11　滝つぼ

　俺は時計を見た。夜の十二時を回っている。書斎を出て廊下で、屈伸運動をした。台所に行き、水道の蛇口に口を当て水を飲んだ。喉がカラカラだった。隣の居間に行き電気をつけた。そして、座敷に行き、最後に両親の寝室に行った。格子戸の中にも入ってみる。
　急に空腹を感じた。また台所に行き、冷蔵庫を開けた。ハムとバターが目に入った。テーブルにあった食パンに挟み牛乳を流し込んだ。妻に帰るときこれらを全部処分するように言われていたことを思い出した。
　居間に戻ると葉巻に火をつけ仰向けに寝た。俺は書斎を出てから今までずっと思い出そうとしていた。中学二年の締め日からの一年間の両親のことを。
　変わったことは何も思い出せないが、第一回目の三者面談のことは思い出した。
　この時担任はすこし不満そうだったが、母はニコニコしていた。
　俺は母が父を説得してくれたのを感謝していた。父がどうだったか思い出せない。
　しかし秋の二回目の面談の時には父の望んだトップ校の名を上げて母を驚かせた。
　成績はますます上がっていて担任も喜んで賛成してくれた。
　高校の入学式には両親が出席した。アルバムには満面笑みの父の顔がある。
　希望校の変更についてここに白状しよう。
　その夏、親に頼んで、予備校の夏期講習を受けた。そこにはよその学校の生徒も来ていて、その中の一人の娘に一目惚れした。その娘の志望校が父の望んだトップ校だった。そういうことだ。
　その娘もめでたく合格した。甘く切ない初恋だった。もちろん失恋に終わった。

　志望校変更の動機もそんな訳で、一年間勉強漬けだったわけではない。発散する時は発散した。
　母の浮気を知り、すごい場面を何回か見ていた。その俺が、一つ屋根の下にいて、この家でその後起こったことに気づかなかった。そんなことがあるだろうか。
　俺が母は明るくなった、色っぽくなったと実感したのは高校に入ってからだと思う。しかし一年近く前から母は変化していたと父は言っている。父が言うように俺は元来が奥手だったのだろうか。舞に聞いてみたい気がしたがそれはできない相談だ。

　父の立場で時の流れをなぞってみた。
　俺が中学二年の七月に父は母と男の間に疑いを持った。
　九月には決定的な現場を録音した。残酷な内容だった。
　それから何回か母と男は浮気を繰り返す。
　年が明け二月に夫婦の寝室で繰り広げられた母と男の痴態を写真に収めた。
　何日かあと男と取引をする。
　そして”締め日”を迎へ、父も母も男も何もなかったように、例年のごとく振舞った。
　父は目の前で母が男に抱かれるのを見て興奮した。
　やがて自分も参加する。
　ここまでは歳の離れた夫婦によくある話だと聞いたことがある。
　しかし、父は母の中に三人の女がいると言っている。
　そして最近その三人の力関係、役割が変化をきたしている。
　そのために母の精神が不安定になってきた。父はそう思っているようだ。

　俺は葉巻の火を消すと、書斎に向かった。
　次のフォルダは六月、前のフォルダとの間が半年あった。
　ここにも幾つかのフォルダが入っていた。
　始めのフォルダを開けた。

　映像と音声のファイルがあったが、スライドショーはできない。
　父は編集をしてなかった。写真と録音テープをそのまま収録してあるだけだ。
　俺は仕方なしに画像ファイルだけを見るソフトで見てみた。
　女と男の濡れ場が何枚も写っていた。
　女に比べ男は若かった。美男子で立派なモノを持っている。
　女が男の後ろから抱き付いている。
　椅子に座った男の足の間に女がひざまずき立派なあそこを夢中で舐めている。
　女が上に乗って自分で乳房を掴んでいる。
　四つん這いにさせられバックから突かれている。
　そして、男に髪を掴まれた女の顔が正面から写っている。口が大きく開いていた。
　ことが終わり、裸の男の胸に女の顔が乗っている。
　女が男に夢中なのが判る。
　音声ファイルを聞いてみた。
　人妻が若い男と浮気をしている現場だ。
　少なくとも女は写真を撮られていることも録音されていることも知らないようだ。
　女の目にはモザイク加工がしてあった。
　音声が所々途切れている。おそらく個人を特定できる箇所を消しているのだろう。
　女は母ではなかった。

