％ 　『SM stories on the desk』eConomy 作
人の命は宙に舞う埃ほどの価値もない。 　人の命は地球より重い。どちらもほんとなんだろう。 　そう幸は考える女だった。 　しかし、今日は前者。（あいつはホコリほども価値がない。私の手で・・。私の手で殺す。） 　黒いコートは安っぽいが、刃渡り25cmの包丁を隠し持つには便利な作りになっていた。 　ちっぽけなチャック付きのポケットが女物の服には珍しく内側の上部に付いている。　 　手持ち部分のみチャックの上となり、光沢を放つ鋭利な鉄はポケットの底を切り裂き、真下にぶら下がる形で他の人の目には入らない。 　目的の場所についた。 　男のマンションの入り口。地下が駐車場になっている。 　あと、30分か、1時間、それとも2時間か。 　男の車が駐車場に入りエスカレーターで部屋に戻る際、男は幸の包丁で鮮血に塗れる。 　その血はどす黒いはずである。 　幸が受けた心の傷は真っ赤な血を今も流し続けていた。 　30分が過ぎる。女の目に少しの焦りが浮かぶ。 　そして、また30分。包丁が重たい。（殺さなければ・・・。） 　その気持ちがほんの少し揺らぐ。 　思いつめた頭と神経は一緒に弛緩を始め、動機が鮮明でなくなっていく。 （私を売った男。真っ裸の私をベッドに縛りつけ、他の男に私の身体の一つ一つを詳しく説明した。最も汚い言葉で、私の値段を引き上げようとし、器具を使い、私の全てを知っている男は望まない絶頂へ何度も追い込んだ。） 「10日で200万はどうだ。」「200万は安い。」男の声が蘇る。 「だんな、完全に仕込んだマゾ女。300万は堅いはずだ。」 　それが幸の値段。 　 　男は300万を手にし、幸に言った。 「おい、可愛がってもらえよ。逆らわない様にな。この、お人は怖いよ。・・じゃぁな。」 　確かに怖い人間だった。 　 　幸は人間として、女として全てを失うほど。 　身体には数知れない傷が残った。 　 　初日に腹に大きく「豚女」と焼印がされる。 　叫び声は地下室を旋回し、再び幸の耳に戻りつつ、その声が小さくなる。意識が遠のいていく。 　 　10日におよぶ地獄の時。ただ、相手が一人だったから、幸は生き延びた。それ以外、答えが浮かばない。 　幸を生かすも殺すも自由であるかの様に起きている時間、幸は責め続けられる。 　足から宙吊りにされ、針金の巻かれた鞭は容赦の微塵も感じられない力で、その身体の腰、腹、胸に直撃し、身体に巻きつく。 　音がしない。一撃で肉を切り裂き、身体に巻きついた鞭はズルズルと落下した。 　幸も声が出せない。 　一撃ごとに失神し、鞭が落下するたびに少し意識を回復する。 　苛烈な痛みが、同周期で起こるため、そうなったにすぎない。 　白い顔が幸に見える。口を開いていた。笑っているのだろう。 　7発目に幸は完全に気を失った。
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『SM stories on the desk』
2013年2月9日掲載
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