第３章

　なんとか遅刻は免れた。更衣室で制服に着替えていると、同期で親友の絵美がやってきた。
「おはよー」
「理保とここで会うなんて珍しいね」
　いつも就業開始時刻ぎりぎりに来る彼女と、早めに出勤する理保。仲は良いのだが、更衣室で会うのは新人研修以降、数えるほどであった。理保は笑って適当に誤魔化した。
（本当は近くの公園で見知らぬ男にフェラチオしてたんだけどね）
　やや自虐的な思いを抱きながら絵美と話していると、理保は突然ビクリと身体を震わせて、思わず口に手を当てた。
「んっ？どうしたの？」
　絵美が無邪気に理保を見た。理保はそんな彼女を信じられないといった感じで見つめた。今朝の夢で出てきた女、理保の胸を何度も絞っては母乳を噴き出させていた女が絵美であることに気づいたのだ。
（いやだ･･･絵美ちゃんだったんだ。･･･何で思い出せなかったんだろう）
　それから急に絵美と一緒にいるのが気まずくなってきた。親しい仲なので絵美は理保の様子の変化にすぐに気づき、気遣うように声を掛けてくる。
「大丈夫？保健室行く？」
　このオフィスには簡易保健室がある。理保は首を横に振った。まるで淫夢の再現へ導かれているような気がして怖かったのだ。心配そうな絵美の顔は夢の時そのままだし、あのときの部屋はなんとなく保健室の雰囲気そっくりだった。
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
「えー、そう？･･･あれ、もしかしてわたしのこと惚れ直しちゃったとか？」
　彼女はこういう陽気なところがあり、理保はそんな彼女が大好きだった。すぐに笑顔を取り戻して、揃って更衣室を出る。それでも淫夢のことがなかなか頭から離れなかった。
（まさか、店長がやってくることはないと思うけど）
　心の中でそう呟いて、理保はエレベーターの前で絵美と別れた。

　降りてきたエレベーターに乗り込もうとすると、部長の伊藤にばったりと出くわした。
「理保ちゃん、おはよう。珍しいね、こんなギリギリに」
「おはようございます、部長。ちょっと寝坊しまして」
　理保は事務職で採用されたのだが、最近では彼の秘書に近いようなことをしている。というのも、理保の前に彼のサポートをしていた女性が最近になって急に辞職してしまったからである。伊藤を中心とした一部の男性社員によるセクハラに耐えきれなくなったというのがもっぱらの噂であるが、真相は分からない。
「今日も可愛いね」
　伊藤はこういうことを平気で言ってくる。セクハラに厳しい会社、部署ではこういった発言だけでも相手が不快に感じればセクハラ行為に該当するのだが、セクハラ常習犯の伊藤が管轄している部署では問題とされない。エレベーターには彼らの他に部署の異なる２人の男性社員が乗っている。そんな中でも伊藤はお構いなしに理保の尻を撫で始める。
「もうっ、部長」
　声を潜めて、理保は彼の手を払いのける。フロアの違う２人は理保が毎日のようにセクハラされているなど知る由もないだろう。こうして人前で公然とセクハラされるととても恥ずかしい。そういう理保の気持ちを楽しむように伊藤はしつこく理保の尻を撫でる。
（見られてるのにぃ）
　誰かに見られていると思うだけで、いつもの何倍もの羞恥心が理保に芽生える。顔が赤くなり、身体が火照り、過敏になってしまう。２人の男達は伊藤の行為に気づきながらも注意をするわけでもなく、ただ固唾を飲んで見守っているだけだ。伊藤が理保のスカートを捲り上げ色白の肉づきの良い太ももが露わになると、彼らがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてきたような気がした。伊藤は大胆にも片手で理保の胸を揉み出した。これでは電車の痴漢と同じである。
（もういやぁ）
　ギュッと目を瞑り、理保は懸命に伊藤の手を払う。理保の痴態に興奮して２人の男も一緒に襲いかかってきたらどうしようという不安と恐怖。３人の男に襲われたらひとたまりもない。そんなことを考えていると、いつの間にか伊藤の手が理保の下着の内に滑り込んで、クリトリスをキュッと摘み上げた。
（〜〜〜〜ッ！！）
　あやうく声が出そうになるのを、手で口を覆って何とかこらえる理保。さすがにムッとして部長を睨み付けようとしたところでエレベーターが止まり、２人の男達が『良いものを見せてもらいました』と言わんばかりの卑猥な笑みを浮かべて降りていった。顔から火が出るくらいに恥ずかしくなり、理保は思わず俯いた。そんな彼女に伊藤が言い訳がましく声を掛ける。
「ごめんごめん、ちょっとやり過ぎちゃったね。理保ちゃんがあんまり可愛いもんだから」
　デリヘルの店長のような人の良さそうな笑み。理保はいつもこの笑みに誤魔化されてしまう。
「人前では止めてください、困ります」
　どうしても強く言えない。こんなことだから彼は調子に乗る。伊藤は理保の反応に満足した様子で、次の階でエレベーターを降りると上機嫌で理保に言った。
「じゃあ、メールチェック済んだら例の場所に来てね」
「･･･はい」
　ほぼ毎日、最初の指示がこれである。電話やメールは記録に残るため、必ず彼が口頭で指示をする。万が一、理保がそういった類の記録を盾にとって穏やかならざる手段で伊藤を訴えることのないようにしているのだ。理保は自席でざっとメールチェックをして緊急のメールの返信を２つ済ませてから自席を離れた。それなりに広い部署に数十人の社員が働いていて８割以上が男性である。すれ違う男性社員は下心満載で理保に声を掛けてくる。「理保ちゃん、今日も美人さんやね」
　といった当たり障りのない男もいれば
「今夜空いてる？」
　といった露骨な男もいる。中にはさりげなく理保の胸に触れたり、お尻を撫でたりする輩もいる。みな人の良さそうな笑顔でイジメのような陰湿さがないため、理保もついつい彼らの行為を許し、嫌われないように愛想良く対応する。
（こういうのがダメなのに）
　いつもそう思っているのに何も出来ない自分が残念である。

