２

　またまた、ミィコから呼び出しがあった。
「直ぐ来てっ！」
「駄目だよ！・今、ロケ中！」
「今日中に来てっ。」
　このところ良くミィコに呼び出される。
　俺だって仕事をしているんだから、真っ昼間から逢い引きなんて、そうそう出来る訳じゃない。
　千葉県の房総半島の先ッポの方に、クルーを組んでいるのに、直ぐに行かれる訳がないじゃないか！

　夕景まで予定が詰まっているカットを一つずつ粉して行くが、コスチューム換えや、メイクチェックの一寸した手の空きに、ミィコの呼び出しが何なのか？気になってしまう。

「Jahny,take more smooth line of your body！」
「Little bit more turn your sholder to left！」
「LIke this？」
「Slant down right sholder！・But little bit！」
「Fine！you are chaarming！」
「Eireen, stanp to the rock in front of you！」
「Like this・？」
「Yes！and caver by your body, and look to here！」
　・
　・
「イバちゃん、レフ・もうちょっと抑えて！」
　モデルが白人なので、補助光が強いと肌が飛んでしまいやすい。・デジ撮りだから、暗いのを起こすのは簡単に出来るので、安全のために少し暗めに露光している。
「Just wait！I must change the media．」
　・
　・
　・
「We've gat fine picturs！・Thank you！」
　・
　・
　ラップトップで数カットを再確認。
　スポンサー立ち会いがオーケーを出して全て終了。後片付けだ。
　・
　・
　館山市外のファミレスで全員一休みだ。
　撮影が無事に終わって、緊張しっぱなしだったアシの伊庭も、他の皆もホッとした顔をしていた。

　・・・９：００P M を過ぎた頃、やっとモデル達を青山の事務所に送り届けた。
　千葉へのロケは、いつも帰りが面倒臭い。
　東京湾横断道路を通った方が速いかも知れないが、あの高すぎる有料道路なんて、遣う気にはならないいんだ。
　夕景ならまだしも、 真っ暗になった海ほたるなど大した魅力も無い。

　バックシートとパセンジャーシートに３人のモデルを乗せている。
　撮影の時にはあまり喋らなかったのだが、車で事務所へ送ると云った途端に、色々な事を喋りだした。とは云っても、モデル同士での事だが・。
　最初は鉄道で帰るのに不安を持っていた様な話しをしていたのだが・・・、モデルを撮るカメラマンが４駆だなんて、ファッショナブルじゃない。なんて事を云っているのは分かったが、ファションの事だと思うと、映画の話しになり、そうかと思っていると、雑誌の記事の話しになってしまう。
　フランス語の婦人雑誌なんて、写真を見る事は少なくないが、文章の方は俺が読んでいる筈もないじゃないか！
　そんな、俺には理解できない話しばかりで、殆どチンプンカンプンだ！
　俺の英語なんて、撮影に必要な単語を何とか覚えて程度だからだが・・・。

　しかし、白人女性としては、なかなか日本人の感覚を理解してくれる娘達だった。
　ボディーラインに抑揚があると云うと、いやらしく聞こえないではないが、要するにメリハリのある姿態はやっぱり魅力的だった。って事だ。・これが水着や下着のモデルに白人を使う理由の一つになっている。
　商品に夢を持たせる為には、現実的な邦人を使うより、現実離れした白人の方が良い。なんて意見が大手を振ってまかり通っている世界だ。

　この娘達が口を開くと、まるで異星人ではないか？と思える程、分からない話ばかりになる。所々聞き取ることは出来るものゝ、とても早口のGAL英語を理解する事は出来がた
い。
　意味不明な会話が飛び交っている所為で、頭の中がサイケデリックになってしまう！

　車に乗って来た立ち会いのデザイナーは兎も角、・スタイリストやコーディネーター、メイクさんやスポンサーも適宜送り届けなければならない。
　昨今の撮影予算はぎりぎりにまで削減されていて、無駄な車両なんて、持って来ている訳は無い。

　いつもならアシスタントに運転させている間は寝ていたのだったが、今日はミーコに呼び出されている所為で、アシスタントと一緒に行く訳にはいかなかった。
　この子達のギャラは、名前の売れていない俺よりも遙かに高額だ。
　事故でも起こして一寸でも傷付けたら、モデルクラブから法外な賠償金が請求されるのも目に見えているから、何はともあれ安全、安全、・防御運転だ！
　防御運転の極意ってのを使っている。・極意ったって、大した事じゃない。
　自分の車のパーソナルエリアを広目に取って、周りの交通の全てが気違いで、隙を見せたら、俺に突っ込んで来て自殺しようとしている！と、考える事だ！

