10　逆転

　俺はファイルの日付に疑問を持った。
　自分の日記と照らして判ることだが、この日付の夜、俺は家にいた。こんなことは出来ないはずだ。日付が間違っているのだろうか。ある予感から写真をもう一度見た。
　座敷の場面で障子の外がほのかに明るく写っているのがある。窓の写っている寝室の写真も注意深く見てみた。窓には隙間なくカーテンが掛かっていた。しかし、男に責められる母の足がカーテンを動かし外の光がわずかに写っている写真があった。間違いない、昼間の出来事だ。
　しかし、日記で判ることだが全部普段の日だ。休日ではない。父も男も仕事をサボってこんなことをしていたのだろうか。これは父と男の名誉のための俺の推理だ。

　大分あとで日記から分かることだが、それらの日の天候はすべて雨か雪だった。
　”頭”は天気予報の天才だった。
　山仕事は小雨ぐらいでは休まない。が、山の天気は急変する。植林したばかりの山は真夏に下草刈りをする。そこでは雷は地震より恐ろしいものだった。大きな木があれば雷はそちらに落ちる。しかし丸坊主の山に鎌を持った人間は雷の格好の餌食になる。また、大雨は小さな沢を瞬く間に濁流に変え、山道を寸断し、人を孤立させ焦らせて、事故に誘う。
　この山の男衆はテレビやラジオの流す当時の天気予報など端から信じなかった。
　”頭”は空を見、風を測り、匂いを嗅ぎ（”頭”はそう言った）決断した。
「明日は休む」「この雨は午前中で上がる」「午後から荒れる」「雷が来る」
　時間的なずれが出ることはあったが、一年の内で五日と大外れすることはなかった。
　父は役場内の部署が変わり日曜出勤があり、地域の集会、イベント等に出席した。その代休が普段の日に取れた。”頭”の天気予報に父の代休を合わせた。それが俺の推理だ。

　memo.txtの続きを見てみよう。
　話が紛らわしくなるので、淫乱で男好きで父に残酷な母を”蘭子”と呼ぶことにしよう。

　普段の妻”文子”に変化が出てきた。
　文子はこれまでも、妻として私によく尽くしてくれた。
　しかしそれはよそよそしいというと文子に申し訳ないが、頭で考えてから行動するようなところがあった。
「こうせねばならない」
「こうすれば喜んでくれるだろう」
　不満はなかった。が、知、情、意の情が薄い感じがした。
　文子は女の弱さ、甘えを見せることを嫌い、女性の性の部分を見せることを嫌い、男にそういう目で見られることを嫌った。

　それが変わってきた。
　私がある時、純一の進学の件を蒸し返した。
「世間体や親の見栄より、もっとあの子の立場に立って考えてくれてもいいでしょ」
　文子は強い口調でいい、泣き出した。
　これまで、正面切って私に反論したことはなかったし、私の前で文子が泣くのも新婚の時以来見たことがなかった。確かに私は同僚に対抗心があった。彼には純一と同級の出来のいい子がいた。

　文子の買い物に町へ付き合わされる。以前は一人で電車で行っていた。
　洋服を選ぶのにも付き合わされた。文子にしては派手で明るい服を選び、鏡を楽しそうに見て、ポーズをつくり私に評価を求めた。大きく開いた胸元、腕と足の白さ、体の曲線がまぶしい。
　その洋服を着て店を出ると、文子は腕を組んできた。すれ違う人が振り返る。
　私は振り払おうとしたが文子は離さない。男の目が文子を見てから私を見る。
　私は優越感を隠すのに苦労した。
　食事をした。
　文子の笑顔とおしゃべりが、おいしい料理により最高の味つけと満足感を提供した。
　映画を見た。当時評判の恋愛物の洋画だ。映画の間ずっと私の手を握っていた。
　帰りの車の中で映画の話を楽しそうに話していたが、そのうち眠ってしまった。

