【　プロポーズ・後編　】
〜　昭和に散り、平成に甦った永遠の愛　〜
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〜あらすじ〜
(二話完結)
　昭和40年代の終わりごろ、京都府宮●市のある高校を出会いの舞台として、青春を全力で生きた仲良し四人組がいた。男子二人同士親友、女子二人同士親友という仲間である。当然、男女二組の恋人という展開に発展して、四人は強い絆で繋がっていた。大学も四人揃って、京都市内の大学に進んだ。そして、大いに青春を謳歌していた。

　だが、そのうちの一人の娘の父親が経営する会社がオイルショックのあおりを受けて、多額の負債を背負い、その娘は父の会社を助ける形で望まない結婚をすることになった…。

　大人の経済社会の犠牲となって、この美しい娘の純愛は昭和の時代に虚しく散ったのだ…。

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６．余命、三ヶ月。

　龍二も弘美も、極・身近の身内に末期癌の患者が過去にいた。
　その悲しい、闘病生活を目の当たりにしている。
　龍二も弘美も、綺麗事や希望的観測は一切排除して仁美のことを真剣に話し合った。

　余命、二ケ月を切ると病院、いや、医師や看護婦の世話、介護なしでは非常に危険な状態となり"外出"などはもってのほかとなる。余命三ヶ月の今の今なら、仁美は自分の意志で歩いて、自分の意志である程度、好きなものが飲み食いできるし、料理だってできる。アルコールだって過度でなければＯＫだし、ハードでなければセックスだってできる。勿論、医師の注意事項を厳守して、処方された薬を時間通りに服用しての話でもあるが…。

　だと、すれば・・・。

　仁美自身が今の今、一番"それ"を望んでいるのではないだろうか。

　昔の仲良し組に、"自分らしい自分"を見せることができるラストチャンスなのだ。
　誰だって、やつれ果てた病床を見舞って欲しくないのが人情である。

　弘美は、龍二に内緒で仁美の執事・高橋に会った。

「非常に高橋さんには申し上げにくい、お願いしにくい事ですが。仁美を医師の介護付きで、二週間ほど、宮津の実家で過ごさせて頂けませんか？元気な間の今でないと駄目なんです。この通りです」

　応接室の、ソファからいきなり立ち上がり、高橋の立つ絨毯の前に、弘美は膝まついて、絨毯に頭をこすりつけて土下座した。弘美は、今日は泣いていない。高橋とも、そう約束したし、計画が達成されるまで"鉄の意志"を、無二の大親友・仁美の為に貫くことにしたのだ。

　高橋は、なんてことするのですか？という表情と仕草で弘美を優しく立ち上がらせ、ソファに座るように諭した。そして、目に涙を浮かべて、口を開いた。

「若奥様は、なんと素晴らしい親友をお持ちなんでしょう…」
「実は、今、小林様がおっしゃられた事は、第一に若奥様が、第二にこの私が切望していることであります」
「では、高橋さん」
「はい」
「実現していただけるのですね？約束していただけるのですね！」
「はい、必ず。私の執事人生をかけてでも、必ず実現させますとも！」

　弘美は、歓喜あまって、高橋に飛びついて抱きついた…。

「ありがとう、ありがとうございます！本当に嬉しいです」

〜

　いっぽう、たまたま偶然ではあるが、弘美が執事・高橋に会った同じ日に、高橋龍二は、仁美の父親・世良良雄に会いに宮津を訪ねていた。

「お父さん、ご無沙汰です。僕です、Ｍ高卒の仁美さんの同窓生、高橋龍二です」
「龍二君。出身校など言わんでも、ワシはあんたの顔は一生忘れへんよ」

　いきなり、世良良雄は目に涙を浮かべて、龍二の両手を、強い力で両手で握り締めた。

「あの時は・・・、11年前のあの時は、君と仁美を、生木を裂くようなことをしてすまなかった。この通りや。許してや…」
「いや、お父さん。頭を上げて下さい。あの結婚は、仁美さん自身で選択したもんですから、お父さんはともかく、僕がどうこう言える筋合いやありません」
「あの時、仁美の妹の聡美にこっぴどく怒られましてね…。お父ちゃんは鬼や！仁美姉さんも、龍二さんにも一生恨まれて暮らしや！って、罵られましてね…」
「お父さん。違いますって！そんなんやありませんって！。ところで、今日お邪魔したのは、お父さんにお願いがあって参りました」
「お、お願い、って…？」

