第４章

　１７時に退社して、理保は帰路についた。夕暮れ時の公園ではブランコで２人の子供が遊んでいて、近くでその保護者と思わしき女性達が立ち話をしていた。そんな様子を遠くのベンチから１人の老人がぼんやりと眺めているという平和な光景だった。理保は今朝の出来事を思い出して顔をしかめた。
（護身用のグッズとか買おうかなぁ）
　フェラチオで済んだだけでもマシなのかもしれない。痴漢がエスカレートして拉致とかレイプとかそんなことになったら大変である。それに電車で痴漢に襲われたり、会社で気軽にセクハラされたりするのはきっと自分にも隙があるからなのだ。
（気をつけなきゃ。何か起こった後では遅いんだし）
　そんなことを考えながら駅に着くとバッグの中の携帯電話が鳴った。彼氏かと思い電話に出るとデリヘル店の店長だった。しまったと思ったときには時遅し。
「理保ちゃん、ごめんねー」
　いきなり店長の謝罪から始まったため、理保は観念したように目を閉じた。
（あーあ、和田さんかなぁ）
　理保は小さく舌打ちをした。和田というのはここ数年の間ずっと週２日の頻度で１８０分以上の長時間の指名を続けている常連客で、歴代の人気嬢を食い散らかし、今では３ヶ月ほど前に入店したばかりの理保をすっかり気に入って必ず週１で指名してくる男だ。長時間の上に巨根の持ち主であるため、理保は毎週のように彼に失神寸前まで犯されている。彼の迷惑なところは、店の女の子のシフトに関係なく彼の都合で指名してくることで、大のお得意様の機嫌を損ねたくないという店側の判断で彼の指名があった場合には女の子は休みでも強制的に出勤させられてしまうのだ。ちなみに今日休むことは先週の時点で特にお願いしてあったのだが、残念ながら和田の指名は店にとって『絶対』である。
（今週は予約なかったもんなぁ･･･）
　昨日までに和田の指名がなかったため、嫌な予感はしていた。可能性として今週分の指名は今日の金曜日と週末を含めた３日であったわけで、それが運悪く今日になってしまったということだ。
「もしもし？聞こえる？」
「･･･はい、聞こえてます」
「今日お休みなのは知ってるけど、和田さん、指名入っちゃってね」
　歴代の人気嬢も和田の気まぐれには従うしかなかった。彼に指名されて断った女の子は過去に数人だけでみんなすぐに辞めていった。
「何時ですか？」
「それがね、今日は時間がないから１８時から１２０分だけでいいって」
　それを聞いて理保は気を取り直す。彼氏とのデートの待ち合わせは２０時半。ギリギリ間に合う。と同時にうんざりする。
（時間がないなら他の日にすればいいのに。なんで今日に限って）
　理保の沈黙を了解と捉えたのか、店長は念を押すように繰り返す。
「じゃあ、１８時から１２０分、よろしくね。申し訳ないけど」
「はーい」
　せっかくの誕生日。痴漢もセクハラも乗り越えてようやくというところでとんでもない壁が立ちふさがった。

　気落ちして帰宅する。和田の相手が終わったら、その足でデートに行かねばならない。が、和田はプレイの前後も理保に絡むため、お気に入りの服や下着で和田の前に出たくない。彼は店に連絡する前に電気マッサージ器で理保を陵辱したり、服の上から抱きついたり、乳首を擦ったり平気でするのだ。
（どうしよう。あぁ、もうっ！）
　苛立ちが募ってゆく。散々悩んだ挙げ句、服はデートの服、下着は汚れてもいいものを穿いていき、プレイが終わったらお気に入りのものに穿き替えるという案で妥協することにした。