　都会育ちの文子は肌を指す虫が大の苦手だった。
　自分で塗れない背中などに薬を塗るのは今までは子供の役目だったが、ある時私に頼んだ。
　私はシャツを上げ、背中の赤いポツポツに薬を塗った。
　ブラジャーに隠れたところも刺されていたのでホックを外して薬を塗ったが、文子は大人しくしている。私は調子に乗り、ゆるくなったブラジャーの間から胸に手を伸ばす。乳房が柔らかい。指に力を入れると弾力が心地よかった。
「イエローカード」
　文子は息子に教えてもらったサッカーの審判の言葉を真似る。かまわず乳首を指で摘んだ。
「レッドカード」といって自分が退場した。
　”蘭子”や”杏子”のときとは違う恥じらいの感触を私の手に残して。

　晩酌に「ワインを飲もうか」と言うと嬉そうに自分のグラスだけ持ってテーブルに座る。
　私はぶつぶつ言いながらワインと自分のグラスを用意した。
　簡単なつまみを私に指図して作らせもした。
　酔って甘える文子は本当に色っぽく、心底私の宝物だと思った。
　子供達がいないと宝物が私の膝の上にキスをするために乗ってくる。
　私は不甲斐ない息子を呪った。（俺ではない）
　これで立派な息子を握らせれば、あの男がいなくても”蘭子”にも”杏子”にも会えるのに。
　そこに子供達がばたばたと入ってきたことがあった。
　私は慌てて離れようとしたが文子は離れない。
　純一は何も言わず私達を無視して冷蔵庫を開け欲しい物を取ると出て行ったが、舞はそばに来て腕を組んで「性教育のつもり」と頬を膨らませた。

　男衆の前でも構えるところがなくなり自然に振舞ったし、年の若いもんをからかって顔を赤くさせたりもした。男衆の冗談にも身体をよじって笑うこともあった。
　文子の軽やかな笑い声がいつも家の中を駆け回っていた。

　文子の変化に合わせるように”蘭子”はますます陰険で意地悪なメス豚になっていた。
　時にはあの男にも楯突いた。娼婦のようだった。
　しかし”杏子”に会うためには”蘭子”のどんな仕打ちに耐えなければならなかったが、”杏子”は俺の良きカウンセラーになっていて、私はどんな弱みも見せられた。”杏子”は私の話に意見をしたり、否定をしたりはしない。
「ふーん」「そうかい」「そんなことがあったのかい」
　私の頭を胸に抱いてただ話しを聞いてくれていた。そして最後に男にしてくれた。私は”杏子”を文子にないものを求める愛人のように思え、文子に対して本当に浮気をしているような気持ちにさえなった。同じ肉体なのに。

　文子はますますかわいい女に変身していった。
　ついに一緒に風呂に入ってくれた。
　何も起きなかったが、文子の恥らう裸が見れただけで私には十分だった。

　しかしベットの中では楽しいことばかりではなかった。私が”杏子”の役で忍耐を強いられた。
　文子は私の胸でこれまでの胸の痞えをはき出した。私が反論したり、自分を擁護したりすると文子はくるりと背を見せその晩は二度とこちらを向かなかった。
　私は”杏子”に倣いただ相槌と同意の言葉だけを繰り返したが、少しでもお座なりな返事になると文子はやっぱり背を向けた。私は改めて”杏子”の忍耐に感謝した。
　文子の話は新婚時代、学生時代、子供時代へと時を遡っていき、休みの前の晩は空が明らむ頃まで続くこともあった。

　私の忍耐、いや途中からは大事な私の勤めとなったが、このことが文子の変身に関係あることは間違いない。映像には収録してないが何回か”杏子”に会い泣いて詫びた。
　自分が文子に対して如何に冷たい自分勝手な人間だったか。
　私自身も変身していったのだ。きっと、文子もそれを感じただろう。

　もちろん夜の夫婦生活にも変化が出てきた。

　暖炉に薪を入れ、部屋の電気をすべて消した。
　文子のパジャマを脱がせ、下着も脱がせた。
　寒さのためではなく恥ずかしさのために震えている新婚時代の文子がいる。
　　私は大事な大事な宝物を暖炉の揺れる明かりの中で鑑賞し、そして優しく優しく愛撫した。
　静かな時間が流れた。