「娘さんを、仁美さんを僕に下さい。結婚させて下さい！」

　あまりに唐突で脈略のない龍二の申し出に、世良良雄は頭の中が真っ白になった…。

「はあ？…龍二君、正気か？…仁美が今、どういう状態にあるんかを知ってて言うてるんか？自分の喋っている意味分かっとるんか？…」
「こんな大事な話を、冗談でも言えません。僕は本気です。仁美さんと結婚させて下さい！」
「・・・」

　いくら考えても、良雄には返答の仕様がない。

「わ、分かった。龍二君の言うてる意味は分かった。どうや、これから用事あんのんか？無いんやったら、今日はワシの家に泊まってくれへんか？酒でも飲んで、昔の話でもしようや！あんたの話も、もっと聞いてみたいさかい」

　龍二としては、今の段階ではこの辺が限度だろう、と考えた。あとは、良雄と膝を突き合わせて酒を飲んで、自分の思いを理解してもらうしか仕様がないのだ。

「ええんですか？泊めてもろうて？僕は結構(酒を)飲めるほうですよ！笑」
「ああ、かまへん！"宮津錦"いうてな、地酒や。これやったら１０升くらいあるさかい(笑)」

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７．暖かい酒宴。

　酒宴は始まった…。

　若狭湾の海の幸が豪勢に並んだ。

　夏場なので、旬ではないズワイガニ(松葉がに)は登場しなかったが、その他の高級海鮮は全て刺身で登場した。伊勢海老、アワビ、サザエ、アマダイ、ブリ、平目、鯛、鯵…。鯖も刺身で出て来た。ウツボのあらいまで並んだのだ。もうこれは、龍二の話を深く聞くまでもなく、良雄の(結婚話の)了解の証しでもある。

　妹の聡美も会話に参加してきた…。

「お父さん、良かったやないのん！龍二さんのせい(責任)にして、今日は大好きなお酒たっぷり飲めるやん！笑」
「聡美ちゃん！何年ぶりや？顔見るのん？お姉さんそっくりの、エエ女になったなぁ！」
「ああ、龍二君。聡美もやっと半年前に片付いて(嫁入りして)くれてな(笑)。今日は、旦那さんがたまたま出張なんで実家に帰ってきとる、ちゅー訳や！笑」

　良雄の話は、笑える面白い内容ではないが、とにかく嬉しいのだろう…。自分の事業の尻拭いで、龍二と仁美を別れさせたのだ。その事は龍二は許してくれた。それだけではなく、末期癌で明日の希望のもない娘に、最期の光と暖かい愛を、この龍二という青年は与えてくれるというのだ…。これで機嫌が悪いのなら余程の偏屈人間である。

　聡美の参加で場は華やいだ。

　二時間ほど酒宴が経過した頃、龍二は再び切りだした。正座して背筋を伸ばして、良雄に情熱を持って訴えた。

「お父さん。さっきは唐突な話ですみませんでした…」

　良雄は気分が高揚したのか、龍二の話を真剣に理解する態度になっていた。両腕を組んで、目を閉じて聞くというスタイルだ。声と一緒に表情も観察してしまうと余計な先入観が混じって良く無い、というのが、良雄が人の話を聞くときのスタイルなのだ。