「おう、いらっしゃい」
　マンションの玄関のドアを開けた和田が愛想良く挨拶する。彼の気まぐれで店の女の子がどれほど迷惑しているのか、まったく自覚していないようだ。きっと店側が気を遣っているだろうから彼は単に知らされていないのだろう。
「ご指名ありがとうございます」
　理保が丁寧に頭をさげると和田はいつもどおり抱きついてキスをした。つけすぎのブルガリと口臭。
「いやぁ、時間無くてさ。１２０分なんていつ振りだろう」
　理保の尻を揉みながら、和田が笑った。
「ごめんね、理保ちゃん。でもその分、濃密にエッチなことしちゃうから」
　心の中でうんざりしながら、それを表情に出さないように理保は従順な笑みを浮かべた。
　プレイ時間が短いせいなのか、プレイ前のいつもの悪戯がなかった。こんなことは初めてだったため、理保はやや拍子抜けしながら店に電話した。
「理保です。入りました」
「はいよ。頑張ってねー」
　店長の相変わらずの軽い調子に恨めしい気持ちになりながら理保が携帯電話をバッグにしまう。
「じゃあ、シャワー浴びようか」
　和田はいつものようなねちっこさが嘘のようにあっさりと浴室へ誘った。通常の客なら当たり前のことなのだが、今まで散々嫌な目に遭ってきただけに違和感がある。
（いつもこうだと嬉しいんだけどなぁ）
　理保はそう心の中で呟いて和田の後に続く。浴室ではいつも通り何度かイカさせられてしまったが、電話前の悪戯がなかっただけ、今回は比較的余裕があった。和田を先に出して理保は機械的に身体を洗った。彼氏とのデートのことがちらりと脳裏をかすめるが、無理矢理頭から追い出す。どんなに嫌な客でもお金をいただいている以上はしっかりと仕事をしなくてはならない。洗面台で自分の顔を確認して気合いを入れ直す。
（頑張らなきゃ）
　バスタオルを巻いて寝室に入ると、腰にバスタオルを巻いただけの和田に迎えられる。やや顔が赤い。ベッドのサイトデーブルにワインの入ったグラスが置いてある。
「飲む？」
　和田はいつも気軽にアルコールを勧める。アルコールが嫌いではない理保であるが、彼の誘いを受けたことは一度もない。
「いえ、結構です」
　いつものことなので彼は肩を竦めただけだった。グラスを持ち上げてワインを一気に飲み干す。
「今日はちょっと縛るね」
「･･･はい」
　和田は基本的に責めるプレイが好きである。最終的には彼の巨根でひたすら犯されるのだが、そこに辿り着くまでの過程は毎回少しずつ異なる。彼が用意した恥ずかしい衣装を着させられることもあるし、おもちゃを使うこともある。今回のように縛ることもある。ただ縛ると言っても荒縄で雁字搦めにするわけでもなく、タオルやネクタイで手を縛る程度だ。
「今日はこれを使うよ。可愛いでしょ」
　カップルのセックスで使うような可愛らしい飾りのついたおもちゃの手錠だった。初めて使う道具だが、これなら大して怖くない。理保は両腕を背中に回した格好で手錠で拘束された。
「痛くない？」
「はい、大丈夫です」
　痛くはないが、両手を後ろに回すとどうしても胸を張ることになり、これは豊乳の理保にとってはやや恥ずかしかった。案の定、和田がいやらしそうににやけた。
「理保ちゃんのおっぱいが誘ってるよー」
　無防備にさらけ出されてしまった巨乳はたちまち和田の餌食となる。弱い乳首を徹底的に責められると、理保はそれだけで濡れてしまい、息も絶え絶えとなってしまう。
「和田さん･･･もう･･･許してぇ」
　わざと音を立ててチュパチュパと舐められ、朝の淫夢が脳裏に蘇る。
（おっぱい出たらどうしよう）
　根拠のない不安が性の快感の中で増幅され、恐怖に顔が歪む。両手は拘束されている。こんな恥ずかしい格好で母乳が噴き出したら和田はどんな顔をするのだろうか。
（こんなにしつこく責められたら本当に･･･）
　和田は理保の胸がとにかく大好物で、例えばイメージプレイをする際のコスチュームも胸元が大きく開いたものや、胸がはみ出てしまうようなものを用意するし、上半身裸でプレイさせられることも多い。
「もうっ、おっぱいだめぇ！！！」
　理保は思わず叫んだ。そんな風に喘いでも和田は勢いづくだけなのに。理保の乳房に吸い付いていた和田は少しだけ驚いたように目を見開いている。
「どうしたの？そんなに気持ちいいの？」
　乳首をギュッと強く摘まれて理保の身体がビクンッと弾ける。
「胸よりも･･･早く･･･和田さんのをおしゃぶりさせてください」
　苦肉の策。和田の巨根には毎度泣かされているが、朝の淫夢のせいでこんなことを言わなくてはならないほど不安を感じていた。親友の絵美が理保の胸を絞る度に噴き出して顔にかかってきた白い液体の恐怖。あのイメージが理保を捉えて放さないのだ。
「へー、珍しいね。でも悪い気分じゃない。今日は時間もないしね」
　和田はそう言って、跪かせた理保の目の前に自分の肉棒を晒した。理保がそれを口に含むと、あっという間にギンギンに漲ってくる。口いっぱいに頬張り、懸命にフェラチオをこなす。満足すると和田は理保の股間に手を伸ばし、慣れた手つきで蜜壺の湿り具合を確認する。
「グチョグチョだよ、理保ちゃん」
「･･･はい」
　デリヘルで働き出して今までよりもずっと濡れやすい体質になってしまった。どんな客が相手でも自己嫌悪に陥るほどに濡れてしまう。客はそれを勘違いして喜ぶ。皮肉にもそれが理保の人気に繋がっていくわけである。

「じゃあ、まず後ろから入れちゃおうかな」
　和田の肉棒がズブズブと理保の中へねじ込まれる。何度相手をしてもこの最初の一撃の辛さは説明不可能なほど強烈である。
「くっ･･･あひぃ」
　ズンッと最後の一押しで彼のモノが奥まで入ってきて、理保は身体を痙攣させながらもシーツを握って必死に耐える。彼が腰を振る度に膣内の襞が擦れ、理保は巨根の威力に悶絶する。
「あっ！あっ！」
　後背位は責める側の腰が振りやすい。和田は理保の美尻を鷲掴みにしながら、徐々にピストン運動を激しくしてゆく。
「あひっ･･･はひっ･･･」
　喘ぐことすらままならず、声にならないほどの悲鳴。
「もっと締めて！」
「はいっ！･･･くぅ！！！」
　いつものように和田に何度も『締めろ』と要求される。懸命に膣内に力を入れるのだが、それを押し広げるような強烈な突き。理保は泣きそうになりながら彼の要求を満たすべく膣内に意識を集中させる。
「締めて！もっと！」
「･･･はひっ･･･はいっ！･･･イッ･･･イクッ！！！」
　背中を弓なりに反らせて理保が絶頂する。が、和田はなおも突き続ける。
「いやっ！イッたばかりなのにぃ！！！」
　和田はおかまいなしだ。理保は気が遠くなりそうになるのを必死で耐える。その時、サイドテーブルに置いてあった和田の携帯電話が鳴り出した。ピストン運動が止み、和田は理保と繋がったまま、『ちょっと失礼』と言って電話に出た。プレイ中に彼が電話に出るのはそれほど珍しいことではない。理保は肉棒を咥え込んだ四つん這いの姿勢で彼の電話が終わるのを待つ。何気なく壁に掛かった時計を見る。１８時４０分。もうしばらくの辛抱である。