5　書斎

　俺は父の書斎に入った。書斎といっても本はほとんどない。
　父の唯一の趣味は写真だった。コンテストに何回も入選している。

　撮った写真をスライドにして録音した音と同時に自動的に映すスライドショーを子供の頃見た記憶がある。録音した鳥の鳴き声が流れ小鳥の巣の雛と親鳥のスライドが何秒かおきに変わり壁に映し出される。映画とは違う臨場感があったのを覚えている。俺や妹を主役にしたものもあった。
　カメラとレンズ、付属品。アルバム、スライドが所狭しと置いてある。カメラは最高級品からバカちょんカメラまで何台かあり、レンズの数もすごかった。又、水の中を撮影できる装置、動物を近くで撮るとき驚かせないためにシャッター音を消す装置。遠くからシャッターが切れる装置、一定の間隔で自動的にシャッターが切れる装置。三脚、ストロボ、テープレコーダー。あらゆるものが揃っていた。
　そして極めつけは現像室。小さな写真屋さんだった。いつからかカラーも現像できた。ひと月の給料がすべてフィルム代に消えた時、さすがに母は父に文句を言っていた。しかしこの家の経済状態はそれを許した。

　ビデオカメラが出るとそちらにも手を出した。今もここに５台ある。
　パソコンもある。六十の手習いではじめたがすごいレベルになっていた。今までに貯めた写真やスライドをハードディスクに保存しパソコンで管理しているらしかった。
　このパソコンの電源コードを持ち父は倒れていた。プラグはコンセントから外れていた。
　俺はパソコンの電源を入れた。内臓のハードディスクに残された変更日付は父の倒れる何日も前だった。趣味で撮影された画像がフォルダに整理されている。サウンドファイルもあった。
「ｓｈｏｗ。ｅｘｅ」というプログラムファイルを実行するとスクリーンセーバーにサウンドが合体したあの現代版スライドショーを上演した。三連の蒸気機関車が汽笛を鳴らして近付き、蒸気の音を響かせ遠ざかって行く。俺は良く知らないがこの機関車の写真は今では貴重なものなんだろう。そんな記録の写真、昔の村の風景、もういない人々の写真であふれていた。

　増設のハードディスクがあった。開けようとしたがパスワードが必要だった。俺はあのメモのアルファベットを打ち込んだ。開いた。俺は自分の勘に拍手を送った。
　大容量のハードディスクは満杯状態だ。父の倒れた日でファイルを検索するといくつかのファイルが出てきた。俺の腕時計とパソコンの時計を比べると一分と違わない。
ファイルの変更日時からすると倒れてから発見されるまで少なくとも五時間は経っていたことになる。父の望みだったが一人住まいさせたことを悔やんだ。

　そのファイルのあるフォルダもやっはり画像ファイルとサウンドファイルで一杯だった。そのなかのひとつのファイルを開いてみた。男と女の結合部分のアップの映像だ。しかも無修正。
いい歳をしてこんなものを見ていて死んだのか親父は、最近のあの気難しい顔を思い浮かべ俺は微笑んだ。父の葬儀の後で見るものじゃないと迷ったがスライドショーのプログラムを実行してみた。
　軽い気持ちでそのフォルダーを指定した。ディスプレーが黒くなった。

　真っ暗闇の中に足音が近づく。ドアが開く音がして、部屋の電気がついた。母の三面鏡がある。男が先に入り女が追いかけてきた。男女の言い争いが目の前で始まった。
　俺の身体を衝撃が走った。
　もうこの世にいない母とあの男が現れたのだ。三十年前の若さで。
　事態が飲み込めない。画面は容赦なく切り替わる。
「ここはいや、いやなの。一度だけだって言ったじゃない。絶対いや」母の声だ。
　男は口の開いたワインの瓶とグラスをベットのヘッドボードに置き、母を抱き寄せ耳元でなにか言った。母の抵抗が段々に弱まると男はワインを母に飲ませた。母の喉がゴクゴクと鳴った。
　母は一度部屋から出ると男の履物を持って入ってきた。完全に抵抗しなくなった母に着物に着替えるよう男は命じた。

　初め演技かと思ったが役者でもない二人にこんな迫真の演技は無理だ。男と母は写真を撮られていることを気づいていない。格子戸の向うからの隠し撮りだ。そして撮っているのはやはり三十年前の父だ。俺はやっとそこまで理解した。

