13．

「死神ぃ？」
　登校からの開口一番、真夜から昨夜の件を聞かされた脩平が驚きの声を上げた。
「夢魔、堕天使の次は死神かよ。何がいてもおかしくない世の中だな…」
「冗談で言ってるわけじゃないのよ。わたしたち、死神に怒りを買うようなことをしたのかしら？」
　真剣に言う真夜の頭の中で、魅夜が言う。
『まぁ、数人が死んだものね、わたしたちのせいで』
　死神ということは、人の死に関わる者なのだ。予定外に死体を増やされて迷惑した、という意味かもしれない。
『とはいえ、死神はそんなにヒマな存在ではありません。人間どもの勝手気ままな戦争のほうがよほど予定外の死者を出していると思いますが…』
『そうね。一理あるわ。あなたたちが目をつけられる理由はないに等しいけど…』
　魅夜が言葉を切った。そう、真夜や脩平が目をつけられる理由はない。だが、魅夜やガルヴァスは…。

「話が早いな」
　校門の前で話し込んでいた真夜たちの後ろから突然声が聞こえた。振り向くと、ブロンドの長い髪をなびかせた美女が…。
「…って、あれ、もしかして…」
「どうせ、わたしの話をしていたのだろう？例の本は持ってきただろうな？」
　どう見ても日本人には見えないのにいきなり流暢な日本語で話し掛けてくる女性に、真夜たちはたじろがずにはいられなかった。
　美女だが、目が鋭く冷淡、突き刺すような感を与える。まさに『射すくめる』という表現がぴったりだった。
　おそらく、先日の夜中に冴が見たというのは、この人物だろう。だが、視線の鋭さはともかくとして、傍から見ればどう見ても『死神』には見えない。ただの『綺麗なお姉さん』にしか見えないのだ。
「…でかっ…」
　しばらく『死神』を（正確には『死神の体の一部』を）見ていた脩平が呟いた。
「どこ見てんのよ」
　真夜に咎められ、目をそむける脩平。
「…で、本は持ってきたのか？」
「その前に質問いいですか？」
「何だ？」
　本を取り出そうとして、不意に思い立ったように真夜が言う。
「どうして、ここに？」
「その本のもともとの所持者のことを考えると、危険性が高いからな。私が責任を持って処分しようとしたまでだ」
「その処分の役目をどうして死神がやるんだ？」
　脩平が当然の疑問をぶつける。別段ただの本ではないといっても、本はただの紙片の集まりでしかない。燃やしてしまえばそれで済むのだ。
　その返事を受けた『死神』は、少し考えたような素振りを見せる。が、すぐに口を開いた。
「普通の人間が手を出せるシロモノではない、という意味だ。それを書いたのは確かに人間なのだが、長い間夢魔が取りついていたのと、それを書いたのがエクソシストであり、その人物がかなりの『力』を秘めていたことが問題なんだ」
　『死神』が言う一言一言が重く響き、なんとなく信憑性を高めている。校門前で話し込んでいる彼女の横を、登校中の生徒たちがすり抜けていった。
「…そう見せかけて、俺たちを始末するつもりじゃないだろうな？」
「それをやる利点がどこにある？お前たち、『死神』の仕事の内容を理解しているか？死神は生命を奪うことを目的としているわけじゃない。『死者から魂を切り離し、しかるべき場所に届ける』という役目をもっている、一種の『神』であり、『天使』だ」
（確かに、この人は『死神』っていうより『天使』とか『女神』ってイメージだな）
　彼女（？）の姿を見ていると、脩平にはそう思えてくる。少なくとも、ここで脩平達を始末してしまおうという気はないらしい。
　だが、本を渡してしまうかどうかは真夜に任せるしかない。自分はガルヴァスという共を持ってしまったものの、あの本に直接関わったわけではないのだ。
「弥栄、どうするんだ？渡してしまっても害はないと思うが」
「うん…。でも、気になるわ」
　真夜が例の本を取り出す。そして、『あのページ』を開いた。そこには、昨夜見た『人の顔に見える染みのような何か』がくっきりと残っていた。
「うわっ、何だよ、この気持ち悪い染みは！」
　思わず脩平が声を上げた。
「…まずいな、始まっている」
「え？」
「ほら、出てこい。いつまでもいたいけな少女に隠れているんじゃない、いるんだろう？」
　『死神』が真夜を見た。おそらくは、魅夜に呼びかけているのだろう。
『分かったわよ。顔を出せばいいんでしょう？』
『ようやく出てきたか。いいか、この本はすでに、お前がいたころの魔力に惹かれて『本の虫』が出来ている。ここに映っているのは、その犠牲者だ』
『本の虫？何だそれ？』
　聞きなれない言葉に、脩平が横槍を入れた。
『そのままの意味だ。魔力のこもった『モノ』には、『害虫』がつきやすい』
　つまり、『本』は魅夜がいたこと、書いた人間がエクソシストだったことを孕んで、かなりの魔力を秘めてしまった、と言いたいのだろう。
『とりあえず、その本は私に渡せ。でないと、何が起こるか保障できない』
『死神』の言葉に、真夜がようやく本を手渡した。
『見ていろ』
　本を受け取った彼女は、本を頭上高く掲げると目を閉じる。次の瞬間、本は青白い炎を立てて燃え、消えてしまった。
『…犠牲者には、悪いことをしたがな…』
『…今ので、害はなくなったの？』
『ああ』

「こんなところにいたのですか！」
　突然の背後からの声に、『死神』が振り向いた。
「もう打ち合わせの時間ですよ」
「…この生徒たちに、ちょっと場所を聞いていたんです」
　今まで『死神』だった彼女が、突然女性に変身したのを見た、そんな気分であっけに取られる一同だった。

「そういや、今日は全校集会で新任の先生を紹介するって行事があったな」
　教頭に『死神』が連れて行かれたのを見たあと、脩平が呟いた。
『そろそろ遅刻しますよ？急いだほうがいいのでは？』
　今まで黙っていたガルヴァスの言葉に、二人はハッとした…。

　朝の全校集会は体育館で行われた。真夜は退屈で欠伸が出そうになるのを強く抑えながら、時間が経つのをひたすら待っていた。
　自分が教わるわけでもない担任の紹介を見ていても面白くないものである。
　やがて、壇上におおよそ日本人とは思えないブロンドの長い髪をもった女性が上った。多分、英語の特別教師か何かだろう。
「…って、あーーーーっ！」
　…と叫びそうになるのを、真夜は必死に抑えた。壇上に上がったのは、先ほど出会ったばかりの『死神』の美女だった。
「ま、真夜、前に見た死神が…」
　冴も目を見開いて信じがたい現実を見つめていた。壇上に上がった『死神』は、全生徒に向かって、堂々と高く美しい声で言った。
「特別教師として米国からやって来ました、『ガライ・オルフェリア』といいます」
　その言葉と同時に、真夜の頭の中に声が響いた。おそらくは、脩平の頭の中にも届いていることだろう。
『…お前たちの目付けは私が勤めるからな。何かあったら隠さずに伝えるんだぞ。それからガルヴァス。…お前、まさか堕天使にされていたとは思わなかったぞ』
『あなたも、まさかあれから死神になったとは思いませんでしたよ、ガライ』
　ガルヴァスの言葉が返っていくのを、真夜は確かに聞いていた…。