「ほんなら、龍二君。仁美への話を聞かせてもらおか…」
「はい！ありがとうござまいます。僕が仁美さんと結婚したいというのは、勿論、表面上の話です。彼女と彼女の夫の籍に傷をつける訳にはいきませんし、彼女の家庭を破壊するつもりも、毛頭ありません。ただ…」
「かまへんよ！ちゃんと聞いてるよ、龍二君、(話を)続けてくれ」
「はい。ただ、単純に、僕が仁美さんと結婚したいだけです！」
「この話は、まだ、仁美さんにも話してません。お父さんのお許しを頂戴してから、仁美さんにプロポーズしに行きます！」
「…」

　わずかだが、良雄の眉間のシワが深くなった。龍二はかまわず続けた。

「仁美さんが、元気な今の今、それを実現させて欲しいんです、お父さん！」
「僕と仁美さんの昔の友達を呼んで、"こじんまり"と披露宴を挙げます。一泊二日で新婚旅行へも行きます。それで、新婚旅行から帰って来たら、お父さん、この家に一週間で結構ですので僕と仁美さんを住まわせて欲しいんです…。僕の妻となった仁美さんの手料理を、夫としての立場で食べてみたいんです。朝は、目覚まし時計で起きるのでなくて、僕の妻になった仁美さんの優しい声で目覚めたいんです…。晩ご飯のおかずも仁美さんと一緒に買い物したいんです…」

　良雄の眉間のシワがはより深くなったが、それは怒りや憤りに対してではなく、感動に対しての"深さ"に変っていた。閉じている両目から涙が流れ落ちていた。仁美の母親も聡美も目を真っ赤にして泣いていた…。

「仁美さんにお酌をしてもらったビールも飲んでみたいんです。天気が良ければ天●橋立の松並木も二人で歩きたいんです。雨の日には…」

　良雄が口を開いた。
「龍二君。アカンよ、アカン…」

　仁美の母親と、聡美が乗り出して良雄に何かを訴えかけた…。

「アカンよ、龍二君。大事な娘をやるのんや。"こじんまり"した披露宴では、仁美もワシも立場がないやんか。せめて、ワシとこいつ(良雄の妻)の親戚筋だけでも呼んでくれんと…、どうせなら、寺崎家にバレん程度に盛大にやったってくれや！笑」

　今の良雄の発言で、仁美の母親も聡美も胸をなでおろした…。だが、一番嬉しかったのは龍二であろう…。嬉し涙を流して、無意識に良雄の両手を強く握りしめていた。

「龍二君、男は簡単に泣くもんやあらへんで…、男は…」

　今度は、聡美が良雄の言葉を遮断した。
「何言うてんのん！お父ちゃん！一番最初に涙みせたんはお父ちゃんやで…(笑)」

　良雄は、聡美に一本取られて形で、照れて頭を３度ほど擦った…。
「さあ！ほんなら、今の今から、龍二君はワシの可愛い息子や！息子として、今晩は夜通し"宮津錦"に付き合ってもらうさかいな！ハハハ…！」

　良雄は、冷静になって考えてみると、龍二という男の申し出は「なんと有り難いことか…」と感動していた。龍二に対してだけでなく、神仏、ご先祖様に対しても…。「便所行くわ」と中座して、トイレには行かずに、仏壇の前で手を合わせていた。仁美の母親も聡美も入れ代わるように仏壇の前で手を合わせていた。

　宴は、午前１時に終った。

　龍二は興奮醒めやらないので、聡美に、仁美の高校時代の卒業アルバムがないか尋ねた。仁美の父母は既に眠りについた。聡美は、(今も残してある)仁美の部屋を１０分程探してアルバムを見つけて、客間の布団の中で待つ龍二に届けた。

「あ〜、悪いな〜、ゴメンな〜、こんな真夜中に探し物してもうて…」
　龍二は丁重に頭を下げて聡美に礼を言った。

「かまへんよ！今日から龍二さんは、私のお兄ちゃんやしね！笑」
「ほんなら、探そか？高校時代のお兄ちゃんの写真…、何組やったん？」
　聡美は正座して屈み込んでアルバムを覗いた。
　聡美は、パジャマ姿でブラジャーもしていない…。
　見るつもりは無かったが視線がいってしまう。開いた首元から、真っ白で豊かな乳房とピンクに輝く聡美の乳首が見えた。龍二は、このままでは、ヤバイと思い聡美を諭した…。