　”蘭子”の性感帯は私の目が知っていた。
　文子に試した。文子もワインの助けを借りて協力してくれた。文子の体は私の愛撫に拒否反応を示すことが多かったが、私は焦らず気長に接した。
　まかれた種はつるを伸ばしやがてあちこちに色とりどりの花を咲かせた。
　文子の反応は”蘭子”ほど激しくはない。しかし私は十分に幸せだった。
　なによりも、文子の反応は私の愛情に答えていた。演技や誇張はなかった。
　私も文子の愛情を全身に感じていた。

　それでも私の息子は”親の心子知らず”、非協力的であった。
　私は出張の時、いかがわしい雑誌の広告の地図を便りに必死で店を探した。
　その店で文子への土産を買った。

　ベットの上で文子は顔を真っ赤にして正座している。
　私と文子の間には土産の電動こけしがあった。
「私は使いません。絶対に嫌です。死んでも使いません」
　私は三日三晩拝み倒し、ついに文子が折れた。
「一度だけですよ。済んだらすぐ捨ててくださいよ。子供の目に留まったらどうするんです」
　文子はその晩ワインを一本空けたが、それでも嫌そうにうなだれ私に手を引かれ寝室に向かった。
「すごい！」
　一時間後、文子は上気した顔で電動こけしに頬擦りしていた。
　このとき文子はカメラを許していない。
　よって映像はない。残念！

　私は入念に前戯をした。
　特にあそこは十分に舐め、吸った。
　ここまで文子が許してくれるのには涙ぐましい努力があった。お互いに。
　こけしを取り出しスイッチを強に入れた。
　私は真っ暗な中で悪戦苦闘した。真っ暗な中でするのが文子の条件だ。
　こけしが触れると、文子はじっとしていられず、部屋中を逃げ回る。
　私は作戦を変えこけしのスイッチを切った。やっとこけしの頭が入った。
「もういいでしょ、お仕舞いにして、お願い、ね、ね」
　根元まで押し込んだ。
「いや」
　文子は私の腕をつかみこけしを引き出そうとする。
　私は必死でスイッチを入れた。私の腕にくねくねという動きが伝わって来る。
「やめて、やめて」
　文子は腰をよじったが、しばらくすると、抵抗は言葉だけになった。
　暗がりの中でも、文子が両手で顔を隠しているのがわかる。私はそのままの姿勢で片方の手を伸ばし、ようやくの事で照明のスイッチを入れた。部屋が明るくなったが文子は気付かない。

　こけしをゆっくり出し入れしてみたが、文子はじっとしている。
　こけしのもう一つのスイッチを入れると「ブーン」と音がして、こけしの根元から出ている小熊の舌が細かく振動し出した。こけしをゆっくり押し込み、小熊の舌をクリトリスの付近にそっと付ける。文子の身体が「ピクッ」とした。
　私は注意深く文子の両足を少しずつ広げた。やっと手が自由に動くようになった。

　文子はほとんど抵抗しなくなり私に少し余裕が出てきた。
　手首を使って柔らかくこけしを動かした。こけしの二つのスイッチをスライドさせ動きに変化を持たせた。スライドすることにより、クネリとバイブの強弱の変化が出る。
　文子の腰が微妙にそしてゆっくり動き出しこけしがねっとりと光りだすと文子の足はひし形に開いてきた。
　私はその足の間に腹ばいに寝てこけしに集中していたが、濃い陰毛越しに文子の上半身を見た。腰の動きが大きくなり、下腹は力が入り上下している。　息遣いが激しく乳房が揺れている。目を隠していた両手が今は拝むような形で口を押さえていた。
　文子の表情を見るため私は自分の上半身を起こした。文子は目を大きく開け天井の一点を見つめている。

　私は益々右手に神経を集中させる。こけしがあの男の腰の動きを真似た。
　文子の顔が左右に揺れる。口から離れた両手がシーツを掴む。身体が反り返るように全身に力が入る。目をかっと開いて頬が膨らんだ。
「フォッ」
　思い切って息を吐き出した。こけしをしっかり咥えた文子のあそこが私の腕をゆすった。
「このまま失神して”杏子”を呼び出してほしい」
　そうは問屋が卸さなかった。

