第一部

　わずかに開いたカーテンの隙間から、春の日差しが優しく麻希子の美貌を照らしている。
「う、う〜ん、……」
　乱れた髪をかきあげ、眠気眼をこすりながら、いつものように寝起きの悪い夫を優しく起こしてからリビングへと向かう。カエルのように膨らんだ腹部を気遣いながら朝食の準備をしていると、ふいにお腹の中がピクリと動いた。
「あら？　ふふふ、この子も起きちゃったみたい」
　麻希子は、長い睫毛をやさしく揺らしながらそっと大きなお腹を撫でた。

「ふぁ、んん、おはよう〜」
「あ、まこちゃん、この子ったらまたお腹蹴ったよ」
「ん？　えっ、ほんとか！　どれどれ……」
　妻の言葉に夫の誠があわてて腹部に耳を当てる。
「うーん……お？　おっ？　おお！　動いた！　こいつ、いま俺の耳を蹴ったぞ！」
　満面の笑顔ではしゃぐ夫。そんな夫を見ていると、麻希子はなんともいえぬ幸せに包まれた。

　社内恋愛で結ばれた二人。
　美男美女カップルとして周りの社員からもてはやされるなか、交際からわずか三ヶ月という早さで妊娠した麻希子。
　これには麻希子も誠もさすがに困惑した。
　だが、二人にとって悩む理由などなにもない。麻希子と誠はすぐに結婚した。

「ふふ、さあ今日も私とこの子のために頑張って働いてきてね」
「おお、もちろん頑張るさ！」
　時間ギリギリまで我が子の元気な様子を観察し、バタバタとあわてながら仕事へ出て行く夫。麻希子は、そんな夫をとびっきりの笑顔で見送った。
「やれやれ、いまからあんなふうじゃ、この子が生まれたら会社辞めちゃうんじゃないかしら？　ふぅ、さてと、先に掃除を終わらせるか」
　キャリアウーマンだった麻希子も、いまではすっかり専業主婦が板についている。肩まで伸びたセミロングの髪をさっと後ろで束ねると、テキパキとリビング内に掃除機を走らせていく。
「寝室の前にまこちゃんの部屋から片付けるか……」
　麻希子は、よいしょっと一声あげてから掃除機を抱えて夫の部屋へと入った。
　八畳ほどの仕事部屋は、毎日片付けても次の日にはすっかりもとの状態へと戻っている。
　普通なら腹ただしいことなのだろうが、意外にも麻希子は夫のこういうだらしないところが好きなのだ。
　精悍でいつも凛としている夫。外ではけっして見ることのできない一面を、妻の特権で麻希子だけは見ることができる。それが嬉しくてならないのだ。
　一流企業で着々と出世街道を歩む夫。念願だったマンションも購入し、やがて二人の子供も生まれてくる。何の不満もあるわけがない。あえて言うならば、妊娠してからの七ヶ月間、夫婦の性行為がまったくなくなってしまったということだ。
　行きつけの主治医からは、体位を工夫すれば問題ないと聞かされていた。しかし、その旨をどんなに誠へ説明しても理解してくれない。
「子供が無事に生まれるまでは絶対にダメだ。万が一ってこともあるからな」
　生真面目な夫は頑としてセックスを拒んだ。
　性に淡白な夫とは対照的に、性欲旺盛な麻希子。
　ざっくばらんな性格は、仕事のストレスを解消するためにと、一夜限りのセックスをも好んで行っていた。もちろん誠と付き合いだしてからは誠一筋である。付き合う前の麻希子のセックスライフなんて誠は知らない。あえて口にする必要もない。
　浮気なんてことはまるで考えたこともないが、ときおり肉体に流れる淫蕩の血がひどく麻希子を悩ませる。特にここ最近は、したくてしたくて堪らない、といった強い衝動にかられることがあり、どうしても我慢ならぬときは、つい自分の指を秘唇へと走らせてしまうのであった。