　次のフォルダには女は一人だが男は複数が写っている。
　男達は一見して素人でないと判った。刺青あり、小指なし。
　一人の女を大勢のやくざがいたぶっている、そんな写真が何枚もあった。
　父が写したものではない。俺のような素人にもカメラの違い、腕の違いが判った。品がい。
　しかし、本物のいやらしさ、臨場感は伝わった。
　股を無理やり開かれ手や口、大人のおもちゃで攻められている。そして輪姦された。
　女は必死絵抵抗している。しかし最後は男達のテクニックに負けた。
　録音を聞いてみる。
　やくざが素人女を商売女に仕込むという筋書きだ。
　父はどこから手に入れたのだろう。買ったのだろうか。
　しかし、こんなものをこのハードディスクに保存する必要があるのだろうか。
　俺も父を真似て音声をバックに、画像を次々に映してみた。うまくいかない。

　初めの頃はあそこに何かを塗られていた。媚薬といわれているものだろうか。
　あそこと口を犯されている。後ろに何人か順番を待っている。
　そのあとの写真は上から撮ってある。
　髪も顔も胸も腹も精液でべたべたにされている。口を大きく開けていた。
　この時の音を探した。
「何人にやられた言ってみろ。亭主に見せるか、この写真を」
「イヤー」

　両手を押さえつけられ、両足は”Ｖ”の字にされている。
　男の手が女のあそこに手首まで入ろうとしていた。
「ウワァ〜、裂けるよー、グワー」
　次の写真では手首まで入っている。そして、何人かの男にそれぞれ手足を持ち上げられ身体が浮いている。そして何本もの男の手が女の体中を愛撫していた。
　口にも太いのがぶち込まれている。
　次の写真はそのままの格好で顔だけ起して手を入れている男を見ている。
「もっとやって、もっとよー。中をかき回してー」
「こうか、どうだ」
「ウオー、すごい、ぎゃー」

　浣腸されていた。
　ビニールの上に排泄物が撒き散らされている。
　肛門に何か塗られていた。潤滑油だろう
　指を入れられている。
　次の写真では男のモノがぶち込まれている。
「痛い、痛い、良くない、やめてー」
「我慢しな、すぐ良くなるぜ」
　しばらくして
「ほれ見ろ、なんだその顔は」
「ハー、ハー」
「前にも入れてやれ、サンドイッチだ」
　男が寝てその上に女が乗り、その上に男がいる。
　上の男は四股を踏むように中腰だ
　アップが映る。
　両方に刺さっている。下の方の穴からは汁が垂れていた。
　顔のアップが映る。
　目の表情はわからないが、こちらの口からも涎がたれている。
「良くなったろう。ほーれ、自分で腰を動かしてみろ」
「いー、いー、両方があたる。ウヮッ、うわー」
　立って犯られているのもあった。
　男二人に挟まれ女の足は浮いていた。”嬲る”という字はここから来たのだろうか。

　部屋が変わった。
　男は二人から多くても三人くらいだった。一人のときもあった。
　この頃から同じ男が必ず加わった。
　いや、この男が支配している。
　男達は｛だんな」と呼び、女にはご主人様と言わせていた。
　ご主人様は肛門専門だった。
　女はこの男のために調教されたのだろうか。
　ご主人様は色は黒く、太っていた。手足が短く太い。首も太く短くまるで首がないようだ。
　腹は三段にも四段にもせり出していて、頭はてっぺんが丸く禿げている。
　まるでガマ蛙のような男だった。

