３．

　その女性はハイヒールのかかとをカツカツとならしながら僕たちのほうへ歩いてきた。
「まさか、もうヤっちゃったんじゃないでしょうね。」
　彼女はお姉さまとはるきさんの顔を交互に見ながら詰め寄った。
　お姉さまは少し後ずさりして「だって、遅かったんだもん。もう、はるきちゃんにしてもらったわ。」
　そういうと、彼女はふーっとためいきをついて「もーっ、なんでよ私がもらう予定だったのに。」
　カバンを抱えたまま、さっきまではるきさんが座っていた椅子にバタンと腰掛けた。

　僕は服を着せられると、店の一角にあるテーブルに座らされた。
「私は萩原美香。礼香の同級生よ。」
　彼女はそう言うと隣に腰をおろし、カバンをドスンとすえると、なにやらがさごそと取り出し始めた。
　僕の向かい側にはお姉さまとはるきさんが座って、楽しそうにこちらを見ている。
　カバンの内側には大きな鏡がはめこんであり、僕の正面に置かれた。そして、口紅やファンデーションなどが次々と並べられてゆく。今から何をされるのか、もはや明白だった。
　お姉さまは、テーブルの反対側からやさしく微笑みかけると、
「ねえ、五月ちゃん。嬉しいでしょ。今から美香ちゃんがお化粧してくれるから、そしたらはるきちゃんにお洋服を選んでもらって、本当の女の子になるのよ。」
　と言った。僕は下を向き、
「はい。嬉しいです。」
　とうなずいた。女装願望というものがあったのかどうかよく分からないが、今はもう、本当に嬉しく感じ始めていた。

　どこをどうされたのかよく分からない。なにやらくすぐったいような、粉っぽい甘ったるいような匂いを嗅がされながら、３０分くらい経ったのだろうか。鏡の中の僕は、今までに見たこともない、生まれ変わったような顔になっていた。
「出来上がりよ。どう、気に入った？」
　美香さんはそういって笑みを浮かべた。会心の出来とでも言いたそうだった。僕ははじめ言葉が出なかった。うっとりしていたと言うと笑われるだろうが、本物の女の子になったようで感動すら覚えていた。
「うれしいです。とっても。」
　それはあまりはっきりしない、ぼやけたような返事だったように思う。だが本心だった。
　そして３人にうながされて立ち上がると、はるきさんが服を選び出した。
　僕にはほとんど決定権はなかった。３人でああでもないこうでもないと、わいわいやっているのを、ただ横で見守っているだけだった。そして着せ替え人形のように何度も服をとっかえひっかえされて、ようやく決まった頃にはもう１時間以上経っていた。
「これに決まりよ。」
　そう言ったのはお姉さまだった。３人で選んだその服はうすいピンクのワンピースで、襟やスカートのすそにレースのついた、まるで喫茶店かホテルのウエイトレスのようなものだった。しかも極端に丈が短い。僕ははじめ躊躇したが、いざ着てみると案外悪くない。自己満足と思ったが、女性３人も大喜びしている。
「じゃ、行こうか。」
　お姉さまが僕の手を取った。
「え？どこへ‥‥。」
　僕は一瞬返答に窮した。
　今度は美香さんが僕の反対の手を取った。
「せっかくおしゃれしたんだから。お出かけしなきゃ。」

　お姉さまの車で向かった先は、駅前の繁華街だった。
　はるきさんだけはまだ店があるからということで残り、僕とお姉さまと美香さんの３人で街中を散策した。僕は恥ずかしさで自然とうつむきかげんになり、その度に、
「もっと普通に歩かないと、女の子じゃないみたいよ。」
　と冷やかされた。
　なにしろ、スカートをはくのもそれで外出するのも初めてなのだ。さっきからスースーして、本当はショーツが丸見えなのではないかとさえ思える。そのたびに、商店のウインドウに移る自分を見てみたが、見えてはいないようだった。
