【３】

（わたしも、満更捨てたもんじゃないわ）
　彩乃は背を反らしぎみにしてヒップを見下ろした。
　アーモンドブラウンのパンストの上から、キュートに形よくホールドされた左右の膨らみを両手で撫でる。
（わぁ〜、ガードルみたい……）
　ハードサポートの威力は抜群で、豊満でハリのある熟尻は鋳型にはめられたように丸々とした造形をなしていた。
　煌びやかな輝きを放つデニールストッキング。そっと手を這わせてみれば、サポート感の強いナイロン布はちょうど生ゴムのような感触である。
　ちょうどその時、美樹の声が廊下から聞こえた。
（ちょ、ちょっと……）
　彩乃は、その意味をすぐには呑み込めなかった。
　しかし、明彦という言葉に扉の方を振り返れば、室内の明かりが反射したガラス越しに人影が動くのが見えた。
　その瞬間、カギをかけていなかった無防備さにハッとし、すべてを明彦に覗かれていたことに気づかされる。シャワーを浴びいてインターフォンも聞こえなかったのだ
　込み上げてくる耐えがたい羞恥心に、彩乃はとっさに身を屈め、下着姿を隠した。
（まさか……）
　美樹がいないのを知ってて来たのではないかという疑念さえ抱く。
　思い当たる節はあった。
　明彦が家に来はじめて数日も経っていない間に、ランドリーボックスに入れておいたはずの下着が１枚なくなっていたからである。その時も彼に不信感を抱きかけたが、思い過ごしだろうとさほど気にかけなかった。
　今にして思えば、初めて会った時から、自分に向ける視線がどことなく妖しかった。
　２、３日前もそうだ。美樹を目の前にしているのに自分の方をボーっと見つめていて、注意すると慌てて返事をしていた。
　彩乃はひとつひとつの事実をパズルのように頭の中でつなぎ合わせていくうちに、一つの真実に突き当たる。
「明彦くん……」
　彩乃は溜め息を洩らした。もしかしたら、明彦は自分に対して不謹慎な情念を抱いているのではあるまいか。
（このままにしておけないわ）
　彼の不条理さに苛立ちつつ、試着中の下着の上からあたふたとタイトスカートとブラウスを着込む。ロングブラとパンストを脱いでいる余裕などなかった。
「あっ、ママ、これから、ちょっと出掛けてくるから……」
　この際とばかりに険しい表情で廊下に出ていくと、美樹が玄関で靴を履いていた。
　明彦は、二人の間で何ともバツが悪そうにうつむいたまま立っている。
「み、美樹……、あまり遅くなっちゃ、ダメよ」
　平静を繕って、彩乃は娘の美樹に言葉を返す。
「わかったわ、ママ……。明彦くんも、ゆっくりしてって」
「う、うん」
　明彦はもどかしく答えた。
　美樹がいなくなった途端、彩乃と明彦の間に気まずい空気が流れる。
「明彦くん、ちょっと、来て……」
「……は、はい」
　彩乃のやさしい言葉かけに、体をピクンとさせた少年は、少しのためらいもなく素直にリビングの方へ向かってくる。
「そこに、座って」
　恐縮ぎみに入ってきた明彦を迎えるように、相向かいのソファーへ差し招く。
「ひとつ、聞きたいの」
　彩乃はやや身を乗り出して、落ち着いた口調で切り出した。
「明彦くん、いつからここにいたの」
「さ、さっきです」
「ウソ、おっしゃい……。ずつと廊下からおばさんのこと、見てたんでしょ」
　真剣な眼差しで明彦の顔を見据える。
「なぜ、覗いてたの」
「……」
「まさか……、美樹の留守を狙って、忍び込んだんじゃないでしょうね」
「そ、そんなんじゃ……」
　訝しげな面持ちで問いつめる彩乃に、明彦はすかさず否定し、下唇をかすかに噛む。
「じゃ、どういうことなのぉ、泥棒ネコみたいな真似して……」
「そ、そ、それは……その……」
　急に落ち着きを失った明彦は視線を彩乃から外す。
「明彦くんに、そんな趣味があったの……？」
　彩乃は、悪戯っぽい口調でわざと茶化す。
「い、いや……お、おばさんが、とっても綺麗だったから……」
　とても恥ずかしそうに身をすくませて、小さく呟く。
「だから、覗いたりしたの……？」
「ご、ごめんなさい」
「……明彦くん」
　明け透けに呆れ顔を向ける。
　ブラウスの生地をピンと張らすほど高々と隆起している胸元、それと対照的に細くしぼられたウエスト、熟女の下半身を包み込んだタイトスカートから浮き出た大腿筋が鮮やかに強調されていた。
　服の上からでも分かる肉感的なボディラインに、ときおり興味深げに差し向けてくる明彦の熱い視線を感じずにはいられない。
　スカートと太股の隙間を隠すように、彩乃は意識して裾の上に両手をおいていた。