『例の場所』は地下１階のフロアにある。理保はやや沈んだ気持ちで廊下を歩き、エレベーターホールへ向かう。と、前から営業の佐藤がやってくるのが見えたため、理保は小さく舌打ちをした。営業チームのエースであり、伊藤の次に大胆に理保にセクハラをする男である。彼は営業で鍛えた満面の笑顔で理保に話しかけてきた。
「理保ちゃん、お願い。元気づけてよ」
　手を合わせて拝まんばかりで、この言葉の意味するところは『フェラチオをしろ』ということである。理保は困ったような顔をした。
「伊藤部長がお待ちなんです。ごめんなさい」
　そう言って何とかその場を立ち去ろうとすると、佐藤は有無を言わさず傍の未使用の会議室に理保を連れ込んで、慌ただしくズボンを脱ぎ始めた。まるで今朝の公園での痴漢である。
「ちょっとでいいからさ。イカなくていいから」
　そうまで言われるとどうしようもない。伊藤もそうだが、佐藤にも逆らわない方が良いということは部署内のパワーバランスを眺めてきた者なら誰にでも分かることだ。理保はフニャフニャと力のない彼のモノを優しくさすり始める。舌を使いようやく力が漲ったところで口に咥える。
「おほぉ」
　佐藤が奇妙な声を上げる。早く済ませたい理保は懸命にフェラチオを続け、ものの数分で佐藤を果てさせる。佐藤は満足げに微笑み、理保の肩をポンポンと叩いて礼を言って去っていった。理保はトイレへ寄って口をゆすぎながら、同じ部署の先輩に聞いたことを思い出していた。なんでもセクハラ常習犯の彼らにはセクハラのルールのようなものがあり、女の子の髪には絶対に手を触れない、キスを要求しない、そして最後は必ずお礼を言うということが決まっているそうだ。最初それを聞いたとき理保は思わず笑いそうになった。女性にとってセクハラは絶対に許せないことであるが、理保はデリヘルで耐性がついているのか、なんとか我慢することができている。この不景気でせっかく就職できた口を簡単に辞めるわけにはいかない。