「さ、聡美ちゃん…。もうええよ。付き合うてくれんでも。それにな。男の部屋に来る時は、そんな無防備な格好できたらアカンで。お父さんが…」

　聡美は、説得されて部屋を去るどころか、なんと、大胆にも、パジャマの上を龍二の目の前で脱ぎ捨てた！

「な、な、なにを…」
「龍二さん。今日は、色々本当にありがとう。父の事業の存亡がかかってたとはいえ、父が龍二さんとお姉ちゃんの仲を引き裂いた事実は消せません。それを許して下さっただけでなく、お姉ちゃんの最期の晴れ舞台も龍二さんは作ってくれようとされてます…。こんなことをして下さる人なんか世界中どこを探して、お金を幾ら積んでも見つかりません！」

「し、しかしやな…。その話と、聡美ちゃんが裸になる理由とは…」
「ちゃんと理由はあります…。お姉ちゃんと結婚すれば、当然、夜の営みもありますよね？」
「あ、ああ…」
「お姉ちゃんは、今も綺麗な身体やけど、手術してからは以前みたいにはいかへん。龍二さんのお姉ちゃんやお父ちゃんへしてくれた"誠意"に、私は世良家の人間として、大好きな仁美姉ちゃんの妹として、龍二さんにご恩返しがしたいの…。私は幸い、お姉ちゃんとソックリの姉妹って言われるし、私を、昔のお姉ちゃん、寺崎との結婚前のお姉ちゃん、と思って抱いて欲しいんです」
「…」

　龍二が躊躇している間に、聡美はパジャマのズボンをも脱いで、龍二の布団に潜り込んできたのだ…。既に、美しい聡美の乳房を見て龍二は勃起していた。その勃起を聡美に悟られない為にペニスを隠すように、うつ伏せに寝直した。その仕草が、既婚者である聡美からすればいじらしく可愛く思えた…。
　今の今までは、聡美としては、感謝の気持ちからくる性衝動だったが、龍二のこういう純粋をみては、一個の女としての性衝動も加わった。借りてきた猫状態の龍二の手を掴み、聡美のバストへ導いた。

「龍二さん。オッパイ揉んで…」
「…」
「お姉ちゃんは、どうやったん？龍二さんとのセックスの相性、どうやったん…」

　聡美は龍二の反応は無視して自分がリードし続けた。うつ伏せ状態の龍二の腰に手をこじ入れて、ギンギンに勃起したペニスを握った。握って、裏筋を根元のほうへ優しく擦った。龍二は、万事休すだ。勃起が聡美にバレた以上、道徳的理由で聡美とのセックスを拒むことはできない。
　龍二は観念した。

「聡美ちゃん。ええのんか、ホンマに？」
「龍二さん。３０前の大人の女が、自分からあなたの布団に入ったのよ。"ホンマにええ"に決まってるやん！(にこっ)」
「フェラチオ」
「…」
「お姉ちゃんはしてくれた？上手やったん？」
「お、おう…。う、うまかった…よ」
　聡美は、聞き終える前に布団に潜り込み、龍二のペニスを咥えた。咥えて、頭を上下し始めた。
　直ぐに射精感がきた。龍二は、聡美の頭をペニスから離させた。
「さ、聡美ちゃん。有難う。もうええわ。これ以上されたら、イッてしまう…」
「なに言うてんのん？(にこっ)…。お姉ちゃんには、お口の中に出してたんやろ？飲ませてたんやろ？(にこっ)」
「…」
　言いおえて、聡美は再び咥えた。今度は、指の刺激も加えた。龍二はひとたまりもなく聡美の口内で果てた。聡美は布団から這い出してきて、少し眉間にシワよせて、数秒間、精液を味わうようにしてから龍二の精液を嚥下した。

