悪友が時々学校へエロ本や写真を持ってきた。まわし読みは楽しい時間だった。
　しかし、その中の写真や絵は本を売るためにやっていることだと思っていた。
　書いてあることも嘘っぱちだと思っていた。
　あんなことは変態のすることで、普通の人は両親のようなセックスしかしないと思っていた。しかしこの二ヶ月で俺の「性の世界」はビッグバンを起した。友達と見たエロ本や写真が別の意味で嘘っぽく思えた。一目置いていた悪友も幼く見えた。

　今日は土曜日の午後。外は雨
　俺と妹はコタツに入っておやつの煎餅をかじりながらテレビを見ている。
「明日晴れるといいわねー」
　母は外を見ながら言った。明日の準備のための帳簿の整理をしている。
「二人とも明日はちゃんと手伝ってね」
　妹がテレビに笑う。俺もテレビの画面を見ているが別のことを考えている。目の前にいる母のことだ。俺が実際に見たセックスをする女は母だけだ。
「こないだの星座の会のとき誰のところにいたの」
　俺は妹の顔を見た。知らん振りをしている。
　母の相手は父とあの男だ。相手が変わると同じ母という女の反応がなぜあれほど変わるのか。
「聞いてるの」
　誰もいない両親の寝室が頭に浮かんだ。
「お母さんにいえない所なの」
　俺を睨む母の顔を見た。
　両親の寝室がフラッシュのように光り出した。
　男と母の絡み合った姿が次々と形を変えフラッシュに照らし出される。
　あの男との関係はいつからなのか。何が原因か。なぜあんな事ができるのだろう。なぜ今、こんなに平気でいられるのだろうか。そしてあの男をも赤子のように扱う鬼のような女の出現。
　寝室がグルグル回りだした。
「反抗期が始まったのかしら」
　返事をしない俺をまた睨み返して母は台所に立った。俺は母の後姿に言った。
「おかあさん、どこへ行っちゃうの」

　コタツの中で妹の足を思い切り蹴った。妹は泣きながら台所に逃げた。
　俺は追いかけた。妹は母の後ろに隠れていた。
「やめなさい」母は強い調子で言った。いつもの兄弟喧嘩はここで止まった。
　俺は母にとって扱いやすい素直な子だった。
「うるせー」母に対し初めて使う言葉が出ると同時に母との間にあった椅子がすっ飛んだ。母がまだこっちを向いていたら、俺は間違いなく母に取り返しのつかない暴力を振るっていただろう。母は俺に背を向けしゃがみ、妹を両手で包み込んでいた。妹の震えが母の腕に伝わっていた。
「違うの、昨日先生に偶然お会いして、純ちゃんが行かなかったことが分って、舞を問い詰めたの」
　母は必死で妹をかばった。俺は外に飛び出した。涙が出たが雨が隠してくれた。雨の中を歩き続けた。
　母の「やめなさい」の後少しでも反抗するといつも父の出番だった。
　この件で父は出てこなかった。俺が母と妹に暴力的に接したのはこの時だけだ。

<ここからは純一が子供の頃の山村の一日とあの男の生い立ちが書かれている。セックス描写は無いができれば読んでいただきたい＞

　六時に起こされた。母は何時に起きたのだろう。
　障子を開け外を見た。母の願いどおりに空は晴れ渡っていた。
　妹はごめんねと言ってきた。声に出さなかったが「いや、兄ちゃんが悪かった」と俺は言った。
　着替えて食事を済ませた。母とは目を合わせなかった。
　男衆（使用人たち）がやって来た。女衆（使用人の奥さん達）もやって来た。
　今日はこの家の山仕事の「締め日」だ。
　男衆は小屋の修理、片付け、道具類の点検整備、在庫品の確認、購入品のチェック。
　もっとも、遠くの小屋は前もって済ませてあった。一番遠くの山は一日がかりでないと行けない。
　女衆は洗濯、繕い、食事の支度
　父は帳簿をチェックし、時々、母や”頭”を呼んで指示を出した。
　母も女衆にあれこれ指図していた。洗濯物だけは自分一人で畳んだ。几帳面な母らしかった
　家の中から外まで人が行き交う。すごい活気だ。
　俺も妹も言いつけられたことを真面目にやった。特に今回の俺は皆の目を見張らせた。自分の分担は昼までに済ませてしまい、父に仕事の催促をした。母は目を丸くした。
　やがて夕方になり使用人の子供達も集まってきた。
　膳の用意ができ、男衆は座敷へ女衆は台所の横の部屋に集まり席に着いた。
　正月とこの日以外使用人は座敷に上がらない。
　座敷では頭”のはじめの言葉のあと父が挨拶に立った。
　今年の収支がよかったことを報告し、父は”頭”をほめ頭を下げた。そして来年度も頼むと言った。臨時賞与が全員に配られると宴が始まった。
　母が男衆に酒を注いで回った。着物に着替えていた。あの着物だ。メガネはもちろんしていた。まずあの男から注いだ。礼は言ったがそっけなかい態度だった。
　他の男衆には愛想がよかった。返杯も受けた。男達はうれしそうだった。
　あの時の山小屋での男達の会話が母の身体を舐めているように俺には見えた。