　兎もあれ、モデル事務所にお嬢さん３人は送り届けた。
　さあ、今度はミィコの処へ行って遣らなくっちゃ！
　疲れた顔を両手で叩いて活を入れてから、携帯で電話を入れる。

「遅いわよっ！」開口一番、ミィコは文句を云って来た！
　これに乗ってしまうとミィコのペースになってしまうから、ミィコの言葉は無視して、
「いま、青山だから１０分位でそっちに行くよ！」それだけ云って携帯を切ってしまっ
た。
　・・・信濃町のミィコのマンションに着いたのは、確かに１０分後、９時４０分だった。
　何があったのか分からなかったが、ミィコがマンションの前で待っていた。こんな事は初めてだ。
　・ミィコも至極マイペースな女だ。・と云うより、他人のペースに合わせる事なんて、端から無視して掛かって来る！
　無理矢理こっちのペースに合わせようなんてしようものなら、ミィコはパニックになってしまう！・・・これで商売が順調に出来るのだから、俺には何だか分からない女。となるのだ！

　ミィコの脇に停まるや否や、飛び乗る様に乗り込んで来た！
「直ぐに行って！」口振りでは相当急いでいるみたいだ。
　俺はドアの閉まる音を確認する前に車を出した。

　信濃町の駅に近いためか？こんな時間でも細い路地にチョコチョコと人が歩いている。
　歩行者が壁に張り付いてくれなければ、この辺の路では、車は先に進めない。
　民音文化センターの正面から外苑東通りに出て、青山一丁目方面へ向かう。
　別に当てがある訳ではない。ミィコの口振りから、マンションの近辺では都合が悪いのだ。と、察したからだ。
　泡を食った様にさえ見えたミィコも、権田原を過ぎた頃から落ち着きだした。

「後を追って来る車、無い？」俺の車に乗って最初に口を開いたのがこれだ！
　サスペンスドラマの一シーンのようなピックアップに、少しワクワクしたが、昔もミィコにはこんな遊びをされた事があった。
「また、変な男と付き合って、追われてるのか？」俺の出した結論だった。
「・・・・・。」ミィコは黙んまりだ！
　六本木に実家があるなんて事で、昔からミィコの周りから男の影が無くなった事が無い！
　しかし、ミィコ自身はなかなか身体を開く事が無かったのだ。・・・それなりに恋をし、恋人にはその淫質な肉体を捧げる事はあったが、それとても、女学校や女子大の同級生達に比べれば圧倒的に少なかった。・直ぐにでも墜ちる女の様でいて、そうは簡単な女ではなかった。

　俺もミィコの前ではいつも格好を付けていた。・ミィコとしては、俺を含めて男達を手玉に取っている積もりなのだと云う事は分かっているが、俺はミィコにかしずく気なんて、これっぽっちも無かった。・俺もミィコを都合の良い女に育てようと思っていたのだった。
　ミィコだって馬鹿じゃないし、女の感は冴えている方だったから、俺の企みには直ぐに気付いた筈だ・。
　だが、何度も屈着いたり離れたりを繰り返したが、今に至ってまだ、その事を言及された事は無い。ミィコだって無用な格好付けをしているから、お相子だとでも考えているのかも知れない・？

　格好を付けるとは、実際の自分よりイメージの自分を大きく見せる事だが、それを続けるのは無理に無理を重ねる事になる。
　実際、ミィコに呼び出されたりした時には、女慣れしている男を演じるのだが、俺はそれ程持てる男でもない。

　ミィコの肉感的な身体を見せ付けられてしまうと、悲しくも俺のコックは、直ぐにも爆発せんばかりだ！
　・ミィコには、あのヒップシェイキングがあった！

　見た目が麗しい女なら、カメラマンなんて商売では日常茶飯時お目に掛かるが、見た目でスレンダーな女達は、ベッドの中では先ず抱き心地が悪い。
　一番のクライマックスで胸が密着すると、ゴツゴツと骨同志がぶつかる様だし、下手に力を込めて抱いたら、あばらが折れてしまうのではないかとさえ思える。
　下にした時には、体重を掛けない様に気を遣わなければならないし、上に載せたらば上に載せ他で、女の骨盤が俺の内股を擦るような気がする。
　あばら骨が浮き上がっている様な胸は、痛々しさで力を込めるにも注意してしまう！
　要するに、骨が当たりすぎるのだ！
　これは女を抱いている気分から、作り物を抱かされている様な気分にまで、突き落とされてしまう。

