| ６.野 望
①高田 一樹
淫欲に満ちた高校生活に別れを告げ、国内最高学府の大学に進学した。
弥生も懸命な努力の甲斐があって、同じ門をくぐっていた。
ここでの自分の目標は明確だった。
在学中に国家公務員上級職、いわゆるキャリアの試験をクリアするのは当然ながら、一番の課題は、この間に自分の親衛隊を組織することだった。
かのヒトラーが組織していたのとは異なり、僕の構想は宗教団体に近かった。
それぞれの分野で卓越した才能を持ち実行力のある人間を腹心とし、その下に、全国的な支持層を広げて、一大組織にすることだ。
幸いにも、この大学は、その条件を満たす人間を探すのには都合のいい大学だった。
但し、その人間は女性であることも条件の一つにしていた。
各分野に自信を持つ女性を心酔させるのは困難を極めるだろうが、「千年王国」を築くには、クリアしていくしかなかった。
大学に通い始めてから、まもなく、貴重な人間に出会った。
僕にとっては、誠に貴重といわざるを得ない人間だった。
その男は化学専攻の学生で、ひょんなことから交流が始まり、彼の自宅に行くようになった。
彼は天涯孤独で友達もなく、ひとりで誇大妄想的研究をしていた。
「芥川君、僕の研究がやっと完成したんだが、君、興味あるかい？」
ある日のこと、彼は僕にとんでもない成果をもたらしたのだった。
「えぇ、高田さんの研究って、何なのですか？」
「まぁ、ついて来れば分かるよ、誰にも内緒だよ、これはノーベル賞ものなんだから」
そう言って、彼は自分の住まい兼研究室に案内してくれた。
そこは、まさしく研究室以外の何物でもなかった。
実験機材と薬品が山と並び、よくこんな危険なことが許されてるな、と思うほどだった。
「これがそうなんだ･･･何と、透明人間になれる薬だよ」
僕は、やっぱり、彼の頭は狂っていると思った。
「まさか･･･そんなことって、本当なんですか？」
「何、君も疑うのかい？」
「いえ、そう言う訳じゃないんですが･･･、あまりにも唐突で･･･」
「そうだろうな、凡人の思慮の範疇では、残念ながら理解できようもないよな」
「はぁ･･･」
「これで何でも出来るんだよ、何をやっても証拠も痕跡も残さずに出来る。但し、有効時間は３時間･･･それを越えると元に戻ってしまうけど」
何だか、本当のように思えてきた。
（考えてみれば、僕の特殊能力だって、普通にはマンガのような話しだし、有り得ないと決め付けるのも可笑しいかな･･･）
「素晴らしいですね、高田さん、それで研究レポートはまとまったのですか？」
「あぁ、そこのＣＤに格納してるが、それ以外にはバックアップも無い。分散すればするほど、情報は漏れやすく露見しやすいからね」
「そうですね･･･」
僕は半信半疑のまま、彼の動向を見守っていた。
「いいかい、このカプセルひとつを飲むだけで透明になるんだ、ただ、一回にひとつだ」
「どうしてですか？効果が切れそうになたたら、服用すればいいじゃないですか？」
「いや、何度も実験したが、継続投与は副作用が激しくて断念したよ」
「でも、３時間もあれば充分でしょう」
「君なら理解してくれると思ったよ、さぁ、見ててくれ」
高田は、カプセルをひとつ口の中に入れ水で流し込んだ。
何と２～３分で完全に高田の姿は全く見えなくなった。
（信じられない･･･こんなことが現実にあるなんて･･･）
「おい、どこを見てるんだ？僕はここだよ！」
声は確かに高田のものだった。
高田は傍にあったタオルを首に掛けて存在を示した。
「なっ！凄い発明だろ？」
「えぇ、驚きました･･･本当に凄いです」
「あとは、これをどういう形で活用させるか･･･、それをまとめれば完璧だ。本当に気をつけないと、悪用されるから･･･、強盗も殺人も痴漢も･･･何でもＯＫだからな」
（今しかない、やるんだったら今しかない！これを手に入れれば、一気に飛躍できる）
「どんな活用が考えられますかね？」
「そう、それを君にも考えてもらいたくて、ここに連れてきたんだよ。君の聡明な頭脳なら、きっといい考えが出ると期待して･･･」
「いやぁ･･･すぐにはとても･･･」
ふたりで論議を繰り返しているうちに３時間が経過し、高田の姿が現れた。
「本当に時間通りですね、副作用は無いんですか？」
「あぁ、見ての通り、何も無いさ。まぁ、お茶でも飲んでくれ」
そう言って高田が背を向けた時、僕は高田の頭を鈍器で殴って殺した。
（はぁはぁはぁ･･･、震えている時じゃない！死体を始末してＦＤとカプセルを･･･）
僕は手際よく死体を始末し、ＦＤを確認した後、この部屋に火を放ち、一切を無に帰した。
（どうせ、存在感の無かった人間さ･･･）
その後、放火か失火かと騒いだが、住民の高田が行方不明なので、不審火ということになった。
僕は、何事も無かったように、自分のペースの生活に戻った。
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