　男は暖炉に火をつけた後、ベットに横になりワイングラスを手に母の着替えを見ている。
　男は着付けの済んだ母を鏡台に連れて行き鏡を全部開き母に化粧をさせ口紅を濃く塗らせた。そして二人はベットに移った。
　父からも二人が直接は見えない。しばらくの間、鏡に移る二人が撮影されている。男は母を父の枕の上に座らせ懐から出した本を母に見せた。
「まァ、いやらしい」
「やりたい格好を選んでおけ」
　男は母の膝を立てた股を開くとその間に顔を埋めた。しばらくして母は本を置き，メガネを外し、ワインを飲んだ。母の足は着物から剥き出しになり股は段々に大きく開いた。母の声が上がった。
　
　ここからの母とあの男が繰り広げた狂宴をあなたはご存知のはずだ。そしてあなたと俺の推理はそんなには違わないはずだ。
　父はある疑惑のもとに周知に準備した。季節物を格納するこの部屋に消音装置のついたカメラ、三脚、テープレコーダ、フィルムを前もって運んだ。
　カメラは消音装置のため遠近の操作が出来ないので３台用意した。フィルムは２時間分撮れる本数を用意してすぐ使えるよう箱から出し、全てのケースのふたを外しておいた。そして、寝室からは見えないよう、寝室が見えるようそれらをセットした。
　この日父は食事を済ませ残業に出かけると見せ、窓から脚立を使い寝室に入り、この部屋で待った。

　白状しよう。以前俺が書いたこの寝室の描写はこのスライドショウに多分に影響されている。　つとめて十四歳の記憶で書こうとしたが、これを見た大人の視線が混じっているのはお許し願いたい。
　音声はテープレコーダの音が元になっており連続している。映像は動かず一秒から三十秒おき位に変わる。間隔は一定ではない。父が手動でシャッターを押して写した写真だから当然である。
　しかし音と映像は連動している。母の口の形と言葉が一致している。母のいやらしい表情と聞こえてくる獣のような叫びが一致している。圧倒的な臨場感があった。どのように映像を変える時間をコントロールしているのだろう。すごい技術と執念がいるはずだ。

　そして影響されてなおかつ、スライドショーは俺の残っている記憶と全然違う印象だった。あの時は十四歳、今は四五歳。少しは知っている。セックスを、男と女をそして人間の裏と表も。俺は外から見た。父は中から間近で、大人の目で撮っている。いや、夫の目で。夫婦の寝室で繰り広げられる妻の浮気現場を。乱れる妻の痴態を。同じ空気の中で。

「このスライドショウに影響されて父が撮った日と俺が窓から覗いた日を一緒にしているのではないか」
　そのようにお思いの方もおられるのでは。いえ、母とあの男との情事を俺と父は同時に見ていました。間違いなく。

　父の心を想像した。
　準備はした。確かに私はここにいる。だが、この寝室ではないと信じていた。いや、願っていた。
　しかし目の前には残酷な現実がある。よせばよかった、何をしている。止めさせろ。しかしシャッターは次々押された。瞬く間にフィルムがなくなる。どんなに狭くても、暗くても苦もなくフィルムは入れ替えられる。しかし今は慎重に入れ替える。指先を嫉妬の震えが襲う。
　鏡の前で妻はさっき着たばかりの着物を脱がされ裸にされていった。着る時は長襦袢を羽織って肌を隠したし、私の方からは開いたたんすの扉が邪魔をして裸は見えなかった。
　やがて裸にされた妻は左手で胸を押さえ右手で前を隠した。妻の裸を見るのは何年ぶりだろう。いや、一度でもこんな裸の立ち姿を見たことがあっただろうか。
「太った」と気にしているがそんなことはない。乳房の張り、腰のくびれ、尻の形、脚の線、見惚れた。「ふくよか」と言う表現がいい。
　男が妻の手を払いのけた。妻の陰毛は濃い。クリトリスの上では長く渦を巻いている。歳とともにあの周りに毛が生え濃くなってきた。妻はそれを気にし恥ずかしがっていた。私には滅多に見せなかったし、最近は見る機会もなくなっている。

　妻を鏡の前に立たせた。妻は顔を横に向けている。妻の顔を正面に向けさせ男も鏡を見た。妻はすぐ横を向き鏡を見ている男の顔を見上げた。妻が男の服を脱がせ、膝まづき男のズボンを脱がせた。男の裸の上半身は山で何度も見ていた。しかし全身の裸は一段と迫力を増す。尻から太腿への筋肉がすごい。彫刻のようだ。そしてあそこは太く長い。反っている。
　それが妻の小さな口に押し込まれた。また嫉妬が、怒りが俺を突き上げる。
「飛び出せ、あいつを殴り倒せ。首にしろ」
　しかし、私はカメラをアップ用のカメラに変えシャッターを押した。