　これは後になって知ったことだが、
　”頭”にとって締め日の座敷で主人より頭を下げられるのは最高の名誉であった。
　この家では毎年のことだったがよその山組ではめったにない事だったそうだ。
　臨時賞与の中身もよその山組より桁違いに多かった。よその山組では出ない年もあった。
　父はこの男に山の現場から業者との交渉まで任せっ切りだった。
　他の山では”頭”が出入り業者と組んで利益を懐に入れた。
　”頭”の役得でもあり、「抜き」と言う言葉で大抵の事は大目に見られていた。
　この男は抜かなかった。この男と使用人の働きでほかの山より多い収益がすべて父に渡った。使用人も仕事はきつかったが、”頭”の采配は平等でやり甲斐があり、結果収入も他の山より多かった。

　流れ者のどうしょうもない暴れん坊だったこの男を先代、俺の祖父はかわいがった。警察へ何度ももらい下げに行った。嫁さんの世話もした。当時の”頭”は祖父の指示でビシビシ仕込んだ。最近では、使用人はもちろん、村の若い衆のもめごともこの男が出て行くと納まった。年寄り連中も一目置いている。
　その男が先代が死んだ時、棺にすがって泣いた。この男が泣くのを多くの人が初めて見た。葬儀の進行が狂った。時間にうるさい和尚もなすすべがなかった。

　母が座敷より戻った。
　子供達が玄関に小さい順に並んでいた。俺達兄妹もこの時はみんなと一緒に並ぶ。
　田舎では手に入らない菓子が配られた。母は一人一人に声をかけた。
　子供は恥ずかしそうに礼を言い自分の母親の顔をチラッと見て走って帰っていく。
　俺に渡す時「今日は偉かったわね、お母さん見直したわ」と本当にうれしそうに言った。俺は「うん」と言った。これが今日はじめて母と交わした会話だった。

　それが済むと、母は女衆の笑顔が待つ部屋に入った。
　母よりねぎらいの言葉とともに反物が女衆一人一人に渡された。まずあの男の女房に渡される。この女房は全然気づいていないのだろうか。夫と母のことを。この反物はこの後、母の知り合いにより安い仕立て代で着物になる。
　反物以外に何がしかの品が渡される女房もいて顔が輝いた。他の女衆も一緒に喜んでいる。
　乳の出の悪い女房には栄養のある日持ちのいい食料品が渡された。学校に入学する子のある家にはその家の状態により、本であったり、服であったり、靴であったりした。
　そして毎年のことであるが、ふたつ隣町にある湯治場の一週間の宿泊券が渡された時に一番盛り上がった。それはきつい姑に何時も泣かされている嫁さんに渡された。姑は大の温泉好きだった。　その嫁さんは本当にうれしそうだった。盛んに冷やかされていた。
「又子供をつくるのかい」
　もらわなかった女衆も自分がその立場になれば母が分け隔てなく心配してくれることが分かっていた。男衆よりは粗末であるが笑い声の絶えない女衆の食事が始まった。酒も出た。締め日には女衆が酒を飲んでもどこからも文句は出なかった。ここでも母は少し飲んだ。

　俺と妹が食事を済ませ風呂から出ると男衆は玄関で父に挨拶をしていた。
　女衆が料理の残りを手早くまとめ風呂敷にいれ、酒と一緒に男衆に渡した。
　大概の男衆は女房に臨時賞与を取り上げられている。
　それが間違いない。これから山小屋に行きあとは覚えていないほどに朝まで盛り上がるのだから。
　片付けをして女衆も帰った。
　父と酒を飲んでいた”頭”が最後に帰った。
　父が風呂に入りすぐに出た。俺達は部屋に入った。
　母が風呂に行った。母は長風呂だ。
　この家の大事な一日が終わった。家の中がいつもよりシーンとしている。
　俺は心地よい眠りについた。

つづく