　聡美は、龍二の放出後の"まどろみの時"の終了を待って、ショーツとパジャマを着た。

「龍二さん。本当は、聡美に挿れて欲しかったけど、やめとく(にこっ)。"心ここにあらず"の男とセックスしても虚しいし…(笑)。龍二さんの操は、お姉ちゃんとの新婚初夜まで大事にとっておいてえな…(にこっ)」

　聡美は、龍二のオデコにキスをして部屋を出た…。

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８．似たもの同士。

　翌朝、日本酒特有の二日酔いで龍二は目を覚ました。
　世良家の人間は、龍二の心労を気遣って、自然な目覚めをくれたのだ。

　龍二は、「お世話になりました。昨日は本当に、久しぶりに楽しかったです。仁美さんとの結婚の段取りは、帰ってすぐに取り掛かります」と、良雄に深々と頭をさげて、世良家をあとにした。

　龍二としては、宮津駅への徒歩中、昨日の事を頭で整理すると、直ぐに次の"難題"を解決する必要性に気付いた。"難題"とは、弘美の説得である…。大親友を救う"偽装結婚"とはいえ、自分と婚約中の男が、別の女と結婚するというのだ。心中穏やかになれる筈がない。まして、弘美は勝ち気でボーイッシュな女だ。歯に衣を着せずに、怒りを龍二にぶちまけるに違いない…。

　国鉄・山陰線の車中、龍二の頭の中は、同じことが同道巡りしていた。京都駅に付く寸前の、風光明媚な保津峡渓谷も、この日は美しいとは龍二は感じなかった…。

　だが、根っから楽天的な男でもある…。
「本気で、頭下げて、謝ったら、弘美も分かってくれるやろ！」と、気持ちを切り替えて、京都駅に着いた。夕方に早速、いつもの喫茶店で弘美と会った。

「弘美。スマン！許してくれっ！この通りやっ！」
　龍二は、テーブルの前で深々と頭を下げた。
「…」

「許してくれへんのんか？…」
「は？笑。あんた、龍二。何をして、何に対して謝っとるん(笑)」
「そ、そやな！俺がアホやった…(苦笑)。実はな、弘美」
「仁美を俺の嫁にすることにした！昨日、世良家に行って、世良のオヤジさんに、仁美さんを下さい、言うて来たんや！…」

　弘美は無表情に答えた。

「それで？…」
「そ、それで…、って…、おまえ…。怒らへんのんか？弘美！」

　賢い弘美は、状況を一瞬で理解した。こういう単純なところが、龍二の魅力であり、そこにも弘美は惚れ込んでいるのだ。龍二が頭を下げて謝るということは、それだけ弘美に誠意を持っている証しである。それが、理解できない、いや、有り難いと思えない馬鹿な女では無かった。
　ほのぼのとした気持ちになって、龍二をもう少しカマウつもりになった(笑)。

　そして、昨日の、弘美の寺崎家での話を冷静に龍二に説明した。

「ほんなら、かまへんのんやな？仁美と偽装結婚の話は…」
「"その程度"のこと、で悩んどったんか？笑。"龍二くん"は？笑」
「そ、その程度、って…。お前！弘美！失礼やないか！こらっ！」
「怒りないな。私もね、あんたの仁美への婿入りは考えとってん！笑。最期の切り札としてやで…笑」
「おえ、こらっ！俺は犬や猫の子やあらへんねんど！簡単に言うなボケっ！」