　中肉中背、チョット余分に肉が付いている位が、一番抱き心地が良い。
　ミィコはチョット上背が足りなかったが、ベッド・テクニックには、それを補ってあまりあった。・・・こんな本心は当然、ミィコに伝えた事は無いのだが、今はスポーツジムに通って肉付きを調整していると云うだけあって、俺好みのスタイルに整えられていた。
　
　さぁてと、先ず話を聞いて遣らなくちゃならないなぁ。
　・ミィコの奴、随分怯えていたな。・こいつまた、裏の世界と繋がってたな！
　ミィコには初めて合った時から、裏の世界の臭いが消えた事が無い。・って事は、付けられている可能性もあるな？・どうやって付ける？
　まずは車だな？・一丁目を超えて次のＴ字路を左折した。六本木へ向かう路は殆ど一車線だ。乃木坂までミラーに注意をすれば、おかしな動きをする車は直ぐに分かる。
　乃木坂を左折だ！ぎりぎりまでウィンカーを控えた。
　下りのＳ字で加速する。・赤坂小の前でもう一度左折、カナダ大使館の脇を通って、青山通に出て遣る！
　こんな裏路は土地勘がなければ思うようには走れない。
　００７に出て来る様な派手なアクションでも出て来なければ、危険な事も無いだろう。ここでも、おかしな車が居れば分かる筈だ。
　・さぁて、おかしな車は見付ける事は出来なかったし、一丁目交差点を左折して、腹ごしらえが出来る墓地脇のファミレスへ向かう。
　深夜レストランも何処かにはあるだろうが、取り敢えず、多くの人が居て、車を隠せる処が良い。・陰の方になる処に駐車すれば、道からは殆ど隠せるし、こんなメジャーな処に追われる人間が来るとは思わない筈だ。

「で、・どうしたんだ？」席に案内されて、車を走らせてから一切口を利かなかった、
ミィコに聞いた。
「・・・・。」
「黙っていちゃ困るよ。・突然、急ぎで呼び出しておいて黙ンまりか？」
「・・・随分・、派手な運転・したわね！」
「あんな乗り込み方されりゃ、お前の事だからな！・今度は何やったんだ？・誰に追われてる？」
「何もしていないわよ！・追われてもいないわ。」
「何もしていないのに、誰にも追われていなくて、あんな電話の掛け方して、あんな乗り込み方するのか？」
「楽しかったでしょ？」
「・・バカも休み休み云えよっ！・・・このところ関西系と関東系で、きな臭い話が出てるけど、何か関わっているのか？」
「何も無いって云ったでしょ・。いまは、ヤーさん達とは全然お付き合い無いもの。」
　そう簡単に信じて良いものか？・俺はまだ疑って掛かっていた。
「あとは・、考えられるとしたら、おいっ、へんな病気でも貰ったか？」
　わざと声を落として聞いてみた。
「ばかっ・！」
「それじゃぁなんなんだよ！？」

「・・・夕べね・、」
「夕べ？・」
「人と逢ってたの・。」
「人と逢って・？」
「いちいち、人の後を云わないでよ！」
　俺の言葉に被せる様に云った。少し苛付いたらしい？
「・・・。」
「夕べ逢った人ね、結構巧いのよ。・あれ。・・・でもね、・思い出しちゃったのよ。アンタの仕方・・・。」
　途中から声が蚊細くなって、聞き取るのに注意しなければならなかった。だけど・・・、なんだぁ！・俺のことを思い出したぁ？
「なんだぁ！・俺が欲しくなってたのか？」
「・・・・・。」
　今度は幾ら注意しても、聞き取る事が出来なかった。
「そんなに小さくちゃ、聞こえないよ。」
「大きな声出さないでよ！」
「聞こえる程度の声は出してくれよ！」ホントに、こ奴とはいつもこんな調子で、なかなか同じ方向を向く事が無い。

　ミィコの話の要旨は、ミィコ自身の身体が俺を求めたって事だ。・ただ、３０年程も離れていたので、昔と同じだとは考え難い。・それなのに、試したい気持ちはある。
　３０年前には、ミィコの方から俺に別れを告げたのだから、『また、抱いてくれ！』と云うのに恥ずかしさを感じる。
　・・・車に急いで乗ったのは、御近所さんに『また、新しい男が・・・！』と云われる元を作りたくなかった。・・・たったそれだけの事だった！