　ガチャ、
「あらあら、また元の状態に戻ってる。まこちゃんって、ほんとに散らかすのが上手よね。よいしょ……」
　部屋のカーテンを開け、無造作に置かれた書物をキチンともとの位置へ戻していく。
「んっ、なにかしら？」
　几帳面にタイトル通り並べられた本棚の一角に、一冊だけ逆向きで入れられている本があった。麻希子は、何気にその本を取り出してみた。
「あら、これってエッチ本じゃない！　もう、私には手も出さないくせに、一人でこんなものを見てたのね」
　ぶつぶつと呟きながらも、エリート夫もこのような本を見るのかと、なんだか不思議と楽しい気分になってくる。これが逆の立場だったら、生真面目な誠だけにいい気がしなかったであろう。だが麻希子は楽天家である。楽天家とは、いわば人生をもっともエンジョイできる人のことなのだ。当然自分に敷く規制もゆるい。だからといって、モラルが低いわけでも、尻が軽いというわけでもない。人生をいかにして楽しむか、それにこだわるちょっぴり辺鄙な真面目人間なのである。
「いや〜ん、まこっちゃんてば可愛い」
　夫の新しい一面を覗くことができ、自然と顔がほころんでいく。が、しかし、にやけた麻希子の美唇は本をパラパラとめくってすぐにうっすらと開いていった。
「な、……なにこれ？……す、すごい……わあ、全部見えてるじゃないの」
　夫が隠し持っていた本は、いわゆる裏本だったのだ。
　はじめて見る無修正の淫猥画像に、切れ長の瞳が徐々に丸くなっていく。
「……ごくっ」
　陰部、アナルといった性器はもとより、フェラから挿入のアップまでが鮮明に写し出されている。麻希子はおもわず唾を飲み込んだ。
「ああ、すごい……お、お尻にもチンチンが入ってる。痛くないのかしら？　そういえば誰かが言ってたわね、アナルを覚えたら癖になっちゃうって」
　丸いお腹をさすりながら、麻希子はふっとアナルへの愛撫を想像してみた。
（ああ、どんな感じかしら……こんなところを弄られて気持ちいいのかな……）
　ページをめくるスピードを自然にゆるめ、一枚一枚をじっくりと見入っていく。呼吸はわずかに乱れ、お腹をさすっていた麻希子の片手は無意識のうちに胸元のほうへと這い上がっていた。
「ああ、こんなもの見ちゃったら我慢できなくなっちゃう……」
　久しく見る男の逞しい躍動……胸元へ這い上がっていた手が、いつしかマタニティドレスの上から豊乳をギュウッと揉みしだいていく。ズキズキと疼きだしてきた秘芯の淫熱がゆっくりと全身へ蔓延しはじめると、もう麻希子の手に躊躇さはなくなっていた。
　乾いた唇をツツーッと舌先で舐め、本を片手にフラフラと部屋をあとにする。そして、寝室のベッドへ横たわると、膝をたててスルリとドレスの裾をまくりあげた。
「はあ、はあ、……」
　ショーツの上から股座を触りながら、ボタンをはずしたドレスの襟元へスッと手を差し入れ、母乳を蓄えて一段と大きくなったバストをギュウッと握りしめる。
「んっ、……はあぁ」
　しなやかな指の先端が乳首にあたると、その堪らない快美さにおもわず嗚咽が漏れた。
「あはぁっ！」
　指の腹でコロコロと何度も乳首を揉み転がしながら、マタニティショーツをゆっくりと脱ぎはらっていく。そして、柔らかく陰部をマッサージしながら、すっかり潤んでしまった秘芯へと指をふかく突き入れていった。
「んはあ……あ、ああぁ……」
　淫らなオカズを見ながらの自慰は、妄想による自慰とはまた違った感覚で淫情を盛り上げていく。
「ん、んん、……あっ、いい……」
　ピンクのビラビラを押し開かれている写真を見ては、同じように自身の熟れた花びらをめくり上げ、その秘穴に逞しい男根がグサリと突き刺さっているページでは、麻希子も自身の秘穴に二本の指を奥深くまで突きいれてクチャクチャと激しく中をかきまわした。
「んあっ、あぁ……ほ、ほしい……」
　お腹を気遣いながらの行為がなんとも焦れったい。誰でもいいから本物の感触が欲しい……そんな背徳の念さえ込み上げてくる。
「あっはぁ……ん、んんふ、」
　細くスラリとした鼻筋から、熱い吐息と甘ったるい呻きが頻繁にもれていく。まったりとしたオルガスムスを感じながら、膣壁を擦り上げていた指が淫蜜にまみれながらヌルーッと這い出てきた。
「はあ、はあ、……お尻を……試してみようかしら……」
　恍惚の表情でボソッと呟くと、そのヌラついた指の腹でクリトリスを何度か愛撫したのち、ググッと秘裂に食い込ませながらアナルのほうへ指先を伸ばしていく。
　エロ本を見やる麻希子の眼には、およそ性器とはいえない小さな窄まりに、外国人特有の巨大ペニスが深々と突き刺さった壮絶な挿入シーンが映しだされていた。
「わたし……ほんとに厭らしい女だわ……」
　麻希子は、指の先端が排泄器官に触れると、そこに愛液をヌルヌルと塗りつけながら弄ってみた。
「あ、はああぁ……な、なんだか……変な感じ……」
　なにやらムズ痒さをともなう快感が、アナルを軸に臀部全体へと広がっていく。悪くない、麻希子はそう感じた。
　この不思議な感覚をしばらく味わってから、新しい快楽に期待して未体験ゾーンへ少しずつ指先を突き入れてみる。
「ん、……あ、大丈夫みたい……ん、んん」
　中指の第一間接までを埋め込むと、麻希子は指の腹で自身の腸壁を確かめるようにキュッ、キュッ、と擦りながら、さらに奥深くまで突き入れていった。
　わずかな圧迫感に声をくぐもらせるも、ヴァギナとはまるで違う悦楽に美貌が淫らに歪んでいく。
「あ、あぁ……く、癖になりそうだわ」
　ヌチ、ヌチ、……変質的な粘着音がさらに麻希子のマゾ性を煽り立てる。
　嫌な異物感はあるものの、それを嫌悪に感じさせない快感がそこにはあった。麻希子は、ゆったりと抽送を繰り返していた指のスピードを徐々にあげていった。
「あ、はああぁ……ん、くうぅ……や、やだ、イキそう……」
　不気味な愉悦の塊にゾクゾクしながら、このとき麻希子のA感覚は完全に開花しようとしていた。