　ともあれ、龍二は、弘美の器量の大きさに感動して感謝した。そして、以前にも増して、弘美に惚れ直した。弘美も、龍二が自分と似たもの同士であることが嬉しかったのだ…。

　龍二と弘美は冗談を言い合いつつも、惚れ直して、信頼をより深めて、お互い見つめあっていた。
「龍二…」
「いっつも、口が汚くてゴメンなぁ…(にこっ)」
「そこが、弘美のええとこやないか！笑。そういうとこに俺は惚れとるんや…(にこっ)」
「ありがとう、龍二」
　龍二は真顔に、なって弘美に呟いた。
「弘美。もうちょっとや。もうちょっと俺らの努力が実って、仁美は喜んでくれる…。
ええ親友持ったと、人生に感謝してくれる筈や…」
「う、うん」

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９．友情結実への最期の関門

　もう…。

　仁美には時間が残されていない。龍二と弘美は、早速、翌日に寺崎家の執事・高橋を訪ねた。
　だが、高橋は、弘美との約束で、仁美の宮津への帰郷と暫くの滞在は承諾してくれたが、龍二の計画している偽装結婚の話などは寝耳に水であろう…。余命少ない嫁の、しかも友情絡みの"偽装結婚"とはいえ、寺崎家の人間から見れば、嫁強奪計画以外の何ものでもないのだ！
「許してくれる訳がない…」龍二は、当然そう考えて、弱気になって寺崎家にいた。

　高橋には内緒にして、コソコソと隠れて、こじんまり披露宴を挙げようとも考えた…。
　だが、世良夫妻と聡美の喜ぶ顔が脳裏に浮び、それに、宮津滞在の便宜を図ってくれた高橋だけには、本当の事を言わねばなるまいと、腹を決めた。そして、いよい高橋に対して口を開いた。

　仁美のいる病院へ向う車中である…。
　龍二は、途中のフラワーショップで車を止めてもらい、(仁美にプロポーズの告白の時用の)薔薇の花束を買った。その薔薇の花束に高橋の視線が注がれた時を見計らって、偽装結婚の話を大筋で、龍二は高橋に話した…。

　龍二は、ルームミラー越しで高橋に話かけた…。

「た、高橋さん。高橋さんが運転中にお話するような内容では無いんですが、時間も無いものでして…」

　高橋も、ルームミラー越しに笑顔で答えた。
「はい。なんでしょう。龍二様」

「これから、僕らがやろうとする事は、寺崎家の方々にとっては大犯罪です…。せ、せめて高橋さんだけでも、ご理解くださって、この件に関しては知らないフリをしていて下さいませんか？…。本当にあつかましい、非常識極まりない、お願いなのは重々承知で…」
「大犯罪？一体何のお話でしょうか？(にこっ)。わたくしは、あなたがたを病院へ送るのが今の仕事です。それ以外のお話は知りませんよ…(にこっ)」

　龍二は、ほっ、と一息ついた。全く、龍二にとっては次から次と難題が山積している…。
　今度は、弘美が切り出した…。
（弘美は、これ以上、高橋を刺激しない為に、"偽装結婚"の話は避けた）

「高橋さん。では、仁美に、仁美が宮津にいる時は、主治医は付けてくださるのですね？…」
「はい。勿論です。小林様とのお約束ですから…。それに…」
「はい？」
「わたくしも、宮津へは同行させて頂きます。おそらく、世良家の近くにホテルを借りて、わたくしと主治医で待機というか、仁美様を見守る形になると思いますが…」

　弘美は、高橋の暖かい配慮に、一瞬で涙腺が開いてしまった。だか、涙がこぼれる前に気持ちを切り替えた。高橋は交通量の少ない側道に車を寄せて止めた。そして、おもむろに、ふり返って、二人の目を見て話はじめた…。（龍二は、一度は黙認してくれた偽装結婚が、高橋の気が変って、その拒否の言葉を言われると怯えて、目を合わせられなかったのだ…）

「ひとつ。お願いがございます。小林様と龍二様に…」
「は、はあ？」(弘美だけ返事した…)

