第一話

　あるとき俊作は嫁から意外な通告を受けた。
「来週から翼をサッカースクールに通わせるからね。」
「ああ、それは構わないけど、初耳だな。」
「もう申し込んじゃったからね。」

　俊作はつい最近、翼の誕生日にバギーのラジコンを買ってやったばかりだった。
　翼も当初は楽しそうにキッチン、リビング、寝室と、家の中を走らせていた。
　しかし、ところかまわず走り回ってはそこいらにぶつかるのを見かねて俊作が、
「バギーなんだから公園なんかで走らせた方がずっとおもしろいぞ。」
　と、バギーを勝手に地面に降ろしてしまって状況が一変した。

　ヘソを曲げてしまった翼はそれ以来ラジコンには一切触れなくなった。
　内気でなかなか外で遊ばない子がなんとか元気に遊ぶようにと買ってやったのに、と、嘆いていた矢先にいきなりサッカースクールの話である。
　しかし、まあ外で遊ぶようになるならいいか。・・・
　俊作はそう割り切ってラジコンのバッテリーを外して押入れにしまった。

「翼、来週からサッカースクールに通うんだってな。よかったな。」
「ラジコンは押入れに入れといたから、また気が向いたら遊べよ。」
「遊ぶ時はバッテリーを充電しないとだめだぞ。」
　夕食のテーブルを挟んで俊作はふてくされて返事もしない息子に愛想を振りまいた。


　翌日、嫁の咲子は学校から帰った翼を連れてそそくさと町へ出かけていった。

　俊作が会社から帰ると、翼の上機嫌の顔が目に飛び込んだ。
「日曜日になったら、これ着てサッカーするんだもーん。」
　翼はサッカーシューズにウエアを着て得意満面にキッチンを歩きまわっている。
「そうかそうか。良かったな。」
　俊作はスバイクで傷だらけになったキッチンの床をちらっと見た。
「翼、もう止しなさい。床が傷つくから。」
　咲子がそうたしなめると、翼はぷいっと自分の部屋に姿を消した。

「まったく、困ったやつだな。お前が甘やかすからじゃないのか。」
「なに言ってんのよ。それはあなたの方でしょ。」
　翼のことに関しては何かにつけ反発する二人であった。
　夫婦の営みもすでに一年近く途絶えている。
　とは言うものの、咲子の体はまだ十分若さを保っているのだが、俊作は自ずと欲望のはけ口に困るようになっていた。


　週末、咲子は少し緊張した面持ちの翼を連れて河川敷のサッカースクールへ向かった。
　サッカースクールの事務所はグラウンドから遠く離れたＳ市の市街地にあり、河川敷のグラウンドは県の管轄地をスクールが間借りしたものだった。
　グラウンドにはコートが３面並んでいて、外周は高いフェンスで囲われている。
　近頃、どこを見ても芝生のグラウンドが整備されてきている中で、この河川敷の土のグラウンドはサッカースクールの台所事情を物語っていた。

　咲子と翼がグラウンドに車で乗り付けた時にはまだ子供達の姿は無く、コーチの北島がゴールネットの準備をしている最中だった。
「こんにちは。わたし、夕空翼の母でございます。」
　北島がクロスバーにぶら下がりながら「どうもどうも。」とがさつな挨拶をした。
　そして、両手を離して地面にドサッと降りると、
「北島です。君が翼君だね。よろしく。」
　と翼の頭を撫でたので、翼は上目使いにあとずさりした。
「ごめんなさいね。まだまだ人見知りするものですから。」
　咲子は翼の両肩を捉まえて、
「ちゃんと挨拶なさい。これからお世話になるんだからね。」
　と頭を軽く押さえた。


第二話

　翼がサッカースクールに通うようになり、夕空家の生活リズムに微妙な変化が現れた。
　毎週日曜日になると家の中がガランとして穴があいたようになるのを俊作は最初のうちこそ開放感に浸っていられたが、時が経つにつれて手持ち無沙汰と寂しさに苛まれるようになった。