　妻は俺には舐めるのも舐められるのも拒否した。一度疲れて寝ている妻の下着を指でずらせて眺め舐めた。興奮したが妻はすぐ気づき「変態」と叫んだ。その妻が音を立てて吸い舐めている。ペットボトルの飲み物を呑む形で男の先っぽに口をつけ吸っている。思い切り吸っている。頬が変形し筋肉が動く。形のいい上唇の周りにいく筋かの皺ができている。中で舌が動いているようだ。唇が蠢く。ズパ、ズパと音がすると男が呻く。
　男は妻の頭を押さえそれを押し込んだ。
　私も酔った勢いで行ったトルコで経験がある。特別料金だった。そのとき私は寝かされていて、女は私のものを咥えると自分で根元まで飲み込んだ。吐き出そうとする生理現象が俺のもの全体を包んだ。喉が舌が上顎が唇が私のモノを愛撫した。すぐに私は果てた。妻にもしてほしいと思ったが、夢のまた夢。「変態」どころではなくなる。

　その妻が今、男の恐ろしく長く太いモノを根元まで飲み込んでいる。男は上から見下ろしその感触を楽しんでいる。なかなか腕の力を抜かない。妻のもがきが男の身体をゆすった。限界と見て男は妻の頭から腕を離すと男のモノはゆっくり出てきた。妻の喉から「グエー」という動物的な音がした。妻が二，三回大きく息を吸うと男はまた妻の頭に手をやった。
　三回目は妻が男の尻を掴み自分から飲み込んだ。苦労してやっと妻の顔が男の陰毛に隠れた。涎が口の端から垂れている。妻の努力を男はうれしそうに見ていた。
　男がそのまま妻の顔を上に向けさせた。苦しいはずなのに妻は目をトロンとさせ男を見上げている。感じているんだ。妻は一段と積極的になった。
　男は鏡の前で窓の方を向き写っている。妻は男の足元で鏡に向いて座っている。妻は左手で男の右足に抱きつき、右手で男のモノの根元を掴み、口で横に咥えて首を振っている。男はそれを鏡で見ている。男の下の筋を妻は舌を長く出し舐め上げている。目を開け男を見上げている。その顔に男のいたぶる声が飛んだ。妻は卑猥な言葉でそれに答えている。

　男は鏡に妻の秘部を映させた、言葉だけで嬲った。妻はどこも触られないのに悔しいほどに感じている。私も知らないこの妻のマゾの気質をこの男はなぜ知っている。それにしても妻の酒の量はどうしたことだろう。一本開いてしまった。台所にワインがあるのは知っていたが寝酒に飲む程度だと思っていた。

　妻はベットで明るさを異常と思えるほど嫌い、私とはほとんど暗闇の中でした。それが今部屋の明かりは全部点いている。二人から格子戸の奥のレンズが見えないか心配するほどの明るさだった。
　妻と男は男女の四十八手の本を見ながら形を変え位置を変えて繋がった。
　男のなすがままの妻を撮る。喘ぎを悦びを叫びを撮る。
　ふと男の姿が消えるときがあった。実際に消えるわけではない。妻の身体の線があまりに美しさを見せる時シャッターが押される。瞬間、男が消え、卑猥な声も消える。
　妻が横になり上になった足をくの字に曲げ、肩を開いた。聞こえないはずのシャッター音が聞こえた。顎から首筋の線、少し反った背中の線。
　興奮のためかそれともワインの酔いが染めたのか、ピンクに染まった身体の中で特に胸が濃く染まっている。とがった乳首を紅色に小さい円が囲む。その外側に肌色の白い輪。その外をピンクの色が乳房の曲線を描く。
　腹のなだらかな線を太ももが横切る。その下を尻の豊かな線がなぞる。ふくらはぎから締まった足首への曲線。もう一本の足がその下を一直線に流れる。
　男が上の足を持ち上げ下の足を跨いで繋がる。なんという名の体位だろう。
　男が腰を振る。妻の濃い陰毛に男のものが光る。
　妻の胸はのけぞり顎が上がり、開いた口が下になった手の指を噛む。
　上の手がまっすぐに伸びて男を探す。男が妻の手を引くと妻の下の乳房がベットから浮き上がる。
　妻の口から卑猥な言葉が次々と出る。
　シャッターが押される。また男は消え卑猥な声も消えた。天女になった妻が舞う。
　その後も何度か男が消えた。