「わたくしを、仁美様と龍二様の結婚披露宴に呼んで下さい。招待してください！」
「…」
「あっ、いえ。執事・高橋としてでなく、高橋個人をあなだ方お二人の友人として呼んで欲しいのです。お嫌ですか？わたくしが"友人"では？(にこっ)」
「…」
「高橋個人としては、こんなに愛情と友情に満々ち溢れた、美しくて素晴らしい結婚式は、もう二度と見ることはできないでしょう。いえ、現に、今までにも見たことがありません…。是非ともお願いいたします…。ご招待ください…。わたくしにも感動をください」

　弘美も、龍二も、もう返事はできなかった。
　弘美はハンカチを手にして、龍二は上半身反りかえって、号泣していた…。

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１０．プロポーズ〜そして永遠の愛の誓い。

　ほどなくして、病院に着いた。

　龍二は、薔薇の花束を大切そうにかかえて、仁美の病室(個室)のドアを開けた。
　仁美はビックリした…。ビックリして唖然とする、仁美に花束を敬礼して手渡した…。

「り、りゅ、龍二さ、ん…」

　龍二は明るく振舞った。

『お、おう！仁美、久しぶり！』

　仁美も明るく振舞まおうとした。暗い顔をしていたら、龍二だけでなく、自分も惨めになることを知っているのだ…。

「龍二さん、レディの部屋を訪問する時は、予約くらいするもんやで！笑」
『ああ。そやけど、予約して断わられたら困るさかいな！笑。なにせ！重大な話があって俺は来たんやさかい…』
『とにかく…。仁美の顔を見て、積もる話をしたい…。重大な話は、それからや…笑』
「気色悪いなぁ〜！笑。まあ、ええわ」

　文字通り"積もるほど"話はあった。気がついたら入室してから三時間も経っていた…。
　龍二は、プロポーズを切り出した。

『仁美。今から喋ることは、冗談でもなんでもない。３３歳、男・高橋龍二の大真面目な話や！』
「な、なんやのん…。ビックリするやん…。そんな、話し方したら…」
『俺と結婚してくれ！頼むっ！』
「・・・」

　仁美は龍二の言う、こ・と・ば、は耳に入ったが、唐突過ぎるし、現実離れした話なので、戸惑った。ひょっとして、最早、癌が脳に転移して発狂寸前になっているのか、と自分を疑った。

『仁美っ！聞いてんのんか？大事は話やのに！』
『俺の妻になって欲しい。お前と結婚したいっ！』

　仁美は、今度は理解できた。頭が真っ白になって、いきなり涙がこみ上げた…。
　そして、確認の意味としてでなく、龍二のプロポーズの言葉を天国へ「持って行く為に」もう一度聞いてみたくなった。

「龍二さん。もういっぺん言って…」
『ああ。なんべんでも言うたる。お前と結婚したいっ！俺の妻になって欲しい』

　たが、こんな話は、現実には実現できないことを仁美が一番知っていた…。もう自分の運命に対しては覚悟ができている。有りもしない、実現不能の初恋の人との結婚話に夢中になればなる程、自分が惨めになるのは承知していた。もう、今日はただの昔の友人として龍二に病室を出てもらったほうが、お互いの心に波風がたたない…。そう気持ちを切り替えて、龍二を現実に戻す為に諭すように話かけた。

「龍二さん。ありがとう…。あなたの誠意は天国に持っていきます。言葉だけでも嬉しい…」
『あのなぁ…』
「宮津の父は、どうするねん？笑。こんはアホな話、許してくれるわけないやんか！笑」
『じゃあ、仁美…。お父さんが許してくれたら、おまえは承諾するんやな？俺の妻になってくれるんやな？』
「笑。かまへんよ！笑。まあ、父に怒鳴りつけられて、追い帰されるのがオチやろうけど…笑」

　仁美は、勤めて明るく話した。
　龍二も、ちょっと、話し方のパターンを変えた。
　学生時代の"軽快なノリ"を仁美に思い出させる為である。

『アホめ！笑』
「な、なにがやのん！私のどこがアホなんよ！…」
『アホやから、アホいうた、だけや！笑』
「…」
『仁美。今、自分の口で、宮津のお父さんが、許してくれたら、結婚受け入れる言うたな？笑』

