決行の日である木曜日がきた。昨夜は、興奮してなかなか寝付けなかった。まるで好きな女の子との初デートを翌日に控え極度に緊張している学生のようだった。
　やっと、眠りについたのは空が薄っすらと明かりをおびはじめた頃だった。
　だが、せっかくの睡眠も夢によって壊された。いやらしい夢を見た。見たこともないところで会ったこともない女と交わっていた。気持ちよかった。名器だった。目覚めなければ夢精していたに違いない。危なかった。ここで射精してしまったら、濃い精子を溜め込んだことが無駄になる。

　それにしても、この６日日間は辛かった。

　月曜日、出社して美穂子にあった。彼女はまるイメクラ嬢として俺に接したことがなかったかのようにいつもと同じ態度であった。その美穂子に俺は今日付けの休暇申請書を手渡した。

　火曜日、美穂子は前日と変わらず俺に接してきた。もしかしてあの時の出来事は夢であったか、または美穂子とは別の女だったのかと疑念が生じるほど自然だった。

　水曜日、俺の精神と肉体に変化が現れた。頭は悶々とし肉体は精液を放つことを要求していた。出社してもまともに美穂子を見ることがてきない。美穂子の声を聞いただけで肉棒が疼きだす。こんなところで欲情していることを悟られるわけにはいかない。わざと美穂子から避けて、朝礼が終わると直にブリーフケースを手にして席をたった。
　部屋からで足早に廊下を歩き始めると、背後から俺を呼ぶ声がした。美穂子だ。俺はそれを無視して止まることなく外に向かって歩き始めた。
　すると美穂子が小走りで寄って来た。そして、小さな声で囁いた。
「上村さん。これ、忘れ物」
　美穂子は給与明細を俺に差し出した。
「あっ、ありがとう」
「誰にも言わないって、信じてますから……」
　美穂子はボソッと囁き、俺に背を向け事務室へ戻っていった。やはり、夢ではなく、現実であった。
　俺は肉棒を硬くしなら、美穂子が事務室にはいっていくのを見届けてから再び外へ向かった。
　スラックスのポケットに片手をいれ勃起していることを悟られないように会社の外へ出た。駅に向かいながら、勃起を沈めようと仕事のことを考えた。だが、すぐにイヤラシイ空想に頭の中が支配される。こんな状態では営業にいってもうまくいかないだろう。
　もし訪問先にそそる女、否、普段なら決して欲情の対象にならない女でも犯してしまいそうなくらいに精神は高まっていた。
　危険だ。もう我慢できない。悶々としている。目の前にいる女を片っ端から犯したい。頭の中はそんな欲望に支配されつつある。俺自身を見失いそうだ。俺は直にタクシーを拾い、自宅へ直行した。
　結局、その日はずっと家に閉じこもり夕方、会社に連絡をいれ、お得意さまに引き止められて帰社が遅くなりそうなので直帰すると言った。
　こんな状態は初めてのことだった。精神的におかしくなりそうだ。考えてみれば１２歳の時に初めてオナニーを覚えてから、現在までに２日以上精液を放たなかったことがない。辛かった。何度も自分の手で熱い肉の棒を慰めようと思った。
　また、セフレからは毎日のように、刺激的なメールが携帯電話に届く。メールを読むたびに返信しようとの誘惑にかられた。
　しかし、我慢した。ドロドロに濃くなった精液を美穂子の体内にぶちまける願望を現実にしなければならなかった。

　そして、決行日がきたのだ。果てしなく長かった禁欲生活から解放される日。数時間後には禁欲生活に終止符がうたれる。

　俺は昨日、今日のために用意したものを詰め込んだデイバックを背負って、部屋を出た。
　タクシーに乗り、彼女の住むマンションの最寄の駅でおりた。
　まだ、十二時前だった。駅前どおりには、たくさんの人が歩いている。若くて綺麗な女性が何人も歩いている。知らず知らずに女の尻に見入ってしまう。
　俺は力強く目を閉じて雑念を振り払い歩を進め、コンビ二でおにぎりと飲み物を買った。
　これから長い時間を彼女の部屋で息を潜めながら１人過ごさなければならない。一度、侵入したら目的を達成するまで外出することはできない。彼女に街にたどりついた時から気持ちは高揚している。
　コンビ二の袋を持ちながら、彼女の住むマンションへ向かった。
　マンションの前にたどりついた。
　ここは都会の中でも住宅街に位置しているのでそれほど人通りもない。
　バッグのポケットから携帯電話と美穂子の住所を書いたメモをとりだし、事前に調べておいた個人で営業している鍵屋へ電話した。
　電話が繋がり、相手に聞かれたことを、メモを見ながら読み上げた。残念なことに、現場に到着するまで３０分くらいかかるということだ。
　一刻も早く、鍵を解除してほしいが、仕方がない。俺は渋々と承諾した。