　memo.txtを開いた。

　家に帰ると文子が使い古したカバンを渡した。
　普段、”頭”と私の間で書類のやり取りするときのカバンだった。
「昼間”頭”が来て置いていきました」
　私は風呂に入り、食事をした。
「”頭”ッたらおかしいのよ。そのカバン預けたあと、”奥様、本当にお綺麗になられましたね”なんて言うのよ」
　文子はその場面を思い出すように言った。
「ねー、あの人が言うかしら。私言ってやったの”じゃー前は何だったて言うの”て」
「そうしたら、”頭”ったらどぎまぎしちゃって”いえ、そういう意味じゃねーですよ”て本当に困った顔して」
　文子は”頭”の口真似をしてコロコロと笑った。
　文子は本当に綺麗になった。原石が磨かれ、やがて内に秘めた美しさが光り輝くように。

　私は書斎に入りカバンを開けた。
　山の取引の書類があったが、何時もは入っていないものがあった。
　旦那様と書いた封筒とテープレコーダのテープが一本入っていた。ほかにフィルムと写真が多数あった。
　封筒を開けると便箋とまた封筒が一通入っていた。
　”頭”は学校は出ていなかったが、先代が読み書きを教え、しっかりした字を書く。
　しばらくして、私は”頭”の家に電話するために居間に向かった。
　文子が電話の受話器を下ろすところだった。
「”頭”が家に帰っていないんですって。こちらに来ていないかって」
　二番頭からの電話だった。
「どこに行ったのかしら」
　文子は独り言のように言った。
　私も声を出さずに自分に言った。
「”頭”はもうこの世にはいない」

　翌日、”頭”を除いて男衆が全員、家に集まった。
　”頭”は夕べ帰らなかった。男衆は山に向かった。
　”頭”はすぐに見つかった。滝つぼで死んでいた。
　警察が来た。あちこちに打撲があったが、致命傷ではなく、死因は水死だった。
　警察の事情聴取に対し、男衆はさっき私に報告したことをそのまま話した。
　三日前の土曜日、男衆はこの滝つぼのところの山で仕事をした。
　その前に降った大雨の被害を調査しその保全のため皆で山を回る仕事だった。
　滝つぼの上に銘木の部類に入る木があった。
　今回の雨でその根元のところまで崩れ、滝つぼまで絶壁になっていた。
　今度崩れるとその木が滝つぼまで落ちてしまい流される可能性があった。
　”頭”は男衆の二人にそうならないための手当てを指示し別の現場に向かった。
　”頭”が戻ると作業はまだ完了していなかった。
　その木にはしごを掛けそこからさらに上に昇り、ロープを何本か掛けなければならなかった。
　終了時間を過ぎており、皆も疲れている。その日はその仕事を残し山を降りた。
　”頭”は昨日の午後から皆とは別行動をとり、やり残した仕事場に向かうことになった。
　二番頭は補助を付けようとした。
　”頭”なら半日あれば一人でこなせる仕事だったが危険な場所になっている。
　”頭”は「大丈夫だ」と笑って言った。
　事実、仕事は完璧に仕上げてあった。

　警察が唯一疑問に思ったのは、滝つぼに落ちても少し泳げば足の着くところに行けたのにという事だ。しかし、他に不審なところは無く、落ちる時に頭を打ち気を失ってしまったのだろうということになった。この疑問もすぐに解けた。
　”頭”の幼馴染が葬式に出席した。
　”頭”はまったく泳げなかった。小さい時溺れかかりそれ以来どうしても水に入れなかった。
　幼馴染が夏の苦手なガキ大将を語った。
　あるとき年上の”悪”が冗談半分に”頭”を水に投げ込んだ。立てば足が付くところだった。
　ガキ大将は背中を見せ動かなかった。
　皆はガキ大将”がふざけていると思ったが本人は動こうにも動けなかった。
　皆がすぐ引き上げたが、水をたらふく飲んでいて危うく死ぬところだったそうだ。
　男衆も言った。
「そう言えば、夏場、皆は休み時間にふんどし一つになり水に入ったが、”頭”は入らなかった」
つづく