「それじゃ、この間、おばさんの下着を盗んだのは、どういうことかしら……」
「あっ、それは……」
　少年は顔色を変えた。
「ランドリーボックスから汚れた下着を盗むなんて、女の人にとっては裸を見られるより、ずーっと恥ずかしいことなの……それも、おばさんの物なんか」
　まさにその通りだ。女性にとって、自分の汚れた下着を見られるということほど恥辱の極みはない。
「女性の下着に興味を持つのはわかるけど……。教えて、なぜなの……、なぜ、そんなことしたの」
　いささか眉を細めて哀訴した。悲嘆を込めて迫れば、少年は何とも居たたまれない様子で、ますますうなだれて口をつぐんでしまう。
「怒ったりしないわ……。だから、言ってちょうだい」
「そ、その……、お、おばさんが……」
「おばさんが、何かしたかしら」
「い、いや、あの……、おばさんの、ことが……」
　不安の色をにじませてやさしく問いかけると、明彦はきまり悪そうに首を振る。
「わたしのことが、どうかしたの」
「あ……の……」
　目の前の、明彦の顔が耳たぶまでみるみる真っ赤になる。
「お、おばさんのことが……す、好きなんです」
　ドギマギと声を震わせながら、明彦はやおら意を決するように呟く。
「えっ！」
　息を呑み、とっさに口もとに手をやった。
　自分に好意を抱いていることはうすうす気づいていた。だが、面と向かって告白されてはさすがに閉口し、あからさまに狼狽してしまう。
「おばさんが、好きなんです」
「ちょ、ちょっと……、変な冗談はよしなさい」
　大人げなく動揺し、上品な美貌が苦渋に染まっていく。
「いや、冗談じゃありません。本当なんです」
「あなたは、美樹の彼氏で、わたしは、美樹の母親よ」
「はい、分かってます。分かってますけど……どうしても、おばさんのことが……」
　必死に諭そうとする彩乃に対し、少年は乞うように言葉を返してきた。
「そ、そんなこと……、急に言われたって……」
「初めておばさんに会った時から、忘れられなくなって」
　おどおどしながらも、明彦の眼は真剣だった。
　その純粋までの真顔が、自分を女として見ていることを如実に物語っている。
　１５、６歳の男の子といえば、年上の女性に恋心を抱くもの。その感情が恋愛でなく、性欲の発露だということも、彩乃は十分承知していた。
　ただ、まさか自らの身の上に降りかかってくるとは想像だにしていなかった。それだけに戸惑いは隠せない。よりによって娘の彼氏から告白されるなんて。
（明彦くん、そんなに……）
　でも、たとえ性の対象にすぎないと分かっていても、心の中に何かを宿されたように、なぜか相手が明彦だと思えば強く拒絶する気持ちにはなれなかった。
「おばさんを、からかわないでちょうだい」
「からかいなんかじゃ……。ほんとに魅力的で、誰よりも美しいから……」
　間髪を入れず、真面目に否定した。その言葉に嘘はなかった。
　現に、モデルばりにスタイルのいい彩乃は実年齢よりもずっと若々しく見え、春秋に富んでいた。
「あなたには、美樹がいるじゃないの」
「えぇ、で、でも……、ほんとに、おばさんのことが……」
「明彦くん」
　困り果てた彼女は、真剣な明彦を直視する。
「あ、あの……おばさん……、ぼく、おばさんに、お、お願いが」
　明彦が一段とためらうような口調で語りかけてくる。
　その物言いにただならぬ気配を感じた彩乃は、瞬時にして体に緊張感を走らせた。
「お、おっ、教えてください……」
「……」
　彩乃は身構えて、生唾を大きく呑み込んだ。
「じ、じょ……」
　少年の喉がキュッと詰まる。
「じょ……女性というものを、ぼっ、ぼ、ぼくに教えてください」
「……そ、それ、って……」
「ぼくを、男にしてください」
　蚊が鳴くような呟きとは裏腹に、明彦の口からとんでもない要求が飛び出てきた。嬉しさとも昂奮ともつかない複雑な感情が渦巻いているのだろう、少年の体が震えている。
「……あ、明彦くん」
　あまりの唐突さに、彩乃は言葉を失い、思わず顔を上気させた。胸がドキドキし、身を揉まずにはいられなくなる。
「わ、わが、わがままなのは……十分わかってます。でも……おばさんが好きで……、だから……たった、たった一度でいいです、ぼくの、わがままを聞いてください。ぼくの最初の女性になってください。お願いします」
　緊張と昂奮で赤面させながら、小心者の明彦は勇気をふりしぼって思いの丈を吐き出し、深く頭を下げてきた。