　その後、デパートに入ってお姉さま達のショッピングに付き合った。しかし２人の興味は何か買いたいというよりも僕がどう見られるかということにあるようで、服やバッグを見るよりも、店員の視線と僕の姿を見ている時間が多かったように思える。
　数か所回ったあと、僕たちは喫茶店で休むことにした。
「五月ちゃん、結構いけてるみたいじゃん。」
　お姉さまが席に着くなり僕の方を覗き込むようにして言った。
「そりゃあ、お化粧の腕がいいからね。」と、美香さんも僕の顔を見ながら、というよりも化粧を見ながら腕をまくって見せた。
　そしてコーヒーを注文し、僕の化粧と初女装の話で盛り上がった。
　僕は会話に参加するよりも、２人の会話が周りに聞こえているのではないかと内心冷や冷やしながら、２人の話も半ば上の空で、コクコクと頷きはするものの周囲が気になって仕方がない。
　そうこうするうちに時計の針は５時をさそうとしていた。
「もうそろそろじゃない？」
　お姉さまがそう言って立ち上がると「そうね。」と美香さんも頷いて財布を出しながら席を立った。
　そして、２千円を抜き出して「お願いね。」と、僕の手のひらに乗せた。
　まず、何がもうそろそろなのか尋ねたかったが、２人がレジのところで待っていたので、僕も慌てて伝票を拾い上げてレジに向かった。この格好でそんなに近くで人と接するのは初めてだったが、お姉さまたちに褒められたせいか妙な自信がついてあまり気にならない。案の定、レジの店員さんは普通に対応してくれた。僕はなぜか上機嫌になっていた。

　デパートをでて、３人で向かったのはちょっと妖しげな洋館のようなラブホテルだった。
　もちろん僕はまだ入ったことはない。期待というよりも不安の方が大きかった。ホテルの入口に、女性らしき人が立っているのが見えた。
「あ、いるいる。」
　お姉さまが、おーい、と手を振るとその人も手を振りかえした。近づいてみると、はるきさんだった。さっき、もうそろそろと言っていたのは、はるきさんが店を終わって待ち合わせをしていた時間ということなのだろう。
　気になったのは彼女の服装だ。白い薄手のワンピースで、やはり僕のものと同じくらい丈が短い。もしかしたらもっと短いかもしれない。しかも薄手なため、中の下着と思われる赤い線が透けて見えてしまっている。
　僕は彼女に近づきつつ視線を逸らせようとしながらも、見ていたいという感情をどうしても抑えられなかった。そして、体の一部に変化がおきることも抑える術はなかった。
　もしかして彼女は家からこの格好で来たのだろうか？
　バスや電車で来たのなら、さぞ周囲の好奇の目にさらされてきたに違いない。僕が教えてあげるべきなのだろうか？いや、却って言わないほうが‥‥。
　しかし僕が本当に驚いたのはそれからだった。美香さんが「言うとおりにしてきたわね？」と言うと、「はい。」と彼女は応えた。２人の話を聞く限りでは、やはり電車できたらしい。しかも美香さんの指示でこんな格好をしてきたようで、混んでいたのか、つり革につかまってきたようだった。帰宅時間のラッシュには少し早いような気もするが。
「両手を上にあげなさい。」
　美香さんの一言は、明らかに命令口調だった。はるきさんはそれに従い、ためらうことなく両手を上にあげた。ワンピースのすそは、彼女のショーツが見えるか見えないか、いや、ちょっと体を動かせば確実に見えてしまう所にきていた。こんな格好でここまで来たのだ。あの、はるきさんが‥‥。
　だが信じられない光景はまだ続いた。美香さんが右手を前に差し出すと、彼女は前開きのワンピースのボタンを外し、肩から後ろへと脱ぐと美香さんに手渡した。そして両手を頭の後ろに組んだ。夕方とはいえまだ十分に明るいこの路上で、赤い下着があらわになった。