　二人が目の前に来た。妻がこちらを向いて立ち男が後ろから突き刺す。
　妻の左腕の脇の下から男の左手が入り妻の右手の二の腕を掴む。右手は妻の腰にあてがう。
　男が身体を反らせるとそれにつれ妻の胸が反る。妻の腕は羽交い絞めにされたように。
　それでも繋がりは外れない。男が腰を回す。妻の叫び声が上がる。

　男が手を離すと妻は体を前に倒し格子戸を手で掴んだ。男が突く。格子戸がガタガタと音を立てた。
　妻の顔が段々と格子戸に近づく。私の顔から三十センチもない。カモフラージュの布が夫婦を分けている。
　突かれるたびに妻は吼え、布越しに妻の吐く息を感じた。
　乳房には薄く血管が浮いている。男の手が乳房を掴むと形のいい乳房は無残に変形した。男の攻めが格子戸に伝わる。戸が外れるんじゃないかと心配した。
　最後には格子戸に妻の顔が横向きにくっ付いた。後ろから男の顔が妻の顔に近付いていく。妻が口の端から舌を長く出した。男は舌を音を出して吸った。妻は目を開いている。その目は焦点が合っていない。

　男がベットに腰を下ろしその上に妻を向き合わせに座らせた。妻は男のものを握って自分に入れた。男が後ろに手を突いて角度をつけると、妻は男の首にしがみつき腰を前後に動かしあそこを擦り付けた。
　妻の足をベットの上に伸ばし男は妻の手首をしっかり捕まえた。
　妻は身体を後ろにそらせ男の角度と一緒になった。妻と男の上半身が”Ｖ”の形になっている。
　男は下から突き、妻は腰を振り足が「イヤ、イヤ」をした。
　男は妻の手を首に持っていき男の首の後ろで左右の手をしっかり握らせた。
　男は妻の腰を持ち立ち上がった。手を上下すると妻の腰が上下して、おわんのような乳房の下のあばら骨が浮いた。妻は大きく口を開き、ガクッ、ガクッと頭を後ろにそらすと黒髪が踊った。男はそのまま鏡の前に行き二人で鏡を見た。

　二人はベットに戻り、松葉くずしの形で繋がったまま休みをとった。
　男は私達夫婦の性生活を妻に話させた。私達の寝室で、繋がった妻のあそこを弄びながら。
　男として如何に私が劣り、あの男が優れているかを妻の口から言わせた。
　怒りと嫉妬心、微かに残っていた私の理性が冷たく言った。
「今ここから跳び出なかったらあなたは大変なことになりますよ」
　二人の繋がりは動き出し、私はフィルムの残りを心配した。

　正上位に移った。
　妻の白い肉体の上で男の黒く光る身体がまるでワニがゆっくりと歩くようにねっとりと動く。その背中を妻の両手が泳ぎやがて妻の手は鷹の爪になり男の背中に赤い筋を何本も残した。
　いつの間にか屈曲位の体勢になり妻の足がＭ型になっている。
　繋がったところが少しでも多く密着するように男は足を広げた。妻も腰を少しでも上げるために自分の足の膝の後ろを自分で持ち引き付けた。足の指が反っている。
　結合部分がよく見えた。
　妻のあそこの周はベトベトですべてりの毛は肌や土手にへばりついていた。
　男のモノも妻の粘液でドロドロに光り、陰毛や袋には白いネバネバがいっぱい付いていた。

　妻のあそこは男をしっかり咥え込んでいる。土手がパンパンに膨らみ蠢く襞が生き物のように男のモノにまとわり付いていた。男が全部挿入して腰を上げると妻のあそこは音を出して潮を吹いた。役場の旅行の時、お座敷ストリップで”潮吹き”を見たが小便だったような気がした。
　今、妻はあそこから汁を飛ばしていた。自分の尻を男の内股を、シーツを濡らして。妻が男の首にしがみ付く。泣いていた。そして私は女が失神するのをはじめて見た。妻が、私の妻が目の前で男の責めに失神した。
　ちょうどフィルムがなくなった。
　私がこれまでもこれからも妻に与えることが出来ないだろう性の喜びを今この男は与えている。男はタバコをふかしている。あそこはまだいきり立っていた。
　私の中の悪魔が囁いた「オマエハアノオトコヲコロス」

　妻が目覚めたあと、ファインダー越しにあの女を見た。私はフィルムのないカメラのシャッターを押し続けていた。

つづく