寝ている間に酷いことを…」
『落ち着きなさいな、真夜。彼は、あなたの命を救ってくれたのよ？』
「わたしの命を？どういうこと？」
　そこでようやく、魅夜が真夜に説明をする。夢の中でガルヴァスにわずかに生気を座れたために、大きく体調を崩したこと、ヘタをすると二人とも消滅（＝死亡）しかねない事態だったこと、二人を救うために脩平が『自分の生気』を投げ出したこと…。
「つまり、昨日は…魅夜と脩平で…」
『夜通しヤりまくったわ。ごめんなさいね。彼、なかなかの逸材よ？あなたの中に、二十回近く中出しされちゃった』
「俺は下半身が痛くて仕方がないよ」
　魅夜と脩平の言葉を受けて、大きくため息をつく真夜。
「一体、わたしの体、どうなるの…？」

「で、弥栄。お前、体のほうなんともないのか？」
　脩平が改めて聞くと（服を着替えたあとで）、真夜はなんとなく体をいろいろ動かしてみてからこう言った。
「妙に、下半身に虚脱感がある気がする」
　実際に行為を行ったのは魅夜だが、真夜の体であったのは確かだ。やはり、何らかのかたちで形跡が残るのだろう。ということは…。
「なぁ、魅夜。弥栄、デキちゃったりしないだろうな？」
『さぁ？あれだけ派手に中に出したんだし、一人や二人できても…ってことはないから安心して。彼女とわたしとでは、体質も違うもの』
　一瞬怯えたような表情をした脩平をからかうように言う。魅夜。ガルヴァスがいるおかげか、脩平も魅夜と会話ができるのだ。
「…そのときは、責任取りなさいよ？」
　真夜に言われて脩平がたじろぐ。半分不可抗力、半分自分の意思とはいえ、そこまで考慮している余裕がなかった。
『わぉ、プロポーズ。将来安泰ね！』
『ほほえましい限りではありませんか。本来、女性は男性の告白を待つもの。脩平、貴方のパートナーは積極的な方ですね』

「…きゅ、９メートル６５…！？」
　だるい体を引きずりつつも登校した学校で、体育の授業でスポーツテストをさせられることになった真夜は、いつものように、『適当にやればいいや』と挑んだ走り幅跳びで、信じられない記録を出した。
『あちゃー、手加減忘れたわね、真夜』
『すっかり忘れてた…。脩平のほうは大丈夫かしら…』

『あ、弥栄？まいったよ、俺さ…』
「今日、スポーツテストあったでしょ？大丈夫だった？」
　帰宅後、脩平からかかってきた電話で、二人は同時に言葉をかわした。
『あ、やっぱり弥栄も手加減忘れたんだな。よかった、俺だけじゃなくて』
「何でどんな記録出したの？わたしは幅跳びで９メートル６５」
　真夜が先に言うと、脩平は
『垂直跳びで４メートルオーバー』
　曲がりなりにも天使がついた脩平なら、手加減しても４メートルに達してしまうかもしれない。
「便利なようで不便よね…」
『まったくだ。どこの誰が垂直跳びで４メートルオーバーなんて出せるんだよ』

『今の貴方は普通の人間であって、普通の人間ではない状態なのですよ。貴方だけではなく、彼女も』
　ガルヴァスが言うと、脩平は大きくうなずいた。
　ほんの少し、いつもと同じ力で何かをしようとしても、想像以上に力が入ったりしてしまうのだ。
普通の高校生は幅跳びで９メートルなど出せないだろう。もちろん、これも魅夜やガルヴァスの影響なのだ。
　今の二人は体の半分が異分子である。そして、その異分子と力を共有し、共存しているという奇天烈な状態なのだ。
「間違った使い方をすれば、身を滅ぼしそうだな…」
『もちろんです』
　脩平の性格をよく知ったうえで、ガルヴァスが言う。
「ところでさ、話は変わるが…ガルヴァス。お前、なんで天使の世界を追い出されたんだ？」
『話すような理由ではありませんよ』
　ガルヴァスはそう告げたものの、脩平にはどうも、ガルヴァスが天使の世界で不祥事をやらかすような者に思えないのだ。堕天使となってからは、女性の生気が多少なりとも必要になったらしいが、昔はそうではなかったはずだ。
　話すことではない、といったものの、気になるものは気になる。多少いい加減なところがあるように思えるが、話し方といい性格といい、特に問題があるわけではない気がする。
『そうですね…貴方に尋ねるとすれば、もし、『抱くことで幸福が約束される女性』がいたら、貴方はどうしますか？』
『抱くことで幸福が約束される女性？』
　妙な質問がきたな、と思いながら脩平は考える。
『結婚して幸せになる、という意味ではなく、莫大な金銭を払うことで一人の女性を何人もの男たちが求め、それによって将来のすべて、死後の楽園行きを約束される、という一種宗教的なものだと思ってください』
『なんだそりゃ。いまどき、そんな風習があるのか？好きでもないオンナに金を払って抱いて、将来を約束してください、ってことだろ？』
　現在の風俗とは違うな、と思いながら、脩平はガルヴァスに聞き返す。
『ええ。わたしはその風習を許すことができなかったわけですよ』
『俺だって許せるもんか』
　脩平は素直に言った。
　おそらくは、それを助けた自体は問題なかったのだろう。だが、もしも、当時のガルヴァスと、その女性が恋に落ちたとしたら…。
　ときに人間の守護を担うという天使が、もし人間に恋慕を抱いたとしたら、それは許されることなのだろうか？脩平には分からない。
　だが、ここにいるガルヴァスは結果的にここにいる。ということは、なんらかの罪を負ったということなのだ。
（これ以上は、触れないべきなんだろうな…）