　バッカ野郎！・あんな事もあるんじゃないか？こんな事もあるんじゃないか？って、俺の心配はどうしてくれるんだ！
　昔から、ミィコとスリルは切り離せなかった。
　そう云うのが好きな女だったんだ。・薄れていた記憶の断片が凄い勢いで蘇って来る。
　ドラマティックな展開は俺も大好きなのだが・・・。３０年の空白は、俺にだって疑惑を持たせるんだ。
　・・・ミィコが簡単な遣りマン女だとは思えないが、恋多き女だろう事は想像に難くない。
　この２０年の間に、ユースケ一人だけがミィコの男、なんて事は無いだろう？
　
　スリルが好きな女だけに、どんな男達と付き合ったのか、なんて分からない。
　交差点から連れて行かれた時だって『今、男は間に合っている！』なんて事も言っていた。・・・本当の事かどうかなんて分からないが・？
　ミィコの云う事は、10％の本音・・・位に聞いた方がヘタな怪我をしないで済む。
　それは、百も承知の筈だった。
　しかし・、行動力だけはトンでもなく有った！
　だから、やくざとの繋がりを考えたのも当然だった。

　10時半を過ぎていた。
　パセンジャーシートに収まったミィコはショボ暮れた顔をしていた。・俺に勘違いさせて、怒らせそうになった事は承知しているのだろう？
　だが、ミィコのこんな性格は十二分に承知している筈の俺だ。いつも遣りすぎの悪戯だが、俺の関心を牽く為の事だって事も良く分かっていた。
　今から相手をしてやったら、お泊まりになっちゃうじゃないか！

　こんな時間からシティーホテルには行きたくない。
　打ち合わせで何処でも良く邪魔しているから、 ミィコなんて連れてチェックインしたら次の打ち合わせの時に、変な目で見られかねない。
　こう云う時は、良いホテルに顔を売ってしまった事を後悔する。

　今日の撮影の仕上がりも気になるンだけどなぁ。ミィコも、放っては置けないよなぁ？
　もう既に俺の横に乗っちゃっているんだし・・・。
　放り出せないのが俺の甘い処だが、放り出さないでいれば、こいつを抱かなければならなくなるのは時間の問題だ。・それなら、無理に遠回りをすれば、遠回りをするだけ俺が疲れるだけだ。

　もう、面倒臭い事をウダウダ遣るより、一直線の手っ取り早い方が良い！
　千駄ヶ谷が近いが、駐車場がオープンな処が多いので、取り敢えず渋谷方面だ。松濤局前を左に曲がったところ辺りには、車を外から見られない連れ込みが有った筈だ。

　ファミレスで『追われている訳ではない。』と、ミィコは云ったが、こいつが危ない事に直ぐに首を突っ込む癖を持っているのは、昔から承知している事だ。
　そして、身が安全となると、前言撤回。『何も無かったわよ・』と、知らん顔したがる性分なのも忘れられない記憶の中に留まっていた。
　ここは、一応の用心はしておいた方が良さそうだ。
　ミィコの云う事を云う通りに解釈して、変なチンピラにアヤ付けられた事もあったし、何で？って思う処で身の危険を感じたりした事もあった。

　駐車場へのホンのチョットの店外歩行だって気を抜けない。
　駐車場を出ても一緒に動き出す車がないか？
　動き出した車が後に付いてくるか？
　バックミラーにも周囲にも、注意は怠れない。
　青山一丁目を左折して、外苑の周回道路を一周する。
　また青山通りへ戻って、渋谷方向。
　・その間、付いて来る車が無いか？・必要があるのか無いのか分からない。
　だが今、変な事に巻き込まれるのだけはご免だ！
　こんな夜遅くに、こいつといると変な気分になる。
　何か？スパイ映画のヒーローになったような気分だ！
　そして、日常のゴチャゴチャした重圧から解放されるような気分だ。
　スリルはミィコに付き物。・確かに魅力でもあるけれど、怖さは隠しようもない。

　市井に混じって、数多くのエージェントが闊歩している。『スパイ天国』と云われる我が国。常識でしか人々が判断しないから、非常識を常識とする人間にとっては、確かに天国だろう？
　それでも俺は『自分が巻き込まれる事なんか無い。』と思っている。・普通に生活している人々の多くが同じ様に考えるだろう・。
　日本人の多くが、一般的な常識を大きく外れる事件など、俺と同じ様に考えている筈だ。