　龍二は、ワザと爆笑してから、切り出した。

『仁美。実はな。一昨日、お前の家に行ってきたんよ。お父さんは、承諾してくれて、俺のこと可愛い息子、とまで言うてくれはった、わ！笑』

　仁美は絶句した。素直に直ぐに龍二の胸に飛び込めば良いのは分かってるが、自分の知らないところで、ここまで、段取りよく事を運ばれている事に対して咄嗟には素直になれなかった。

「アカンわ、やっぱり。執事の高橋がなんというか…。寺崎家側の人間やから、ＯＫする筈無いわな…笑。残念でしたぁ〜笑！」
『アホめ！笑』
「な、なにがやのん！もう、さっきから一々！ムカつく！一体、私のどこがアホなんよ！…」
『ちょと、待っとれよ、仁美っ』

　龍二は、休憩室で待つ、高橋と弘美を呼びに行った。
　同時に現れた高橋と弘美の顔を見て、仁美はまたもや絶句した。高橋が、にこやかに口を開いた。ただ、いつものように、"奥様"とは言わなかった。

「仁美様。あなたと龍二様の結婚披露宴の仕度は整いました。私も、弘美様、龍二様の友人として当日、お祝いに参らさせていただきます…」
「そ、そんな…」

　仁美は洪水のような涙を噴き出した。涙で三人の顔がよく見えない…。
　弘美と龍二の婚約のことは、高橋から聞いていた。二人の婚約のお祝いものを、仁美は高橋に預けていたくらいだ。

「ひ、弘美…」

　弘美は泣いてはいない。満面の笑みで返事した。

「なんえ？久しぶりやなぁ、ホンマ…に」
「龍二さんを、わたしのお婿さんにしてもええのん？龍二さんを譲ってくれるのん？」
「大親友の仁美の為やしな。わたし、この龍二の単純馬鹿なとこに、もう愛想尽きてん！笑。そやから、仁美が面倒見たってーな(笑)」

　龍二が、弘美の服を引っ張って、小声で弘美に呟いた。
「おぃ。弘美、言い過ぎやぞ！俺は犬の子やあらへんねんぞ…」

　弘美は、龍二にかまわず続けた…。
「その代わり…。飽きたら。仁美が龍二に飽きたら、私に返してや！他の女に渡したら絶対にアカンで…(笑)」

　高橋は、龍二と弘美の絶妙漫才を微笑ましく感じて、仁美の幸福そうな顔を確認して、弘美に目くばせした。「退室しましょう、二人にしてあげましょう」と。
　弘美も、高橋も、部屋を出た。

　二人は、暫く見つめ合ったあと、無言で抱き合った。
　本当に、いとおしいそうに抱き合った。
　キスもした。

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『仁美。もう今度は、俺から逃げたら絶対にアカンで！一生お前を離さへんからな』
「龍二さん。ありがとう、ありがとう。私も死ぬまで絶対にあなたから離れません」

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　その１０日後。
　披露宴は執り行われた。

(仁美をミス天●橋立に選出した)地元観光協会の会長が、この二人の美談に感動して、改装中の自分のホテルの宴会場を突貫工事で仕上げさせたのだ。おまけに、城之崎温泉の新婚旅行宿泊先(スィートルーム)まで手配してくれた。執事・高橋は受付係と司会までやってのけた。

　それから、龍二が父・良雄に宣言したように、仁美の実家で二人は１０日間の、とろけるような甘い々々新婚生活を送った。１１日目、龍二は現実の世界に戻った。仁美は、それから一ケ月ほど実家で過ごし、容態が激変した二ケ月後に病院に移り、三ヶ月後に３３歳で美しくも短い人生の幕を閉じた…。

　逝く日、勿論、大好き四人組、龍二、弘美、厚に看取られて…。

【 完 】