　僕は目を疑った。それは下着ではなく赤いひもだった。当然、肌を隠す機能などない。両方の乳房も、お尻も陰部ですらあらわになっている。いやそれどころか、乳房は突き出すように絞り出され、痛々しくさえある。陰部を前後に渡るひもは、正確に彼女の割れ目をなぞって食い込んでいた。
　さらによく見ると、首には犬のするような首輪がつけてある。これもすべて美香さんの「言うとおりに」してきたということなのだろうか。
　ふと、僕の肩を叩いたのはお姉さまだった。
「はるきちゃん、可哀想だと思う？」
　急に問い掛けられて、僕は一瞬言葉がでなかった。おどろいたというよりは、理解しきれないこの状況にまだ戸惑っていたからだ。
「あ、はい。」
　僕はやっとそれだけの言葉を口にした。が、まだ呆然としていてさぞ間の抜けた返事に聞こえたに違いない。お姉さまは続けた。
「じゃあ、五月ちゃんも脱ぎなさい。はるちゃん１人で恥ずかしい目にあうのは可哀想でしょ？」
　今度は美香さんが僕の顔を覗き込んだ。
「そうね、そうしよう。２人なら恥ずかしくないでしょ。」
「そ‥‥そんな。」
　僕は愕然とした。はるきさんが可哀想と思いながらも、どうしてもまだ明るい路上で服を脱ぐ気にはなれなかった。でもそう簡単に許してもらえるわけもない。
「五月ちゃんが脱がないとはるきはずっとこのままなのよ。」
　美香さんの言葉は冷たく聞こえた。きっと、本当にそうする気なのだろう。冗談ではない空気が確かに読み取れた。
　美香さんが急に僕の後ろを指差した。振り向くと、道の反対側で唖然としてたたずむ若いカップルがいた。明らかに見られたのだ。カップルは慌てて近くのホテルに逃げ込んだ。
「こんなふうにたくさんの人に見られちゃうのよ。このいやらしい格好を。」
　美香さんは僕の耳に口づけるようにして小声で、しかしはっきりと言った。そしてはるきさんの体を彩る赤い紐の股間近くに指を引っ掛け、くいっと上に持ち上げた。彼女は
「はあんっ。」
　と、声をあげ、少しよろめいた。
「五月ちゃん‥‥お願い。」
　はるきさんの声は、恥じらいに満ちていた。顔をやや下に向け目を伏せ、逃げ出したいのに逃げ出せない気持ちからか、両足を少しもじもじさせるようにしながら足を組むようにして股間を隠そうとしている。しかし、ここにいる僕たち以外にはこの状況がわかるわけもない。またカップルがやってくるのが見えた。
（こんなときに‥‥）と思ったが、「来るな」と叫ぶ訳にもいかない。しかし、僕はまだ決心できずにいた。間もなくカップルが遠回りをするように道の反対側を通り過ぎていった。
　またもはるきさんは他人の目にさらされたのだ。急に自分が情けなくなって、うつむかずにはいられなかった。
「あんっ。」と言うはるきさんの声に、僕は面を上げた。彼女の口には、まさにギャグボールがはめられようとしていた。
「１人に見られるごとに１個ずつおもちゃをつけていくことにしようか。どこまで我慢できるか楽しみね。」
　美香さんは僕の方を向くことなく、ひとり言のようにつぶやいて、手際よく装着した。
「今のはカップルだったから、もう１つ。」
　そう言って、鼻を吊り上げる道具も着けた。はるきさんは羞恥に体をくねらせながら、僕を哀願するような目で見つめていた。そう、彼女は美香さんの奴隷なのだ。そう確信せずにいられなかった。それに‥‥彼女の太ももにヌルヌルと潤った蜜が伝っているのが見て取れた。
　ピシッという音とともに、僕の太ももに痛みが走った。振り返ると、お姉さまが鞭を手にして立っていた。お姉さまは無言のまま僕の両足に鞭を振りおろしつづけた。前から後ろから太ももを執拗に打たれて、僕の両脚は熱く、真っ赤にはれ上がった。
「お許しください。脱ぎます‥‥脱ぎます。」
　よろよろとよろめきながら、僕が言うと、ようやく鞭は止んだ。僕の脚にはいくつものみみずばれができていた。