　理保が『例の場所』へ行くと、伊藤がノートパソコンと睨めっこをしていた。彼は毎朝、自席から会社のノートパソコンを回収すると、この会議室へ直行し、理保が来るのを待ちながらメールを処理するのが最近の日課となっているらしい。５人も入ればいっぱいになりそうな広さの部屋で、長めの机とスチール椅子が数脚だけというやや寂れた雰囲気である。部長の彼には個室は用意されていないため、女の子との秘め事は誰も使わなくなったこの会議室で行われる。
「部長、お待たせしました」
　理保が声を掛けると伊藤が顔を上げた。
「おう、待ってたよ。遅かったね。誰かの相手でもさせられたのかな」
　普通ではあり得ない会話であるが、これで意味が通じてしまう。理保が曖昧に微笑むと、伊藤が理保の前に立って彼女の腰を掴んで自分の方へ引き寄せた。
「エロい身体だ。最高だよ、君は」
　中年の口説き文句にしても酷すぎる。理保は心の中で苦笑した。
「君みたいな愛人が欲しいな」
「奥様に怒られますよ」
　伊藤は余裕たっぷりに理保の尻に手を回した。
「いいんだよ、あんなやつは。それにしてもこんなにむっちりと誘うようなお尻をしていたら電車で痴漢されるだろう」
「はい、毎日されてます」
　伊藤の手が理保の柔肉に食い込む。
「こんなエロい尻を振って、ちょっと男を誘いすぎじゃないかね」
「そんなつもりはありません。あんっ･･･」
　電車の痴漢とは違い、相手の存在を知っているし、相手が何を求めているのかも大体了解しているため、痴漢されるよりは楽である。もちろん、こうして割り切って考えられるようになるまでの苦労は言うまでもないが。
「あっ、部長、そこ弄っちゃダメですっ！」
　いつしかスカートと下着が脱がされており、無防備な状態となっていた。伊藤は理保の蜜壺が十分に濡れると彼女をテーブルの上に押し倒して股を大きく広げさせた。
「いやっ、恥ずかしい」
　顔を赤らめて理保が股を閉じようとしても伊藤は許さない。股間に顔を埋め、舌でクリトリスを舐め始める。
「あっ、あっ！」
　彼のクンニで理保はいつも簡単に絶頂してしまう。がっちりと腰を抱え込まれ、理保が泣きながら許しを請うまで離さない。
「イッ･･･イクッ！イクぅ！！！」
　どうやって呼吸をしているのだろうと思うほど、理保の股間に顔を密着させて、敏感な部分にピンポイントで刺激を与えてゆく。
「あひっ･･･あっ･･･くぅ」
　絶頂してもスッポンのように吸い付き、理保が藻掻けば藻掻くほど嬉しそうに舌が激しく這い回り刺激が増してゆく。最初はたいしたことがないように思えて、気がつくと完全に逃げ場を失って絶頂を強制され続けるという恐るべきクンニである。
「･･･ぶ、部長･･･部長･･･お許しください･･･ごめんなさい」
　理保は泣きながら、ひたすら懇願した。
「もうだめっ･･･おかしくなっちゃう･･･ひぃ！！！」
　数え切れないほどの絶頂。過去に数度、このクンニだけで意識を失いそうになったこともある。するとようやく伊藤が顔を上げた。朦朧とする意識の中で理保はひたすら許しを願った。
「お願い･･･部長･･･許してください」
「もう二度と、家内がどうとか言わないか？」
　ああ、奥さんのことを口にしたからいつもよりも激しかったんだと理保はひとりで納得した。
「もう言いません。申し訳ございませんでした･･･ひぐぅ！！！」
　伊藤が再びクンニを始めたので、理保は狂ったように藻掻きだした。テーブルが揺れ、落ちそうになる。それでもこのままクンニをされるよりは床に頭を打った方がマシだと思い、理保は暴れる。
「いやぁ！いやっ！助けて！誰かぁぁ！！！」
　誰も助けに来ないことは重々知っている。それでも理保は叫び続けた。

「大丈夫かね」
　伊藤の声が遠くから聞こえてきた。気を失うまではいかなかったが、それに近い状態だった。理保はゆっくりと上半身を起こした。
「今日も楽しめたよ」
　伊藤は満足そうだった。彼女がぼんやりしているうちに何らかの方法で満足させたのだろう。顔も洗ったようだ。
「これはほんの気持ちだ。元気になったら仕事に戻りなさい」
　脱ぎ捨てられた理保のスカートに伊藤が封筒を置いて、そのまま部屋を出て行った。たまにこうした『謝礼』がある。理保は慣れた手つきで身支度をし始めた。

　その後もいつものように軽いセクハラがあったが、理保はなんとか乗り切った。理保の部署は一部のチームを除いて年間を通じてほとんど残業が発生しない。今日も定時に退社できそうだ。退社時刻が迫るにつれ、今夜の彼氏とのデートのことで頭がいっぱいになった。どんな誕生日祝いをしてくれるのだろうか。プレゼントは貰えるのだろうか。実は付き合い始めてから初めての誕生日祝いである。理保は何度も壁時計を確認し、退社の瞬間を待ち侘びた。