　やるせない彼の気持ちを推し量れば、彩乃は美貌を強張らせて返答に窮する。
（明彦くんと……）
　娘の彼氏に体を許すなんて、息子のような少年と関係を結ぶなんて、とうてい考えられなかった。彩乃の涼しげな目もとからにわかに落ち着きが失われていく。
「い、いくらなんでも、そんなこと……ダメよ……」
　前に垂らしたセミロングの髪を耳にすき上げながら、呟いた彩乃のその声は明らかにうわずっていた。
「おばさん……お、お願いします」
　膝の上で拳を握る明彦の体が震える。大きく見開いた眼は充血し、涙を溜める。
（そんな目で、見つめないで……）
　彼の思い詰めた眼差しが、彩乃の胸を激しく掻きむしった。
　美樹を裏切ることは母として許されない。しかし、思春期の繊細な心を、傷つきやすい少年の心をむげにすることも、彩乃にはできなかった。
　明彦と同じ年頃の少年が起こす凶悪犯罪や自殺が増えている今の世の中を考えると、他人事には思えない状況がより不安を煽る。
「明彦くん」
　泣きべそをかく少年を前にして、さまざまなことを思いめぐらしているうちに、彩乃はしだいに懇願する明彦が見るに忍びなくなってくる。
　理性さえ見失わなければ、少年の欲望に翻弄されることはない。いつしか彩乃は自分にそう言い聞かせていた。
「わ、わかったわ……。だ、だから、もう泣かないで」
　悩んだ挙げ句に口をついて出てきたひと言が、彩乃自身をハッとさせる。ほんの数分前の自分には絶対考えられなかった展開に、彼女の身は凍りついた。
「お、おばさん……」
「あっ、明彦っくん」
　すくっと顔を上げて見つめてくる明彦から、瞬間的に視線を逸らしてしまう。
「でも、一度だけにしてほしいの。それに……」
「あっ、はい、わかってます」
　美樹だけには知られたくないという親心をあらわすと、明彦は大きくうなずいた。
　二人はどちらともなく目と目を見交わし、面映ゆげに背けた。お互いの気持ちが解け合うように、静かなしじまが彩乃と明彦の間に流れる。
　初夏を思わす陽射しが室内を明るく包み、サイドボードの上に置かれた時計のかすかな音だけが規則正しく時を刻んでいた。
（可愛いわ……）
　はにかみつつも、ストレートなまでに自分の気持ちを表現できる年頃の明彦がとても羨ましかった。
　いま人気の美少年ほどではないにしても、純情で清潔感にあふれるタイプで、少女と見まがうまでの中性的な雰囲気が、彩乃には好感が持てた。
（こんな可愛い顔して、いつもエッチなことばかり考えてるんなんて……）
　明彦を前にして、これまでに抱いたことのない危険な情念が湧いてくる。
　娘のボーイフレンドだと思いつつも、どこまでも純粋な明彦に注視されると、飢えに渇いた下腹の奧がズキンと疼き、じわじわと体じゅうが火照りだすのだ。
（一度だけなら……、明彦くんが、悦んでくれるんなら……）
　明らかに自分の変化を自覚する彩乃は、今が女ざかり。
　離婚してからも、持ち前の美貌と抜群のプロポーションにより男に事欠くことはなく、その都度、彩乃は母親であると同時に女として生きてきた。６ヶ月前に別れた年下のボーイフレンドもその一人で、彩乃のすべてを受け入れて愛してくれた。
　彼とは友人の紹介で知り合い、はち切れんばかりの若々しさにすぐ虜になった彩乃は一時期夢中になったが、ちょっとした不一致から交際に終止符を打ってしまう。
　その後は縁がなく、この半年間、男との接触はなかった。
　しかし明彦と出会った時から、彩乃の忘れかけていた年下への欲望が芽生えはじめていたのである。
　それからというもの、彩乃はベッドに入っても、悶々として孤閨に惑う日が続いていた。
　閉じた瞼の裏に明彦の可愛げな顔が映し出してくるたび、彩乃ははしたなくも媚薬でも塗られたかのように秘部をヒタヒタと疼かせて、つい慰めてしまうのだ。
（ドキドキしてきちゃうわ）
　そんな矢先、こんなに早く現実になるとは思ってみなかっただけに、彩乃の心は揺れた。
　目線をちょっと下の方へ移せば、明彦の股間がテント状に盛り上がっている。
「明彦くん……何、想像してんの？」
「あっ、い、いえ……」
　明彦は慌てて前を隠す。
（明彦くんのって、どんなのかしら……）
　美樹の美母はあられもない欲望に胸を躍らせた。たぶん自分とセックスができると思っただけで、少年の肉棒は痛いほど勃起しているに違いない。
「フフ、元気いいのね」
「おばさん、もう、ぼ、ぼく……」
「わかってるわ。おばさんに任せて……。隣の部屋へ行きましょ」
　先に腰を上げ、明彦を自分の部屋へ誘った。