　僕は傷をさすりながら、ボタンを外し始めた。
「ちょっと待ちなさい。」
　お姉さまは僕を制すと、大きな声で、
「隠れてないで見に来たら？今からこっちの子も脱ぐから、楽しませてあげるよ。」
　と、周囲に呼びかけた。僕は、目を見張った。出てきたのは全部で４人、カップルが２組で、片方はさっき通り過ぎていったとばかり思っていた２人だった。
　全く気づかなかった。はるきさんも気付いていなかったようで、頭の後ろに組んでいた手をはなし、さっと胸を隠した。その瞬間、
「誰が隠していいって言った？」
　美香さんは大きな声で一喝すると、お姉さまの手から鞭を借り、はるきさんの尻をうちすえはじめた。
「むが、ふご‥‥ふぐう。」
　彼女は必死に謝っているようだったが、口をふさがれていて言葉にならない。お仕置きの鞭は尻から胸へ太ももへと何十発も飛んだ。はるきさんはすぐに手を頭の後ろに戻し、打たれるままになっていた。
「こわい‥‥。」
　ふと、ギャラリーの１人の女性がもらした。それが契機になったのか、他の男たちがはるきさんを罵り始めた。よだれを垂らし、地べたを這いずり回る姿は醜く汚らしく思われたかもしれない。
　しかし、僕には彼女がこの上なく可愛らしくいとおしく見えた。そして、彼女を侮辱することが許せなかった。今にも殴りかかりたい衝動にかられた。
（僕のはるきさんを侮辱するな！）
　僕の？
　そう、僕はようやく気付いた。僕ははるきさんが好きなんだ。僕は心を決めた。
「お願いです。今から脱ぎますから私の裸を見て下さい。」
　そう言って、僕は一気にワンピースを脱いだ。こちらに全員の気を引くことではるきさんを助けたいと思ったからだ。
　案の定、全員の目が僕の方に釘付けになった。はるきさんの鞭も止んでいた。ギャラリーの４人の目は明らかに僕の股間を捕らえていた。既に、膨張しとんがっているその部分を。
　僕は、うつむきながら、ブラを外した。そして、ショーツも脱いでお姉さまに手渡した。４人の男女は苦笑とも嘲笑ともつかない笑いをしていた。僕は、恥ずかしさを心の底に押さえ込みながら、はるきさんと同じ格好をとった。
「４人に見られたんだから、お仕置きは４つね。」
　お姉さまは僕のあごに指をかけ、持ち上げるようにした。
「はい、私に４つお仕置きを下さい。」
　僕は大きな声で言った。もうどうにでもなれ。
「じゃあ、まずは‥‥。」
　お姉さまは、バッグから鼻フックとギャグボールを取り出して、はるきさんと同じように取り付けた。初めてつけられたそれは、以外にも大きく、あごが痛くなるような感じにおそわれ、時間がたつにつれ、よだれがツーッと滴るのが分かった。
　そして３つ目。ピンクのロープだった。その縛り方も、はるきさんと同じようにかけられた。きつく、しかし、手際よくサッサッとかけられ、最後にギュウッと締め付けられた。
「うう‥‥あぁ。」
　僕の口からは自然とうめき声、いや、喘ぎ声が漏れた。
「最後はこれね。」
　それは首輪だった。はるきさんと全く同じ格好にさせられたのだ。そしてお姉さまの手が、僕の股間の部分を弾いた。僕の陰部はこんな辱めを受けながらも、今までにないくらいとても硬く隆起していたのだ。
　僕はとても満足だった。そして首輪にリードをつけられた。いつのまにかはるきさんも同じようにリードをつけられ、四つん這いになっていた。
　僕も同じように四つん這いになり、彼女の横へと進んだ。はるきさんの表情は拘束具でゆがんでいたものの、その目は少し嬉しそうにしているように見えた。そして、僕たちは女王様たちに導かれるままに、ギャラリーに見守られながらホテルの中へと歩を進めたのだ。
　もう日は落ち、ホテルのケバケバしいネオンに照らされながら。

おわり