　マンションの前で３０分くらい、ジットはしてられない。今の世の中、物騒な事件ばかりが起きている。見慣れない男がうろうろしてたいたら不審に思われるだろう。

　俺は、ふらふらと周辺を歩き時間をつぶし、指定の時間の五分前にマンションの前に戻った。まだ、鍵屋はきていないようだ。
　マンションの敷地にはいり、エレベーターを使わずに階段で２階へあがった。
　廊下にでると、いかにも保険の勧誘にきたと思われる女性に遭遇した。年の頃は３０代後半だろうか、全身から女性フェロモンをただよわせ、男好きのする女だ。
　ここが俺の住むマンションであれば直に部屋へ誘い込み、犯していることだろう。
　誘惑を脳の奥底にねじ込んで部屋の前までやってきた。

　美穂子の部屋の前に辿り着くと、否が応でも興奮が高まってきた。ジーンズの前は鉄の塊を仕込んでいるかのように膨らんでいる。また、カウパー氏腺液が滲みブリーフの先が濡れているがはっきりと認識できた。
　こんなところを他人に見られたら大変だ。
　もう少しで鍵屋が来るので、勃起していることを気づかれるわけにはいかない。

　カバンからタバコをとりだし、火を灯した。中に侵入したら、煙草を吸うわけにはいかない。俺が知っている限りでは美穂子は煙草を吸っていない。煙草を吸わない人はその匂いに敏感だ。部屋に戻ったときに、すぐに匂いに気がつくだろう。ニコチンを蓄積するため煙を肺の奥まで深く吸い込みながら、鍵屋とのやり取りを頭の中で反復した。

　渡り廊下から、道路を見ながらシュミレーションしていると原付に乗った男がマンションの前で泊まった。後部にとりつれられているボックスには鍵屋の名前がデザインされていた。
　煙草を携帯灰皿にもみ消し、彼が上がってくるのを待った。肉棒は沈静化している。もう大丈夫だ、冷静になれと自分に言い聞かせた。

　エレベーターの開く音がし、男が見えた。
　これからが、最も肝心なシーンである。鍵を開けてもらえれば、百パーセント成功する自身がある。
　俺は右手を軽くあげた。
　鍵屋はボックスを手にしながら、小走りに向かってきた。
「どうも、遅くなりました」
「いいよ」
「でっ、こちらの鍵ですね」
　ドアノブを掴み廻した。形状を確認しボックスの中から、針金のようなものを取りだし、それを鍵穴へ差し込んだ。
　カチャカチャと何かを確かめるように二つの棒を動かした。
　カチャリ。３分ほどたったであろうか、鍵の外れる音が聞こえた。
　俺はそのテクニックに驚きを示した。ピッキング強盗が世間を騒がせているのも頷ける。ほとんどの家は古いタイプの鍵を利用しているとのことだ。彼らにとっては造作もないことだろう。
　鍵屋はドアノブに掴み扉が開くことを確認した。
「これでＯＫです。普段なら、このタイプの鍵でしたら１分もかからないんですがね」
　再びドアノブに手をかけたとき、俺は声をあげた。
「ありがとう。助かったよ。もういいよ。ちょっと急いでいるんだ」
　と言いながら財布の中から１万円札をだした。
　あまり部屋の中の様子をうかがわれたくい。俺も初めてはいる部屋だ。どうなっているかも全くか解らない。玄関を見られたただけで女の部屋であると悟られるかもしれない。　鍵屋はドアノブから手を離し、札を受け取った。
「ありがとうございます。それでは、このタイプですと８千円になります」
　鍵屋は札を黒いセカンドバッグにいれてそこからつり銭をとりだした。
　気持ち的には釣はいらないと言いたいほど感謝をしたが、余計なことはしないほうがいい。そんなことをしたら彼は俺のことを記憶にとどめることになるだろう。
　黙って千円札二枚をうけとり財布の中にしまい込んだ。
「後、作業終了書にサインをいただきたいんですが」
「面倒だなあ〜」
「すみません、お急ぎのところを」
　一刻も早く部屋の中に入りたかったが、仕方がない。俺は渋々と彼からボールペンを受け取り名前を記入した。
「これでいい？」
「あと、住所と電話番号をお願いしたいんですが」
「本当に急いでいるんだ。そっちで記入しておいてくれない？」
　俺の言葉に鍵屋はとまどったようだ。多分、マニュアルにはないのだろう。
「……わかりました」
　鍵屋は少し考えてから書類をカバンにしまい込んだ。
「ありがとうございました。また、なにか会った時には宜しくお願いいたします」
「いやぁ、助かったよ。ありがとう」
　鍵屋は軽く頭を下げて背をみせ、廊下を歩いていった。

　俺はすぐにドアノブを廻し、部屋の中に侵入した。
　その瞬間、美穂子のつけている甘い香水が鼻を擽る。玄関には女もののサンダルとハイヒールが２足、綺麗に並べられている。部屋と玄関をしきる扉が一枚あって中の様子は伺えない。
　鍵をロックし防犯スコープを覗き込み、誰もいないことを確認した。
　こんな体験は初めてだったため、心拍音が外部にもれるのではないかと思うほど、漠々と心臓が脈打っていた。
　俺は気を落ち着かせるために大きく深呼吸をしてから、スニーカーを脱ぎ、玄関マットの上にあがった。
　背中にしょったバッグからシューズ袋を取り出して、その中に脱いだスニーカーをいれた。
　
つづく