　隣の家の庭に干されている女もののパンティやブラジャーが嫌でも目に入ってくると、長い間ご無沙汰している咲子の裸がおぼろげに浮かんできて不意に股間が固くなった。
　たまらず寝室に飛び込んで咲子のパンティを頭から被り、もう一枚を手に取ってペニスを包み込むと息を荒げた。
「いかんいかん。」
　俊作は咲子のパンティを汚さないように咄嗟にティッシュに手を伸ばし、後味の悪さにすぐ拭き取ると急いでパンティをクローゼットにしまった。

　寒さが急速に和らいで木々も芽吹きはじめるころになった。
　一人ぽつんとしていてはよからぬ考えがついつい浮かんでくるものである。
　俊作は翼に買ってやったラジコンを思い出して、それで少し気晴らしをしたくなった。
　しかし、一人でやっているところを見られるのも恥ずかしい。
　そこで、近所に住む同級生の生田浩二を誘うことにした。
　生田は母親と二人暮らしで今だに独身だが実に飄々とした奴で暮らし向きも悪くない。
　俊作は普段そんな生田をからかいながらも、心の中では羨ましがっていた。


「この辺りがいいんじゃないか。」
　堤防道路を車で飛ばしていたところ、生田がハンドルから片手を離して指をさしながら言った。
　そこは河川敷に作られたパーキングで、すぐ隣に広い公園があった。
「ああ、ここならいいだろう。」
　俊作の声が童心に返ったような心持ちになって思はずうわずる。
　生田はハンドルを左に切って車をパーキングに停めた。

「誰もいないな。しめしめ。」
　俊作は車を降りるとそのままトランクを開けてラジコンを取り出した。
「嬉しそうだな。」
「おまえもラジコン買えよ。２台で競走する方が面白いぞ。」
「いやあ、おれは遠慮しとく。見てるほうがいいよ。」
　生田はそう言うと「くっくっ」と大きな体に似合わぬ鳩のような笑い声をもらした。
　俊作は箱を開ける手ももどかしくバギーとコントローラーを取り出した。

　公園内の舗装された散歩道をモーターの音を爽快に響かせてバギーが走る。
「そうら見ろ翼、広いところで走らせたほうがずっと楽しいんだよ。」
　俊作は今頃ドリブルの練習でもしているであろう翼を思ってあてこするように言った。
「何だって。」
「いやいや、独り言さ。」
　とその時、
「ちょっと待て。」
　と小声で叫んで、生田が両手を広げて俊作を制止した。
「何か聞こえないか。」
「別に。」
　生田はさらにひとさし指を立てて口に持っていった。
　そして、にんまりといやらしい薄笑いを浮かべて、
「ほーら。聞こえるだろう。」
　とまた小声で言った。
　よっく聞き耳を立てると遠くの方で、確かに女が悶える声がしている。
　その音源はおそらく公園の端のアベリアの茂みの中からだろう。
　そこ以外に、この広い公園には身を隠す場所がないからだ。

　思わぬ所で、また新たな楽しみを見つけた二人のおやじたちは有頂天になった。

「くっくっくっ。おい覗いてみようぜ。」
「ばかたれ。気づかれるぞ。」
「それよりな、何かいい方法を考えよう。」
「どんな。」
「うーん。このバギーに小型カメラをつけようじゃないか。お前得意だろ。」
「何言ってんだよ。それまでに逃げちゃうじゃないか。」
「いやいや。ああいう好都合な場所はなかなか無いからまた必ずやってくるよ。」
「そうかなあ。そうは思えんがねえ。」
「まあいいから。今日はこれで引き上げて早速準備にかかろう。」

　生田は未練がましくアベリアの園のほうを指をくわえて見ていたが、俊作に説き伏せられて手早くバギーを片付け車に乗った。