　二人とも汗びっしょりだ。文子は肩で大きく息をしている。
　文子の手を取り、まだくわえ込んだままの土手を触らせた。
「嫌だ、こんなに膨らんでる」
　その時部屋が明るくなっているのに文子はようやく気がついた。
「キャッ」といって毛布を取るとその中で丸くなっている。
　私は毛布を剥ぎ取り文子を抱きしめた。
「すごいわ、あなた。すごかった。ありがとう」
　文子も思い切り私の首に抱きついてきた。
「あら」
　文子はまだ入ったままだったこけしを引き出し頬擦りした次第である。

　俺はこけしを取り上げ言った。
「さー、捨ててこなけりゃ」
「もー、いじわるー」
　私の手からこけしを奪い返すとそれを私の口に入れてきた。
　文子の目を見ながら私はこけしに付いている文子の蜜を舐めた。
　文子も舌を出し顔を近づけてきた。こけしを挟んで二つの舌が絡まった。
　こけしはさっぱりすると、また自分の仕事場である文子の股間に向かった。
　そして二回目もあっという間に時間が過ぎた。

　二人はお互いの身体の汗を拭き、ベットに入り抱き合ったまま寝た。
　夢住む町の入り口に着いたとき、誰かが私の肩をゆすって言った。
「ネー、もう一度」
　次の日、私の右手は腱鞘炎寸前で、ペンも持てなかった。

　電動こけしが何回か活躍して一月十八日を迎えた。
　”頭”の予報どうり、朝から雪が深々と降っている。
　文子はこの日の計画を知ると私に言った。
「もういいの、あの人とはいいの。あなたが可哀そう」
　こんな言葉を文子から聞ける幸せ。
　私もそうしたい。しかし私はまだ”杏子”を必要としている。

　そう、文子は初めから”蘭子”のことを知っていた。
　何回目かの町への帰り、車の中で文子が急に泣き出した。車に乗った時から元気がなかった。
　私は車を路肩に止めて、文子の肩を抱いた。最近こういう状態によくなった。
　だがこの日は違った。段々動揺が激しくなり、半狂乱の状態になり気を失った。
　脇を通った男性が親切に声を掛けた。
「救急車を呼びましょうか」
「いえ、いつものひきつけです」
　私は丁重に礼をいい、車をゆっくり発進させた。
　予感があった。今度は人気のない側道に入り車を止めた。
　はたして、”杏子”が出た。
「何で急に呼び出すんだよ。こっちにだって準備ってものがあるんだからね」
　最高に不機嫌だ。自分の服装を見て言う。
「ヤダよ、こんなものを着て」
　気持ち悪そうに肩をゆすった。裸でないと落ち着かないらしい。
「なぜ出てきたんだ」
「知らないよ、こっちが聞きたいよ。俺だって自分で勝手に出られるわけじゃないんだよ」
「文子から直接変わったんだよ」
「わかってるよ、最近おかしいんだよ、こいつら」
はき捨てるように言うとまた気を失った。

　しばらくすると文子が静かに言った。
「私は地獄に落ちればいいんだわ。ごめんなさいね、あなたをあんなに傷つけて」
　私は黙って文子の肩を抱いている。
「”頭”とのこと恐ろしいことだわ。そしてあなたを巻き込んで、人間のすることじゃないわ」
　肩が震えてる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
　私は文子の手を優しく握った。
　突然その手が払いのけられる。
「ふざけるなって言うのよ。雄一、あんたなんか目じゃないのさ役立たず。辰さんが一番なのよ」
　”蘭子”だ。
「あのカマトトが、この頃大きい顔してさー。やりにくくてしょうがないのよ、まったくゥ」
　散々文子をなじり、私に悪態をついた。
　突然声がやみ、うつむいている。
　文子が目にいっぱい涙をためて私の顔を見た。
「悔しいけど、さっきのあの人に私は何にも出来ないの」

　こんな事がまた起きたら病院に連れて行こうと思った。
　幸いなことにこんなひどい状態には続けてならなかった。
　子供達や使用人の前では順調だったが、私の前では一進一退が続いた。
　私と二人の時にもほとんど落ち着いてはいたが、時として不安定で非常にナーバスになった。
　機嫌が良いと思ったらすぐふさぎ込む。昨日は許したことを今日は完全に拒否する。
　とにかく感情の起伏が激しくなった。突然に。
　これからも当分続くことになる
　ここら辺のところは後で文子に語ってもらうこととして先に進もう。
つづく